第17話 調理機材は鍛冶屋で
※※※
数日後、エリザベスはノルティア村の道を歩いていた。
「ふふふ♪」
先日作った試作品で足りなかった物の一つを、やっと手に入れることができることになったので、エリザベスは上機嫌だった。
「縫い物はシスターが得意だし、予算はあるし、好きにしていいって最高!」
エリザベスは、バザーで出すものをヒルデから全般的に任されていた。
――――文明的な物も大抵は人力で何とかなるし……手配が進むとじーんとする。
当日、使うような幕などは他のシスター達が手伝ってくれるということで、残るは美味しい新作料理を完成させるだけ。
――――当日、上手くいくかのプレッシャーがすごいけど……。
一人で全部を取り仕切っているし、売り物もほぼエリザベスが作るのでその重要度は高い。
けれど、緊張する反面、やりがいがあった。
この世界に来てから、一番燃えているかも。
――――前世のイベントプランナーの仕事がこんなところで役に立つとは思わなかった。
「教会バザーに向けて、シスターエリザベスのすべてを今注ぐ!」
ぐっと拳を握り、太陽に向かって突き出す。
このまま燃え尽きても、二度目の人生に悔いなし。
「店の前で何してんだ? エリザベス嬢ちゃん」
「へっ……はっ!」
気づいたら、すでにエリザベスは今日の目的地だった鍛冶屋の前にいて、ちょうどそこから材料を取りに戻った店主のホベルトとばったり。
「おっほん……こんにちはホベルトさん! 注文した物の直し、できてますでしょうか?」
さっと振り上げた腕を背中に隠すと、何事もなかったように笑顔を作る。
ホベルトは一瞬ぽかんとしたものの、すぐに「まあ、いいか」と上手にスルーしてくれた。
五十歳を超えているけれど、いかにも頑固な職人という見た目で、細かいことを気にしない、素敵な鍛冶師のおじさま。
「できてるぜ。とりあえず中入んな」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、ホベルトに続いて、ハンマーが二つ交差する金属製の看板がぶら下がった石造りの建物に入っていく。
ここは村に一つだけある鍛冶屋。
この世界では、どんなに小さな村も大抵は鍛冶屋が一つある。
それは、鍛冶屋の仕事が武器や防具などの戦いの道具だけでなく、農具から日用道具まで一通りの金属製品に及ぶから。
道具は直して使うのが当たり前なので、修理のために集落に一つはないと不便というわけ。
鉄を冷やしたり、様々な鍛冶のための器具を動かすために水車があると良いため、川の側にあることが多く、燃えないように石造りで頑丈な建物になっている。
ホベルトの鍛冶屋も村の支援があって、立派な店構えだった。
「失礼しまーす」
中に入るとカウンターがあり、売り物は並んでいないけれど、修理済みの農具などが壁に立てかけられていた。
奥には鍛冶の作業場。
鍛冶といって良く想像するカンカンと叩く場所――――金床<かなとこ>と呼ばれる金属の台があり、冷やす桶や大きな砥石も見える。
――――珍しい……武器がある。
エリザベスは研石に置かれた大剣に気づいた。
村の鍛冶屋では、武器防具を扱うことはほとんどない。
――――先客がいるのかな?
何だかとっても嫌な予感がする。
「……戻ったか」
すると、ホベルトの影からぬっと男が出てきた。
「!?」
――――ちょっ……今日は待ち伏せ!? 教会前にいないと思ったら。
先客はレオニードだった。
監視パターンが増えているし。
笑顔だったエリザベスの顔が引きつるものの、頼んでいたものを持ち帰るまでは逃げ出せない。
「あ、あ……あら? レオニード、ごきげんよう。貴方も鍛冶屋さんに用事があったなんて、意外です」
「剣の手入れだ」
まるで用意してあったかのように、レオニードがぼそりと口にした。
どうやら研ぎ終えたところで、仕上げをするところらしい。
扉から入ってきた光で刀身がキラッと光る。
――――私を粛清する用意は、刃を研いでばっちりなんです……!?
大きな剣は斬るというより、重さで叩き割るって感じなのに切れ味も抜群らしい。
「エリザベス嬢ちゃんのは、そこにあるぜ」
剣の仕上げ用の油と羊毛を手に持ったホベルトが、顎で部屋の奥を指し示す。
「わぁ……これですか!」
エリザベスは、パアッと顔を輝かせた。
壁に立てかけて置かれていたのは、一メートルぐらいの大きな鉄の板。
小さな丸いくぼみが均一に並んでいて、厚みはできるだけ薄く作られている。
――――うんうん、これが欲しかったんだ!
レオニードのことも忘れて、鉄板に駆け寄ると丸みをなぞってみる。
「苦労したぜ。今度はどうだい?」
「いい感じです。そうそう、この丸みが欲しかったんです」
いろいろな角度からワクワクしながら見て、最終確認。
「完璧です。これで、納品でお願いします」
「毎度!」
問題ないことを伝えると、ホベルトがホッとした顔になる。
「注文と違うって、直しが三回目なんだ。レオニードも嬢ちゃんの注文には気をつけろよ」
二人が知り合いだとわかったためか、ホベルトがレオニードに愚痴を言う。
顔をしかめるホベルトに、何度この鉄板への熱意を伝えたことか。
「……俺は問題ない」
――――な、何が?
心の中で思わずつっこむ。
捕まえるのは慣れている、とかの意味だろうか。
深く考えるのはやめておこう。
「わしは、儲かるからいいんだがな。で、エリザベス嬢ちゃん。こっちの道具もできてるぞ」
剣の仕上げを終えたホベルトはレオニードの前に置くと、皮製の大きなエプロンのポケットから小さな物を二つ取り出して手渡しくれる。
「小さなピックと、手のひらサイズの布のモップな」
レオニードも「何だ、これは」という顔でのぞき込む。
ピックと言われた方は、前世で千枚通しと呼ばれていた道具。
モップの方は、油引きだ。
似たようなものは自作できたけれど、できれば金属製が欲しいと思い、駄目元で鉄板と一緒にホベルトへ依頼してあった。
「わぁっ、完璧です! この細さ! この丈夫さ!」
「何に使うやら、わしにはさっぱりだがな……」
「……暗器か?」
ぶっそうなことをレオニードが口にしているけれど、新しい道具に興奮してそれどころじゃない。
これで器具は揃った。
あとは試作と味の工夫を試みるだけ。
「ありがとうございました。これ追加のお代です」
「ありがとよ。わしもこの歳で新しい物に挑戦できて、中々楽しかったぜ」
硬貨の入った袋を受け取ると、びしっと親指を立てるホベルト。
「荷車が夕方には戻ってくるから、夜までには教会へ運んでおくよ」
どうやら今は荷車が出払っているらしい。
ウズウズとしてきてしまう。
――――うーん、すぐに触りたい。油を引いたりしたい。
「気合いで持って帰ります! 早く使ってみたいので」
本音は一瞬でも手放したくなかった。
だって、たぶんこの世界でたった一つの道具。
なくなったりしたら、後悔して寝込みかねない。
「重いぞ。焦らず教会で待っておいた方がいい」
「大丈夫です。体力には自信があるので!」
ホベルトの忠告も聞かずに、鉄板を持ち上げてみる。
――――あっ、これ……持って歩けないやつだ。
重い……ちょっと床から離れただけでかなりの体力が奪われる。
大人しく持ってきてくれるのを待った方が良さそう。
「……?」
――――あれ……重く……なくなった?
諦めようとした時、ふっと鉄板が軽くなる。
不思議に思って見ると、鉄板をレオニードが持ち上げてくれていた。
「あ、あのー……」
「持とう」
エリザベスが両手で床から浮かすのがやっとだったのを、レオニードは片手で軽々と持ち上げている。
すごい腕力。あんなに大きな剣を振り回せるのも頷ける。
「ノルティア教会だな」
「えっ、いえ……荷車を待って、あのっ……レオニード?」
こちらの返答を聞かずに、場所だけ確かめるとレオニードは鉄板を手に店を出て行ってしまう。
そのまま教会まで行くつもりらしい。
「漢だねぇ。わしでも両手でやっとだってのに」
「ホベルトさん、ありがとうございました。また何かあればお願いします」
「あぁ、バザー楽しみにしてるよ」
ホベルトに頭を下げてお礼を言うと、慌ててレオニードを追う。
勝手に行ってしまったと思っていたレオニードは店の前で待っていた。
その後、教会までの道のりを、彼の後ろからゆっくりと離れて歩くも、距離が開くとレオニードが待つ、を繰り返す
それが優しさなのか、急かしているのか、わからない。
そもそも監視の騎士団長が、なぜ手伝ってくれるのだろう。
――――筋力を示したい? そんなわけないか。
何を考えているかはさっぱりわからないけど、存在しているだけでは特に害はないことがわかった。
適当にやり過ごしてもいいんだけれど……。
――――役に立ってくれるなら、いても……いいか……。
シャルロッテの屋敷に押しかけた時も、一応助けてはくれた。
令嬢の時の嫌な思い出のせいで悪いイメージしかないけれど、無口だけれど、案外良い人なのかもしれない。
見た目や第一印象が悪くても、話してみるととても良い人っているし。
――――ううん、監視するついでに、気まぐれでしているだけ。
ぶんぶんと首を横に振って、自分の気の迷いを否定する。
「…………」
気づけば、歩みが遅くなっていて、レオニードがまた無言で待っていた。
「い、今行きます! 遅いですよねっ、はい……!」
小走りでレオニードに追いつくと、その後は無言で距離を保つことに集中した。
十分ほどで教会につく。
レオニードは、当たり前とばかりに無言で厨房まで鉄板を運び込んでくれた。
「ありがとうございました」
「ああ」
門まで見送ってお礼を言う。
「…………」
けれど、なぜかレオニードは去ろうとしなかった。
――――やっぱりこのまま監視!?
「……な、なんです?」
「今の物で、準備は足りたのか?」
勝手に出歩くな、とか言われたらどうしようかと思ったけれど……。
レオニードから言われたのは、まさかのバザーの進行具合だった。
「大体は。あとは、手に入りにくい食材を明日パパッと港に買い出しに行けば、揃います」
調理器具は揃ったので、明日は港まで足を運んで食材を調達する予定だった。
村では手に入らないものも、近くの港まで行けば大抵は手に入る。
「お前が行くのか」
「に、逃げませんよ! 日帰りですから」
国外への逃亡を警戒してのことだと思い、慌ててぶんぶんと首を横に振る。
「一人は――――よくない。俺も行く」
「はいいっ!?」
――――港への買い出しまで監視!?
焦って、断る口実を探す。
「あ、朝市に間に合わせたいので、とっても早起きですよ?」
「早起きは慣れている」
しまったと思う。
これだと早起きできれば付いてきて良いと言っているようなもの。
「いや……でもだって、ええと……」
「朝五時に、ここへ集合だ」
他の理由を考えている間に決められてしまった。
用事は済んだとばかりに、レオニードはくるりと背を向け、スタスタと歩き出してしまう。
「ちょっと……!」
言っても無駄な気がして……エリザベスはレオニードの後ろ姿を見送った。
――――ま、いいか……慣れない港町のボディーガードと考えれば。
「荷物持ちが一人確保できたってことで」
エリザベスは、ポジティブに考えることだけは得意だった。
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