第16話 子供も大人もりんご飴

 ミサが終わると、シスター達は入り口でお見送り。


「また来て下さいね。お元気で、また。帰り道、お気をつけて」


 笑顔で声を掛けながら、ミサで使ったパンとワインを分けていく。

 硬貨の方は、神父のモーリッツと村長が話し合って貧しい家に後でそっと渡すことになっていた。

 村の人達から、穏やかな顔で感謝の言葉が返ってくる。

 そうして、礼拝堂に残ったのは教会の子供達と――――シャルロッテとバネサとセニアの三人だけになった。


「お待たせ。こっちよ」

「……部外者のわたしがいいの?」


 ミサの後で、二週間後のバザーで出すものの試作を手伝ってもらう約束をしていたので、食堂へ連れて行こうとするも、シャルロッテは動かない。

 礼拝堂の交差廊から教会の私的な場所に入っていくことに、少し戸惑っているのかもしれない。


「シスター長には許可もらっているから、何の問題もないわ」

「それならいいのだけれど……ちょっと引っ張らないで」


 今度はシャルロッテの手を取って、連れていく。

 バネサとセニアに「大丈夫です」目配せすると、別れる。

 二人は「お嬢様を宜しくお願いします」と頭を下げたので、笑顔で返した。


「左に折れて、次は右」

「迷路みたいね。わたし一人だと迷いそう」


 礼拝堂から出ると尖塔の下を通って、さらに右に進む。

 シャルロッテの言葉は的を射ている。

 複数の建物がくっついているような構造のノルティア教会は、通路が細く、左右に曲がったり、十字路があったりで覚えないと迷う。

 最初は礼拝堂しかなかったものを無計画に増築していった結果らしいけれど、子供達のかくれんぼや鬼ごっこには最適だし、防犯面でも優れていると言えるかな。


「ここが目的地です」


 さらに何度か曲がると、やっとシスターと子供達の暮らす部屋がある建物に入る。

 その一階が厨房になっていた。


「へぇ、随分立派な厨房じゃない」


 設備が整っていて、かつエリザベスが日々研究して集めた香辛料やビンがたくさん綺麗に並べられているのを見て、シャルロッテが感嘆の声をもらした。


「シスターエリザベスは、まいにち変なものばっかりつくってるけどな」

「でも、とってもおいしいものもあるよ、くだもののジャムとか」

「魔女みたいだけど、魔女じゃないよ」


 後ろからついてきたトニ、マート、フェルシーが口々に付け加えて、苦笑い。

 シャルロッテが「ふふふ」と堪えた笑い声をもらす。


「さーて、試作品作り、やりますか!」


 気を取り直して宣言すると、子供達が「おーっ!」と続いた。

 試食はいつも子供達の役割だ。


「……で? 何を作るつもりなの?」

「それは――――」


 前世での料理名を口にしようとして、止めた。

 言ったところで「えっ」って顔をされるのが目に見えているから。

 メインとなる食材は、この世界では食べる習慣がないみたいだった。

 少なくともエリザベスは、令嬢の時も含めて一度も食卓に上ったことがない。


「どうしたの? まさか、何を作るか忘れたわけじゃないでしょうね?」


 シャルロッテに不審な視線を向けられてしまった。


「違う違う。一つは料理名をまだ決めてないことに気づいて……」

「あなたが考えた料理なの!?」

「そう……かもしれない」


 隠すつもりはあまりないけれど……。

 転生した記憶があると、今ここで告白するわけにもいかずに誤魔化す。


「公爵令嬢だったのに……あなたってやっぱり変わってる」

「はは、よく言われる。でね、もう一つはりんご飴」


 話題を変えるために、作ろうとしていたメインの試作品をもう一つ口にする。

 リンゴと飴はどちらも身近なはず。

 子供達もシャルロッテも目を輝かせる。


「りんご味の飴ね、美味しそう」

「違う、りんご飴」

「おんなじ……じゃないの?」


 シャルロッテが首を傾げる。

 彼女の考えるりんご味の飴とりんご飴はまったく別物。

 説明しようと思ったけれど、作ってみせる方が早そう。


「今から作って見せるね。完成品みたら違うってわかると思う」


 事前に用意してあった材料を籠から取り出す。

 小ぶりなりんご、水飴、それに色づけの木イチゴだけ。


「やっぱり飴じゃない」


 材料を見たシャルロッテの言葉に「ふふっ」と意味深な笑みで返すと調理開始。

 鍋に水飴を入れて火に掛ける。

 その間に木イチゴは潰して、漉<こ>して、色のついた汁だけを分けておく。

 もちろん、残った果肉は今日の夕食かジャムに使います。

 スタッフが美味しく頂きます。


「見てるだけだと暇でしょうから、手伝ってもらおうかな。トニ、マート、フェルシー、それとシャルロッテはりんごに割り箸を差してもらえる?」


 まずエリザベスがやって見せた。

 良い感じに熟したりんごのへたを取ると、削って作った木の串を中心に刺す。


「こうして、力を入れて……ぶっさす!」


 子供達が楽しげに「ぶっさす!」と繰り返した。

 若干、ヒルデに見られたら怒られる言葉だけれど、子供は楽しませるのが一番。


「さあ、やってみて」

「なんで、わたしまで……」


 シャルロッテが不満をもらすも、横で子供達が「はーい!」と元気よく返事して始めるので、仕方なくといった様子で彼女も手を動かしていく。

 さく、さくっとりんごに木串が刺さる小気味よい音が聞こえてきた。


「シスターエリザベスできたよ! りんごの串刺し!」


 トニがぶっそうな言葉で終わったことを伝えてくる。

 またもエリザベスとシャルロッテは苦笑い。


「こっちはもう少しだから待ってね」


 水飴を入れた鍋を火から下ろすと、木イチゴの汁を入れていく。

 全体に行き渡るように、手早く、けれど少しずつ混ぜながら加える。

 透明だった鍋の中身が、薄い赤色に染まった。


「じゃあ、一人三個かな。手にもって。りんごを鍋に入れてたっぷり水飴を絡ませてください」


 次もエリザベスが先にやってみせた。

 木串を刺したりんごを鍋に入れると、回しながら全体に水飴をつける。

 そうしたら、素早く取り出して台の上にある金属製のトレイの上に乗せていく。


「意外に……難しいわね」


 シャルロッテもすっかりやる気になっていた。

 りんごだけではなく、身体も一緒に傾けている。

 トレイの上には、すぐに串刺しのりんごが十数個並んだ。


「あとは溶けるまで待てば完成」

「はやっ! これだけ!?」


 驚きの声を上げるシャルロッテの頬は、少し上気している。

 いつもよりも肌が健康的に色づいていた。

 やはり、少しでも身体を動かして、何を作って、楽しんで、それがやっぱり一番。




「こんなところかな?」


 みんなでしりとりをして待つこと十五分、エリザベスはりんご飴の具合を確かめた。

 表面を指で押すと、飴がカチコチに固まっているのがわかる。


「大丈夫そう。皆、お待ちかねの試食の時間です」


 許可を出すと、子供達が我先にとトレイの上のりんごを手に取った。


「これ、飴みたいになめるの? それともりんごみたいに食べるの?」


 シャルロッテも子供に続いて一本りんご飴を手にすると、観察している。


「どっちもかな。最初は飴をなめて、後半はりんごを食べて……ああ、そうだ! その中間もぜひ味わってね」


 頷くとシャルロッテはさっそく口に運んだ。

 すでに子供達はぺろぺろとしている。


「うん、飴ね。ほんのりりんごの風味と味がする」


 子供達も「甘い」「美味しい」と好評な声が上がる。


「飴が薄くなったところをかじるのもオススメ」


 少し飴が溶けてきたところで、りんごに噛みつく。

 飴のカリっという具合とりんごのシャクが合わさって、美味。


「……こんなの初めて。たしかにりんご味の飴とは別物ね」

「でしょ! よかった、これは成功みたい」


 子供達は夢中でりんご飴を食べているし、シャルロッテも満足そう。

 りんご飴はこのままで大丈夫そう。


「問題はもう一品なんだけれど……」


 りんご飴を作る間に、ささっと作ったもう一つの料理がエリザベスの前にだけ皿に盛られておかれていた。

 同じように丸いけれど、こちらはまるで違う見た目。

 薄い肌色? 小麦色? 亜麻色で、ふわふわ。

 とりあえず材料も、機材も足りないのがわかったので、試作とも言えない。


「あなたの腕ならそんなことないんじゃない? わたしが試食してあげるわ」

「あっ、それは――――」


 りんご飴が美味しかったからか、警戒せずにシャルロッテがパクっと食べる。


「う、うーん……なにこれ?」


 何とも言えない顔でシャルロッテが呟いた。


「やっぱり失敗かぁ……色々足りないな」


 エリザベスも食べてみたけれど、やはり中途半端、微妙。

 中身の具はやっぱり歯ごたえのあるものがいいし、上から掛けるソースにコクや深みが足りない。

 この料理には今だと足りないものが多かったので代用品を用いたのだけれど、その割合が多すぎたのが問題だったかも。


「とりあえず、未完成過ぎて、よくわからないわね」


 一応気遣ってくれたのか、シャルロッテが遠回しに美味しくないと言ってくれる。


「色々改良が必要みたい。とりあえず、後回しにして次いってみましょう!」

「まだ作るの!?」


 試食を終えて、また鍋に向き合うエリザベスにシャルロッテが驚く。

 子供達はまた違うものが食べられると「やったー」と喜びの声を上げている。

 まだまだバザーで出すために作ってみたいものは沢山ある。

 シャルロッテも文句言いながら、楽しそうだし、色々手伝ってもらおう。


「次もまた、変わった物ね……」

「これも甘くて、美味しいわよ」


 シャルロッテもエリザベスの料理に興味を持ったのか、あれこれ話をしながら調理していく。

 年の近い友人が一人増えたようで嬉しい。

 監視の騎士団長はゴメンだけれど、ツンツンの男爵令嬢なら大歓迎。


 ――――そういえば……あの人はついてこなかったな。


 てっきりレオニードも無言で厨房までついてきて、また無言でモグモグしていると思っていたけれど……その姿はなかった。

 思えば、ミサの終わりにはすでに礼拝堂にいなかったかもしれない。


 ――――何か用事で帰ったんでしょ、騎士団長だし。


 いつもの監視の視線がなくなってホッとするはずなのに……。

 どこか落ち着かないのは気のせいだと思うことにした。




※※※




 教会の厨房から様々な試作や失敗作が生まれている頃、レオニードは礼拝堂の外、建物の影になる場所で気配を消して、じっと一点を見つめていた。

 もちろん、厨房でエリザベスが試作をすると聞いていたので、また手料理を食べる機会を逃すつもりはなかったのだが――――。


「この村か……最近、金回りがいいってのは」


 低い男の声が聞こえてくる。

 村人達が全員去り、辺りに誰もいないと思い、教会に近づいてきたようだ。

 レオニードはミサの途中で礼拝堂の外にいる何者かの気配に気づき、抜け出していた。

 まずは相手の正体と目的を掴む必要がある。

 気配を消してじっと張っていたのだが、ようやく姿を現した。


「ああ、貴族の身の回り品を大量に換金したとか」

「一等級の小麦を買いつけたなんて聞きましたぜ」


 さらに二人の同じような男が出てきて、下卑た笑みを浮かべた。

 薄汚れた格好、腰と膝を曲げた姿勢の悪さ、腰にさり気なく付けた短剣――――盗賊に違いない。


 ――――こいつらがクリストハルトの言っていた最近、出没する盗賊か。


「平和ボケした連中から、丸ごといただいてやるとするか……ひひひっ」


 教会を襲って金品を盗むつもりか。

 エリザベスに害を為す者は許さない。


 ――――手料理を食べ損ねた恨みも償ってもらおう。


 剣の柄に手を掛けた時だった。


「……っ!」


 レオニードが潜むのとは別の方向で、ミシッと枝が折れる音が響いた。


「……ちっ、動物か。驚かせるな。戻るぞ!」


 森の動物の仕業だったようだ。

 しかし、盗賊のリーダーらしき者が小さく命じると、音もなく去って行く。

 緩んでいた警戒心を引き締めて。


 ――――間に合わない、か……。


 レオニードが全力で追えば、捕まえることは可能だが、相手に気づかれる。

 盗賊ごときに遅れは取らないが、三人が別々の方向に逃げた場合はやっかいだ。

 一人を捕まえている間に、残り二人を逃がしてしまうだろう。

 それでも警告にはなるが……復讐に教会を襲うとも限らない。

 幸いレオニードの存在には気づいていないだろう。

 次に見つけたら、全員捕まえれば良いだけだ。

 やることは変わらない。

 毎日、エリザベスを見守るだけのこと。


 ――――だが……これだと手料理を逃しただけだ。


 レオニードは珍しく落ち込みながら、教会を後にした。

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