第14話 ピクニックはピーナッツパンで

 エリザベスはシャルロッテと二人のメイドを伴って、ドリーナ男爵家の屋敷から出た。

 バネサとセニアが気合いを入れて着替えさせたので、彼女は部屋にいた時のような引きこもりの格好ではなく、年相応のしっかりと着飾った令嬢になっている。

 明るい色のドレスに、髪もたっぷりと梳かされて、艶々のウェーブ。

 久しぶりの外出で、少し表情は硬いけれど、元々元気な性格だったから、すぐに和らぐはず。

 まずは自然な笑顔を取り戻すこと。


「わ……」


 外に出ると、シャルロッテはカーテンを開けた時のように、眩しさで目を細める。

 けれど、今度はどこか嬉しそうな表情と、小さな声を伴う。


「やっと来たか……」


 門の前にはレオニードが待ってくれていた。エリザベスが頼んだように愛馬のフロレスターノを隣に連れている。

 たっぷりと準備に時間を掛けたからだろう、可愛らしくなったシャルロッテには目もくれず、あきれ顔でエリザベスを見ている。


「お待たせ、フーノ」


 エリザベスは駆け寄るとレオニードではなく、フロレスターノに声を掛けた。

 横からやや睨まれるけれど、シャルロッテを連れ出すのに手伝ってくれるのは騎士団長ではなく、その愛馬なのは紛れもない事実だから気にしない。


「うわぁ、大きいのね。こんなに大きな馬みたの初めて」


 メイドを従えて恐る恐る近づいてきたシャルロッテは、フロレスターノをしげしげと見た。

 怒られたこともあって、レオニードには少し怯えている様子。


「でも、見た目と違って人なつっこくて、可愛いの」


 エリザベスが撫でてみせる。

 気持ちよさそうにフロレスターノは顔を小さく揺すった。


「シャルロッテもやってみて?」

「えっ!? わたしも?」


 指名されたシャルロッテは少し迷ってから、えいっと馬へ手を伸ばした。

 驚かないようにエリザベスも同時に念じながら撫でる。


 ――――フーノ、触らせてあげてね。お願い。


「うわっ、あったかい」


 恐る恐る一瞬指先で触れて声を上げると、今度はゆっくりと触れてみる。

 フロレスターノはエリザベスのお願いを聞き届けてくれたのか、じっとしてくれていた。


「馬に乗ったことはある?」

「ポニーならあるけれど、馬はないわ。お父さまが危ないからと近づかせてもくれなかったから」


 シャルロッテの表情がわずかに曇る。

 以前、両親に頼んだけれど、許可されなかったことがあるのだろう。

 自分と一緒だ。


「じゃあ、乗ってみましょう」


 悪戯をする子供のようにエリザベスはシャルロッテを誘った。

 彼女が驚いているうちに、フロレスターノの右脇に移動する。


「……手を貸そう」

「一人で大丈夫」


 エリザベスは、騎乗するのを手伝おうとしたレオニードの申し出を断る。

 鐙に左足を掛けると、一気に地面を蹴った。

 レオニードが慌てて視線を逸らすけれど、シスター服は裾がひらりと少し広がるだけ。

 ドレスに比べたら、シスター服は動きやすいから、このぐらいの動作は問題なし。


「フーノ、ありがとう。もう一人お願いね」


 見事に馬へ跨がると、フロレスターノを撫でる。

 シャルロッテは、元令嬢の豪快な騎乗に唖然としている。


「私も貴方と同じ、いつもお父様とお母様には小言ばかり言われていたの」

「ふふふ……変な人ね、あなたって」


 えへっとウィンクすると、シャルロッテが笑う。

 良い感じと思い、手を差し出した。


「さあ、シャルロッテも共犯者になりましょう」


 それでも彼女は一瞬躊躇した。

 やはり父親の言いつけを守ろうとしているみたい。


 ――――少し強引でも……連れ出さなくちゃ。明るい場所に。


 時には辛いことも、苦しいこともあるけれど、ずっとは間違っている。

 笑わないと損。楽しまないともったいない。

 仕事漬けだったイベントプランナーの一度目、悪役令嬢から逃れられなかった二度目の人生で、エリザベスが学んだこと。


「シスターエリザベス!? きゃっ……! ちょっ……」


 驚くシャルロッテの手を掴むと、強引に引っ張り上げた。

 病気だと言われて食欲もなく、痩せ過ぎだった彼女は軽い。

 すかさずメイドの二人も手伝ってくれて、難なくエリザベスの前に彼女を座らせることができる。


「こんな格好っ! はしたないわ!」


 横座りではなく、二人して男性と同じ跨がって乗っていることを言っているのだろう。

 怒っているような言い方だけれど、シャルロッテの声は弾んでいた。


「田舎なんだから、はしたなくたって、誰も気にしませんー」

「そ、そうかもしれないけれど……わわっ!」


 口ごもるシャルロッテにはこれ以上、反論させずに出発させることにする。

 脚で馬に意思を伝えると、ゆっくりとフロレスターノは歩き始めてくれた。

 登場とはまるで違う、パカパカとのどかな音が響く。


「レオニード、しばらくお願い」

「…………」


 騎士団長を使用人のように使うのは気が引けたけれど、声を掛けるとレオニードは何も言わずに手綱を引いてくれた。


 ――――悪役令嬢でよかったなってことは、乗馬を覚えたことぐらい。


 貴族の令嬢も趣味で乗馬をすることはある。

 けれど、それは横に座ってゆっくりと歩く程度で、男性のように跨がって駆けるなんて論外。

 しかし、悪役令嬢だったエリザベスは一つぐらい悪評が増えたところで気にしなかった。

 馬に一人で飛び乗り、気ままに草原を疾走していく。

 馬の鼓動を感じて。

 一体になって。

 風になって。

 その気持ちよさと視界の広がりは、何物にも代えがたい。


「ポニーよりもずっと視界が高いでしょ? ノルティア村がよく見える」


 フロレスターノはとても大きな馬なので、普通よりも視界がぐんと高い。

 普通の馬よりもどっしりと安定していて、頼もしかった。

 軍馬に乗る機会は、エリザベスだってなかったので楽しい。


「……う……わっ……」


 怖さで恐る恐る目を上げたシャルロッテが感嘆の声をもらした。


「すごい……窓から見たのとは……別物みたい……」


 部屋に籠もっていた彼女には、ことさら新鮮に感じたのだろう。

 すっかり馬上の視界の虜になっている。


「ね、気持ちいいでしょう」


 顔を輝かせていたシャルロッテが、エリザベスの声でハッとする。

 また警戒するような表情に戻った。


「……あなた、この村で何したいの? わたしに取り入って何かさせたいの?」

「えっ……?」


 シャルロッテは、エリザベスの動機を怪しんでいるようだ。

 男爵家に取り入って寄付金を、みたいなことを考えているのだろうか。

 エリザベスの実家から十分な資金は教会に贈られたし、身の回りの物を換金した分もあるので、その辺はまったく考えていない。

 ましてや、男爵家を足がかりとして社交界に戻る、みたいなことはありえない。

 頼まれても戻る気はなかった。

 エリザベスにとっては、今の生活が一番充実している。


「別に楽しく過ごしたいだけだけど……」

「はぁっ?」


 信じられないといった様子で、シャルロッテがより怪訝そうな顔になる。

 ゲームの終わりから放たれた今は最高に幸せで、悪役令嬢の身ではできなかったどんなことだってやれる。


 ――――ってゲームの終わりとか言ってもわかるわけないよね。


 エリザベスは慎重に言葉を選んで伝えた。


「貴女も、私も、貴族のしがらみから抜け出したわけじゃない」

「抜け出したって……好きでしたわけでは……あなただって……」


 下を向いてシャルロッテが呟く。

 追放されたのだから、エリザベスも嫌々シスターをやっているように見えるのだろうか。


「社交界の枠から出たってことは、誰の目も届かず、誰にも怒られず、自由になったってことだとも言えない?」

「……そう、かしら?」


 貴族令嬢の窮屈さは、シャルロッテも感じていたはずだった。

 それが原因で追い出させることにもなったのだから。


「だから、今は好きに過ごした分だけお得だと思うの」

「……確かにあなたは楽しそうよね」


 皮肉を含んだ言葉だったけれど、シャルロッテは顔を上げていた。


「ええ、毎日楽しいわよ」

「うらやましい……なんて、思わないから。そんなには……」


 ――――そんなには? 少しは思うってことかしら?


 シャルロッテの言い方にふふっと微笑む。

 悪役令嬢だった頃のエリザベスみたいな台詞だ。


「いつか社交界に戻りたいなら。貴族の所作は私が責任を持って教えて上がる。だから、それまでは一緒にここで楽しもう」


 エリザベスの言葉に、ふっとシャルロッテも笑った。

 釣られたような笑み、けれど彼女らしい、魅力的な表情だった。


「あえて、もう一度聞くけれど、どうして……その……そこまでしてくれるの?」


 言いにくそうにシャルロッテが尋ねてくる。

 今度は警戒してではなく、素直な疑問のようだ。


「私と似てるから、放っておけなかったからかな?」


 違う答えが欲しいのだと思い、先ほどは別の言葉で答える。


「わたしとあなたが? 公爵家と、成り上がりの男爵家は全然違うけど……」

「爵位なんて関係ない、一緒。似てると思う」


 シャルロッテの髪を後ろから優しく撫でる。

 少しびくっとしたけれど、嫌がりはしなかった。


「……まあ、苦労してきたあなたが言うと……説得力があるわね」

「ありがとう」


 また皮肉っぽくシャルロッテが答える。

 これはこれで、ツンツン令嬢っぽくて可愛らしい。


「シスターになったの合ってるんじゃない、あなた」

「そう? 私も! 実はそう思う」


 嬉しくて、後ろからぎゅっとシャルロッテを抱き締める。

 今までの言葉で一番嬉しい。

 シスターはやっと見つけた自分の天職だと自分でも思っているから。


「……あ、うん。今のお世辞だから、調子に乗らないで。あと暑いから離れて」


「ごめんなさい。反省します」


 ――――あぁ、せっかく距離を縮められたと思ったのにー。


 ツンになったシャルロッテが、ツンツンぐらいに戻ってしまう。


「ふふふ……」


 シュンとしていると、前にいるシャルロッテの肩が微かに揺れる。

 笑いをかみ殺しているのがわかって、エリザベスは嬉しくなった。


 それからしばらくエリザベスとシャルロッテを乗せたフロレスターノが、レオニードの先導でパッカパッカと田舎道を歩き続ける。


「そういえば……どこへ向かっているのかしら?」


 行く先を聞いていなかったことに気づいたシャルロッテが聞いてくる。

 連れ出す前と違って、とても機嫌が良さそう。

 これも風と太陽と……すべての自然の心地よさのおかげだと思う。


「特にない、かな?」

「えっ……!」


 行く先がないと聞かされて、シャルロッテが思わず振り向いた。

 手綱を引くレオニードの肩も驚きだったのか、ぴくっと微かに動く。


「行く先はなくても、目的はあるものよ」


 今度はシャルロッテが不思議そうな顔になる。


「ちょうど……この辺りでいいかな? 降ります!」


 エリザベスは辺りを見回して、ちょうど良さそうな場所を見つけると声を上げた。

 レオニードが声に反応して、手綱を引いてフロレスターノの歩みを止める。


「ここ? 何もありませんけれど……」

「何もないからいいの。さあ、準備しよう」


 乗った時と同じようにエリザベスはフロレスターノから一人でパッと飛び降りると、シャルロッテにも手を貸す。

 そこは確かに何もない草原だった。

 真ん中に大きな木がポツンと一つだけ植えられている。


「涼しいから木陰の下に」


 先導すると、エリザベスだけでなく、フロレスターノを連れたレオニードもついてくる。

 木陰に着くと、持っていた大きめの布を敷いた。

 馬上の時には、フロレスターノの馬具に括り付けておいた持参の籠を置いて座る。

 警戒しながらシャルロッテも隣に腰掛ける。


「じゃじゃーん」


 何かしらとシャルロッテがのぞき込んでいるところで、籠の上に掛けられた布巾を取る。


「……何? パンじゃない?」


 拍子抜けしたように、エリザベスが呆れた声を上げる。


「そんじゃそこらのパンではありません。シスターエリザベス特製の総菜パン&菓子パンです!」


 胸を張って言ったけれど、シャルロッテはポカンとしている。


 ――――ああ、そういえば彼女は初めてだった。


 教会の子供達に対してのいつもの調子で言ってしまった。


「他では食べられない、甘かったり、おかずの入ったパンです」

「ほう?」


 なぜかシャルロッテではなく、ついてきたレオニードが反応する。

 彼は以前に教会へ来たとき、すでにパンを振る舞っているので知っていた。

 勢いついて、エリザベスは籠にぎっしりと詰められたパンを紹介し始めた。


「これがクリームパン、手の形に焼いたパンの中に卵で作った甘いカスタードが入っているの。こっちはピーナッツパン、ピーナッツを砕いてクリームにしたものが挟んであるわ。挟んだタイプは他にも色々あって、コロッケ、メンチ、きんぴら、焼きそば」


 どれも試作を繰り返して、たどり着いたエリザベスの自信作。

 前世の世界で当たり前だった、菓子パンや総菜パンは、この世界にはほとんどなかった。

 せいぜい、郷土料理として挽肉を詰めて揚げたパンがあるぐらい。


 毎日、同じパンを食べていたエリザベスは、総菜パンが無性に食べたくなって――――教会の厨房で開発を始めてしまった。

 すでにこっちにも似た料理があって、それを挟むだけのものは簡単だったのだけれど……食材自体が元々ないものや、手に入りにくいものは苦労した。

 数少ない調味料で工夫して味付けし、焼きそばの麺も試行錯誤して作った。


 しかし、一番の難産は断トツでピーナッツ。

 元の世界では南米原産で、ヨーロッパに近い環境のダクレストン大陸には、まったく伝わっている様子がなかった。

 実際には貿易で持ち込まれたことがあったかもしれないけれど、栽培はされていないし、ナッツは他にあるからあえて食べようとする人もいないのだろう。

 そもそも、ピーナッツは花が咲いたあと、蔓のようなものが下に向かって伸びて地中に入り、殻のついた実となる。

 実が地中から自ら養分を集めるので、栄養満点なんだけれど……。


 ――――まあ、普通に考えたら怖いよね。


 枯れ始めた花から地面に蔦が伸びる様子は、ホラーでしかない。

 見た目の奇妙さもあって、広まり辛かったみたい。


 というわけで、エリザベスは似たようなナッツを色々と試して、近い味を再現していた。

 いつかは本物のピーナッツを入手して自家栽培を、という野望があるものの、ひとまずは森に入ったときに採ったり、村で買ってきたりしてまかなっている。


 ちなみにナッツバターを作ること自体は、そんなに難しくない。

 根気は必要だけれど……。

 まず、薄皮付きのナッツをフライパンで炒めて、焦げる前に取り出す。

 粗熱を取ったら、皮を綺麗に剥いてすり鉢に入れる。

 あとはひたすら棒で潰す。ペースト状になるまでひたすらすり続ける。

 出来たものに砂糖をまぜれば、ナッツバターの完成。

 栄養満点で、ナッツの味と甘さがたまらない。

 教会の子供達も虜にする自慢の菓子パンの完成。


「……これを配っていたのか」


 レオニードが興味ありげに籠の中をのぞき込んで呟く。


「ええ、どれも私の自信作。みんな喜んでくれるわ」


 おばあさんも、子供も、普段見ない変わったパンで笑顔になる。

 もっと喜んでもらいたくて、驚いてもらいたくて、ついつい種類が増えてしまって大変だけれど、作ること自体が楽しいから問題ない。

 変わり種の焼きそばパンとかは、未だに不人気なのもあるけれど……そこは味に慣れればきっと地味なヒット商品になるはず。

 今でもシスター達や村のお母さんには洗い物が出なかったり、調理がいらなかったりで、手間がなくていいと味以外の点では大好評だ。


「さーて、お腹が空いたんじゃない、シャルロッテ。美味しくて、元気にもなる、一石二鳥の特製パンを召し上がれ」


 笑顔でどうぞ、と手を広げたけれど……思ってもいなかった反応が返ってくる。


「えっ……! こ、こんな変なパン食べられない」


 シャルロッテがぎょっとして、首を振る。


 ――――何だか久しぶりの反応。最初は皆そうだったなぁ。


 見たことのないおかず入りのパンを見せられて、警戒する者がほとんど。

 しかし、一口食べさせれば、すぐに笑顔になる。


「まあまあ、一口だけ。お水も紅茶もあるし」


 籠から水筒を取り出すと、コップに注ぐ。


「それとも初めて食べるものが怖いのかな?」


 シャルロッテにはこの手が一番有効かもしれないと思い、わざとらしく挑発してみる。


「そんなわけないじゃない! じゃ、じゃあ……これをいただくわ」


 震える手で、彼女はピーナッツ風パンに手を伸ばした。

 最も普通そうなものを手に取ったつもりだろうけれど、それは一番の魔性の味。


 ――――ふっふっふ。


 心の中で高笑いしながら、シャルロッテがパクとピーナッツパンに口をつけるのを見守る。


「っ……! やわらかくて、中から柔らかくて、甘くて……美味しい!」


 ――――やった!


 想像していた通りの反応が返ってきて、エリザベスは思わず拳を握りしめた。

 シャルロッテはパクパクと可愛らしく、ナッツクリーム入りの細長いパンを食べていく。


「でしょ?」


 食べる幸せを噛みしめるシャルロッテはうんうんと頷いた。


 ――――美味しい食べ物は、人を笑顔にするのに一番の近道。


 幸せは食生活から。

 どこぞの会社の回し者ではないけれど、ふと作った前世での食べ物を皆に食べてもらった時の笑顔を見ていると、エリザベスは本当にそうだと実感していた。

 手間を掛けたり、材料は頑張って森や村で貰ってきたりすれば、それほどお金も掛からない。


「んっ……?」


 視線を感じて横を見ると、レオニードがエリザベスを見ていた。

 どうやら食べていいのか、と言っているようだ。

 いつものぶすっと顔だけれど……たぶん物欲しそうな表情?


「レオニードもよかったらどうぞ」

「では、いただこう」


 すぐに返事が来たところを見ると、当たっていたみたい。

 籠の中へ手を伸ばすと、きんぴらパンを手に取る。


「ぁ……危険そうなのいった」


 レオニードが手にしたパンを見て、シャルロッテが思わず呟いた。

 たしかにパンに炒めた細切り野菜を挟むのは、初めてみれば中々の挑戦メニューかもしれないけれど、味はバッチリ。


「…………」


 レオニードが無言で食べる。

 何も言わずに口を動かし続けているところを、気に入ったみたい。


「……あの、レオニードさん、それ美味しいの?」


 味が気になって、我慢できなくなったらしいシャルロッテが尋ねた。


「…………」


 けれど、レオニードは聞こえているのか、いないのか。

 無言でモグモグときんぴらパンを食べていく。

 そして、食べ終わるとやっとシャルロッテの視線に気づいたのか、怪訝そうな顔になる。


「……何か言ったか?」

「あっ……もう、いいです」

「そうか……」


 ぷいっと視線を逸らしたシャルロッテを、レオニードは気にする様子もない。

 二人のやりとりを、エリザベスはニンマリしながら眺めていた。


 ――――私、シスターが天職っていうより、周りの人の笑顔を見ることが好きなのかも。


 今、とても楽しい。幸せに感じる。

 奉仕の精神とはまた違う気がした。

 前世では、あまり他人を喜ばせる仕事ができなかったというか、回ってこなかったから、その分この世界で笑顔が見たいのかもしれない。

 もっと、もっとシャルロッテにも笑ってもらわないと。隣のレオニードは……。


 ――――どっちでもいいかな。


 そもそも笑ったり、楽しい顔がわかりづらそうだし。

 とにかく、元イベントプランナーとしての血が騒ぐ。


「……それで、わたしは日曜日のミサに行けばいいの?」


 口元をナプキンで拭いたシャルロッテが聞いてくる。

 気づけば、籠になったパンは二人の胃袋に消えていた。

 彼女の言葉を翻訳すると「ピクニックは中々楽しかったので、ミサにも行ってあげてもよくてよ」というところかな。


「ええ、みんな会いたがっているわ。そのあとは厨房に集合よ」


 後半の言葉を聞いて、シャルロッテが眉間に皺を寄せる。


「……ミサの後が本命みたいな言い方なんだけど」

「一緒に二週間後の教会バザーに出す料理を研究したいの。私がこの村に来たからには、シスターのお菓子がいつもと同じのボソボソしたやつなんて言わせない!」


 シャルロッテを外に引っ張り出す口実だった。

 仲良くなるには、一緒に手を動かすのが一番良い。


「変なモノづくりに協力するわけね……」


 げんなりした顔だったけれど、屋敷にいたときの拒否反応はなくなっていた。

 まんざらでもなさそうな感じ。


「それだけじゃないわ、あなたがバザーに参加すれば、お付きのバネサとセニアは必ず来る。見込み客の確保は基本で――――あっ……!」


 ――――あ、つい本音が……。


 口を手で覆うもすでに遅い。


「ふふふ、エリザベスは……俗っぽいシスターでいいと思う」


 どうやらシャルロッテのツボに入ったらしく、笑って許してくれる。


「えっ? そ、そうかな? やっぱり、私ってシスター向いてる?」

「向いてないし、今の褒めてはいないから!」


 びしっと最後にシャルロッテから言われてしまう。

 呆れた顔でレオニードが眺めていた。

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