第13話 対決! 男爵令嬢
エリザベスは、反射的に目を閉じることしかできなかった。
――――こんなところで男爵令嬢のボウガンに撃たれて、終わり!?
ヒュッと風を切る音が聞こえてきて……。
何も感じなかった。
――――即死!? な、わけないか……。
ゆっくり瞼を開けると、目の前にはレオニードの背中があった。
床にはボウガンの矢が転がっている。
どうやらレオニードが立ちはだかり、矢を素手で叩き落としてくれたらしい。
――――矢先が尖ってない……。
どうやら脅し用の刺さらない矢だったようだ。
ホッと胸をなで下ろす。
――――に、しても……飛んでる矢を叩き落とすとか……。
改めて、騎士団長であるレオニードの身体能力の高さに驚かされる。
「あの……レオニード――――」
彼を見ると……まっすぐにシャルロッテを見据えている。
とても感謝を告げるタイミングにはみえない。
「怪我をしたらどうする? もし反撃されたら? 武器は玩具ではない」
おろおろするエリザベスを余所に、レオニードはシャルロッテに近づくと、手に持っていたボウガンを取り上げた。
「レオニード……そのぐらいに……」
できれば近づきたくないけれど、宥めようとエリザベスも寄っていく。
さりげなくシャルロッテの横に……。
「彼女も反省していると思うので……」
「反省しても遅い時もある」
いきなり「ふんっ」と力を入れたかと思うと、素手でボウガンを真っ二つに折ってしまった。
――――ボウガンって、そんな簡単に壊れないよね!?
「ひ、いぃ!」
「ご、ごめんなさい!」
騎士団長に怯えて、エリザベスとシャルロッテは思わず抱き合って悲鳴を上げた。
――――この騎士団長には、ドン引きなんですけど!
「あっ……」
すぐにシャルロッテはエリザベスへ身体を寄せていたことに気づいて、小さく声を上げた。
「怖がらせてごめんね」
エリザベスから固まっているシャルロッテと離れる。
「……ちょっと、勝手に入ってこないで」
改めてエリザベスは会いに来た男爵令嬢と向き合った。
「やっと会って口をきいてもらえました。初めまして、シャルロッテ。私は――」
「有名だから知ってる。エリザベスでしょ、気が済んだなら帰って」
途中でシャルロッテにぴしゃりと遮られてしまう。
中々、手強い。
今の出来事で多少、態度が軟化すると思ったのに。
けれど、これぐらいで引き下がるエリザベスではなかった。
「いえ、日曜日のミサへのお誘いがまだです。静養中でも、閉じこもってばかりいたら、カビが生えてしまいますよ。ミサに来たら、きっと気が晴れますよ」
笑顔でお誘いをするも、シャルロッテは怒ったようにキッと睨んできた。
「絶対行かないっ、村中でわたしのこと笑いものにしているくせにっ」
「ありえません、みんな待ってます!」
この村に意地悪な者なんていないので、本当のことなのだけれど、シャルロッテは信じてくれない。
「うそ、ぜーったい、うそ。みんな、いつも影でこそこそ笑ってる! いいから出て行って!」
シャルロッテがエリザベスを突き飛ばそうとする。
レオニードが止めようとするも「大丈夫です」と制した。
逆に彼女の腕を掴んで離さない。離してやるもんか。
「それはぜーったいにありません! みんな村に来た可愛い男爵令嬢に一度会ってみたいなぁって思っているだけです」
「うそ、うそ、うそ。全部うそ!」
「ほんとです。ほんと、全部ほんと!」
暴れて反抗するシャルロッテに、エリザベスも全力でしがみついて否定した。
人間不信になった時、人の話なんて誰も信じられない。
けれど、本当は心の奥ではそれも否定して欲しいのだ。
何もかも信じられないのは、間違っていると。
だから、エリザベスは彼女に負けないほどの言葉で、取っ組み合いの説得をした。
――――彼女の気持ちはわかるから。
シャルロッテの実家は、貿易で成功して一代限りの爵位を与えられて貴族の仲間入りしたドリーナ男爵家。
幼い頃のシャルロッテは、今と違ってとても無邪気な子供だったらしい。
良く言えば、元気で知的好奇心旺盛な女の子。
悪く言えば、落ち着きのない貴族らしくない子。
そう、成り上がることに人生を賭けてきた両親にとって、シャルロッテの性格は悪い方にしか映らなかった。
兄が数人いたこともあって、家族から疎まれた彼女は――――。
風邪を引いたのをきっかけに、療養として辺境に遠ざけられてしまう。
いわゆる、貴族の、あいつはみっともないから保養地にでもやっておけ、というやっかい払い。
――――本当に頭に来る!
「私は病気で静養が必要なの! お父さまは、治るまで帰ってきちゃいけないって言ってたわ。外に出たら休めないわ」
誰も信じられない中で、彼女は父の言葉だけを信じているのだろう。
一番、嘘を言っているというのに。
早く病気を治して、家族の元に戻りたいと思っている。
――――そんなの悲しすぎる。
それでもエリザベスは引かずに言い続けた。
「一年以上も? ドリーナ家で診断をしたお医者様は、うつる病気だと言ったらしいけど、ノルティア村に来たお医者様は治った風邪だと言わなかった?」
「爵位のない村医者なんて信用できない!」
「そんなことないわ!」
エリザベスは、シャルロッテへ挑むように視線を合わせた。
自慢できないけれど、元悪役令嬢として視線の鋭さだったら負ける気がしない!
レオニードには負けるかもしれないけれど。
「うっ……」
一瞬、シャルロッテがたじろぐ。
今が彼女の心に言葉を突き刺す機会。
エリザベスは……辛いけれど、一番強い問いを投げかけた。
「では、男爵夫妻が言うように、貴方は本当に病気なの? 自分でも病気だと思っているの?」
「…………」
シャルロッテが俯く。
「違う……っ……わたし……病気なんかじゃない!」
悲鳴のような声を上げて、再びシャルロッテはエリザベスを見た。
頭の良い彼女は、自分が病気かどうかなんてきっとわかっている。
なぜ辺境に追いやられたのかも。
だから、閉じこもって病気の令嬢を演じている。
「でも、お父さまが言うんだもの! 病気だって……昔は違った。お父さまもお母さまも駆け回るわたしを嬉しそうに見守ってくれて……でも男爵になってからみんな変わっちゃった……だから……嫌い! みんな大嫌い!」
心の奥に閉じ込めていた気持ちを吐き出すように、シャルロッテは叫んだ。
エリザベスはその背中に優しく触れる。
「そう、シャルロッテは病気ではないし、悪くもないって私は知ってる。だから村にいる間、一緒に楽しく過ごさない? いっぱいお話しない?」
「ほんと……楽しんで……お話して……いいの?」
瞳を潤ませ、シャルロッテが呟く。
「やっぱり嘘よ! あなたは元上級貴族でしょう?」
気を許してくれたかなと思ったけれど、シャルロッテはまた元に戻ってしまった。
反発して、キッとエリザベスを睨みつける。
「下級貴族の気持ちなんてわからないわ! シスターぶらないでっ!」
――――もう少しだったのに……手ごわい。
けれど、エリザベスはきっと大丈夫だと思った。
彼女とは友達になれる。
「誰か来て! お客様がお帰りよ!」
シャルロッテはエリザベスを追い出そうと使用人を呼んだ。
「お呼びでしょうか? お嬢様」
先ほどのセニアと、バネサという若いメイドの二人が扉から顔を出す。
けれど、なぜか入ってこない。
「このシスターもどきを追い出して!」
シャルロッテが怒りながら命じるも、彼女達は一歩も動かなかった。
「申し訳ありません、お嬢様……それは私にはできません」
「ど、どうして!?」
頭を下げて、丁寧に断ったバネサにシャルロッテが驚きの声を上げる。
「だって、エリザベスに続きを聞けなくなってしまいます」
「続き……? 何の話?」
バネサの答えにシャルロッテが首を傾げる。
「地球外生命体<エイリアン>です……誰とすり替わっているのか、私の予想だと筋肉馬鹿なんですが、やっぱり怪しいのは若い女で」
「シーズン3で、主人公がいきなり交際中になったのですが……それでも言い寄ってくる男が次々いて……あぁ……このまま交際が上手くいくのか、気になって、気になって……夜も眠れないんです」
バネサに続いて、セニアも答える。
だいぶ良い感じに禁断症状が出ている。
「な、なにを言ってるのか、さっぱりわからないのだけれど」
「ふっふっふ、この別荘のメイドは、私が通うたびに楽しいお話をして完璧に篭絡済みです!」
エリザベスは、得意技である悪役令嬢の微笑みを浮かべた。
この高慢な笑みと声には誰もが敗北を認める。
――――前世、イベントプランナーの根気と雑学をなめないでください。
営業中に取引先の奥様にぶっ通して見せられた海外ドラマの記憶のストックは、数十本にのぼる。
それの一部をメイド達に話して聞かせたのだ。
娯楽も出会いも少ない辺境、メイド達は簡単に落ちた……というわけ。
「というわけで、反抗するならご自分でっ!」
「ちょっ……」
エリザベスがカーテンを引っ張ると、部屋が一気に明るくなった。
眩しさでシャルロッテがたじろぐ間に、窓もバンッと開け放つ。
「うん、気持ちいい……こっちの方がいい」
外から心地良い風が入ってきて、髪が揺れた。
「…………」
シャルロッテも久しぶりの日差しと風に、目を細める。
気持ちよさそうだった。
――――元々、外を歩き回るのが好きな子だったから。
それを両親に病気だと止められてしまうなんて、ありえない。
「日の光をちゃんと浴びたほうがいいです。歩かないと足も弱ります。ホコリもよくないわ」
――――前世では当たり前の知識だったけれど。
ここではあまり知られていない。
病人は光に当たらない方が良いなんてことを言う医者もいるぐらい。
「そ、そんなのうそよ! あ、あなたは医者じゃないでしょう!」
反論したけれど、もう彼女に力はなかった。
「ええ、けれど本当で、大事なことだから。本当に病気になりたいの?」
「うっ……」
病気というのが彼女の大きな心の棘だった。
だからこそ、本当に病気にはなりたくないはず。
「それから清潔が一番! バネサ、セニア、シャルロッテを私が連れ出している間に掃除をお願い」
廊下で心配そうに様子を窺っていた二人のメイドに声を掛ける。
出番とばかりに、部屋に中に入ってきた。
「任せておいてください」
「か、かしこまりました! ついに……お嬢様が外に……」
シャルロッテは何も命じていないのに、せっせと二人のメイドは外出の準備をし始めた。
呆れたのか、諦めたのか、シャルロッテは大人しくしている。
「あとは……」
ぐるりと部屋を見回したところで、レオニードがいたことに気づく。
すっかりその存在を忘れていた。
「見事な手並みだった」
「彼女のことは色々とわかるから……」
言葉を濁すとレオニードも悲しげな顔……になった気がする。
――――そうだ、丁度良いので、彼にも手伝ってもらおう。
「レオニード、馬に乗っていいのでしたよね?」
「……ああ」
微妙な言い回しに、わずかに不思議そうな顔でレオニードが頷いた。
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