第12話 慈善訪問は騎士と共に?
※※※
レオニードとクリストハルトが再会を果たし終えた時――――。
エリザベスは教会の近くにあるノルティア村の家々を回っていた。
シスターは週に二度ほど、困り事がないか聞いて回る。
いわゆる慈善訪問というもの。
「じゃあ、おばあさん」
頼まれ事を済ませ、家から籠を手に出てくる。
ここは数年前から老婆が一人で暮らしていて、何かと手伝っているところだった。
村の人は最初、他国から追放された元貴族令嬢ということで皆、警戒していたけれど、今では気にせず、接してくれている。
城に比べれば、皆、素直で優しかった。
笑顔で接していれば、元悪役令嬢ではなく、エリザベスとして接してくれるようになり、頼ってくれたり、逆に気に掛けてくれるようになった。
今はそれが素直に嬉しい。
「力仕事は無理せず、私を呼んでね。来る日でなくても構わないから。それから、今日のパンは二日以内に食べてください」
もう何度も言っているけれど、重要なことなのでエリザベスは改めて告げた。
おばあさんがゆっくりと頷く。
「随分ともたないんだねぇ。あなたの焼いたパンは、柔らかくて大好きだけど、取っておけないのが勿体ないよ」
「ありがとう。でも、悪くなったら絶対に食べてはだめだからね。また次に持ってくるから!」
お腹を壊したら大変なので、そこは口を酸っぱくして言う。
「はい、はい、わかってるよ。口うるさい娘が出来たみたいだねぇ」
顔を皺くちゃにしておばあさんが笑う。
娘と言ってくれたのが嬉しかった。
「じゃあ、次があるから行くね。元気で」
「あぁ、さようなら、シスターエリザベス。また来ておくれ」
後ろ髪引かれる思いだったけれど、慈善訪問のシスターを待っているのはこの家だけではない。
おばあさんに別れを告げると、次の家に向かう道を歩く。
教会の子供達の世話をするのも、こうして村の家々を歩いて困り事を手助けするのも、エリザベスには楽しかった。
どちらも前世や令嬢の時にはできなかったことだ。
敵対視されたり、悪口を言われたり、どろどろとした人間関係は一切ない。
料理も思う存分できて、それを村の人に配ることもできる。
――――美味しいだって! うーん、日持ちは高いハードルだよね。
何とか日持ちするパンを作れないものかと、エリザベスは歩きながら考えていたのだけれど……。
「えっ? なに?」
いきなりドカッドカッと地響きが近づいてくる。
「きゃっ!」
地震かと思ったけれど、大きな黒い馬が横を駆け抜けた。
道を塞ぐようにエリザベスの前で止まる。
転びそうになるのを何とか耐えた。
「で、出たぁ。私、何も、悪いことしてませんからっ」
顔を上げると、黒い馬の上にいたのはレオニードだった。
思わず、彼の顔を見て反射的に口にする。
「浮かれていると蹴られるぞ」
「……はっ?」
レオニードから返ってきたのは意味不明な言葉だった。
――――浮かれてる? 誰が? 蹴られる? 誰に?
そもそも、なんでここに彼がいるのだろう。
新手のストーカーか何かだろうか?
「ひっ……」
戸惑っていると、ひらりと見事な動作でレオニードが馬から下りた。
「乗らないか!?」
「お断りです!」
再び意図がまったくわからない言葉だったけれど、エリザベスは即答した。
この軍馬に乗るなんて想像できない。考えられるのは……。
――――ひきずりまわしの刑!?
罪人としての自分の姿でしかなかった。
令嬢の時、散々レオニードに追いかけられた記憶がそうさせるのかも。
――――とにかく、すべてお断りです!
逃げるようにエリザベスは歩き出し、馬の横を通り過ぎた。
しかし、レオニードも手綱を引いて歩き出す。
ばかりか、横に並び始めた。
「…………」
――――なんのつもり?
じとーっと批難の目を向けると、レオニードが口を開く。
「勝手に歩け。俺は見回りだ」
「やっぱり、見張りだ……」
わかっていても、面と向かって言われるとショック。
項垂れながら歩く。
カポカポと馬蹄の音がついてきた。
――――慈善訪問が……どうして、こんなことに?
嘆きつつも、そこはへこたれない元イベントプランナー。
持ち前のポジティブさで意識を別に持っていくことにした。
悲しいことは悲しんでいても、より悲しくなるだけ。
「貴方の愛馬ですか? 良い馬ですね……」
「そうだ」
レオニードが微笑んで答えように見えた。
わずかにそう思っただけで、気のせいに違いないけれど……。
「賢そうな馬。それに強そう、とてもいい筋肉がついてる」
「……そうか。名はフロレスターノだ」
頬を掻くような仕草をして、馬の名を教えてくれた。
「フロレスターノ、ぴったりの響きね。あっ、こっちを見た。まつ毛が長いのね、毛並みも綺麗――――」」
自分が褒められているのがわかるのだろうか。
利口なフロレスターノは、鼻先を肩にくっつけてきた。
「あはっ、くすぐったい。いい子ね、フロレス、フーノかしら?」
触れるのを許してくれそうなので、撫でてみる。
すると、もっと撫でてとばかりに顔を押しつけてきた。
見た目と違って可愛い子みたい。
「……俺のことはレオと呼べ」
「はっ? ……レオニード様でしょう?」
――――いきなり何を言い出すの? この騎士団長?
監視対象を愛称で呼ぶなんて、色々問題あるでしょう。
「今は休暇中だ」
――――なんか面倒な人だな。
会話が成り立っているようで、どこかずれている。
けれど、段々とそれが面白くも思い始めていた。
「では、間をとってレオニードで」
「まあ、いい」
再び、会話なく二人と一頭で道を歩き続ける。
不思議と先ほどまでの居心地の悪さは消えていた。
十分ほど歩き続けると、エリザベスとレオニードは村の外れにある大きな屋敷にたどり着いた。
領主の屋敷ほどではないものの、小さな村には似つかわしくない大きさと立派な見た目で、黒い煉瓦に白い窓がよく映えている。
ここは、領主であるクローレラス伯爵家の親戚、ドリーナ男爵家の別荘だった。
「今日こそは!」
屋敷の前で、エリザベスは意気込んだ。
玄関に向かうと、隣を歩くレオニードが屋敷を囲む柵に近づいた。
手綱を格子に巻き付けているようだ。
どうやら屋敷の中までついてくるらしい。
「シャルロッテ――――!」
声を掛けながら、屋敷の門を勝手に開ける。
「お嬢様は誰ともお会いになりません」
すると、屋敷の扉が空いてメイドが顔を出した。
何度か訪れているエリザベスには顔見知りの相手で、名前はセニア。
「あっ、の……何度も来てくれているのに……お嬢様はご気分が悪くて……ご、ごめんなさい……それより――――」
おどおどとしながら、扉の中からセニアが謝った。
――――チャーンス!
エリザベスは屋敷の中が微かに見えていることに、目を輝かせた。
「今です! レオニード、侵入口を確保っ!」
――――今日の私は騎士団長の監視で百人力っ!
自分でもよくわからないけれど、使えるものは使う。
「むっ……!」
ダメ元だったけれど、レオニードはエリザベスの言葉に従った。
レオニードが凄まじい速度で玄関に突進していく。
「な、なにを……きゃっ!」
扉が閉められる前に、彼の足が扉の間へ差し込まれる。
セニアは驚いて尻餅をついた。
「ごめんなさい。少し強引に行かないとだめだと思うの」
エリザベスはセニアにぺこりと謝り、屋敷の中に入った。
玄関ホールから階段で二階に行くと、一番奥の部屋を目指す。
エリザベスは外から観察して、この令嬢の部屋の位置を事前に割り出していた。
人間不信になった者は、人の気配がなるべくしない屋敷の奥の部屋を好む。
カーテンがたまに揺れるのは、屋敷の東側の奥。
「シャルロッテ、いるんでしょう? シスターのエリザベスよ。一度ぐらい会いたいんだけど、ちょっと、お話だけでもしてみない?」
扉の前まで来ると、ノックしながら声を掛ける。
レオニードも当然のように後ろにいた。
今はそれが何となく心強い。
「…………」
当然、中から返事はなかった。
それはそうだろう。見知らぬシスターが屋敷に押しかけてきたのだ。
自分でもなぜここまで強引に事を進めるのか、わからない。
多少なりとも、令嬢の時の自分と被る境遇があるからかもしれない。
「怖がらなくても、私は貴女の味方よ。少し話したいの。入っていい?」
尋ねながらも、エリザベスは返事がないことを肯定と取って、扉を開けた。
「来ないでっ!」
中に入ると、天蓋付きの立派なベッドの上に十四、五歳の少女はいた。
彼女の小さな手には、不釣り合いなボウガンが握られている。
「えっ……」
すごい勢いで矢が飛んで来る。
まさか撃たれるとは思ってもみなくて、エリザベスは身動きが取れなかった。
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