第11話 戦友の再会

※※※




 領地内の教会に来た曰くつきの元貴族令嬢へ、隣国の騎士団長が会いに行った翌日。 クリストハルトは、戦友との五年ぶりの再会を屋敷の執務室で待っていた。


「レオニード様がご到着されました」


 馬の嘶きが聞こえたかと思うと、執事のダニエルが来客を知らせに来た。


「ここへ通してくれ」


 執務室に案内するように命じると、ダニエルはすぐにレオニードを連れて戻ってくる。

 五年ぶりに会う彼は、一段と大きくなったように見えた。

 最初に会った時、レオニードは副団長だったけれど、今では団長に昇進している。

 一方のクリストハルトも、国内の信頼を得て、伯爵としての地位を盤石にしていた。


「久しぶりだね、レオニード。国境の盗賊討伐以来だっけ?」

「……そうか?」


 懐かしむクリストハルトに対して、レオニードの態度はそっけなかった。

 彼らしいといえば、彼らしい。


「馬を預かってくれて助かった。礼を言う、ではな」


 彼の購入した小屋の厩が壊れていたということで、昨日は愛馬を預かっていた。

 それを引き取りにも来たはずだったけれど……五年ぶりの挨拶の方はついでだったみたいだ。

 話は終わりだとばかりに、レオニードは部屋を出て行こうとする。


「待って、待って」

「引き取りついでに顔を出せというから見せた」


 帰ろうとするレオニードに、クリストハルトはなだめるように食い下がった。


「君も騎士団長で伯爵級の貴族なんだから、空気を読んで慣れようよ。これは訪問なんだよ、だから近況報告とかさ」

「小屋の横にあった厩舎を直した、他は変わりない」

「あっ、そう……」


 ダメだ。この朴念仁、め。

 呆れて、ため息も出てこない。

 気を取り直して、貴族の笑顔でクリストハルトは尋ねた。


「愛馬ごと来るなんて、本当に引っ越しなんだね」

「当然だ。一年の休暇を丸ごと過ごすからな」


 ――――引っ越しの理由はもうバレバレだけどね。


 心の中で呟く。

 まったく隠せてないのは困ったもんだね。

 つき合うこっちの身にもなってよ。


「お城の中も王女様回りが落ち着いたって聞くし、平和だねー」


 その話題を口にした途端に、レオニードの眼光が鋭くなる。


「関係ない」

「そ、そうだねー」


 気圧されて、クリストハルトは相づちを打った。


 ――――怖っ……エリザベス嬢の追放がらみは、禁句だね。


 心に留めておく。

 レオニードの眼光は、すぐに元の興味なさげに戻って一安心。


「それにしても……こうしてじっくり話すのは初めてじゃないかな」


 ソファを勧めると、仕方なくといった様子で彼は腰掛けた。

 クリストハルトも向かいに座る。


「そうだったか?」


 そっけなくレオニードが答えた。

 盗賊を倒した後は、事後処理に追われ、レオニードと話したのはお互いの被害や捕縛した盗賊の数などの報告をしただけ。

 国も違う二人が酒を酌み交わすような機会はそう訪れない、はずだった。


 ――――ほんと、偶然って怖いね。この場合、運命かな? 僕は巻き込まれだけだけれど。


 なぜモワーズ王国の騎士団長なんて重要人物が、隣国リマイザ王国クローレラス領にいるかというと、先ほど彼が自ら言ったように休暇のためだった。


 ――――正確には休暇を装った愛の追跡? 追撃? いや、追求かな?


 今のレオニードの状況にぴったりな言葉が色々と浮かんで、クリストハルトは心の中でニヤリとする。

 最近起こった、モワーズ王国での周辺国を巻き込んだ一連の騒動は、ひとまず一人の令嬢の国外追放で落ち着いた。

 平和になったモワーズ王国の騎士団長レオニードは、王からの命令で一年間の休暇を強引に取らされる。驚くことに、それまで休みを取ったことがないらしい。


 そこからが、驚きだった。

 レオニードは休暇の地として自国の領地ではなく、隣国のクローレラス領を選んだのだ。

 その地は奇しくもクリストハルトが領主を務め、かつ、あの令嬢エリザベスが追放されてシスターとして暮らしている場所だった。

 何も知らない人々は、休暇なのに追放した令嬢を見張りに行くなんて、とレオニードに感心した。

 けれど、彼の人となりを知っているクリストハルトは違うとわかった。


 ――――レオニードはそこまで相手に執着するタイプじゃないよね。


 任務に忠実であって、戦いや力量を試すことに喜びを感じたりするようには見えない。

 感情表現が乏しく、どちらかというと他人への感心も薄いだろう。

 その彼がわざわざ追放された者を国外まで追いかけてきた、しかもそれが女性となれば、考え得るのは一つだけだった。


 ――――愛だねぇ。


 ちなみに、二つ名まで持つ国内最強の騎士が、他国で休暇を過ごすのは色々と問題があるので、形式上は軍事交流として、団長の短期交換という形を取っている。

 つまり、レオニードがリマイザ王国に来たように、モワーズ王国にも二つ名持ちの隣国の団長が訪れている。


「そろそろいいか? 俺は忙しい」


 ――――休暇なのに? 一人、隣国に来て、忙しい?


 心の中でつっこみつつ、立ち上がろうとする彼を止める。


「待って……実は君に頼みたいことがあったんだ」

「なんだ?」


 クリストハルトは前もって用意してあった台本を口にした。


「この辺りで、また盗賊に悩まされていてね」

「なんだと? どこだ? 規模は?」


 むっと眉を動かし、過剰なほどにレオニードが反応する。


 ――――よっぽど心配なんだろうなあ。


 クリストハルトの話はレオニードのために考えたまったくの嘘なのだけれど、彼が疑っている様子はない。

 笑ってしまいそうになるのを必死に堪える。


「盗賊団とも呼べない規模だよ。まだ五人ぐらいだから、アジトなんてないし。よかったら村の見守りぐらいしておいてくれると助かるのだけれど――――」

「当然だ。休暇とはいえ、住人として治安維持には協力する」


 やや食い気味にレオニードが承諾する。


 ――――“聖獅子の大剣”が見回りって、どんな警備の厚い村だよ。


 盗賊もびっくりだろう。

 逆に何か国を揺るがす重大な秘密があるのかと、悪人が集まってくるかも。


 ――――楽しそうだね。


 やっかいごとは、領主としては困るのだけれど、レオニードが来るとわかってから毎日がわくわくして仕方ない。

 彼の買った小屋の隣に越してしまいたいぐらいだ。


 ――――まあ、馬に蹴られるかもしれないから、やめておくけれど。


「助かるよ。見回りなら、これで君も自然に顔を合わせられるだろ」

「……誰とだ?」


 さりげなく告げると、レオニードは一瞬固まって、すぐにとぼけた。


 ――――バレバレなのに気づかれていないとか思っちゃってる……?


 黙って応援しようと思っていたけれど、悪戯心がわき上がってくる。


「エリザベス嬢だよ、君が来る前に追放されてきたシスター」

 ――――どう見ても、好意たっぷりで追いかけてきたよね?


 どうやって誤魔化すのか、彼の次の言動を楽しみに待つ。


「関係ないことだ」


 さらっとシラを切ってきた。

 たしかにレオニードらしい返し。

 もっと反応を楽しんでもいいけれど、茶化すのはここまで。


 ――――怒らせて、大剣で真っ二つにされる前に止めとこう。


 けれど、レオニードが真っ先にエリザベスへ会いに行ったのは聞いている。

 すぐに噂になり、真意に気づく者もいるだろう。


 ――――ほんと、大丈夫かな? 恋愛下手そうだけれど……せめて僕が応援してあげないと駄目かも。


 このままだと何も進展もせずに休暇が終わってしまう可能性が高い。

 やはり、遠くから二人を見守るだけでなく、友人として積極的に背中を押すことが必要かもしれない。


「頑張れ、レオ」


 クリストハルトはレオニードの肩を叩いた。

 ここにいる騎士団長は戦場の強者ではなく、好きな女性に悩める一人の男だ。

 親しみが湧くし、その点だけならクリストハルトの方が経験も知識も豊かだろう。


「いきなり馴れ馴れしく呼ぶな」


 せっかく親しみと応援の意味を籠めて言ったのに、本人は気に入らないらしい。


「長い休暇を同じ領地で過ごすんだ、気軽な仲で頼むよ。僕のこともクリスでいいから」

「勝手にしろ、俺はそんな変な呼び方はできないからな。用事は済んだな? もう行く。馬の件は世話になった」


 今度こそ立ち上がると、執務室を出て行く。

 もう、クリストハルトも止めなかった。

 エリザベスへの気持ちで忙しないのは止めようがない。


「ああっ、あと一つ。エリザベス嬢は、馬、好きらしいよ」

「…………」


 クリストハルトは馬で思い出した、彼への助言を口にした。

 一瞬、レオニードは足を止めて、ずんずんと大股で部屋を出て行く。


 ――――今の間は、いいことを聞いたってとこかな?


 笑みを浮かべて、レオニードの心の中を予想する。


「……重症だね。エリザベス嬢って、僕はまだしっかり知らないけど」


 会ったのは一度だけ。

 追放された彼女が領主のクリストハルトへ挨拶に来た時。

 クリストハルトが遅れて執務室に入ると、彼女は窓から見える馬場を優しげな表情で眺めていた。

 あの表情は、まぎれもないエリザベス嬢の素顔で――――。

 そこには、聞いていた公爵令嬢としての驕りや意地悪さは感じられなかった。

 そして、馬に乗るのが好きなのかと尋ねた時の彼女の答えが印象的でよく覚えている。


 『自由に走る姿を見ているのが好きなだけです』


 と、どこか切なげに微笑んだのを。

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