第9話 奮戦レオニード
※※※
作戦に従って配置についたレオニードは、野営地から指揮を執るクリストハルトと離れ、アジトがあると思われる場所へ進軍していた。
気づかれないように、全員を徒歩にさせたうえ、斥候部隊に見張りを倒しながら先行させている。
――――あれは有能だ。まだ経験が足りないが。
レオニードはクリストハルトを客観的にそう評価していた。
功を焦っているようだったが、何か奴の想像を超える予想外の出来事がなければ、作戦は上手くいくだろう。
提案に乗ってこず、突入をレオニードに任せたのは適切な判断と言える。
――――任務さえ遂行できればそれでいい。
そうは考えつつも、なるべく賊が本陣の方に行かないような方法を、レオニードは選んだ。
クリストハルトに配慮してではなく、ただ、レオニードの兵の方が戦いに慣れているからだ。
相手は組織化された賊で逃げ道も用意しているかもしれない。
気づかれないようにアジトへ近づき、一気に殲滅するべきだった。
それでも逃げ出す者がいるだろうから、あとはクリストハルト達の仕事。
言葉どおりの働きをするならば、散り散りになって下りてくる盗賊を残さず網に掛けるだろう。
討ちもらした賊がいないとわかれば、それだけでもリマイザ王国としても十分な功績なはずだ。
――――他国の内情はどうでもいいが。下手に死んでもらっては困る。
今回の作戦の成功だけでなく、レオニードはもっと先を見据えていた。
能力のある者は生きて、その国、その土地のために尽くしてもわらなければならない。
それがレオニードの信条だった。
自国だろうと他国だろうと、欲と能のない奴に足を引っ張られたのは、一度や二度のことではなかった。
逆に有能な者がその国の中枢や指導者となれば、今回のような二国の協力も可能となってくる。
少なくともクリストハルトは状況を把握して、己の欲を制御できるだけの器を持つように見えた。
だから、できれば死んで欲しくはない。
――――何より、死なれると色々と面倒だからな。
「そろそろです、副団長」
先行していた斥候部隊の一人が、いつの間にか戻ってきたらしい。
レオニードに耳打ちしてきた。
「わかった。皆、準備をしろ」
振り返ると、手で合図を送る。
立てた指の本数と向きで、戦闘準備・進軍・待機・突入・退却の指示が素早く出せるようになっている。
レオニードの合図を見たものが、さらにその合図を後ろに送る。こうすることで、大きな音を出さずに、数分で全員へ指示が伝わった。
ここにいるのは突入隊の最精鋭二十名。
戻った斥候隊の十人は本陣に下がり、休ませる。
残りの二十人は突入とともに、アジトをぐるりと包囲するように指示していた。
――――あそこか。
アジトの入り口を確認する。
二人の賊があくびをしながら見張りをしていた。
こちらの接近は気づかれていないようだ。
レオニードは、腰に手を回すと短剣を二つ取り出す。
「ハッ!」
左右の手で、ほぼ同時に投げる。
短剣は吸い込まれるように見張り二人の首に突き刺さった。
すぐに息絶えたため、どさっと倒れる音だけが響く。
レオニードは後ろの兵達に進軍の指示を送った。
「ウォォォォ」
声を上げて、レオニード自身も真っ先にアジトへ向かっていく。
副団長に遅れるわけにいかないと、部下達が追いかけてくる。
「襲撃だーっ! 騎士が、騎士がきやがった!」
すぐに中から声が聞こえてきた。
どうやら入り口付近にも二重に見張りを置いているらしい。
――――賊にしてはやけに慎重な奴だ。
少しだけ嫌な予感がするが、もう戦いは始まっている。
考える必要はない。今は剣を振えばいい。
「騎士だと!? ぶち倒せっ! どうせ貴族のボンクラが騎士の真似して……」
二人の賊が暗闇から姿を見せる。
一人は棍棒、もう一人は短剣を手にしている。
構わず、レオニードはいきなり大剣を横薙ぎに振るった。
「なっ……!」
盗賊二人はいきなり剣が迫り来るのに気づいて、咄嗟に自らの武器で受け止めようとする。
けれど、レオニードの大剣がそんなことでは止まるはずがなかった。
「がっ!? はっ……」
二人とも受け止めた武器は粉砕し、その勢いで洞窟の壁に叩きつけられる。
「嘘だろ……なんで“聖獅子の大剣”がここにっ……!」
意識を失う前にレオニードの姿を見て、呟いた。
「敵襲だ。多くはない。囲め、囲め!」
次々奥から賊が出てきて、レオニードと距離を取りながら囲む。
「レオニード副団長!」
追ってきた部下がレオニードの様子に気づいて、声を上げる。
「俺は問題ない、賊を殲滅しろ」
部下を安心させると、再び愛剣を振った。
「おおおおっ!」
今度は回転するようにぐるりと薙ぐ。
すると囲んで武器を構えた賊が次々と「うっ」「ぐっ」と苦痛の声を上げた。
まとめて数人が吹っ飛んで、やはり壁に叩きつけられた。
「命が惜しい奴はそのまま倒れていろ」
近くで倒れている盗賊から短剣を奪うと、壁に叩きつけられてまだ意識のある奴に向かって投げつける。
素分違わず、脇のすぐ横に突き刺さり、衣服で壁に縫い止めた。
「逃げたい奴は俺を倒しに来いっ」
剣を構えると吠える。
「はは……無理だ……そんなの……罪人の塔送りのがマシだ……」
残っていた賊が戦意をなくして呟いた。
手にしていた剣を落とすと、洞窟の奥に逃げていく。
いや、逃げていこうとしただけで終わった。
「騎士相手に何、びびってんだよ。持ち場は死んで<、、、>守りましょう、だろ? 死んで、だよ。ヤバイ時は持ち場で死ねって言ってんだろう!」
奥の暗闇からぬっと新たな賊が出てきた。
レオニードと同じぐらい身体が大きい。
手足が異常に長く、先ほど逃げ出した男の顔を掴んで、片手で軽々と持ち上げている。
「お、お頭……けど……」
「言ったね? 今“けど”って言ったよね? はい、禁止用語言っちゃった……死亡決定! さよならー」
空いていた方の手で、男の首に短剣を滑らせる。
逃げ出した男は、ゴミのように地面へ放り投げられた。
「お前が盗賊のリーダーか?」
静かに様子を見つめていたレオニードは、口を開いた。
「あぁ? てめぇか! おれのアジトで好き勝手しやがっ……て」
一瞬、怒りの声を上げるも、レオニードの姿を見て声を震わせる。
「お、おまえ……危険度Sのモワーズの副団長……や、やべえ。まじでやべえ」
どうやら賊の頭もレオニードのことを知っているらしい。
冷や汗が額から落ちる。
「選べ。俺に倒されるか、牢獄で一生過ごすか」
剣を構え、レオニードは問う。
今まで小集団だった賊を組織化したのはおそらくこいつだ。
いつ毒の塗られた短剣が飛んで来るかもしれない。
油断は禁物だ。
「もちろん……三つ目の選択肢。自由気ままな盗賊家業を続ける、に決まってるでしょっ!」
答えると、賊の頭はやはり短剣を放ってきた。
しかも四つほどを立て続けに投げてくる。
三つを剣でたたき落とし、もう一つをできるだけ少ない動きで躱す。
「大陸内でも最強クラスの騎士にやってられるかっての!」
賊の頭は叫ぶと、レオニードに向かって近くにいた仲間を蹴り飛ばし、くるりと後ろを向いて逃げ出した。
「待て! くそっ!」
すぐに蹴り飛ばされた賊を突き飛ばし、頭を追う。
けれど、思い切りのよい逃げに追いつくことはできそうになかった。
すぐに諦めて、次の行動を思案する。
――――アジトの奥に向かって逃げたということは……。
考えられるのは三つ。
一、自棄になって逃げただけ。
二、奥は迷路などの罠になっている。
三、どこかへ繋がる逃げ道がある。
頭の良い奴だろうから、一はおそらくない。
たぶん二か三、もしくはその両方だろう。
二だけならば、ゆっくりと追い詰めていけば良い。
問題は三の逃げ道がある場合だ。
元々、想定はしていたが、こればかりは内偵でもしないと備えておけない。
それには、今回は時間が足らなかった。
――――奴は危険だ。
幾度も死線を越えてきた勘が告げていた。
レオニードには敵わないものの、それなりに危険な相手だ。
襲撃の相手に気づくと逃げ出す判断・思い切りの良さ、それに盗賊を取りまとめた知恵。
今のクリストハルトでは分が悪いかもしれない。
「副団長、どうしますか?」
賊の残りを片付けて追ってきた側近が、レオニードに指示を仰ぐ。
「お前は兵を指揮して、アジトを壊滅させろ」
パッと今後の方針を決め、部下に指示を出す。
「慎重に、なるべくけが人を出さずにだ」
「畏まりました」
今回の作戦には、団長が控えに回った分、優秀な者を多くこちらへ回してくれたので、これで問題ないだろう。
「副団長、ご自身はどうされるのですか?」
「俺は――――」
レオニードは、ふっと先を睨みつける。
その視線の先にあるのは、アジトの奥へ続く闇ではなく、入り口へと向かう光の方だった。
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