第7話 騎士団長と教会庭で晩御飯

 教会内の食堂には、木製の長い長いテーブルがある。

 対になる子供達が左右に座るためのやはり長い椅子もあって、夕食時には皆が集まる。

 今日も、ささやか……ではなく、教会の食事とは思えないほど豪華な料理が並ぶ。


 教会内の菜園で取れた新鮮な野菜のサラダ。

 野菜のコンソメスープ。

 クリームが添えられたパンケーキに――――。

 メインは。エリザベスが腕によりをかけて作ったローストポーク。


 さらにバケットの中には、丸いパンとコッペパン。

 貴族の夕食には負けるけれど、普通の食卓からしたら十分過ぎるご馳走。


「女神ヘレヴェーラよ……慈しみに感謝いたします、どうかこのささやかな物を祝福し、我らの生きる糧とさせてください」


 と、食事の前には必ず全員で指を組んで祈る……はずだったのに。


 ――――どうしてこうなった!?


 今のエリザベスの姿は食堂にはなく、教会の庭にあった。

 大きな樹の下に、木のテーブルと丸太を磨いた椅子を置いて座っている。

 場所よりも、向かい合っている相手が大いに問題。

 視線の先には、無表情で座る騎士団長レオニードの姿。

 どうやら食事前の祈りを待ってくれているみたい。


「終わりました、どうぞ」


 どうぞお帰りください、と言いたいところだけれど、ぐっと我慢。


「いただこう」


 やはり、ぶっきらぼうに答えると料理に手を伸ばした。

 食堂のメニューとは若干違う。

 テーブルが小さいということもあり、アレンジされていた。


 コッペパンに、ローストポークと野菜が挟まれている。

 厚いパンケーキは二枚重ねで、中にフルーツと生クリームが挟まれていた。

 小皿にのせた低いキャンドルが微かに辺りを照らしている。


 相手が自分を追い回してくれた騎士様でなければ、それなりに雰囲気のある夕食なのだけれど……。


「…………」


 ローストポークサンドをはぐっと口に入れる。

 一瞬、動きが止まると、咀嚼しながらレオニードはパンを見ていた。


「毒なんて入ってませんわ」

「……わかっている」


 エリザベスを監視しに来たのであれば、警戒してもおかしくないと思っての発言だったのだけれど、彼は本当に気にしてはいなかったようだ。

 それからガツガツと用意された食事を食べていく。

 エリザベスも渋々、料理を口に運んだ。


 ――――うん、良く出来ている。


 ローストポークは柔らかすぎず、硬すぎず、丁度良い火加減で調理されている。

 ちらりともう一度、レオニードの様子を窺う。


 ――――あれ? もうローストビーフサンドが三つもなくなっている。


 身体の大きな男の人ということで、自分達よりも多めに用意してあったのだけれど、それらはもうほとんどなくなっていた。


 ――――気持ちのいい食べっぷり。


 自分の料理をぱくぱくと食べてくれるのは、悪い気がしない。

 相手が天敵の騎士団長でも。


 ――――足りる?


 すでにローストポークサンドはなくなっていて、レオニードは次の料理に移っていた。

 テーブルの上には、四分の一にカットされたフルーツサンド風のパンケーキ。


 ――――子供大好きな、生クリームが入っているフルーツサンド、なかったんだよね……クリームナシは軽食であったけれど。


 前世でのことを思い出す。

 誕生日会で、子供達がパンケーキを幾重にも重ねて、生クリームとフルーツを盛りつけて、大喜びする。

 そんな仕事は、結局最後まで回ってこなかったわけだけれど。


「…………」


 前世に思いを馳せている間も、レオニードは次々に料理を食べていた。

 あっという間にパンケーキが半月型になっている。


 ――――パンも酵母とか……前世で勉強しておくんだった。


 パンは焼いたことはあったけれど、既製品のドライイーストだったし、天然酵母とかはよくわからない。

 できれば、もっと種類増やしたい。


 ――――そうすれば、もっと喜んでくれ……って、誰に!?


 自分で自分につっこむ。

 目的は置いておいて、酵母の研究はぜひ続けたい。

 パンは、酵母でかなり香りや味が変わってくるから。

 エリザベスはレオニードの様子をぼんやりと見ながら、思い出した。


 教会の貯蔵室で、酵母のガラス瓶をずらりと並べていると、ロクサーヌに「気持ち悪い」って言われたっけ。

 町のおばさんには酵母をもらえたけれど、パン屋の人にもぜひもらってみたい。

 できれば、名人みたいな人に教えてもらえるといいのだけれど。


 ――――そういえば、モワーズ王国の首都に評判のパン屋さんあったなぁ。


 もう追放されているから、さすがに戻って「酵母下さい」ってのは無理。


「…………」


 気づけば、レオニードがエリザベスを見ていた。


 ――――別に食べる貴方のこと見てませんでしたけど?


 訝しげな顔で彼を見返す。


 ――――見ていたのはパンで……あっ、食事中に見るのはよくなかったですね。


 少し反省して視線を逸らすも、レオニードはエリザベスを見つめたままだった。


「何ですの?」


 緋色の瞳にじっと睨まれることに耐えきれなくなる。

 するととんでもないことを言い出した。


「……これから、毎日お前の様子を見に来る」

「はっ……!?」


 ――――毎日?


「すぐにお帰りになるのでは?」


 いきなりの宣言にエリザベスは?をたくさん頭に並べた。

 これは……だから逃げるな、的なトドメの言葉?

 けれど、さすがに毎日は騎士の仕事に支障が出るのでは?

 色々な疑問が頭に浮かぶ。


「ノルティア村に宿屋はありませんのよ」


 この辺りは観光するような場所でも、近くに大きな街があるわけでもないので、宿泊をしているところなんてない。

 野宿とでも言い出すのだろうか。

 けれど、さらに彼は意表を突くことを口にした。


「はずれに――家を買った。そこから通う」

「ひぃっ……!」


 エリザベスはレオニードの言葉に目を見開いた。

 そして、心の中で絶叫した。


 ――――どこまで私を見張るつもりですかー!


 エリザベスのサードアンドスローライフは早くも危機に瀕した。




※※※




 レオニードはいきなり通う宣言をすると、また無言で食べ続けて――――。

 すべて綺麗に食べ尽くすと、満足したかのようにさっさと帰っていった。

 今頃きっと、エリザベスを監視するためにわざわざ購入したという家に戻っているのだろう。


 ――――何という執念!


「シスターエリザベス、それで? それで?」


 フェルシーがベッドの中から話の続きを急かしてくる。

 エリザベスは、夕食後に子供を寝かしつけていた。

 毎日元気いっぱいに駆け回る男の子はすぐに眠ってしまうけれど、女の子のフェルシーはよくお話をせがむ。

 特にお城や王子様や令嬢の話が好きだった。


「あっ、うん。すると令嬢は舞踏会に出席することになってね」

「舞踏会!?」


 少し大げさに、実際にエリザベスが舞踏会デビューした時のことを話す。

 公爵令嬢ということで、注目はされていたけれど、その瞳には様々な感情が潜んでいるように思えて、怖かった。


「――――というわけで、お城はキラキラしていますけれど、妬みと嫉みが渦巻いて、絡みついて離れない、怖ーいところです」

「ねたみ……そね、み?」


 適当なところで話を切り上げると、わざと無理やり難しい言葉を使う。

 こうすると、子供はうとうとしてくる。

 ポンポンと優しく叩くと、フェルシーも瞳が開いてはすぐに閉じる。


「楽しく……ないの?」

「ええ、忌々しい出来事だらけ」


 あれを楽しめるのは、よっぽど世界に愛されたヒロインか、無神経な者だけ。

 今思い出しても、ぞっとする。


「じゃあ……エリザベスの王子さまは、いなかった……の?」


 どうやら、どんな時も王子様が助けに来てくれると思っているらしい。

 そうだったら、どれだけよかったのだろう。


「そうよ。王子様は――――」


 悪役令嬢が心を重ねる相手なんて、いるはずがない。

 設定的にありえない。


「いませんでした」


 ――――!?


 言い切ったところで、ふっとレオニードの顔が浮かんでエリザベスはぞっとした。


 ――――なんで、あの人の顔が……?


 剣を抜いて、団員達を指揮する姿。

 思い出しただけで怖い。

 あの人には白馬に乗った王子様ではなくて、黒馬に乗った鬼の方がしっくりくる。


「うん、うん。ありえない」


 すでに眠ってしまったフェルシーの横で、エリザベスは一人頷いた。

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