第6話 聖獅子の大剣が現れた!?
ヒルデに言われて、厨房を出たエリザベスはぼんやりと昔のことを思い出しながら、庭を歩いていた。
前世では見たことのないような綺麗な夕焼けが空を染めている。
――――ゲームの世界でもこうして生きていれば、架空ではないんだよね。
夢ではないかと何度も思ったけれど、この世界に、たしかに生きていると実感できる。
逆に、エリザベスは世界の広さに驚かされた。
ゲームの中では一部しか表現されていなかったと気づかされた。
画面外にも空は続くし、出てこなかった場所にもきちんと国があって人がいる。
名前がなかった者にもすべて名があり、意思がある。
すべてに命が宿っている。
そして――――。
「私はこの世界の住人で……」
エリザベスは腕を広げて、夕方の風を身体全体で感じた。
「物語のしがらみを終えて、本当の自由。もう、役割はない」
風に乗って踊るように、ステップを踏む。
すると、エリザベスの姿を見つけた子供達がワアアッと寄ってきた。
「なにしてんだ、シスターエリザベス? 新しい遊び?」
トニが真っ先に駆けてきて、踊るエリザベスのマネをする。
――――ううん、役割はあった。
四人のシスターと、神父様と、十人の子供達。
新しい家族とこの辺境の田舎で慎ましくも暮らしていくこと。
子供達を守っていくこと。
「風が気持ちいいから踊ってただけよ……ほら」
トニをひょいっと持ち上げる。
――――セカンドライフ? ううん、サードライフ?
「わわっ……な、なにすんだよ、シスターエリザベス!?」
肩車すると、トニが驚いた声を上げる。
しかし、すぐにその視線の高さに「わぁぁ」という喜びに変わる。
他の子供達も「私も、私も」とエリザベスの服を引っ張った。
代わる代わる子供達を肩車して、特等席で夕日を見せてあげる。
――――公爵令嬢とは違って、何だってできる。
初めは追放されることに怯えていたけれど、案外合っているように思える。
公爵令嬢の方がよっぽどエリザベスには窮屈で、退屈だった。
――――辺境の田舎だから、前世の記憶を使って色々便利にしても、バレなきゃ、オーケーだし……?
すでに料理については色々と腕を振るってしまっている。
「肩車はおしまい。晩ご飯まで、次は何して遊びましょうか?」
二週目を期待していた子供達が「ええー」と不満の声を上げたけれど、却下。
令嬢にしては体力に自信があるけれど、さすがに子供達全員を肩車し続けるのは無理がありすぎる。
「じゃあ……競争!」
子供達の中では年長のトニが声を張り上げた。
「いいわよ、じゃあ……門まで勝負――――!」
答えるなり、エリザベスは走り出す。
「あっ! ずるいっ、シスターエリザベス!」
トニは文句を言いながら、すぐに走り出した。
他の子供達も「待ってぇ~」や「ずるいよ」などと言いながら、エリザベスを追いかけてくる。
――――やっと手に入れた自由、私はここでめいいっぱいエンジョイする!
風を切って全力で駆けながら、エリザベスは自由を感じていた。
現代日本を離れ、モワーズ王国を離れ、遠く離れた辺境の地で、静かに、けれど楽しく面白おかしく生きて――――。
生きていく、はずだった……のに……。
「――――な、なんで!? ここに?」
一番で門まで走り着いて、手をつく。
そこで、エリザベスは門を出た厩舎の柵に立つ人物に気づき、声を上げた。
がっちりとした体格、赤茶色の髪、切れ長の琥珀の瞳、眉間の皺と真一文字の口、そして大剣……間違えようがない。
彼もエリザベスの方に気づいて、姿勢を正した。
「大人のくせに本気で走るなんてずるいよ、シスターエリザベス!」
二番目にたどり着いたトニが、硬直するエリザベスを不思議そうに見る。
次々、やってきた他の子供達も同様。
無意識に子供を背中へ隠すように後ろへやって、エリザベスは来訪者をきっと睨みつけた。
――――誰も令嬢の頃の知り合いがいない辺境のはずなのに――――!
心の中で文句を言っても仕方がない。
「シスターエリザベス、どうしたの?」
子供達の中でも人の反応に敏感なマートが、心配そうな表情でエリザベスの裾を引っ張った。
――――子供達を不安にさせてはだめ。
マートのおかげで自分を取り戻す。
コホンと咳をすると、いつもの威厳を取り戻して、エリザベスは男の方へ一歩近づいた。
「お忙しい騎士団長殿が、こんな地まで、何の御用でしょうか?」
――――“聖獅子の大剣”ともあろう人がなぜここに……? 暇なの?
彼の名はレオニード・ガルドヘルム。
エリザベスが前にいたモワーズ王国の騎士団長。
その強さと武器から“聖獅子の大剣”と呼ばれていて、その名は大陸全土に轟いているのだけれど……。
――――プリ暁では攻略対象ではなかったし、ゲームでは顔なし、差分なしのモブ扱い。
しかし、転生したエリザベスの人生では、事あるごとに追い回してくる旧友ならぬ天敵の団長殿。
何度「逃がすな!」と言われたことか……。
「…………」
ざっと田舎の丘を流れる強風が駆け抜けていく。
構わず、レオニードの瞳は、しっかりエリザベスを見つめていた。
鋭い眼光で、怖い。
――――わ、悪いことしてないのに! 脈が……。
「用件をおっしゃって!」
「ん……っ?」
再度尋ねると、なぜかレオニードは首を傾げた。
「…………俺は」
たっぷり間をとって、やっとしゃべり始める。
エリザベスは続く言葉を予想して、身構えた。
きっと、お前の生ぬるい罰を許しはしない……とか、また悪事をしないよう地の果てまで監視してやる、とか言われるに決まっている。
「お前を追ってここまで来た」
――――やっぱり!
想像した通りの言葉が返ってきて、エリザベスは一歩後ずさった。
やはり悪役令嬢からは逃れられない運命みたい。
「待て、逃がすか!」
いきなり、レオニードに手首を掴まれる。
――――ひぃぃ、せっかく、辺境で平和にゆっくりと暮らせると思ったのに。
監視と批難の瞳に晒される生活に逆戻り……。
もう悪役令嬢はお腹いっぱいなの!
「おお、騎士だ。カッコイイ!」
絶望に打ちひしがれていたエリザベスを余所に、トニが声を上げた。
いつの間にか、子供達がレオニードを取り囲んでいる。
「大きい剣、みせて?」
「戦ってみせて~」
マートとフェルシーも怖がることなく、レオニードに話しかける。
好奇心旺盛なトニはわかるけれど、気弱なマートやフェルシーも彼を恐れないのは驚きだった。
――――もしかして……聖獅子の大剣が懐かれている?
――――子供って、正直……なの? 本当に……? 中身見てる?
とにかく、子供達のおかげで緊迫していた雰囲気が一気に和らぐ。
いつの間にか掴まれていたはずの手首も解かれている。
「ねぇ、オレも騎士になれる? どうしたら慣れる?」
「すごいなぁ、本物の剣だぁ」
ぺたぺたと子供達はレオニードに触れていた。
一方、彼の方は――――。
「…………」
なぜか子供の言葉に応えることなく、エリザベスと子供とを見比べている。
どういうつもりなのか、まったくわからない。
――――子供の前だから、どうするべきか悩んでいる感じ?
エリザベスとしても動くことができずに困っていると、教会の方からシスターが二人こちらへ向かってくるのが見えた。
掃除を終えたルシンダとロクサーヌで、夕食の時間を子供達に知らせるために来たようだ。
「……どなた?」
レオニードの姿を見て、さすがにロクサーヌが警戒した表情で尋ねる。
しかし、ルシンダの方は逆だった。
「見ない人ね~。エリザベスのお客さんなら、一緒に夕食どうですか?」
興味津々といった様子でレオニードの姿を観察している。
「神聖な場所へ、殿方を招くなんて」
すぐにロクサーヌが反対する。
「いや……」
「お客様どころか、知り合いでもありませんわっ!」
レオニードが答える前に、精一杯エリザベスは否定した。
「ええー、騎士様もう帰っちゃうの?」
すると今度はフェルシーが残念そうな声を上げる。
「シスターエリザベスの料理、ヘンだけどうまいぞ!」
「いろんなパンがあるよ」
トニとマートがレオニードのマントを引っ張る。
――――いや、夕食の美味しい美味しくないはここでは関係なくて……。
子供達の誘いにつっこみを入れようとしたけれど、彼は予想外の反応をした。
「料理……?」
なぜか、レオニードはエリザベスの料理に興味を持ったらしい。
「一緒に食べようよ」
フェルシーが再度誘うけれど、彼は首を横に振った。
「いや、邪魔はしない」
子供達が一斉に「えー」と不満げな声を上げる。
――――よしっ、これで同じ食卓を囲むのは回避。
「子供達は中へ入りなさい」
――――シスター長!?
最悪の展開にならずホッとしていると、いつのまに来たのか、ヒルデが手を叩いて、子供達を促した。
シスター長の言葉に子供達はしぶしぶ従う。
これで一段落と思ったのだけれど……。
「お二人分だけ、お庭に用意しましょう」
「はあっ!?」
てっきり教会から一緒にレオニードを追い出してくれるものだとばかり思っていたのに、ヒルデはとんでもないことを言い出した。
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