第5話

 ポニーテールの黒髪に小麦色に焼けた肌の肌。小学生の頃からだいぶ成長した茜がそこにはいた。


「久しぶりだねぇ。小学生以来だっけ?楓君、全く連絡くれないんだもん」

「携帯持ってなかったからね。しょうがないよ」

「持って?」

「……相変わらず嫌なとこに気づくね。残念ながら、今は教室にあるんだ」

「じゃ、昼休みね。そっち行くから逃げないで待ってるのよ」


 上から押されるような言葉に楓はNOと言えなかった。


「じゃ、私は授業に戻るね」


 そう言って茜は立ち上がると保健室を出ていった。それと入れ替わるようにして大智が中に入ってくる。


「先生いなかったわ。どこに行ったんだろうな」

「まあいいさ。大した怪我じゃないし」

「後から何かあったらいけねえから一応先生が来るまではここで寝ときな」

「分かった。ありがとな」

「おう、じゃまた後でな」


 そう言って大智は部屋を後にした。

 

 再び一人になった楓の頭の中は茜のことでいっぱいだった。


「まさか再会するとはねえ」


 まるで映画のような出来事。普通の人にとっては胸が躍るような展開だが、残念ながら相手は楓だった。2人で育む愛の物語は始まらないし、日常も非日常には変わらない。場面は変わっても人はなかなか変わらないのだ。


「ま、退屈はしなさそうだ」


 人は変わらないのだ......。




 楓が保健室を出る頃には既に昼休みが始まっていた。

 教室の中は笑い声と話し声が空中で渋滞を起こしている。楓が自分の席に向かうと隣の席では既に大智が弁当を食べていた。


「おう、楓。大丈夫だったのか?」

「お前もうちょっと真面目に心配してくれてもいいんじゃないか」

「何もなかったんだろ?」

「特に異常はなかった」

「じゃいいじゃねえか。お前が見るからに具合悪そうだったら流石に俺も心配するけどな」

「分かったような分からないような..」


 そう言いながら楓も弁当をひろげる。とはいっても単なる惣菜パンだ。


「そういえばさっき保健室の前でお前にボール当てた女子に会ったよ。ほら、ちょうど今廊下にいる」

 

 言われるがままに廊下に目線をやるとそこには茜がいた。


「あ!黒崎君!」


 茜は遠慮なしにクラスに入ってくると楓の前に座った。


「なんだ?お前ら知り合いなのか?」


 既に弁当を食べ終えて片付け始めた大智が問う。


「ただ同じ小学校なだけ」

「そうか。俺は倉木大智。よろしくな」

「私は咲島茜!よろしくね」


 と、簡潔な自己紹介が終わったところで楓もお昼を終える。


「それで咲島さんは何しに来たの?」

「何しにって.....黒崎君と話しに来たんだよ。黒崎君の中学校時代のこととか知りたいし」

「別に普通のものだったよ」

「お前で普通なら世の中に普通の中学生はいなくなるよ」


 大智が横から口を挟む。


「あれ?倉木君も海桜中だったの?」

「おう。三年で同じクラスなってな。そこからの付き合いだ」

「そうなんだ~」

「始めは何だこいつと思ったけどな。なんか年がら年中悟ったような顔しやがってさ、何考えてんのかさっぱりわかんねえの」

「あ、それは小学校からだから大丈夫だよ」


 まさか前世の記憶を取り戻していたからとはとは言えまい。


「もうそのくらいでいいだろ。それより咲島さんはどうだったの?中学校は」

「うわ無理やり話変えやがった」 

「私?私はそうだなあ.......部活ばっかりしてたかな」

「部活って....野球部?」

「惜しい!ソフトボール部なんだ」


 納得顔で男二人が頷く。


「こう見えても結構強いんだよ?私立からの特待も何校もきたし」

「それは凄いね」


 楓は素直に驚く。


「じゃあ何で優明なんかに来たんだ?うちのソフト部はそんなに強くないだろ?」


 大智がそう問う。すると茜は一瞬困ったような顔を見せ、


「まあいろいろ」


 と笑って言った。


「そういえばさ.....」


 茜が話を切り出す。


「今度の日曜日に練習試合があるんだ。よかったら見に来ない?」

「いいよ。暇だし」

「今週は部活休みだし俺も行くよ」

「よかった!1時からここのグラウンドであるんだ」


 と、そこで予鈴が教室に響く。


「詳しくはまた今度話すよ。じゃあまたね!」


 そう言い残して茜は自分のクラスに戻っていった。


「めっちゃいい子だな」

「まあ、そうだね」


 三年経っても茜は茜のままだった。そのことが何故か楓には嬉しく思えたのだった。




 特筆すべきことも起きないまま日曜日になった。

 楓は大智と一緒にグラウンドの端っこで試合を観戦していた。茜とはつい30分前に別れたばかりだ。

 試合は現在2回を終えて0対0、3回表は茜たちが攻撃する番だ。


「なあ楓」


 隣から大智が話しかけてくる。


「なんだ?」

「さっきから相手のチーム、プレーが荒くないか?」

「お前も思ってたか」


 確かに今茜たちが戦っているチームは、タッチアウトを取る時や走塁の時に少々雑なプレーをしていた。


「あれじゃ怪我人出てもおかしくないぞ」

「そういえば咲島さん、もうすぐ大会があるって言ってたね」

「その前に主力を潰しておくと?どんな最低な奴らだそれ」

「俺もまさかとはとは思うけどね」


 そんな二人の心配をよそに試合では優明チームが先制点を上げていた。


「あ、点入ったよ」

「このまま無事に終わればいいな」

「心配しすぎだって」


 楓は軽く笑いながら言った。



 しかし現実はそんな二人の希望を打ち砕いた。試合も終盤に入った頃、味方が打ち上げたフライのタッチアップで茜がホームに足から突っ込んだ。


「痛い!!!!」


 茜が突如足を抑えて呻き始める。


「おい楓様子がおかしいぞ」


 大智がそう言った時には既に楓は飛び出していた。


「おい!待てって!」


 慌てて大智も飛び出す。

 試合は一時中断。茜はやって来た救急車によって運ばれることになった。


「誰か同伴者は?」

「私が行きます」


 部活の顧問らしき人が手を上げる。


「俺も行きます」


 楓もすかさず名乗りをあげる。


「君は?」


 救急隊員が問う。


「........友達です」


 楓がそう答えると隊員は何かを理解したような顔で


「いいよ。乗って」


 そう言った。




 膝の前十字靭帯断裂。それが茜の病名だった。手術を含めて全治7ヶ月。大きなけがだったが決して治らないわけではなかった。

 

 ただ、ソフトを生きがいにしていた少女にはそれはあまりにも大きすぎた。


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