第4話
楓は中学校に入学した。中学校、とは言っても世界が急に面白くなるわけでもなく、むしろ茜がいなくなった分つまらなくなっている。そんな退屈な世界を楓は淡々と生きていた。
小学校での反省を踏まえて、楓は敢えてクラス内で孤立するような行動は取らないようにしていた。またさすが進学校なだけあって周りの知識レベルも高く、雰囲気が楓と合っていたのも幸して、楓は入学早々クラスの中心から1歩外に出た地位を確立した。
そんな生活を2年ほど続け、中学3年になった時、HRの自己紹介時間に楓は1人の男と出会った。
「元2ー8の
180cmはあろうかとする身長に筋肉質な体を持ったバリバリのスポーツ系男子。
「熱そうだな....」
それが楓の第一印象だった。
それ以降、大智は何かと理由をつけては楓に構った。出席番号が近いことも関係したのだろう。
そんな大智の話を楓はうざったくは思いながら聞いていた。
高校受検も近づいてきた10月半ばの放課後、楓はいつも通り1人で帰っていると、途中で大智に会った。
「おう楓か。よかった、一緒に帰ろうぜ」
「........いいよ」
楓は大智のことが苦手だった。いつもクラスの中心に居り、いかにも『人生楽しんでます!』という雰囲気を撒き散らす、楓とは正反対の人間。楓はそんな大智を敬遠してなるべく関わらないようにしていた。
「楓って志望校どこなの?」
「
優明高校は楓の学区で1番の偏差値を誇る有名進学校だ。
「なんだ、俺と一緒か」
「!?」
声にならない声を上げる楓。
「あ、今意外って顔したな」
「そりゃ意外だもの」
「そんなにかぁ?ま、確かにバスケばっかやってるからな。その反応が普通っちゃ普通か。一応、これでもこの前の模試でB判定は取ってるんだからな。......あと3点でA判定だったけど」
楓の思っていた以上に大智は頭がよかった。
「ごめん俺、大智のことちょっと馬鹿にしてた」
「いいよいいよ。皆さ、俺のことスポーツ馬鹿って思ってんじゃん?」
「そうだね」
「.............なんかそう真正面から言われると意外とショックだな」
大智は肩を落とすような仕草をする。
「俺、それが悔しくてさ。見返してやろうと思って裏でずっと勉強してたんだ。だからお前のその反応が見れてすっげえスッキリした気分」
大智は晴れやかな声と笑顔でそう言い切った。
「なんか、大智のイメージ変わった。お前凄いんだな。ずっとバスケだけやってる奴かと思ってたよ」
「まあ、それも間違いじゃねえけどな。バスケは大好きだし」
そこで大智は一拍置く。
「でも、生きるためにバスケをやってるわけじゃない。生きてるからバスケをやってるんだ」
その瞬間、楓は金槌で頭を殴られたような気がした。
「どんだけ偉大な人物だって死ぬんだ。そんなら、何をやったって結局は無駄に長い人生の暇潰しにしかすぎねえ」
大智の言葉は鈍器となって楓の頭と心を殴打する。それは少年の生きてきた32年の人生の中で初めての感覚だった。
「ま、受け売りだけどな」
大智はそう言うと真っ白な歯を見せながら笑った。
「誰の?」
「姉ちゃんの」
「お姉さん居るんだ」
「正確にはいた、かな」
そう言われて気づかないほど楓も愚かではない。
「もしかして」
「そ、死んじゃった。2年前に交通事故で」
そう言う大智の顔は少し寂しそうだった。
「それは何というか、ご愁傷さま」
「ありがと。でももうそんなに気にしてないよ。2年も経ったしね」
口ではそう言ってるがやはり寂しいのだろう。作った笑顔が引きつっている。
「人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、 何事かをなすにはあまりにも短い」
独り言のように大智が呟いた。
「山月記か」
「そう。姉ちゃんの口癖だったんだ。姉ちゃん、ずっと画家になりたいって言っててさ、暇さえあればすぐに筆持ってたんだ」
「........」
「そんな顔するなよ。そんなんじゃ落ち着いて話もできねえ」
「そうは言われてもな」
流石の楓でもこのような状況は初めてだったのでどう処理していいか分からなかった。
「まあでも、正直お前がそこまで優しい奴だとは思ってなかったよ。もっと冷たい奴だと思ってた」
「否定はしないけどね」
楓は自虐的に笑う。
「俺はただ人生に退屈してるだけだよ。こんな面白くない世界なんかなくなってしまえばいいって何回思ったことか」
宿泊体験も、体育祭も、職場体験も、修学旅行もすべて楓にとって退屈なものだった。楓は小学校卒業時のあの不思議な高揚感をすっかり無くしてしまっていた。
「世界が面白くないか........。分かるよ、その気持ち」
「嘘つけよ」
簡単に同調する大智に対し、楓は少し怒りを含めて言い返す。
「嘘じゃねえよ。いつまで経っても彼女はできないし、大好きな姉ちゃんは死んじまうし、バスケはそんなに上手くならねえし、生きてる理由なんか1つも残っちゃいねえよ」
真面目なトーンで大智は語る。
「でも、生きる理由を見つけるまで俺は死なねえ」
それは楓と似て非なる考え方。すぐに世界に見切りをつけた楓と、つまらないからこそ楽しさを探す大智。
「80まで生きて、まだ死にたいとか思ってたら死ぬかな」
大智は笑ってそう言った。
「やっぱ凄いよお前」
それは尊敬にも似た感情。楓がこの世界でこんな気持ちになったのは初めてだった。
「だろ?もっと褒めてくれていいんだぜ?」
「あ、やっぱ今ので冷めたわ」
「何っ!じゃあやっぱ今の発言なしで!」
「了解。卒業アルバムの寄せ書きにでも書いといてやるよ」
「おい!ちょ待てよ!」
そんなくだらない会話をしながら楓たちは帰って行った。
茜色の道に笑い声だけがいつまでも残っていた。
それからというもの、楓と大智はずっと一緒にいるようになった。学校ではもちろん休日も一緒に受験勉強などをしていた。そして日を重ねるたびに、大智のことを知っていくたびに楓は心を開いていった。
高校受験も難なく突破し、地面にピンク色の絨毯が敷かれ始めた頃、楓は優明高校に入学した。幸運なことに大智とは同じクラスだった。
楓の性格は高校になっても変わることはなく、いつもクラスの1歩外に居て大智以外に親しい友人を作ることは無かった。
そんな楓とは対照的に大智は持ち前の明るさと性格でクラスの上位層に入り込んでいき、あっという間にクラスの人気者になった。
それは入学から1ヶ月が経ったある日のことだった。
「おい起きろ。次、体育だぞ」
「……んあ、分かった」
どこか間の抜けた返事を返す楓。
「先に行ってるぞ」
「今日はグラウンドでいいんだよね?」
「そう。サッカーらしい。さっき体育委員が言ってた」
「了解」
そうして大智は出ていった。楓も急いで着替えると後を追いかける。
「今日は女子も外競技らしいぞ」
「へー、何やるの?」
「ソフトボールらしい」
「それも体育委員情報?」
「おうともよ」
「流石だな」
「お前はクラスに関わらなさすぎなんだよ」
「へーへー」
そんなこんなで授業は始まり、準備運動を終えると個人練習に移る。
「おい楓見ろよ、女子がバッティング練習してるぜ」
そう言って大智が指さした方向には、確かに打撃練習をしている女子たちの姿があった。
「だからどうした?」
「いや、1人すげぇ子がいるんだよ。見てみろあの綺麗な一本足打法を」
楓は大智の目線を追う。
「..........ほんとだ。王さながらの一本足だね」
「ありゃ将来有望株だぞ。あ、ほら打った」
そうしてその少女が打ったボールは低めのアーチを描いて2人の元まで飛んでいき....................そして楓の頭に命中した。
「んぎゃっ!」
「お、おい!大丈夫か!?」
「★□◎▽✖♦〇~~~!」
「ダメだ言語野をやられてる!保健室行くぞ!」
そう言って2人は先生に言って授業を抜け出すと保健室に駆け込む。
が、そこに養護の先生は居なかった。
「あれ?職員室か?おい楓、俺ちょっと職員室行ってくるからそこで休んでろ」
「了解」
言語が元に戻った楓がそう言うと、大智は保健室を出ていった。
外の騒がしさと保健室の静寂が混ざり合って1つの空気となり、楓を包み込む。楓はその心地よさに身を任せることにした。
突如、ガラガラッとドアが開く。
「あ、あの........失礼します」
そう言って入って来たのは体操服姿の女の子だった。恐らく楓にボールをぶつけた子だろう。どこか怯えた様子で楓を見ている。
「あの、ごめんなさい!」
少女は勢いよく頭を下げる。
「別にいいよ。あれは事故だしね」
「うん.............」
それでもやはり申し訳ないのか少女は少し俯きながら顔を上げる。
「それよりあの一本足、相当上手かったよ」
楓は慰めるように言う。
「え!?ホント!?やっぱり!?」
明らかに少女のテンションが上がる。楓のフォローが思いのほか効いたようだ。
と、その瞬間楓と少女の目が合う。
「........」
「........」
2人の間に沈黙が流れる。
「あのさ、勘違いだったら悪いんだけどさ」
少女がそう切り出す。
「黒崎君、だよね?」
ふと呼ばれる楓の名前。楓は全力で記憶を探ってみる。するとある1人を思い出した。
「もしかして咲島さん?」
「うん!」
目の前の少女はかつての同級生、咲島茜だった。
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