第2話


 少年、今世でいう黒崎楓くろさきかえでが記憶を取り戻したのは小学4年生の時だった。ある日授業を受けていると、自分がまだ経験していないはずの中学校時代や高校時代の記憶が頭に流れ込んできた。明らかに自分の物ではない、妄想にしては妙にリアル過ぎるものを。そして楓は思い出した。自分がどんな人物で、何故ここにいるのかを。



 それからというもの楓の周りには人がいなくなった。別に楓が避けた訳ではない、周りが楓を避け始めたのだ。それもそうだろう、昨日まで校庭で無邪気に遊んでいた男の子が急に大人びたクールな雰囲気を漂わせ始めたのだ。まだ10歳前後の子供にとってはその変化が奇妙に思えたのだろう。多かった友達は1人、また1人と去って行き、5年生の中ごろにはついに誰もいなくなってしまった。


 そしてこうした変化を楓もまた嫌がってなかった。1人ぼっちは前世で経験済みだし、精神年齢が高校生なこともあり、小学生の友達なんか必要ないと考えていたのだ。

 こうして楓は記憶を取り戻して早々に転生前と何の変わりもない生活を送ることになってしまった。


 


 次の変化があったのは6年生になって数ヶ月が経った頃だった。愛用のシャーペンがなくなっていたのだ。それも1本ではなく3本ほど。楓はこのことを少し奇妙に思ったものの、どこかで落としてしまったんだろうと考えて特に気にも留めずに過ごした。

 しかし翌日から様々なものが無くなった。消しゴム、定規、ボールペンなど小さなものから教科書、ノート、上履きなど大きなものまで大小構わず毎日1つずつ楓から消えていった。



「いじめか........」


 ここまでされて気づかないほど楓も馬鹿ではない。何故、と思ったが考えるまでもなかった。の小学生の中に混じった異質なモノ。自分たちとは明らかに違う雰囲気を放つそれを小学生たちは忌み嫌い、差別化したのだ。確かにこういった現象は楓の前世にもあった。


 しかしまた楓はこういった状況を苦に思っておらず、それどころか楽しんでいた。楓はこのいじめを、退屈な人生の暇を潰してくれる物探しゲームとしか思ってなかった。何もないよりかはあった方がいい。それがいいことであれ悪いことであれ。ましてや自分から動かなくても相手してくれる。これ程都合のいいことはない。そんな風に楓は考えていた。

 

 だからこそいじめはエスカレートした。初めは物を隠されるだけだったが、しだいに無視、そしてついには暴力へと発展し、普通で異常な小学生たちは無抵抗な楓を存分になぶった。そしてそんな楓の体は日を追うごとに青アザが増えていく事となった。


 

 そんなある日の事だった。楓は帰ろうとした時、靴がないことに気がついた。


「今日は靴か……。いっその事このまま帰ってやろうか。いやでも親に心配はかけたくないしな」


 やろうと思えば上履きで帰ることはできる。だがその後親に何と言い訳すればいいか楓にはわからなかった。


「ま、探すか。今日はどこに隠してあるかなっと」


 そう言って上履きの捜索を始めた楓だが、意外にもなかなか見つからない。


「参ったな、ゴミ箱、ロッカー、掃除道具入れ、男子トイレどこにもなしか。いつものがノーマルモードなら今日のはさしずめハードモードと言ったところか」


 そうしてまた教室内をふらふらと探し始める。


 探し始めて40分ぐらいが経っただろうか。楓はある場所を思い出した。いかにも小学生男子が考えそうで、かつ楓には絶対見つけられないとこを。


「いやいやまさかな。........でもあいつらならやりそうだなあ」


 教室内をぐるぐると回りながら10分ほど悩んだ末、楓の考えは1つに帰結した。


「明日になれば見つかるだろうし、今日はこのまま帰るか」


 楓はその場所に行くことより親に言い訳することを選んだ。

 そうと決まったら行動は早い。ランドセルを取って教室のドアを開けると、


「きゃっ」

「うわっ」


 1人の女子生徒と衝突した。


「いたたたた......」

「ごめん、大丈夫?」

「うん。へーき。こっちこそごめんね。えっと...黒崎君だっけ?」

「そう。それで君はえーーっと........」

咲島茜さきじまあかね!」

「そうだそうだ咲島さんだ。というかなんでこんな時間に学校にいるの?」


 既に終礼があってから1時間ぐらいが経っている。普通の生徒はとっくに帰っており、残っているのは校庭で遊んでる学童保育の子供たちだけだ。


「いやー昼休みに遊んでたら窓ガラス割っちゃってねー。色んな先生から説教喰らってたの」

「ああ、あの2枚ぐらい割れてたの。君が犯人だったんだ」

「犯人とは失敬な。ちょっと王対江夏の再現やろうとしたら、バットとボールが窓に吸い込まれちゃっただけだよ」

「な、なかなかエキサイティングな理由だね」

「まあ親呼ばれなかっただけましだよねえ。それで、黒崎君はなんでこんな時間まで残ってるの?」


 その瞬間、楓は閃いた。この人なら自分の靴をあの場所から取ってこれるかもしれないと。






 _ _ _ _ _



「あったよー!!」

「やっぱりか」

「いやーまさかほんとに女子トイレにあるとはねえ。びっくりだよ」

 

 楓の考え通り靴は女子トイレの中にあった。


「はいこれ、靴」

「ありがとう。じゃまた明日」


 そう言ってすぐに帰ろうとする楓。しかし茜は楓の思いと裏腹に、ランドセルを取ろうとする楓の肩を掴んだ。


「何?」


 楓は少し不機嫌な様子で問いかける。


「あ、あのさ黒崎君」


 楓とは対照的に少し怯えた様子の茜が答える。


「黒崎君って、いじめられてるよね?」


 いきなり核心をついてくる質問に楓は一瞬戸惑った。


「.........そうだけど」

「そうだけどって.........。なんで先生に言わないの?」

「だって先生に言ったら余計酷くなるじゃん。僕はそんなの嫌だし」


 半分本音で半分嘘だった。確かに、先生に言えばいじめは改善どころか悪化する可能性がある。しかし楓が気にするのはそこではなく、ほんとに改善した場合のことだった。この暇潰しゲームがなくなってしまえば楓の生活はまた退屈なものになってしまう。楓はそれを嫌がった。だから1度も先生に相談しなかった。


「じゃ、じゃあずっとこのままいじめられるつもりなの!?」

「まあそうなるかな」

「そんなのよくないよ!私先生に言ってくる!」


 そう言って茜は廊下を走りだす。


「あ!ちょっと!」


 楓の制止も聞こえていないのか茜が止まる気配はない。そしてそのまま職員室へと消えていった。


「勝手だなあ」


 廊下には楓の呟きだけが残った。





 


 翌日、6時間目の学活が急遽学級会となった。議題はもちろん楓のいじめについて。とはいってもいじめの主犯格は分かっており、素直に謝罪したので大した事件もなく楓のいじめは終結した。........かに思えた。




「黒崎、お前今日の放課後教室に残っとけ」


 6時間目が終了した直後、いじめのリーダーが急に楓を脅してきた。


「..............分かった」

「逃げたら承知しねえからな」


 そう言うとリーダーはズンズンと足音を立てて席に戻っていく。


「まずいな」


 それは楓の考えうる中で1番最悪のパターンだった。




 掃除、終礼が終わると放課後はすぐに来た。普段ならまだ賑やかな教室も今日は異様な程に静寂に包まれている。それもそのはず、さっきの話は恐るべきクラスネットワークによってあっという間に広まり、皆そそくさと足早に帰ってしまった。わざわざ一部始終を見ようとする猛者もこのクラスにはおらず、こうして楓といじめっ子3人組だけが残っている。


「お前、先生にチクっただろ」


 リーダーが問う。


「あれは僕のせいじゃない」

「じゃあ誰のせいって言うんだよ」

「強いて言うと.....君たちのせいかな?」

「テメェふざけてんじゃねえぞ!」


 瞬間、楓の腹に拳がめり込んだ。


「かはっ」  

「あんま調子乗るなよ」


 倒れた楓の上から吐き捨てるように言葉が飛んでくる。


「俺たちも別にお前を許さないってわけじゃないんだよ」

「ただそれには条件があってな」

「誠意を見せてほしいんだよ。誠意を」


 3人から矢継ぎ早に言葉が放たれる。


「誠意?具体的には?」


 楓が問い返す。


「そうだな........じゃあここから飛び降りろ」


 そう言ってリーダーが指さしたのは教室の窓だった。


「ちょ、リーダーここ3階だって......」

「流石にそれはまずいんじゃ......」

「うるせえ!」


 2人の反発をリーダーが一方的に押さえつける。


「で、どうすんだ?」


 おそらく後ろの2人は勿論、リーダーでさえ楓がほんとに飛び降りるとは思ってなかっただろう。だが相手が悪かった。リーダーの目の前にいる人物の中身は人生に退屈して飛び降りたことのある自殺経験者だった。


「え?そんなことでいいの?」


 その命令はこの世界にも飽きていた楓にとって思いもよらぬ幸運だった。楓は倒れてた体を起こすと、そのまま軽く助走をつける。


「お、おいちょっと待て!」


 リーダーが制止するも楓は聞く耳を持たない。


「じゃあね」


 楓は振り向きもせず3人に別れの挨拶を告げる。







 そして楓は体を宙に投げた。

 

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