第51話 キャンプの日 ー寝る前 そのさんー

「トキちゃん、お利口すぎるんじゃない?」


 ロバの言葉に、カグヤとトキが首をひねる。それを返事と受け取ったのか、ロバのが続ける。


「いーんじゃない?」


 ロバがたてがみを撫でながらそう笑う。その言葉にトキもツチノコも一瞬きょとんとする。直後にカグヤはケラケラと笑い始め、トキは眉をひそめた。


「一旦ツチノコちゃんのこと疑い切ってみたら?」


 ロバが放つ言葉は淡々としていて、放ち方はどこか楽しげだった。疑うことを悪として自己嫌悪に陥っているトキが、そんなロバや、笑っているカグヤを見て何も思わないわけがない。一言で言えば、気に食わない。


「……なんでそんなこと言えるんですか?」


 ナイフのように鈍く鋭い光を持った一言を絞り出し。


「ツチノコは私の事を『好き』って言ってくれるんですよ?」


 心の底から転げ落ちてきたような一言を重ね。


「にっこり笑って、綺麗な目で……」


 一言に、涙ぐんだ色を混ぜながら。


「私は、そんな人を疑ってるんですよ……?」


 始めに抜いたナイフを自分の胸に向ける。


「疑うなんてダメに決まってるじゃないですか、疑い切ってみるなんて、そんな」


 自虐的な笑みを浮かべた顔を透明なものが伝う。ランタンの光でキラリとそれが輪郭を見せる。

 言葉の先端が震え、涙と同じように弱々しく光を反射する。


「そんな……」


 トキは自らの胸に、心に。



 口先に涙の塩気を感じながら、ゆっくり。




 切れ味が悪そうで、代わりに肉をえぐっていきそうなモノを。





 ゆっくり、ゆっくりと。自らに。
















「コラ、話は最後まで聞きなさい」


「ひぅっ」


 突き刺そうとしていた言葉を、床に転げ落とす。ロバに軽いチョップを食らって、急に間抜け顔になっているトキをカグヤは半ば呆れたような目で見ていた。


「確かに、パートナーを疑うってあんまりいい事じゃないけど……でもしょうがないよ」


 ロバが指でトキの涙を拭う。ついでに頬をむにむにと弄って「えへへーやわらかい」などと笑う。


「ノコッチのこと疑って疑って、たくさん疑ってみてごらん?」


 むにーっ、とトキの両頬をつまんで引っ張り、ぽよんと離すロバ。


「きっとそうやっても、ノコッチがトキちゃんのこと好きじゃないなんて答えは出てこないから!」


 ロバが人差し指を立ててウインクをしてみせる。トキは相変わらず眉をひそめたまま、頭の上にぐじゃぐじゃと毛糸が絡まったような線を浮かべていた。


「そんなものですか……?」


「このロバが保証しますよ。ノコッチ、トキちゃんのこと大好きなのは外から見え見えだもん」


 いつも間近でその様子を見てる、ましてやその対象である本人は見えにくくなりがちかもしれないけど。

 などとロバ考えながら、尻尾を左右に振っていた。

 しかし、そう言ってやってもトキの顔は晴れない。


「……でも、やっぱり疑うのはダメじゃないですか?」


 不安そうな顔のトキ。その肩を、カグヤがぽんぽんと叩く。


「わたし達パークパトロールはぁ、悪いことを取り締まるのがお仕事でしょぉ?」


 そして、トキの頬に人差し指を押し付ける。


「本当に悪いことなら、ロバもスカートの中の手錠でもかけて止めるよぉ?わたし達が止めないから大丈夫なんだよぉ」


 ほっぺやわらかーい、と笑いながらカグヤが付け足した。ロバはスカートの裾をキュッと抑えながら、「その通り!」と少々引きつった笑みを浮かべる。


 まだトキは「それでいいのかなぁ」と言いたげだったが、信頼できる二人にそう言われると、それを否定しようとも思わなくなった。自分を責めて辛くなっていたさっきよりは気が楽で、ぽーっと不思議な気分に浸かっていた。


「さ、悩めるトキちゃんの相談会も終わったわけだし!ぼちぼち横になろっか!」


「チベたんはいいのぉ?」


「横になってすぐ寝るわけでもないし、寝る前には帰ってくるんじゃん?大丈夫大丈夫!」


 そんなやり取りをして、せっせとロバとカグヤは枕やらタオルケットやらの用意を始める。

 その間にも、トキはツチノコのことを考えていた。


 ツチノコは本当に私のこと好きかな?


 好き、だろうな。


 本当に? 本当?


 本人からそう言ってもらいたい。


 あの大好きな声で、心の底から「好き」って。


 ……ツチノコ、今どうしてるかな?


 ライオンさんとかに、私のこと話したりしてるかな?


 ……惚気けててくれてるのかなぁ?





 その頃、ライオンが仕切っている方のテントでは。


「トキのことどれぐらい好き?」


「ど、どれぐらいっていうか……なんかこう、限り?なく……?」


 \Fooooo!!!/ \アイシテルネー!!!/ \イイゾー!!!/


 めっちゃ惚気けてた。

 ツチノコが胸の話にダメージを受けて、別の話題に移そうということになったものの他に恋バナをできる者もおらず、結局ツチノコがいじられる形に落ち着いた。


(恋バナじゃなくてもよくない……?)


 とツチノコは思ったが、こうやってパートナーとの関係をいい感じに持ち上げられるのも嫌な気はしなかった。

 ただ、恥ずかしいものは恥ずかしい。トキの話をするツチノコの顔は綺麗な鴇色だった。


「ノコッチ、なんか腕時計大事にしてるよね?トキと色違いの……」


「それはどういったお品でして?」


 ニヤニヤしながらにじり寄る先輩を相手に、ツチノコが後ずさりする


「あ、あれは誕生日にプレゼントしあったやつ……」


「誕生日に?プレゼント……し合う?」


 メンバーがしっくり来てなさそうなので、ツチノコはもじもじと説明を始める。慣れたのか諦めたのか、恥ずかしながらでも何でも話すようになっていた。


「私もトキも、フレンズ化したのが全く同じ日で……」


 その言葉にみんなが「運命……っ!?」という反応をする。


「この時計も、本当はサプライズだったんだけど被っちゃって……」


 ツチノコが言葉を発する度に、ライオンもクロジャもエジプトガンも口に手を当てて「きゃーっ」ってしたり、両手を合わせて崇めるような姿勢をとったりしている。


「トキノコってなんかこう……すごいね」


「運命って実在するんだな……」


 そんな言葉をかけられ、ツチノコは。


「……私も、本当にそう思う。運命だよな、って」


 惚気けてみた。





 夜は冷える。涼しいを通り越して冷たい風が、肌をなでる。木の枝を揺らす。しっぽの毛をなびかせる。


「で、どうしたんですか?チベ先輩」


 木下に丁度よくできたコブにチベたんが腰掛ける。その真横の少し土を払って、ポンポンと手で叩く。ツンがそこに並んで座り、チベたんにビールの缶を渡した。


「……そっちは……恋バナ?……してる?」


「あはは、ライオン先輩の金持ちトークを聞く会ですよ。胸の話したらノコッチにダメージ与えちゃったんで逃げてきたんですけどね」


 ケタケタとツンが笑うのを、ただ無表情にチベたんが眺める。睨んでいる、とも形容できる目付きだが、そうではないことをツンは知っている。


「多分これからノコッチの惚気大会じゃないですかね?そっちはどうなんです?」


「……案の定……トキちゃんの惚気……」


「で、耐えられなくて逃げてきたんですか?」


 ツンが笑う。チベたんは表情を変えず、ビールのプルタブを引く。泡が吹き出し、手を覆う毛皮を濡らす。


「……その話……させて」


 そう言って、瞼を下ろしながら缶を口に付けて傾けるチベたん。缶が地面と垂直になったあたりで、けものの方の耳をブルッと震わせた。


 ツンはそれを見て思う。


 やたら早いなぁ。


 チベたんは手の内の金属にかけてる握力をゼロにする。滑り落ちた缶が地面でカラカラと音を立てる。そして、目をキッと見開く。


「素敵だよね、恋愛って」


 いつだか誰かが言った。「チベたん酔うと『……』とかつかないから!」

 ツンはそんなこと分かりきっている。だから、缶二本は早いと感じた。いつもはもっと飲んでからなのにな。


「さめたら、後味なんて塩辛くて苦いのに」


 チベたんはいっつもほとんど無表情。というと語弊があり、外に出る表情があまり変わっているように見えないだけなのだが……。


 それでも、そんな彼女が。


 泣いているのを見るのは、ツンですら初めてだった。

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