第47話 キャンプの日 ー昼~夕ー

 ジャパリパーク某所。

 人の多い都市部とは打って変わって、辺り一面は木に囲まれている。とはいえ、密林というわけでもなく、木と木の間には程よく空間がある。近くには川もあるらしい。まさに自然。


「……キャンプって、なんかこう……キャンプ場でやるものじゃないんですか?」


 その光景に、トキが一言。隣りのツチノコもそれに頷く。同じことを主張したいらしい。だが、ここに連れてきた張本人のライオンは妙にテンションの高い高笑いをしながら二人の背中をばしばし叩きながら返した。


「そんなんじゃ楽しさ半減だっつーの!この野生に帰る感じが楽しいんだろ!」


 今日は、パークパトロールで計画したキャンプの日。初日である。

 会場は大自然。オートキャンプ場なぞ生ぬるいというライオンの趣味で決定されてしまった。トキは不安そうだったが、ツチノコは「なんとかなるか」と考えていた。完全自給自足の洞窟暮しをしていた彼女はたくましい。

 ちなみに土地の使用許可は取ってあるらしい。何を誰にどう相談したらパークの自然を使わせてもらえるのかわからないが、とりあえずいいことにした。


「はいはーい、テント組み立てするからみんな集まって!」


 遠くの方でロバが呼びかける。その声にぞろぞろと集まってくるパトロール隊員達。

 駆け寄るのはトキとツチノコ、ライオン。木の上から降りてくるクロジャとカグヤ。どこからともなく出現するチベたん。元々いたロバと、その両脇にテントのケースを大量に引っさげているのがエジプトガンとツン。


「タープとテント!人数とか振り分けは適当に!はい、よーいドン!」


 ロバの雑な指示を合図に、各々動き出す。みんな動きに迷いがないが、トキとツチノコだけは何をしていいかわからずにわたわたし始める。


「お前ら、やることわかるか?」


 それに声をかけたのがエジプトガン。トキとツチノコより順番がひとつ上の先輩にあたる彼女は、説明なしに作業を求められるトキノコを心配してくれたのだ。


「えっと、教えてもらえますか……?」


「だよな。私は一回やったことあるからなんとなくしか教えられないけど、一緒にタープでも張るか」


 エジプトガンがタープの一式を持ち上げ、ニヤリと笑った。





「はい、そっちのポール引っ張ってー」


「「はーい」」


 タープテントとは、簡単に言えば屋根だけのテントである。運動会の応援席に置いてあるようなやつもタープの一種だ。今回使うのは布が六角形の物で、二本のポールと複数のロープで固定するタイプである。


 布がピンと張るように二本のポールを引っ張り合う。片方は慣れてるエジプトガン。もう片方はトキとツチノコ。一人で十分だが、何かあった時のサポートということで二人いる。

 ぶっちゃけこの手のタープは二人もいれば簡単に組み立てられるのだが、エジプトガンは共同作業を楽しむトキとツチノコを見ていたら片方邪魔とも言えなくなってしまった。別に三人いて困るわけではないのでそれでもいい。


 ポールをいい感じの位置に立てて、ポールの先辺りから二本のロープを伸ばして地面にペグで打ち付ける。ポールを三本足にすれば、安定して立ってくれるのだ。ちなみにその打ち付けはエジプトガンが行う。


「というわけで、トキとツチノコでポール押さえてくれ」


 二人で一本を押さえてたトキとツチノコ。目配せで理由もなく移動する方を決め、ツチノコが反対側のポールへ回った。


 そうして二人でポールを立てて、エジプトガンがロープを括りつけてそれを地面に打ち付ける。最初はツチノコのポールの方だ。ロープを引っ掛ける。それを引っ張ってピンと張る。そのまま固定。エジプトガンが力強くロープを引くのがポール越しにツチノコにも伝わってきた。


 ツチノコの方を固定し終えたら、次はトキの方。同じように、ロープを引っ掛けて、ぐいっ。


 その工程はツチノコからもよく見えていた。

 ロープを引っ掛けるのも。それを引っ張るのも。そのおかげでポールがずるっと滑って地面から離れるのも。それを支えていたトキが一緒に姿勢を崩すのも。足がふわっと浮くのも。


 ツチノコの目が青く光った。

 和紙越しの炎が揺らめくように、淡く。

 外から見えるのは淡い灯りだが、その奥にあるのは熱い炎なのだ。


 ツチノコというのは素早い動きをするらしい。UMA故に不明確な情報だが、世間一般でそう言われているということはフレンズ体の彼女が野生解放した時に得られる能力のうち一つになり得る。実際、ツチノコが野生解放すると普段よりも格段に素早く動く事が出来る。


 ポールを押さえることも忘れ、地面を蹴ってトキの方へ走り出す。すってんころりんと尻もちを着きそうなトキの体の下に手を回し、地球がトキを引っ張るよりも先にその体をお姫様抱っこでさらっていく。


「トキ、大丈夫?」


「へ……あ、ありがとうございます……」


 トキは顔を赤らめ、目をキラキラさせながらツチノコと見つめ合う。ツチノコの目の炎は既に消えており、トキに見せる顔はいつも通りの優しいツチノコのものだった。ついでに、トキはその背後でポールがどんがらがっしゃんと崩れ落ちるのを見た。

 まぁ、気にしない。


 その頃エジプトガンは、タープが倒れる時の風圧で前髪をばふんと乱していた。きょとんとした顔で、瞬きを一回、二回。後ろを振り向いて、お姫様抱っこされるトキを確認する。ツチノコのあちゃーという顔も確認する。


「……怪我がないならよかった」


「「ご、ごめんなさい……」」





 三人がタープを貼り直した頃には、就寝用のテント達も無事に設営されていた。流石に九人で一つの参考テントというわけにはいかないらしく、テントは二つ立っていた。


「やー、いい感じ。これ明日撤収するのめんどくさいなー、一泊伸ばす?」


「ええ……ライオンさんそれでいいの?仕事は?」


「まぁ、いんじゃん?みんなの予定さえ合えば」


「じゃあ明日になったら聞いてみますか……」


 ライオンとロバが完成したテントを眺めてそんなことを話す。少し視線をずらすと、タープの下で忙しなく作業を進める隊員たち。椅子を広げたり、料理台を組み立てたり、ベッドを膨らませたりと大忙しである。


「さて、誰に料理長させる?」


「このロバじゃ不満ですか?」


「いやそうじゃないけどさ……毎年そうだから変えてみてもいいかなと」


「ライオンさんやらないんですか?」


「お?俺に料理作らせるとジャイ〇ンシチューみたいなのができるけど、指揮とっても大丈夫か?」


「やめておきますね〜」


 ライオンは得意げに自分の胸を親指でつついていた。ロバはそれには目もくれず、一人ずつ指差しで料理長に適任な隊員を探していた。


「カグヤとかも料理できるらしいですが……チベたんは指揮向いてなさそうだし、あとは……」


 ロバが、ぴっと向ける。ライオンもそれに頷く。


「「トキ」ちゃん」





 設営も終わり、各自で自然を満喫していた頃。

 何をするでもなく木の下で手を繋いでいたトキとツチノコは、ロバに呼ばれてテントの下に戻ってきた。


「トキノコお疲れ〜、キャンプ楽しんでる〜?」


「もちろんです!」「前々から来たかったしな」


 トキノコがにこにこするので、ロバもつられて笑う。そこから、例の提案。


「そりゃよかった。で、ぼちぼちお夕飯の支度なんだけど、トキちゃん料理長やってみない?」


 トキはしっくり来なくて、きょとんとする。ツチノコは目を輝かせ、尻尾をブンブン振って、今にも嫁の料理上手について語りだしそうな雰囲気だった。


「みんなでお料理やるにしてもさ、指示する人がいなきゃダメじゃん?トキちゃん料理上手って聞いたことあったから、指示する側になってみたらどうかなーって」


 それでやっと理解したらしいトキが、心配そうに眉をひそめて首を傾げる。ただ、ロバがあまりにも明るい表情で押してくるので、やってみてもいいかなという気がしてきた。しかし、トキだって作れる料理作れない料理がある。だから事前に確認。


「お料理は何を作ればいいんですか?」


「ふふふ。キャンプといえばカレーですよトキちゃん!」


 それならトキも得意だ。


「それなら大丈夫です!任せてください!」


 ツチノコはさっきのキラキラした目が「あー……」という感じに。ツチノコだってトキのカレーは好きだ。しかし、最初に食べた時はこんな辛いものがこの世に存在してもいいものかと感じたものだ。


 忘れてはいけない、トキは激辛好きなのだ。





 タンタンタンタン。人参が刻まれていく。

 その包丁の主はチベットスナギツネ。


「チベ先輩手際いい……」


 横から顔を出すのはツンドラオオカミのツン。


「……一人暮らし……だから。料理……慣れてる」


「僕も多少料理出来なきゃダメかな、簡単な料理ばっかで生きてるから……いて」


「よそ見……ダメ」


 野菜切りをしているのはこの二人だ。実は二人とも雪山周辺でパトロールをしているので仲がよかったりする。


「……」「……」


 タンタカタンタカタンタンタン。(ビスケットは刻んでない)

 仲はいいが、いかんせんチベたんの口数が少ないので静かだ。黙々と野菜が刻まれていく。


「チベ先輩、お料理は独学ですか?」


「……昔、友達に……」


「友達……ちなみに、どなた?」


「……」


「……?」


「……」


「……」


 タンタンタンタン。





「お米どんな感じですか〜?」


「いい感じだよぉ」


「流石に九人分となると大変だな」


 お米当番をしているのは、クロジャとカグヤ。黒酢のお二人である。この二人も同居しているため、仲がいいしチームとして共同作業も慣れている。そこにトキが顔を出しに来た、というのが丁度今だ。


「……お料理は、いつもどちらがするんですか?」


「カグヤだったり私だったりまちまち。二人でやるってのは久々だな」


「だねぇ?」


 二人で顔を見合わせて、にっこり。トキは唇に人差し指をくっつけながらそれを眺める。そして、恐る恐る。


「あの……つかぬ事をお伺いしますが」


 お二人は関係なんですか?

 同居して、チームを組んでいる。そしてこの仲良しっぷり。トキは、どこか自分とツチノコの関係と重なって見える気がした……


「あ、そういうんじゃないよぉ?」


 が、問う間でもなくカグヤが否定に入る。その不思議な鋭さにトキが驚いて何も言えないでいると、クロジャが首を傾げながらカグヤに顔を向ける。


「クロジャは気にしなくていいよぉ?」


「え……あ、うん……?」


 クロジャはまたお米の方に戻る。


「えっと、じゃあよろしくお願いします〜」


 そのやり取りを見ていたトキは何かただならぬものを感じ取り、そそくさと逃げ出した。





「えっと、ライオンさん達は何してるんですか……?」


「ナン」


「なん……?」


「ナンこねてる」


 ライオンとロバ。そして付き合わさせられてるエジプトガン。小麦をこねて、ナンを作るらしい。カレーライスにプラスしてナンカレーも楽しもうと言うのだ。


「作れるんですか?」


「ロバは時々パンを焼いてるんですよ、その延長線上でナンも作ったことが……」


「へええ、楽しみにしてますね!」


「任せといて!」





「ツチノコ、お鍋どうですか?」


「やっぱりこれだけ水が入ってるとなかなか煮えないな……」


 火にかけた鍋をぼーっと眺めているのがツチノコ。9人分のカレーが収まるような大鍋では、なかなか水が煮えない。


「お野菜ももう少しかかりそうですし、大丈夫じゃないですかね?」


「心配はしてないんだけど……他どんな感じだった?」


「みんな順調そうですよ」


「よかった」


 鍋の下で火が音を立てている。暗くなってきた空の下で、二人それを眺める。後ろにはたくさんの先輩がいるが、今は気にしない。


「こういうのも楽しいですね」


「来年はフェネックとか誘ってもいいな」


「うふふ、アライグマとの関係の発展に一役かいますか?」


 トキが微笑む。が、その笑みがふっと消える。ツチノコが心配そうにその顔を覗き込むと、またトキが笑う。純粋ににこやかと言うよりは、ちょっと悪そうな小悪魔的な笑み。

 いつの間にかツチノコの手はトキに握られていた。


「いつか、二人でも来ましょうね?」


「……はは、そうだな」


 カレーの出来上がりまでもう少しかかりそうだった。

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