第48話 キャンプの日 ー夜ー

 タープの下とはいえ野外、風通しはいいはずだが食欲をそそる匂いが立ち込めている感じがする。

 各自ペーパーの皿に米とカレーを盛り、その横にナンも添える。

 長いテーブルの両側に四人ずつ座り、お誕生日席にライオンが腰を据える。

 それぞれの目の前にはカレー。それぞれ表に出すテンションの差はあれど、みんなそれに目線が釘付けになっていた。その横に、ロバがプラコップに注いだビールを置いてまわる。トキとツンはりんごジュース。見た目だけはそれっぽい。全員に行き渡ったところで、ライオンがプラコップを掲げて音頭を取る。


「じゃあ、みんな!夏の仕事お疲れ!……っつ〜わけで、乾杯!」


 歓声が上がり、近い者通しでプラコップをぶつけ合う。そして、その中身を喉奥に流し込む。濡れた唇を拭い、それが乾こうともしないうちにカレーをかっこむ。


「み、みんなすごいですね……」


 その勢いに少々しり込みしているのがトキ。


「トキはビール飲まないのか?」


「私は飲んだらすぐ迷惑かけちゃいますから」


「やっぱそうか、たまには飲んでもいいと思……」


 ふと、ツチノコの脳裏にとある光景がフラッシュバックする。


 いつだったかの飲み会、酔ったトキが馬乗りになり、そのまま公開ディープキス……無理やり止めなければ続きもやる勢い……赤面しながら会を抜けてトキをおぶって帰宅……


「いや、やめた方がいいな」


「……?はい」


 ちなみにトキは覚えてないらしい。にこやかな顔のまま不思議そうにしている。流石にキャンプ場でおせっせするわけにはいかないので仕方ない。ツチノコがそんなことを考えていると、トキが目を輝かせて元気な声を出した。


「ナンって美味しいですね!」


 ナンをちぎり、カレーをのせる。そのまま口に運んで、ぱくん。数回咀嚼して、喉をならした。


「気に入りました!今度お家でも作ってみましょうか」


「いいんじゃないか?私も手伝うよ」


「一人はちょっと大変そうですもんね?よろしくお願いします」


「もちろん」


 ツチノコもナンに手をつけ、ルーにつけて口に放る。その瞬間に、ふと違和感に気がつく。


「なんか、いつものトキのカレーと違う」


 コクが違う。香りが違う。辛さが違う。

 美味しいが、どこかこれじゃない感じがある。


「材料がいつもの違いますからね。いつもはスパイスとか足してますから」


「そうなのか。これじゃトキ、辛さが物足りないんじゃないか?」


「実はすこし……。でも、私に合わせたら皆さん食べられないでしょうし」


 ツチノコもそれは否定しない。確かにあれは普通の感覚だとまともに食べれない辛さだ。しかし、ちょっぴり言葉が引っかかる。決して嫌なわけではないが、少し気になる。


「私は最初の頃ヒイヒイ言いながらトキのカレー食べたけどな」


 ツチノコだって、トキに合わせるのは大変だ。今でこそ慣れて、辛いながらも美味しくいただけるが最初は大変だった。美味しいは美味しいが、それを辛さが上回ってそれどころじゃなかったのだ。

 それに対してトキは申し訳なさそうに眉をひそめながら、うふふと笑う。


「……ツチノコは付き合ってくれるかなって」


 ツチノコの頬が少々赤みを帯びる。


 ま、そういうことならいっか。





 一時間も経った頃には食事も終わり、就寝の準備に入る。

 各自歯磨き等を済ませ、ふたつのテントの前に集合する。ライオンとロバが二人並んで立ち、それを中心に隊員が並んで、丁度半円のようになっている。


「はーい!どっちのテントで寝るか、班分けしまーす!」


 ロバの一声で、おぉーっと小さめな歓声が上がる。ロバが拍手の真ん中でちょっと誇らしそうにした後、ビシッと一点を指さす。指の先にいるのはトキとツチノコ。


「トキノコはテント別ね」


 ……。


 当然のように二人一緒に寝るものだと思っていたトキとツチノコ。ただ、当人達はちょっと残念だな程度に考えていた。寝るのはいつも二人だし、キャンプ自体二人っきりでもないので、今更二人じゃなくてもそこまで悲しくはなかった。問題は周りの隊員である。


「ちょっとロバ!そりゃないでしょ!」

「わたしとクロジャが別とかならまだわかるけどぉ?恋人引き離しちゃダメでしょぉ?」

「……それは……酷……」

「ロバ先輩それはないっすよ……」

「ああ。そりゃないな」

「本気か?ロバ」


 ロバは総攻撃を食らい、一瞬怯む。しかし、そのかっこ悪い姿を一秒も晒すことなくそれに抗う姿勢を見せる。




「だって!!ガールズトークするのにカップル連れ込んだら面白くないでしょーがっ!!!」





 空気が一瞬震える。ビリッと電流が走ったようになり、全員が静まる。何か波乱が起きてしまっていると、トキとツチノコが二人別で異論はないからやめてくれと止めに入ろうとしたところで、静かな空気を引き裂く一言が落ちる。


「なるほど。賛成」


 声の主はクロジャ。パークパトロール一番のクールキャラ。その彼女がガールズトークの為にトキノコを別のテントにすることに賛成した。それが衝撃的だったのか、皆が「クロジャがそう言うなら……」とトキノコ別テント案件に反対しなくなった。





「じゃあ、おやすみなさい!また明日!」


「おう!明日な!」


 そんな訳でテントを分けて寝につくことに。各自がぞろぞろとテントに潜り込んで行き、最終的にトキとツチノコだけが外に残る。


「おやすみなさいツチノコ」


「うん、おやすみ」


 それだけ言って、それぞれのテントの入口に向かう。歩きながらツチノコは考える。


 トキと別に寝るなんていつぶりだろう。ここ二年ほど、毎晩トキと一緒だった。シングルのベッドに二人密着して夢を見る。時々そこにナウが混じったり、どちらかが先に起きて抜け出したりしていたものの、確実に寝ている時は二人一緒だった。そういう意味では、の経験かもしれない。

 後ろでトキの足音が聞こえる。かさ、かさ、と自分から遠ざかっていく。


 やっぱり、少し寂しい。


 かさ、かさ。トキの足音がどんどん遠くなる。


 かさかさかさかさ、かさ。トキの足音が止まる……?


 かさかさかさかさ。駆け足で近寄ってくる。


 ツチノコが不思議に思って振り向く。その頃には、トキはもうツチノコの目の前まで来ていた。そのままツチノコの両頬を柔らかな手で包み、走ってきた勢いを殺すことなくツチノコの唇にトキ自身の唇を重ねる。


 九月の後半、もうある程度気温も落ち着いてきた近頃。


 おかしい。心臓が高鳴って、体が熱い。


 それはツチノコも、している側のトキも同じだった。


 しばらくお互いの顔を寄せあっていた後、ゆっくりとそれを離す。


「うふふ、おやすみなさい」


「……うん、おや……すみ」


 トキがくるんと軽やかにターンして、トキの方のテントにそそくさと潜り込む。取り残されたツチノコは、まだ赤みの抜けない顔で自分の唇を触っていた。いつまでも立っているわけにはいかないので、自分のテントに歩き出す。ファスナーを開けると、中でクロジャとライオンが腕組みしながらニヤニヤしていた。


「……悪いな、ネコ科は夜目が利くもんで」


「アツくていいな〜?」


 ランタンでツチノコの赤面した顔が照らされる。遠くの方でツンがモジモジしているのも見える。ちなみにオオカミも夜目が利く……らしい。


「……忘れてくれ」


 ツチノコはそう言うが、これからガールズトークが始まるんじゃ間違いなく掘り下げられるな。そんなことを考えてはみるものの、暗くてよく見えなかったエジプトガンだった。





「さて、夜が始まりますよ〜!うきうき!」


 独特なはしゃぎ方をしているのはロバ。

 こちらはトキが入った方のテントだ。

 ロバのテンションに着いていけない隊員が三名ほど。カグヤ、チベたん、トキ。


「このロバと同じ部屋で寝るからには、女の子ぉな甘い話でも酸っぱい話でも甘酸っぱい話でもしない限り寝に着けませんよ!たっぷり楽しみましょう!」


「は、はい……?」「そんな話ないけどなぁ?」「……。」


 夜は始まったばかりだ。

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