第46話 借り物で、の日
風は涼しくて気持ちいい。
空を飛んでいると尚更だ。
半月前はその風すら熱を持っていて、汗を滲ませる元だった気候も近頃は落ち着いてきた。蚊なども少しずつ姿を見せなくなり、生活が楽になると共に若干の寂しさを感じる。
「夏、なんにもしないで終わっちゃいましたね」
「仕事ばっかで祭りも海も行かなかったしな……キャンプとかしたかったのに……」
いつも通りパークをパトロールするトキとツチノコはそんな会話を交わす。
「なんか特別なことしたっけ……」
「ゴールデンウィークの時みたいに、だらだらして終わっちゃいましたね」
「単純にまとまった時間もなかったしな。今年はお盆もあんまり休めなかったし」
「パークも稼ぎ時ですしね。大型イベントを開いてお客さん集めて、そこに私達が駆り出されるなんて当然の流れ……」
はふー、と二人でため息をつく。思い出という思い出もなく、良くも悪くも二人でいつも通りに仲良くしていただけだった。
「カメラ回してたくらいかな……」
ツチノコがボソッと。
「へ?何か言いました?」
トキには聞こえなかったようなので、ツチノコは「なんでもない」と返した。
そんな話をしながら仕事を終え、パークパトロールの事務所に帰ってくる。
パソコンに向かっているロバに挨拶をして、ホワイトボードに報告を書き込む。二人ともすぐ帰る気分でもなく、少し事務所でゆっくりしてから帰ることにした。この緩い感じが素敵な職場です。
「ツチノコ、羽揉んでもらえますか?」
「ん」
ツチノコが股を開き、その間にトキが挟まる。ツチノコが慣れた様子でその頭の可愛らしい羽の付け根に手を当てる。そして、手際よくモミモミ。
「ぁあ……きもちぃ……」
「こういう揉み方はどうだ?」
少し手の形を変えてモミモミ。
「ゃぁ……ん……」
トキがだらしない顔をしながらこれまただらしない声を漏らす。それを聞いてか、遠くの方でロバが床を蹴ってカツカツと音を鳴らす。これも慣れた様子で、顔すら見せずに注意をしてきた。
「コラそこカップル、職場でヤらしいこと始めないの」
「ヤらしくない、マッサージ」
「響きがヤらしい」
(ロバさん溜まってますねぇ……)
カタカタカタカタカタというロバがキーボードを打つ音が、タンッと一際大きな音を境にパタリと止む。そして、椅子ごと回ってトキとツチノコに向き合う。
「あっホントにマッサージだった。ごめんね」
((本当にヤらしいことだと思われてたのか……?))
コホンと咳払いをしたロバが、自分のスカートからシュッと素早く手錠を出してクルクルと回して遊び始める。
「二人はこういうの使わないの?」
「使わないけど……いらないし……」
「たまには新鮮でいいんじゃない?貸してあげよっか?」
「いいってば!」
こんな酷いセクハラも許される素敵な職場です。アットホーム。ツチノコが両手を左右に振って拒否する横で、トキは身動きできなくてもツチノコ相手ならいいかなとか考えていた。
むしろ身動きできないツチノコを好き勝手に愛すのもちょっと興味がある気もしないでも……?いつもは主導権を握られっぱなしだからたまにはそういうのも……そういえばむかーしロバさんに貰った手錠があったな……アレつけながらキスしたんだよなぁ……あっ、あの時みたいに繋がりながらってのも……?
「トキ、なにぼーっとしてるの?」
「へ?あ、なんでもないです」
「ふーん……?」
ふーん?と言いつつ、ツチノコはぼーっとしてるトキも可愛いとか考えていた。それで見つめるので、トキも照れて顔を赤くする。でもツチノコのことを見つめ返す。トキとツチノコの二点を結ぶ直線の視線にロバが介入する隙はなかった。
相変わらずのイチャイチャ具合に、苦笑いとため息が同時に漏れるロバ。そして、ポロリと。
「まったく、この調子でキャンプの時に仕事してくれるんですか?」
……。
トキとツチノコは、別の意味合いで見つめ合う。
「キャンプってなんでしょう?」「さぁ……?」という会話を目線だけで交わした。二人でクエスチョンマークを量産していると、ロバがそれを見て何かを察す。
「ライオンさんから連絡行きました?行ってないんですね?」
「来てないですね」「来てないな」
ロバがふかーくため息をつく。いつの間にかクルクル回されていた手錠はバラ鞭に変わっていた。
「今週末、夏のお仕事お疲れ様でした会ってことで一泊二日のキャンプを予定してるんですが……参加できる?無理にとは言わないけど」
またトキとツチノコは顔を見合わせる。
「願ったり?」「叶ったり!」とまたもや視線だけでコミュニュケーションをとる。そして、ロバの方を振り向き、声を揃えて。
「「是非!」」
その後ものんびりして、疲労感も治まってきた頃に「そろそろ帰ろう」ということになった。
「私、お手洗い借りるね」
ツチノコがそう言って席を外し、もう帰ろうかというトキとまだ残って仕事をするつもりのロバの二人だけになる。決してブラックなわけではない。楽しい職場です。
ツチノコがトイレのドアを閉めたのを確認して、トキがロバに小走りで寄る。そして、耳元でコソコソと相談をはじめる。
「ちょびっと、優しめのやつ借りれませんか?」
「……ほう?どんな系?」
「痛くなくて、でもちょっと特殊な感じの……」
「はいはいはい、ちょっと着いておいで」
そうやって建物を出ようとする。その前にと、ツチノコに「外に居るから済んだら出てきて」と伝えてからロバの物置に向かった。
ツチノコが外に出てきた頃には、トキは紙袋を下げていた。
「それなに?」
「うふふ、ロバさんからお土産貰っちゃいました」
「へえ」
適当な返事をして、ツチノコがその紙袋をトキから受け取ろうとする。空を飛ぶ時の都合上、荷物はツチノコが持たねばならないからだ。
「中身はお楽しみって言われたので、覗いちゃダメですよ?」
「え?あ、わかった」
そんな話はされなかったが、ツチノコは疑う様子もなかった。そんなこんなでいつも通り帰路につく二人だった。
……その晩のやり取りを一部公開。
「ちょっ、トキなにそれ!?ま、まって……」
「大丈夫ですよツチノコ?それともやめておきますか?」
「……トキがやってみたいなら、我慢」
「えへへ、変態」
「……トキこそ」
〜数十分後〜
「や、ツチノコ、それはちょっと恥ずかしい……」
「仕返し仕返し」
「ひぇぇ……」
H常です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます