特別話 一周年の日

 カリカリ。カリカリカリカリ。


 シャーペンが紙と擦れて音を立てる。他に誰もいない広い家で、その音がやたら目立つ。


 カリカリ。ギュッ、ギュッ。


 文字を書き間違えて、それを消しゴムで擦る。消しカスを払って、ふーっと溜息をついた音がまた響く。


 カリカリ……コツン。


 書きたいものを書き終え、シャーペンを机に寝かせる。


「……はい、おわり」


 よくあるリングノートを閉じて、栗色の髪の女が背伸びをする。ぐぐっと伸びきったところで、また深く息を吐く。全身の筋肉が緩む感覚を気持ちいいと感じつつ、ノートの表紙を意味もなく眺める。


「飼育員記録ノート……NO.8。タントー、とだいなう……」


 ぽつぽつとその文字を口に出す。


 戸田井 奈羽。


 年齢不詳。多分二十代半ばくらい。

 フレンズ飼育員。トキとツチノコの担当。

 彼氏なし。そろそろまずい気がしてる。担当の二人がリア充すぎてちょっと辛い。頑張れ美人さん。


「……っくしゅ」


 くしゃみをひとつして、仕事終わりのぽーっとした気分から抜け出してシャキッとする。鮮明になった視界で最初に目に入ったのは、目の前の例のノートだった。


「このノートも、そこそこ書いたページが増えてきたねぇ」


 ノートを横から眺め、真新しく綺麗に重なってるページと下敷きを敷かずにペンを擦り付けたためヨレヨレになったページの比率を目で測る。

 飼育員記録ノートとしてあるが、正確な仕事としての記録というよりは個人の趣味のようなものだ。時々書く日記のようなもの。


「……たまには読み返しても面白いかな?」


 ペラっと、ナウはページをひとつめくった。





 最初の日付は昨年の8/30。


・担当フレンズ二人から定期報告を受けた。

夏はエンジョイできたらしい。海で遊んだり、浴衣デートをしたり、楽しかったとの事。

もう、例の事件から半年ほど経過したが深くトラウマなどにはなってないらしい。


「ああ、もう一年半くらい前か……アイツがパークから出てってそんなに経つのねぇ」


 そう思うとあの頃は大変で、今はとても平和だなあとナウは感じた。とてもいいことである。


「ん?海で遊んだ……ってことは水着買いに行ったのもこの頃か……あ」


 そういえば、あの時二人の悪ノリでプレゼントされた水着があったなあと思い出す。紺色で、布地が多くて……あれから一年ということは、さらに着にくい年齢になってしまったなと溜息をつく。



 ペラペラとページを捲り、次に目に付いたのは10/1。


・トキちゃんが歌のレッスンを始めたらしい。講師はかの有名なイワトビペンギンのフレンズだとか。あのアイドルの。その件で後輩に少々迷惑をかけたようなので、シークワーサージュースのお礼も兼ねて少々お高めな食事を奢ってあげた。ごめんね菜々ちゃん。

トキちゃんは嬉しそうで、ツチノコちゃんも嬉しそうではあった。ただ、ツチノコちゃんのお留守番が増えるのがちょっと不安。いつもベッタリだけど大丈夫かな……


「ああ、そんなこともあったね。てことは、もう少しページを進めれば……」



 数ページめくると、出てきたのは。


・トキちゃんが秋の音楽会でステージに登るらしい。担当として見に行きたいが、その日付は出張が入っていた。偉い飼育員は辛いね。

ツチノコちゃんは若干疲れた様子だった。トキちゃんにぴったりくっついていて、案の定という感じ。ただ、ここは敢えて手出しをしない。ベッタリしすぎもよくないと思うよ。


「結局その後どうなったのかよく知らないんだよなぁ……ま、いっか」



 次、目に止まったページ。11/20。


 ・二人が少し前から考えていたらしい引越しについて。今の無償アパートから、ちゃんとした貸家に住みたいということらしい。高収入ではないといえ、結構お金は貯まっているようなのでそういうのもいいと思う。無償アパートも競争が激しいらしいので、働いているのだったら部屋を開けるのは正しい判断だ。


「ふふ、そういえば引越ししたのはこの頃かぁ。今じゃ新しいお家も慣れたらしいけどね」



 次。12/15。


・先日、引越しが終わった二人を訪ねた。家具や家電の買い物には付き添ったし、契約も一緒だったので、何となくどんな感じかは予想していたが予想以上にいい物件だった。愛の香りがした……?

引越し祝いに、ホットプレートとか鍋とかになるやつをプレゼントした。


「ああ、そんなのもあげたねぇ……今も使ってるのかな?」


 ※作中外で使ってるらしいです



 次。12/25。


・クリスマスの任務を終えてきました。ナウサンタです。トキちゃんは例年通り歌ウマ本。ツチノコちゃんは恋人をメロメロにさせるアイテムとかいう無茶な注文だったので、リボンを突っ込んできた。私がプレゼント推奨委員会になりました。

なにやってるんだろ……


あ。次の記録は来年でしょう。


今年一年、概ねいい一年でした。トキちゃんとツチノコちゃんが恋人になったのは今考えたらびっくりだけどね。

まあ、それでトキちゃんが逃げ出したり@$#&に絡まれたり……色々あったけどね。今はフェネックちゃんも幸せそうでなにより。あの担当はちょっと頼りないけどね……まぁ根はしっかり者……?

ところで、トキちゃんの野生解放については追加情報なしでした。まあ、野生解放なんてしないならしないに越したことはないね。


では、ナウちゃん。いいお年を。来年は彼氏を作れ。


「……ちくしょおおお!!」


 色々思うところがある文章だったが、最後に全部持ってかれた。途中、ぐちゃぐちゃと塗りつぶした(?)箇所がある。まぁ、入るのはアイツの名前だろうなぁ……当時の自分は怒りを抑えられなかったんだなぁ、なんて。



 次。面白そうな文章がなく、2/20まで飛んだ。


・先日、ツチノコちゃん一人で我が家に来た。トキちゃんに手作りバレンタインチョコを渡したいから教えてだって。かわいい。

なんか色々言われた。私に好きな人はいないんだよ?うふふ。……


「ちくしょおおおおおおお……」


 まだ文章に続きがあるが、そこで思わず呻いてしまった。気を取り直して続きを読む。


・トキちゃんもツチノコちゃんも関係ないけど、日記。菜々ちゃんから相談を受けた。テレビでワシミミズクの解説をさせられるので、原稿の確認をしてほしいって。一応、私は鳥類担当なので。


「そんなこともあったね。放送した時の菜々ちゃんの棒読み具合ったら……緊張が見え見えだったよね」



 次。また飛んで4/5。


・エイプリルフールで、結婚相手ができたので飼育員辞めるって言いました。ツチノコちゃんに泣かれそうになった。ごめんね。

二日はトキちゃんのお誕生日だったけど、特になにも贈らず。フレンズって誕生日が曖昧なことが多いから、あんまりお祝いしないんだよね。でも、多分ツチノコちゃんがお祝いしてるからいいでしょう。

あ。思わず書き忘れるところだった。

トキちゃんとツチノコちゃん、全く同じ日にフレンズ化したらしいです。

運命かな?


「運命だよね?」






 その後の日付は特にいつもと違うことが起きたという記録もなかった。そして、さっき書き終えたばかりのページに来る。それも、大した内容ではない。


「なんか……こういう風に振り返るのもいいね」


 謎の温かい気持ちに浸りながら、ノートに所々消しカスが挟まっていたのをバサバサと取り除く。


 その時、パサりと四つ折りのメモ用紙が落ちてきた。


「あれ?こんなの挟んだっけ?」


 折られていたのを、恐る恐る開く。


(以下、メタ要素!注意してね!)















“トキノココンビの日常をいつもありがとうございます

作者の栗饅頭です。


実は2019/08/30でトキノココンビの日常、連載開始一周年なんですよ!そんな感じで総集編(?)チックにした!でもストーリーがないから総集編にするような厚さの内容もなかった!ちくせう!


というか、『初めて』の方は半年で30万字書いてたのに……『日常』は一年で20万字って……サボりすぎね……ごめんね。


はい。そんな感じで、いつぞやの栗饅頭に紙挟むのと似たような形式で日頃のありがとうを伝えさせていただきました。


で!


で!!


で!!!


近々、別の連載始めようと思うんですぅ!


(ん?最々高低?一次創作?聞こえぬ聞こえぬ……いや、最々高低はちゃんと月一更新再開させたから……)


で、何の連載って。いやもちろんけもフレ二次創作っすけど。


ほら?トキノココンビの日常って、『初めて』の続きのくせにトキノコしかないじゃん?アラフェネは?図書館組は?


はーい!そいつらとか、パトロール組とか、『トキノココンビの初めて』のトキノコじゃない部分にスポットライトを当てた小説を書こうと思うんですね!


一年前くらいからこの話してたね!いつまで引き伸ばしてんだこいつ!ごめんね!!


で、一周年に伴い、いい機会なので書こうかと。夏休み明けのテスト終わってからね。


そんな感じで、やっていきたいと思います。


今後ともよろしくお願いします”



















 メモ用紙に、記憶のないの怪文書。


 ナウは震えていた。夏の夜にこれは怖い。


「……か、可愛い担当ちゃんの声でも聞こうかなぁ……」


 電話で、トキノコ宅にコールする。ガチャ、と受話器が上がる音。


『はいー?ナウさん?トキですけど』


「こんばんはー、元気?」


『へ?元気ですが』


「そう。いや、用事はないんだけどね?」


 そんな話をしている途中で、別の声が混じる。


『あれ、ナウから電話?』


『そうですよ』


「あ、ツチノコちゃんもいるの?」


『いますよ』『いるぞ』


「ふふふ。二人ともどう?お元気?ハッピー?」


『……?』『???』


 少し、間を置いて。


『『幸せ!!』』


 本日も平常運行、これが日常です。

 そんなわけでこれからもよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る