第39話 着せ替えっこの日
「最近暑くなってきましたね」
六月に入ったある日。トキが服の中に空気を入れるためバサバサと音を立てながらそんなことを呟いた。
「トキはよくそんな暑そうな格好でいられるな?」
ツチノコがトキの呟きに返す。ピッと指さされたトキは、首を下に向けて自分の服をまじまじと眺めた。
「でも、そんなに暑くはないですよ?」
「そうなのか?」
改めて目線を合わせ、そんな言葉を交わした。そして、瞬きを一回二回。
「着てみます?」
口を開いたのはトキだった。
「トキ……あの……」
数分後、ツチノコは脱衣所で顔を赤くしていた。トキはそんなツチノコからパーカーを取り上げ、つい先程まで自分が履いていたタイツをツチノコに持たせていた。
「履かないんですか?」
そう言い放つトキは下着姿。ツチノコに自分の服を着せるため、全部脱いでしまったのだ。手に抱えたツチノコのパーカーに顔の下半分を埋め、肩が揺れるほど深く呼吸をしている。
「は、履くけど……そのパーカー、汗かいた後だから、あんまり……」
「いい匂いですよ?」
「〜〜っ!!」
ツチノコは恥ずかしそうにトキから目を逸らし、トキのタイツに脚を通した。「どんな匂いがするんだろう?」「脚の先とか、逆に付け根とか……」なんてことが脳内を過ぎらなかったと言えば嘘になるが、それらを押し殺してツチノコはトキの服を身にまとっていく。
ツチノコが思っていたよりもトキの服は快適で、風は通るし軽かった。ヒラヒラを目立たせるために、その場をくるくる回りたくなるような服。どう動いても、何をしてもトキの匂いが付いてきた。
「私が着るよりもツチノコが着た方が可愛いですね?」
トキ服ツチノコに向かって、トキはにっこり笑う。少し悔しそうな口調も込めていた。
「トキも私のパーカー着てみたらどうだ?」
「いいんですか?」
「トキが平気なら」
ツチノコの許可が降りたので、トキもパーカーに腕を通す。ホットパンツは履かず、下はパーカーの裾で隠す形だ。
ところで、トキはツチノコよりも背が高い。その分パーカーの裾が少しだけ足りない。だが、トキはそんなことよりツチノコの服に残った温かさや香りに幸せを感じていた。
「トキ、あの、それ」
白い袖から飛び出たツチノコの指がトキの下腹部を指す。トキは羽をぴくんと震わせて、ツチノコの言葉を待つように首を傾げた。
「……誘ってる?」
トキの方がツチノコよりも背が高い。先程述べた通りだし、本作では今までで何度かその事を説明している。
トキはパーカーの裾で下着を隠すつもりでいた。
しかし。
袖だけでなく、裾の長さも足りない。
つまり。
半分くらい見えている。
その光景がツチノコを強く刺激した。久しく流していなかった鼻血を垂らし、それを抑えるためにたまたま近くにあったハンドタオルを鼻に当てていた。ツチノコも日本の妖怪なので、古来から日本で重んじられてきた「全ては見えない」というエロスに身体が反応してしまったのだろう。
「わわ、鼻血ですか?」
そして、トキは「誘ってる?」というツチノコの問いに答えずにツチノコに接近する。近づいてみてはじめてわかったことだが、ツチノコよりもトキの方が胸部がふっくらしているため、パーカーが今まで見たことない形状をしていた。トキも大きいわけではないので、ほんの些細な差だったがツチノコには多少のダメージを受けた。ちなみにそのダメージは目の前のトキのおかげで全回復している。
「ほら、ぎゅーって鼻のところつまんで……」
トキがツチノコの鼻を掴むので、どうしても距離が縮まる。体が触れ合うことに抵抗を持つ必要は無いので、トキは例の胸部をグイグイとツチノコに押し付ける。パーカーが薄いのが良くも悪くもツチノコの触覚に影響した。
「ツチノコ顔赤いですよ?やっぱり暑いですか?」
トキの脚がツチノコの脚に触れる。不慣れなタイツを挟んで感じる素肌の感触が、ツチノコには新鮮だった。
クリスマスの時にも見たが、パーカーを着たトキの破壊力は凄まじいものだった。暑さのせいもあり、ツチノコの体がクラリと揺らぐ。
そのままパタンと倒れ込み、ツチノコパーカーのトキの悲鳴が響き渡った。
ツチノコが目覚めた時に着ていたのは、やはりトキの服だった。いい匂いがして、ふわふわで、意外に寝巻きにしても快適だった。
ただ、異常に暑い。いくら最近暑くなってきたからと言え、こんなに暑いなんておかしい……などと考えていたツチノコは、ソファに寝かせられている自分の横にトキがくっついていることに気がついた。いつもの自分の服を着て、ぎゅうっとツチノコの腕に抱きついている。
「……トキ、少し暑い……」
「んん……?つちのこ、わたしのふくのにおいでなんて……」
はぅ、とツチノコのため息がひとつ。いつも通りのトキの寝言を聞きながら、その顔を撫でて時間を過ごすことにした。
〜ゆるりとつづく〜
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