第38話 ぼんやりの日

 がたがた、ぶるぶる。


 ツチノコはあぐらをかいて、その振動をひたすらに感じていた。ぼーっと、何も考えず、規則的な揺れに身体を任せていた。


「……」


 そして、その様子を後ろから見守るのがトキ。ツチノコが半分寝ているような心地なのに対して、ハラハラと落ち着きのない様子だった。


 その理由はツチノコにあった。

 なぜなら、彼女が座り込んでいるのは狭い脱衣所。なにも敷いてない床にかれこれ十分ほど座りっぱなしなのをトキは目撃してしまったのだ。何をしているのか気になったが、声をかけていいものかわからないため、脱衣所の扉の影から頭を出すという状態をキープしていた。その間もガタガタと振動が部屋に響く。


 振動の正体はわかりきっている。座るツチノコの目の前にある洗濯機だ。今日もトキとツチノコの下着などを清潔にするために一所懸命に働いている。そのため、規則的で激しい揺れを起こしているのだ。


(ツチノコ、どうしたんでしょう……)


 トキには背中を向ける形なので、ツチノコがどんな顔をしているのかはわからない。あまりに動かないので寝てしまったのかとも考えたが、それにしては姿勢がしっかりしている。


 なにもせず、快適とも言えない場所で時間を過ごしているツチノコ。トキは様々な可能性を検討して、ひとつの結論にたどり着いた。


(まさか……心の病気!?)


 トキも詳しくはないが、テレビでそういった番組をみたことがあった。なにか辛いことがあったり、ストレスが溜まったりして心の病気になることがあるらしい。そういう人の一部は、こうやって感情を失ったようにぼーっとすることがあるとかないとか……


 最近暑くなってきたし、仕事も少しキツかった。ツチノコはいつも通りに見えたが、トキにも見せないような部分で少しずつ壊れていた可能性もある。そういったことを考え始めたら、どんどんその憶測もうそうはトキの脳内でエスカレートしていった。


 このまま、ツチノコが廃人のようになってしまったら?


 もう自分の料理を褒めてくれなくなったら?


 肩を並べてテレビを見なくなったら?


 ちょっぴり刺激的なイタズラもしてこなくなったら?


 手を繋いで歩けなくなったら?


 キスをしたいとせがんだりしなくなったら?


 歌を聴いても拍手してくれなくなったら?


 幸せだと言ってくれなくなったら?


 ひとつ考える度に、胸がきゅうっと苦しくなる。そんなのは嫌だ。ずっと二人で幸せでいたい。そのために彼女のためにできることを考える。


(何をしてあげたら……美味しいもの?マッサージ?それとも、たくさんスキンシップをするとか?)


 癒しになるもの、彼女が好きなもの、幸せになれるもの。


「どんな花より、たんぽーぽーの……♪」


 そう考えているうちに、気がついたら歌を口ずさんでいた。客観的に見れば音痴な歌だが、ツチノコを振り向かせて笑わせるのにはとても効果的だった。


「トキ?」


 固まってたツチノコが、トキに笑顔を見せて声をかける。トキはそれに飛びつき、ぎゅっと抱きついた。


「ツチノコっ!」


 唐突なことにびっくりして、ツチノコが変な声を上げる。トキは元気そうなツチノコの姿をみて、安堵や嬉しさが抑えきれなくなってしまい、それを抱きしめる力に変えていた。ぎゅぎゅぅっと、痛いくらいにハグをする。


「ど、どうした……?」


「ツチノコが元気そうで、嬉しくって……」


「……???」


 ツチノコも抱きつかれて悪い気はしないので、優しく抱き返す。しばらくそうしていたあとで、お互い少しだけ離れて顔を見つめ合う。


「ツチノコはどうしてこんなところに?」


「なんか、洗濯機眺めてたら夢中になっちゃって」


「え〜?なんですかそれ?」


「ホントだって、ガタガタしてるのを見てると目が離せなくなるの」


 ツチノコがまだ揺れている洗濯機を指さす。そのままそちらに向き直り、またあぐらをかいてそれの観察を再開した。トキもその横に座って、ツチノコと同じように洗濯機を眺めてみる。


「……な?」


「確かに、なんだか心地いい……?」


 ツチノコが左右の床に突いている手に、トキが自らの手を重ねる。お互いの体温を感じて、さらに心地よくなる。指をやんわりと絡めて、揺れる洗濯機に目を向ける。


 なんだか幸せ。


 本日も平常運行、これが日常です。








 次、二人の意識がハッキリしたのは洗濯機が止まった時だとか。

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