第35話 お花見デートの日
春。別れの季節や、出会いの季節と言われるこの季節。仮に、別れも出会いもなくとも、生活する上で何らかの節目になる季節ではあるだろう。
さて、春といえば。
この言葉を脳に流し込んだ時、そこそこの順番で連想される花がある。
桜である。
桜は美しい。小さく可愛らしい花を咲かせ、それがいくつも連なることで優雅な集合体になる。春とは関係ないが、夏の葉桜も見ていて楽しいものである。品種にもよるが、桜は素人でも整ってると感じる木の形が多い。そのため、普通に緑の葉を付けていても、葉を落として次の春に備えているのも、なにか楽しい感情を湧かせてくれるものである。
しかし。
世には「花より団子」という言葉も存在する。
しかししかし。
この、ジャパリパーク都市部の公園に咲いた桜の下にシートを広げるフレンズ二人には、もう少し違う言葉が的確だろうか。
「何度観ても綺麗ですね……」
「私は去年と今年で二回目だから、まだ新鮮な感じがするな。そう、可愛い花だよな」
そんな会話をするのはトキとツチノコである。しかし、桜に目をキラキラさせるパートナーを見てお互いに思うのだ。
(ま、トキの方が……)
(そう言いますけど、やっぱりツチノコが……)
((何よりも綺麗で可愛いけど!!!))
本日も平常運行、お花見だろうとこれが日常です。
ちょいちょいちょいちょい。まだ終わりません。
「ツチノコ、お弁当食べますか?」
「そうだな、お腹減った」
満開になった桜の下、トキとツチノコはブルーシートを広げてお花見デートに勤しんでいた。簡単な弁当を用意し、カメラを引っさげて公園にやってきた。パークにはもっと桜が多く咲いている場所もあるのだが、そちらは観光客やらでいっぱいになっているので小さな公園でお花見をすることにしたのだ。案の定、他には誰もいなかった。
「弁当、何作ったんだ?」
「えへへ、おにぎりです!」
トキが取り出したのは、大きな銀色の塊。おにぎりの円形に合わせるため丸められたアルミホイルが、暖かでやさしい春の日差しをギラギラと反射する。少々目に痛いが、ツチノコはそれを見て横に尻尾を揺らした。
「お、おっきい……!」
「お弁当箱が用意できなかったので、おにぎりに色々詰めてみました!質素な感じですみません」
「いやいや、そんなことない!」
トキは申し訳なさそうに頭を掻くが、ツチノコは両手を降って否定しながら笑った。
「唐揚げとシャケ、どっちがいいですか?」
「トキは?」
「私はどっちでもいいですよ?」
トキが、ずしんという擬音が聴こえてくるような大きさのおにぎりを両手に持って微笑む。ソフトボール程のサイズに、ツチノコは至近距離で改めて驚いた。どちらにしようかと迷ううち、ふとしたことに気がついてトキに質問した。
「……どっちがどっち?」
ツチノコの質問に、トキが自分の手元に目線を落とす。右を見ると銀色の球。左を見ても銀色の球。見た目に違いはない。ペンで何かを書くということもしていない。
「……えっと、わかんなくなっちゃいました」
と、トキが眉をひそめた。ツチノコは特別どっちが食べたいというわけでもなく、むしろどちらでも食べたかったのでそのことは気にしない。むしろ困り顔の可愛いトキが見れておいしかった。そんなわけで、ニシシと笑いながら中身がわからない片方をトキの手から取ったのだ。
「ツチノコ、もしアレでしたら私と交換してください?」
「いいよ、でも横からかじらせてもらうかも」
「じゃあ、私もツチノコのやつもらいます!」
二人でお尻をくっつけながらブルーシート越しの地べたに座り、いただきますと手を鳴らす。
かしゃかしゃ音を立てながらアルミホイルをめくると、一面海苔で巻かれた黒いおにぎりが顔を出した。一口かじると、しなっとした海苔を歯が貫く感触と同時にその香りが口に広がる。ただ、海苔の風味だけではなくアルミホイルのちょっと鉄っぽいにおいも混じる。アルミ包みのおにぎりならではだ。
「ん、うまい」
「よかったです」
そのまま、いつも通りに会話しながらおにぎりの球形を口で崩していった。中身はトキがシャケで、ツチノコが唐揚げだった。
「シャケ貰っていい?」
「もちろん!どうぞー?」
トキが自分の手に持ったおにぎりをツチノコの前に突き出す。ツチノコはそこから一口貰う。具が欲しくてかじるので、当然食べかけの部分だ。もちろん、そんなことは二人とも気にしない。気にしてもプラスに捉える。
「ふふ、シャケもうまい」
「私も唐揚げください!」
「もちろん」
今度は逆に、ツチノコがトキの口におにぎりを差し出す。もくもくとツチノコの手からトキがおにぎりを頬張る。よく噛んで、飲み込んでからトキが笑った。
「ツチノコの手からだと、特別美味しく感じちゃいますね」
ツチノコはちょっと頬を赤くして、照れくさそうに笑った。
「じゃ、乾杯」
「乾杯!」
食事を済ませたあと、二人で買った缶の飲み物で乾杯した。ツチノコはチューハイ、トキはほんのりアルコールが入ったカクテルである。缶で乾杯した時の音が心地よかった。
「トキ、酔わない?」
「大丈夫ですよ、万が一があったらお願いします」
「ん、わかった」
桜を見ながら、それぞれの飲み物を味わう。体を擦り寄せ合い、お互いの柔らかさも堪能する。
「もう一時なのに、静かだな」
ツチノコが左手首に巻いた腕時計を確認しながら話す。誕生日プレゼントにトキから貰ったものだ。トキは、ツチノコから貰った腕時計でそれを確認した。
「そうですね、誰もいないみたい」
公園に誰もいないのは言わずもがな、周辺を通る人はいないし、建物から雑音が聞こえることもなかったのでやけに静かだった。風が草木を揺らす微かな音だけ聴こえてくる。
「二人っきりだからってイタズラしないでくださいね?」
「この間、二人っきりじゃなくてもずっとキスしたがったの誰だっけな?」
「だ、だってアレは……私もなんか変だったので」
(一晩唇くっつけてるとキス中毒になるのか……)
昨日の件を思い出し、ツチノコがそんなことを考える。チュウ毒なんて考えたのはトキには言わなかった。
「ね、トキ?写真撮ろ?」
「いいですね、せっかくですから!」
ツチノコがカメラを出して、桜に構える。
パチリ。
次は桜をバックにトキ。パチリ。
「ツチノコも撮ってあげますよ!」
トキがカメラを受け取り、恥ずかしそうなツチノコをパチリ。
「二人で撮ろう」
「三脚とかないですよ?どうするんですか?」
「私の尻尾で撮れるよ」
ツチノコが、トキの手からカメラを受け取る。二人で並んでから、タイマー設定したカメラをツチノコの尻尾に持たせた。二人を上手いことレンズに入れたタイミングで、パチリ。カメラを回収して、二人で確認する。
「結構うまく撮れたな」
「そうですね!」
「もう一回くらい撮るか」
「はーい」
またツチノコが尻尾でカメラを持ち、桜をバックにレンズを向ける。トキは、また「パチリ」と鳴るものだと思っていたのだが今回は違った。
ピロン。
「……なんの音ですか?」
「録画」
「ええ!?動画にするんですか?」
「いいだろ?あとほら、せっかく動画にしてるんだしさ」
「えっ、ツチノコ?なにして、んむっ」
本日も平常運行、これが日常です。
数十分後。
「ツチノコの脚はすべすべですね……」
「やっぱり酔ってる?」
「そんなことないですよぅ、ツチノコの膝枕は私の特権……」
(かわいい……)
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