第34話 目が覚めちゃった日

 目が覚めたら、視界が黒でいっぱいだった。しかし、カーテンと思わしきものの隙間から見える色は黒いけど少し明るっぽかった。


 起き上がろうとして、腕に何かがひっかかる。温かい何かが腕にしがみついていた。


 ツチノコは、その感触になにか幸せなものを感じた。腕にくっついているのはトキである。彼女は寝る時にいつもこうするのだ。


 時計を見ようと思ったが、真っ暗でよくわからない。ベットの下に置いてある、ライトのリモコンで部屋を明るくすることもできたが、トキが寝ているためツチノコはそれをためらった。


(……寝るか)


 深夜に起きてしまったらしいので、また寝につこうと身体をベットに押し付ける。枕に首の上の重さをまかせ、ツチノコは目を閉じた。やけに静かで、カチコチと時計の秒針が進む音が聴こえるようだった。



 否、聴こえた。



 ツチノコが目を閉じてから、その針が進むわずかな音が聞こえた回数が六百回をすぎたころ。


(……寝れない!!)


 ツチノコはそのことに気がついた。寝る前に何かを気にしてしまうと、やけに眠れなくなるものである。彼女自身は知らないが、既に十分じっぷんは寝れずにいるのだ。


 やけに今の姿勢が心地悪く感じたので、寝返りを打とうとするツチノコ。しかし、トキが腕に掴まっているのでそれもできなかった。そもそもこれでは姿勢が変えられない。


 仕方ないので、トキの腕から自分の腕を引き抜く。トキは気づかずに寝ているようなので、ツチノコも安心して姿勢を変えた。横向きになったり、うつ伏せになったり。


(……でも寝れない!)


 しっくりくる姿勢がなかった。ふと横を向いた時、トキが目に入った。もう暗闇に目もなれて、その姿をぼんやりと確認できた。


 彼女を、ぎゅうっと抱きしめる。いつも通りの抱き心地だったが、いつも通りに最高だった。体温が気持ちよくて、やわらかくて、いい匂いがする。寝る時の姿勢の都合上、トキの方がツチノコより頭一つ分足側にずれる。そのため、今ツチノコがトキを抱きしめるとその顔の前に頭のてっぺんがくるのだ。髪の毛の匂いが鼻をなでる。


「つちのこ……?」


 そんな時に、トキの声が聞こえてきた。弱々しいその声にツチノコは起こしてしまったかと申し訳なく思いながら返事する。


「ん〜?」


「きすして……」


 夜中に目が覚めておねだりなんて。ツチノコはただでさえトキを抱きしめて、トキに対する好きの気持ちを大量に分泌させていたのに、今の一言で身体中がハートだらけになってしまった。


 ツチノコはもぞもぞと身体を動かして、トキと頭の位置を合わせる。しかし、その顔を見てちょっとがっかりした。目を閉じて、すーすーと規則正しく息をしている。ツチノコが時々鑑賞して幸せになる、トキの寝顔。いつもの寝顔。


「……」


 トキは寝言が激しい。ツチノコに掴まっていなければ、寝相も独特だ。その事を失念していたツチノコは、トキのおねだりがただの寝言と知って残念に思った。毎度ながら、トキの寝言に出てくるツチノコはトキとイイコトしてばかりである。ツチノコはそれを妬ましく思った。


と、いうか。トキだって夢の中でキスしてるじゃん。それって、キスしたいってことじゃん。控える必要なくない?


 そんなことを考えて、ツチノコは頬をふくらませた。目の前には、変わらずトキの寝顔。無防備な寝顔。


(悪いのはトキだ!寝言とはいえ、誘ってくるのが悪いんだ!)



 ちゅ。



 自分に言い聞かせ、ツチノコはトキの唇に自分の唇を押し付けた。一瞬だけで我慢しようと、頭を離そうとする。しかし、ツチノコが異変に気がついたのはその時だった。


 頭に、温かいものが絡みついている。心当たりはある、トキの腕だ。ツチノコの腕にしがみついていたのに、それを離させたから行き場をなくした。しばらくはそのままで平気だったが、無意識になにか掴まるものを探したのだろう。そして、程よくあったのはツチノコの頭。


 つまり、先程の『ちゅ。』を訂正しなければならない。


 ちゅ〜〜〜〜〜〜〜……(現在進行形)


 である。ツチノコは幸か不幸かトキとキスした状態から動けなくなった。鼻で呼吸はできる。焦ってどうにかせねばならないというわけではない。


(どうしようかな……♡)


 ゆっくり考えればいい。





(ツチノコったら……)


 トキは、ツチノコのアタマが離れないようにしっかりとそれを押さえていた。薄く目を開けると、ツチノコの幸せそうな困り顔が見えた。


 トキが起きたのは、ツチノコが姿勢を変えている間である。ツチノコが動く時にたまに自分に当たったりする中でやんわり目が覚め、腕には何を掴んでいないことに違和感を持ってその意識を確かなものにした。


 しばらく、ツチノコが寝たまま動いているものだと思ってトキも寝ようと目を瞑っていた。しかし、ツチノコが抱きしめてきたので思わず目をぱっちりと見開いてしまったのだ。ツチノコが起きているのか寝ているのかを確認するのに、声をかけた。それが、最初の「つちのこ……?」である。「ん〜?」という返事があったので、起きていることが確認できた。


 ここで、なかなか表に出ることのない悪戯っ子なトキが目を覚ました。

 まず、キスを誘う。そしてその後は寝たきり。あとはアドリブで、ツチノコが困ることを仕掛けてみる。


 そんな作戦を元に、今の状況がある。寝起きテンションもあいまり、ツチノコと唇が密着した状況でその動きを封じるという行動に出た。この後ツチノコがどう動くか、トキは見守ることにした。


「……♡」


 そして、数秒後にトキは悟った。ツチノコはこの状況を打開する気がない。

 ツチノコはと言えば、その通りだった。このまま寝てしまってもいいと思いつつ、そのまましばらく過ごすことにしたのだ。



 そのまま、時間が過ぎた。



 ツチノコはとうに寝てしまった。トキは時計の音マジックに嵌り、寝付けなくなった。トキは妙な意地を張り、ツチノコを離さずにいた。つまり、まだキスしっぱなしである。


 しかし、完全に目も覚めて思考も冷静になった今。それがドキドキしてしょうがない。


 ツチノコとこんなに顔が近い。ずうっとキスしてる。寝てしまった無防備なツチノコを、一人で独占してる。


 時計の音マジックではなく、自分の鼓動マジックに嵌ってしまった。





 翌朝。ツチノコが目を覚ますと、目の前にトキの顔があった。目はぱっちり開き、金色の瞳でツチノコのことを見つめている。


あ、トキ……


 そう口にしようとツチノコは思ったが、思ったようにの口は動かなかった。理由は簡単、トキの唇とぴったり唇がくっついているからだ。


「……」


「……♡」


「……?」


「……♡♡」


 見つめ合いの結果、トキが離してくれなさそうなことをツチノコは理解した。


 その日が仕事だと気が付き、朝の支度でドタバタしたのは別の話。


 そして、トキが少し壊れてしまったようで、一日中暇を見つけては唇を合わせていないと気がすまずツチノコが苦労したのも別の話。

























 ※その翌日にはトキは正常に戻りました。

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