第32話 大切な人の大切な日 Part1
4月2日。朝。
トキはいつも通りの場所で目が覚めた。ベットの上、布団に潜り込んで隣に眠るツチノコの腕に絡みついている。おでこを擦り付け、ぎゅーっと腕を抱きしめて寝る。その「いつも通り」から目が覚めた。
ツチノコはまだ寝ているようだ。気持ちよさそうに寝ているその顔に、ついイタズラしたくなったトキはその頬をつついた。起きる気配はない。
(よし、作戦決行です!)
ツチノコを起こさぬよう、するりとベットから抜け出すトキ。ドアをゆっくりあけて、廊下に出る。向かったのは洗面所だ。
髪を整え、顔を洗う。口内も綺麗にした。そして、自分の姿の全体を鏡で確認する。
「よしっ!」
ポケットから取り出したのは、リボン。
(ツチノコに、クリスマスのお返ししましょう!)
クリスマス。昨年の12月25日の朝、トキはツチノコがいない状況で目を覚ました。部屋に脱ぎ捨ててあったツチノコのパーカーを素肌の上に着て、下に降りたら洗面所で裸の状態にリボンを巻いたツチノコと遭遇したのだ。
そのお返し。手に持ったリボンはそういうことである。しかし、服を脱ごうとしてトキは思った。
さすがに裸は恥ずかしい。
そんなことをしたら、朝エッチコース直行である。トキとしても満更ではないが、最近はトキの方からキスや行為を控えようという話をしていたのだった。あんまり日常的すぎても、ありがたみが落ちてしまう。それに、それまでのトキとツチノコのそれらの頻度は世間一般よりも高いらしかったのだ。図書館の梟たちが教えてくれたのだ。
「んー、最近してなかったしお誕生日だから特別に・・・でもでも、私から誘ったら今後の説得力が・・・!」
と、トキは自分の頭をポカポカ叩いた。そういった理由で、裸ではなく服の上にリボンを巻くことにした。
ツチノコは自分に巻くのに苦労していたが、トキは服を着ていたおかげがスムーズに巻くことが出来た。自分の頭のてっぺんで、リボンの端と端を蝶結びにする。
「よし!戻りましょう!」
そう、洗面所を出た。
寝室に戻っても、ツチノコは眠ったままだった。その隣に正座で座り、その肩を揺さぶる。
「んん・・・」
ツチノコが、その目をゆっくりと開く。青緑の綺麗な瞳が空気に晒される。起きたばかりでまだ目が良く見えていないようで、トキのことをぼんやりと見ていた。
「おはようございます、ツチノコ」
トキがそう笑うが、やはりトキのことが良く見えていないらしい。リボンに反応する様子もない。代わりに、ベットから姿勢を起こしてトキの頬に手を添えた。そして、トキとツチノコの頭の距離が急にゼロになる。
触れているのは唇同士。
トキは自身の顔が急激に熱くなるのを実感した。でも、唇に当たっている柔らかくて温かいものの感触は心地がいいのでパートナーに任せることにした。
ツチノコはそこからゆっくりと距離を離す。トキの頬からも手を戻し、自分の目をぐしぐしと擦る。
「おはよ、トキ」
「さ、さっきのは・・・」
「目覚めのキス」
「なんか違くないですか?」
トキとしても美味しかったので、なんでもよかったがそんな会話をした。やっとツチノコの目がハッキリしてきたようで、改めてトキのことを見る。ちゃんとリボンに気がついたようだった。
「えへへ・・・誕生日プレゼントです」
トキが笑いながら、ツチノコにずいっと近づく。ツチノコがクリスマスにしたような、「自分をあげます」というアピールだった。
「じゃあ、ありがたく」
無言でツチノコがトキの手を取る。力強くそれを引っ張り、強引にベットに引き込んだ。
「えっえっえ・・・ツチノコ?」
「もらっていいんだろ?」
「いいですけど・・・」
ツチノコの隣でベットに寝かされたトキに、ツチノコがもう一度接吻する。今度は深い方だ。唐突だったのでトキはびっくりしたが、やがて身を任せ、自分からも舌を出し始める。
「今のは、OKサイン?」
「もちろんです。優しくしてくださいね?」
お互いの口から銀の糸を伸ばしたまま、それぞれの服に触れる。ツチノコは、トキのリボンを解くところから始める。トキは既に相手のファスナーを下ろし始めていた。
「トキも、そういう気はあった?」
「ほんの少し、期待は・・・」
「イケナイ子」
「ツチノコに言われたくはないですよ!」
朝から、たくさん愛し合った。最近控えていたせいか、二人とも積極的に求めて愛した。ごちそうさまでした。
「トキ?」
その後、遅めの朝食も済ませた後。
「なんですか?」
「お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。ツチノコも、おめでとうございます!」
「はは、ありがとう」
そんなやり取りの後、ツチノコがトキの手を取った。そして、そのまま廊下へエスコートする。トキは、普段と違う雰囲気の彼女にキュンとしながらも不思議に思ってそれに着いていく。
たどり着いたのは寝室だった。まだ愛し合った跡の残る場所に足を踏み入れる。そして、ツチノコはクローゼットの歩み寄った。そして、その裏を覗き込むような姿勢をとる。
「あっ、ダメ!」
そう声を上げたのはトキ。何故なら、そこにはサプライズのはずのツチノコへの誕生日プレゼントが置いてあるからだ。ツチノコがどういう意図でそこを覗いたのかはわからないが、トキはおもわずそれを止める言葉をかけてしまった。
「なんで?」
ツチノコはトキの言葉で動きを止めた。今にもクローゼットの右側の裏に手を突っ込みそうな姿勢である。トキはクローゼットの左側、つまりツチノコの反対側に手を入れる。目の届かない所で、触覚を頼りに紙袋を探り当てて引っ張り出した。
「あの、トキ・・・それ」
紙袋を指さすツチノコ。トキはモジモジしているが、ツチノコからしたら何故トキが腕時計の紙袋を持っているのかというのが不思議だった。クローゼットの裏に隠しているのがバレたのか?答えは否である。
「ツチノコがこの間欲しがってたので、お誕生日プレゼントに・・・」
トキがその紙袋をツチノコに差し出す。
「え?私の誕生日プレゼント??」
ツチノコは余計混乱してしまった。間抜けな返事をしてしまう。
「はい、ツチノコのですよ?私、この間買ってきたんです」
ツチノコがすぐに受け取らないので、トキも若干困り顔になる。ツチノコはその様子に、「もしかして」と思い、クローゼットの裏、右側に手を入れる。ちゃんと紙袋の感触があった。それを引き抜く。
「えっと・・・実は私も、この間・・・」
トキとツチノコで、全く同じ紙袋を手に持っている。ツチノコもびっくりだったが、トキもひどくその事に驚いていたようでしばらく固まっていた。
「えと、トキ?誕生日おめでとう」
そう、ツチノコがその紙袋を差し出す。トキも改めて前に出し、二人でそれを交換した。
「中身、開けますね?」
「どうぞ?私も、開けるぞ」
「もちろん、大丈夫ですよ?」
二人で、全く関係ないけど同じ梱包のものを開けていく。手のひらサイズの箱から顔を出したのは、ついこの間二人で見てきた腕時計だった。二人ともお揃いのシックでシンプルな形だ。ただ、ツチノコのは焦げ茶とオレンジのグラデーションの文字盤、トキは白の文字盤にいちごチョコのような薄ピンク色のベルトで色違いである。
二人ともそれを自身の左手に巻き付けた。そして、自分でそれを確認するより先に相手と見せ合う。
「ツチノコ、ぴったりですね!」
「トキこそ、よく似合ってる」
「えへへ」
「ふふふ」
そう笑いあって見つめあって、なんとなく流れでキスもした。今日は特別である。そういうことにしてしまった。
Part2に続く!
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