第31話 嘘つきの日

 トキがペラリとカレンダーをめくる。三月も昨日で終わり、今日から四月である。


 今日は4月1日。


 その隣の、「2」と数字が打たれた場所にトキがマジックペンで何やら書き入れる。ただの文字ではなくて、すこし模様も描くなどして華やかにされていく。


『おたんじょーび!』


 そう、トキが書き込んでにっこり笑った。書いた部分が乾いているのを確認して、そっとその文面を撫でた。


 そんなことをしている間、ツチノコは受話器を耳に当てていた。先程かかってきた電話に対応していたのだ。その間に、トキが静かにカレンダーをめくっていた。それも終わったので、トキがツチノコの近くに寄る。


「なぁナウ、それで結局なんなんだ?要件が」


 どうやらその電話の相手はナウらしい。要件を言うまでの雑談が長かったのか、ツチノコが眉を八の字にしている。


『ああ、トキちゃん近くにいる?一緒に聞いてほしいんだけど』


 電話が発するナウの声を、近くにいたトキも聞いていた。電話というのは案外音が漏れるもので、静かな中で近寄ればそこそこ音が聞こえるのだ。トキが無言で頷くと、ツチノコは受話器に向かって「ちゃんと居る」と答えた。


『あ!せっかくだからこのセリフ言っちゃおうかな。いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?』


 ツチノコが不思議そうな顔をして、トキに目線で助けを求めた。トキは、ツチノコの口の近くのマイク部分に向かっていいニュースを希望した。


『いいニュースね?実は・・・』


 ナウがもったいぶるような話し方をするのでトキとツチノコはつい息を飲んでしまう。数秒の間をおいて、パッとナウの明るい声が聞こえてきた。


『僕、お嫁さんになるんだ!』


 およめさん。オヨメサン。oyomesan。

 トキとツチノコの脳内で、「お嫁さん」に結びつくまで少々時間がかかった。そして、気がついてからツチノコが焦りだし、トキはニコニコし始めた。


「ほほほ、ほんと!?良かったじゃん!」


「ナウさん、前から『最近いい人がいて〜』なんて話してましたもんね?」


「えっ、トキ知ってたの!?」


「え、えぇ。まぁ・・・はい」


 トキが目を逸らしながら話す。ツチノコはそれを、一人だけ知ってたことの謎の罪悪感みたいなものだと解釈して、そんなこと気にしないのになんて心の中で考えていた。


『本土の人で、旅館をやってるお家なんだ。とっても優しくてね』


 ナウがそう話すのを聞いて、ツチノコが何かに勘づく。トキは既に何かの覚悟をしていたのか、目を伏せて悲しそうにしていた。


『もしかして、悪いニュースわかっちゃった?』


「うん、なんとなく・・・」「はい、私も」


 フー、とナウがため息をついたノイズが聞こえる。


『だから、さ。僕、パークを出ることになっちゃった』


「うん・・・でも、ナウは幸せだもんな」


『ありがとうツチノコちゃん。そう、僕は確かに幸せだけど、君たちと離れ離れになるのが心残りで・・・』


「ちゃんと、新しい飼育員さんとも仲良くしますよ?」


『ふふ、その心配はしてないよ?二人ともいい子だね』


「うん・・・」


 その報告に、ツチノコの目が潤む。声も震える。トキはそれを見て、「まずい!」という顔。実は電話の向こうのナウも同じ顔をしていた。


『つ、ツチノコちゃん?あの、気を悪くせずに聞いてほしいんだけど』


「ツチノコ?今日何日ですか?思い出してください」


「へ?し、四月の一日・・・あ」


 ツチノコが勘づく。トキはとっくに気がついていた。ナウは仕掛ける側なので気がつくもなにもない。


「ナウ、いじわる」


『ごめん、いや、本気にするとは思わなくて・・・』


「トキも!気づいたなら早めに言ってくれればよかったのに!」


「でも、それじゃナウさんの電話が台無しじゃないですか」


 二人でツチノコに謝罪するが、随分機嫌が悪くなってしまったようで、声のトーンが低い。トキのことをキッと睨んでいる。


「ナウなんて嫌い、トキはもっと嫌い」


 ツチノコがそう言うので、トキはハッとする。ナウも同様。


「ご、ごめんなさい・・・そんなに傷つくなんて思わなくて」


『トキちゃんは悪くないよツチノコちゃん!元はと言えば僕が・・・』


 今度はトキが目を潤ませる。ツチノコの片手を両手で優しく触って、色々な感情の混じった悲しそうな瞳をツチノコに向ける。すると、ツチノコが急に笑顔になった。


「・・・うそ」





 受話器からナウの愉快な笑い声が聞こえてくる。ツチノコはそれを耳に当てているのが痛いので、すこし離してしまった。


「もー、ツチノコったら、ツチノコったら・・・」


 トキはツチノコの胸の中でぐずぐず泣いていた。ツチノコはごめんごめんと謝るのだが、泣き止む気配はなかった。


「私だって大好きですよぅ・・・」


 泣きながらそういうので、ツチノコがトキを抱きしめる力を思わず強めた。


『んじゃ、ごめんねー?また今度ー』


 ナウはそう言い残して電話を切る。ツチノコはしばらくトキのことをよしよししていた。



エイプリルフール【April fool】

4月1日の午前中は、軽いいたずらでうそをついたり、人をかついだりしてもとがめられないという風習。この日についた嘘が本当になるというのは迷信である。

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