第27話 雛祭りの日

「あかりをつけましょぼんぼりに〜♪」


 音痴な歌の中で、小さい紙の雛人形が飾られる。トキが色紙を切ったり負ったりして作ったものだ。親玉飾りという、主役の二人だけ飾るスタイルである。


「・・・ツチノコ遅いですね」


 歌が止み、トキはぽっと呟く。今は家にトキ一人、ツチノコはちらし寿司の材料等の買い出しに行っている。しかし、思ったよりその帰りが遅い。わざわざ心配する程でもないが、気になる。


「・・・大丈夫ですかね?」


 と、言ってもやはり心配する程ではないので、特に何をするわけでもなくトキは風呂洗いに浴室に向かった。





「うーん・・・」


「フレンズパス持ってんだろ?ある方でも大丈夫だからそっちにしてけよ」


「でも、やっぱりトキはアルコールに弱いから・・・」


「甘酒のアルコールなんてたかが知れてるぜ?」


 その時ツチノコは、甘酒の屋台の前で顎に指を当てて悩みこんでいた。目の前でその対応をするのは、もじゃもじゃ髪とタレ目、無精髭の男である。


「ケーサツの言うことなんだ、信用してくれていいだろ?多少見知った仲じゃねえか」


「警察って主張するわりには怪しいんだよな」


「辛辣な嬢ちゃんだ」


 野伊のい 新志しんじ。冬の間、パークで甘酒を売り歩く怪しい男であると同時に、パークの警察署に勤める警官でもある。セリフの通り、彼とトキノコは多少見知った仲であり、トキが失踪した時にはその捜索にも協力した。


「アルコールが苦手ったって、飲めないわけじゃないんだろ?何を悩んでる?」


「いや・・・な」


 ツチノコは、彼から甘酒を買おうと思って悩んでいたのだ。買うか買わないかではない、買うのは確定している。問題は、アルコールがほぼゼロの方にするか、アルコールが少し入っている方にするか。


 トキは酔いやすい体質だ。過去に、ここの甘酒で酔っ払ったことがある。ツチノコはもちろんそれを知っている。だから悩んでいるのだ。


(やっぱり、アルコールが入ってない方がいいよな・・・)


 と、言うのは機械的な考えの元に導き出された結論。そこにツチノコの感情やエゴが混ざると、また別の答えが出てくる。


(でも最近、しばらくエッチしてないご無沙汰んだよな・・・)


 ご無沙汰。その理由は、バレンタインより少し後の日に遡る。





 ツチノコがいつも通りトキにキスをした後、トキが言ったのだ。


「キスとか、少し控えませんか?」


 ツチノコはその言葉に衝撃を受けた。理由を聞くと、


「最近、たくさんするからありがたみがなくて・・・時々にした方が、その分一回一回が大切になると思うんです!」


 との事だ。ツチノコはそれを聞いて首を左右に降ることができず、渋々だがOKした。ツチノコとしては、減るわけでもないのに控える理由がわからなかったのだ。でも、トキが「大事にしたい」と言うのだからツチノコが「やだ!」なんて言えるはずもなかった。


「その・・・夜のペースも落としましょう?」


 と、トキも言った。





 それ以来ご無沙汰なのである。トキはそれでも問題なさそうだったが、ツチノコは(スケベなので)少々辛い部分もあった。特に、お風呂は一緒なので毎日その時間は生殺しにあっていると言っても過言ではない。


 それとこれと、どう甘酒と関係があるのか?


 簡単である、トキにアルコールを入れればいつもよりチョロくなる。欲に素直に、彼女の全てをあらわにする。合意の上で、簡単に(そういう意味で)ベッドインできるのだ。


(うーんでも・・・)


 しかし、そうしてしまうのはツチノコとしても罪悪感があった。酒に頼るなんてやっちゃいけないと思ったのだ。


「ほい、毎度あり。今シーズンは今日で最後だからな、次開くのはまた年末だ」


「そっか・・・じゃ、な」


「ご贔屓に」


 そんなやり取りの後ツチノコが受け取っていたのは、アルコールが入っている方の甘酒。少しワガママしてみることにした。





「あ、おかえりなさい!」


「ん、ただいま。ちゃんと甘酒とか買ってきたぞ」


 そんなこんなでツチノコが帰宅。トキもニコニコと出迎え、三月とはいえまだ寒さが抜けない外で冷たくなったツチノコの手を両手で包むようにする。


「トキの手あったかい・・・」


「うふふ、そうですか?」


 いつも通りイチャつきながらツチノコは下駄を脱ぎ、家ヘ上がる。そこで別れて、ツチノコは手洗いうがい、トキはツチノコの買ったものをキッチンへ運んだ。


 トキは買い物袋の中を広げて、必要なものが全部揃っていることを確認する。ツチノコの完璧な買い物に感謝しながら、その中からちらし寿司の材料をピックアップする。エプロンをまとい、それらで調理開始。


「トキー、今日の晩御飯なに?」


「やですねツチノコ、ちらし寿司の材料買ってきてくれたじゃないですか」


「あ、そっか。そうだよな」


 そんなやり取りをしながら、料理中のトキにツチノコが近づいてくる。何も言わずに手伝えることを探して、トキの調理がスムーズにいくようにサポートする。


「ツチノコ、酢飯作ってもらってもいいですか?」


「ああ、節分の時に作ったやつか?了解、やっとくよ」


 もう引っ越してはや三ヶ月。こういった共同作業も慣れたもので、二人幸せに暮らしている。


「もう洞窟行ってからひと月か・・・早いな?」


「そうですね、もう洞窟行ってから・・・あれ、てことは・・・」


「てことは?」


「私達、誕生日までひと月切ってますよ!」


 本日は雛祭り、3月3日。トキとツチノコの誕生日は4月2日。2月3日からの一ヶ月が早いという話をした後なので、これからの一ヶ月間もあっという間だろうと二人で想像する。


(トキの誕生日プレゼントどうしよう・・・)


(ツチノコの誕生日プレゼントどうしましょう・・・)


 二人とも、自分の誕生日には目もくれず相手のことばかり考えていた。





 そんなこんなで、ちらし寿司が完成した。その頃には既にお夕飯時で、早速それをテーブルに運んだ。


「じゃ、いただきます!」「いただきます」


 各自盛り付けて、出来たてのちらし寿司を食す。その間、もちろん会話も交わす。


「トキ、今日もかわいいな?」


「えへへ・・・どうしたんですか?」


「いや、なんでもー?」


 トキがにやけるのに対し、ツチノコはすました顔を見せる。今のうちに気持ちをそっち方面にいきやすいように寄せておこうとか邪なことを考えていたツチノコだが、そもそもの話純粋にトキがかわいいのが悪かった。ツチノコに罪はない。


「ちらし寿司、作るのひさびさだったんですけどどうでしょう・・・?」


「美味しいぞ?トキが作ったので不味かったためしがない」


「ツチノコがそうやって食べてくれて嬉しいです」


 やがてちらし寿司も食べ終わり、食休みの時間に入る。普段は二人でソファに向かうのだが、今日はトキだけ先にソファに座って、ツチノコはカップに注いで温めた甘酒と雛あられを台所から持ってきた。


「雛あられって美味しいよな」


「ですよね!私、パリパリよりも少し湿気ったくらいが好きなんですけど・・・」


「あ、それで去年は袋開けっぱなしにしてたのか?」


「あれ、バレてました?」


「うん。でも、確かにアレもアレで美味しいよな」


 座って、テレビを付ける・・・のも、普段の流れだが何故か今日はそれをしなかった。リモコンのボタンを押すだけでいいはずなのに、二人ともそうしない。かと言って、もう片方が押すのを待つこともしない。真っ暗の液晶に自分たちが写っている。


「ん、甘酒おいし」


「あったまりますね」


 トキがその可愛らしい唇をカップにつけて、湯気のたつ白い液体をすする。それをツチノコが横から見つめる。


 飲んだ。アルコール入りのやつ。


「ところで、なんでうちで雛祭りのお祝いやるんだ?」


「へ?なんでって・・・なんでですか?」


「いや、女の子の成長を願うんだろ?うち、そんな女の子はいないし・・・」


「そういえば・・・ナウさんがいつも雛祭りで祝ってたんで、そのまんま私もやってたんですけどね?なんででしょうね?」


 トキが考え込むポーズを取っている間、彼女に酔いが回ってこないか、ツチノコはそわそわと待つ。

 元々性欲の薄い、フレンズなので別に性欲を持て余しているわけではないが、好きな人とシたい欲求はあるのだ。キスすら半月ほどおあずけなので、毎日のようにキスしてそこそこの頻度で夜の営みに励んできたツチノコはいろいろ溜まっていた。その分、この待ち時間がもどかしい。


「・・・」


「・・・」


 謎の沈黙。トキが酔ってきたのかとツチノコが目玉だけ横にずらすと、しょんぼりとカップを見つめるトキの姿が見えた。慌ててどうかしたのか問いかける。


「と、トキ?」


「・・・ツチノコは」


 トキが発した声は、さっきまでの明るい声と違い、か細く、なのに重く、震えていた。


「ツチノコは、女の子・・・ううん、子供、欲しかったですか・・・?」


 した、とトキの赤いスカートに水滴が落ちる。カップの中の白くて甘いそれではなく、トキの目から落ちた透明でしょっぱい液体。ツチノコはカップをローテーブルに優しく置いて、ソファを立ちトキの前でしゃがむ。そして、その頬をゆっくり撫でた。


「トキ、落ち着いて?どうした?」


「わた、わたし、いっつもおもうんです・・・わたしがフレンズじゃなければ、おとこのこだったら、つちのこと子供がつくれたのにって・・・」


 トキの言葉に、ツチノコの瞳孔がきゅっと狭まる。トキ、と泣いている彼女の名前を呼ぶが、トキは聞き入れる様子もなく流れる涙の勢いを増させる。


 トキにアルコールを入れればいつもよりチョロくなる。欲に素直に、彼女の全てをあらわにする。


それは、表に出すまいと思っていたこともポロリと、時にはボロボロと漏らしてしまう。まるで、物を押し込んだ物置の戸を開いたみたいに。アルコールは、引き戸のレールに油を流しただけ。


「わたし、なんでフレンズなんかに・・・」


「トキ」


「ツチノコとしあわせになるなら」


「トキ」


「ぜったい男にうまれたほうがよかったのに」


「トキっ」


 ツチノコがトキの頬に添えていた手に力を込める。トキの柔らかい頬をぎゅっと押しつぶすような形になり、トキの言葉も止まる。


「トキ?私は確かにトキとの子供が欲しいなと思う時もある。でも、それはここにいる、今の私がほっぺを掴んでるトキとの子供なんだ」


 トキが瞬きを一回、きょとんとした表情を見せる。


「もしトキが男だったら、私はそのトキと子供が欲しいって思うかもしれない。でも、この私が欲しいのはこの朱鷺のフレンズの女の子のトキとの子供なんだよ」


「・・・でも、そんなのむり」


「そう、無理。じゃあ仕方ない、トキとの子供は諦める。だから、私は子供がいない分もトキのことを精一杯愛する」


 ツチノコの真剣な眼差しに、まだ涙目のトキが問う。


「・・・わたし、女のトキでいいの?」


「ここにいる私が好きになったのは、お前なんだよ」


「・・・ツチノコ、きす」


 トキに求められて、ツチノコはゆっくり目を閉じながら顔をトキの顔に近づける。頬に手は添えたまま、少しずつ。やがて距離はゼロになり、温かさと柔らかさと幸せを二人で噛み締めることになる。


 実に半月ぶりのキス。トキが言う通り、大切な一回になった。


 唇を離し、少々距離をとる。それでも、キスをする前より随分顔が近かった。トキの涙は止まっていた。


「ねぇ、トキ・・・赤ちゃんはできないけどさ、トキの事愛してるって、証明したい・・・」


「おひめさまだっこ、してって?」


 トキが手に持ったままだった甘酒をテーブルに置いて、ツチノコに向かって両手を開きながら突き出す。ツチノコはそれを受け止め、ハグする姿勢でトキを立たせる。そのまま、優しく手を回して彼女の体重を支え、お姫様抱っこの形にする。


「愛してる」


「・・・もっといって?」


「トキのこと、愛してる」


「わたしも」


 トキはツチノコに抱かれながら、ツチノコはトキを抱きながら暗い廊下に出る。そして、寝室に向かう階段を登り始めた。ツチノコの尻尾は揺れていた。

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