特別話 飼育員の日

 ジャパリパーク飼育員寮。


 戸田井とだい 奈羽なうは見慣れないその建物の一室で正座し、物珍しそうにキョロキョロと周りを見ていた。


「私、寮生活しなかったからこの建物なかなか入らないんだよね〜。でも夜更かし多めのボ・・・私には消灯時刻とかあるの無理だな〜」


「あはは・・・そ、それで、例の件なんですけど」


 その正面に座るのは新人飼育員の菜々なな。と言いつつ、既に飼育員になってから二年ほど経過しており、新人という新人でもない。ピンクのサイドテールを揺らしながら、申し訳なさそうな表情を奈羽に見せる。


「うん、そこそこの知識はあるから貸すのはできるよ。本当はあの子の担当を呼べればよかったけどね」


「そう思ったんですが、忙しいみたいで・・・すみません、奈羽さんにお願いする形になってしまって」


「いいよいいよぉ、私に任せて!先輩は頼っていいんだぞ!」


 そう、奈羽は胸を叩く。


「ありがとうございますっ!」





「〜で、ワシミミズクだっけ?」


「はい、動物番組の解説にお呼ばれしちゃって・・・うう、なんで私が」


「残念ながらジャパリパークの飼育員は理不尽な仕事が多いからね。私も昔、ジャングルに建設現場下見に付き合わされたし」


「私はキタキツネとかの解説がしたかったのにぃ・・・」


(新人は扱いやすくて、特に理不尽な扱いというのは黙っておこう・・・)


 数十分前。事務報告に飼育員事務所に訪れた奈羽だったが、帰ろうとするのをこの菜々に呼び止められた。会話の通りの事情で、ワシミミズクの解説をするための原稿を作るため、鳥類担当(のはず)の奈羽に詳しいことを聞こうと頼んだのだ。そして、今こうして菜々の部屋で二人顔を合わせている。


「私はあんまりふくろう詳しくないんだけどね〜、でも人よりは知ってるつもりだから!」


「すみません、自分で書いた原稿がこんな感じなんですけど・・・」


「ほいほい、どれどれ」


 菜々から400字詰め原稿用紙を数枚受け取り、それにざっくり目を通す奈羽。真剣な眼差しで紙を見る奈羽、その様子に緊張する菜々。奈羽は「400字詰めの原稿用紙懐かしい」とかそういうことを考えていた。そして、「そうだねぇ」と切り出す。


「生息地なんだけど、実は北海道にもいるのよこの子。日本の地名は身近だから、それも載っけるといいかもね!」


「へぇ、北海道に!?なんだか意外です、でもモフモフであったかそう」


「あと、この辺は削ってもいいかな〜。尺の問題もあるだろうし。菜々ちゃんにこだわりがあるならそれもいいけど」


「ううん、でも確かに・・・とりあえず削る方向にします」


「おけおけ。そんなもんかな〜、よくできてるよ?」


「は、はい!ありがとうございます!」


 菜々に原稿用紙を返す奈羽。だが、「あ」と小さく呟いて手を動かした。人差し指以外の指を丸め、伸びた一本の指を「菜々」と名前の書かれた場所に置いた。


「これ、放送の時は漢字で『菜々』じゃなくて、カタカナで『ナナ』の方がいいかもね」


「え、なんでですか?」


「現代社会でナナちゃんみたいに可愛い子は個人情報を大事にした方がいいぞぉ?ってこと。・・・いや、そんなに気にしなくてもいいと思うけどね?」


「なるほど・・・ナウさんも気をつけてるんですか?キレイですし」


 ナナが何気なくそう言うと、奈羽もといナウはぷしゅぅと顔を赤くさせて両手を振りまくった。


「んなっ!?ぼぼぼ僕はそんなに・・・いや、確かに『ナウ』って書くのが多いけど・・・!」


「あの、ナウさん?一人称戻ってますよ」


「はぇ!?・・・ぬぬぬ!」


 ナウが驚いた顔を見せたあと、ナナのベッドに手を伸ばす。そして、何かを掴んでニッコリとそれをナナに見せた。


「これなーんだ!」


「えっと・・・キタキツネの毛?」


「その通り!第二問!飼育員寮にフレンズの出入りは!?」


「・・・原則禁止」


「正解!コレが意味することは!?」


 ナナがはっとして、急に顔を青くする。冷や汗が頬を伝う中、ナウに懇願するように頭を下げた。


「すみません!」


「交換条件だ、ナウ先輩をいじるのをやめなさい・・・」


「も、もうしません!ごめんなさい!」


「あ、いや、そんな本気で謝られると逆に申し訳ないけど・・・うん、チクったりしないから大丈夫だよ」


「あ、はい・・・」


 二人とも興奮して立ち上がった所を、いそいそと座り直す。そして対面した所を、ナウは自身の手につまんだキタキツネの毛を見つめていた。


「・・・ところで、なんだキタキツネちゃんの毛が?それもベッド・・・」


「時々勝手に上がり込んで、勝手に寝てるんですよ・・・監督不行届でごめんなさい」


「ふーん、いやらしいことしてるわけじゃなくて?」


「し、してないですよ!そんな、例の先輩じゃないんですから・・・」


「あー、ラーテル担当の子ね・・・いや、あれもいやらしいことはしてないと思う・・・思うけど」


「ていうかナウさん、それセクハラですよ?」


 ナウがはっとして、急に顔を青くする。冷や汗が頬を伝う中、ナナに懇願するように頭を下げた。(二文字違い)


「ゆるして・・・僕のこといじり倒していいからゆるして・・・」


「あ、あはは・・・」


 そんなこんなでその日は解散。後日、ナナは収録に行った。





「お、ナナちゃんの解説じゃん」


 ナウが家でテレビを見ていた時、声を上げた。黙々とその解説を聞き、誰に言うでもなく感想を吐いた。


「・・・ガチガチに緊張してるなぁ、音読みたい」


 以上、小話。























 ☆関係ないですが、2月19日は『トキノココンビの初めて』連載開始一周年です!『初めて』の方に、ガイドブック的ななにかを投稿してあるのでそちらも是非!

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