第25.5話 乙女話の日
「ふむふむ、言われなくてもだいたい分かるよ」
「大丈夫か・・・?」
「大丈夫、ツチノコちゃん、僕に任せて!」
「ありがとうナウ!」
節分から一週間と少し経ったある日のこと。ツチノコは買い出しの帰り道にナウの家に寄っていた。
「トキちゃんには伝えてあるの?」
「遅くなりそうとだけ、な」
トキは家だ。今頃掃除をしているだろう。トキとツチノコが新居に引っ越してから、家事に時間を割くことが多くなっていた。二人で共同生活をしているため、片方が外に出て買い物、片方は家の中で別の家事というのもそこそこ多くなっていた。
「板チョコは買ってきたんだ、使うと思って」
「そうね、さすがにカカオ豆から作るわけにはいかないから」
と、ナウとツチノコは会話をしながら歩く。ツチノコが買い物袋から板チョコを出して、ナウに見せる。そんなこんなで行き着いたのはナウ宅の台所。
「よし、じゃあ作りますか!」
「ああ!」
「トキへのチョコレート作り!」
「トキちゃんへの本命チョコ作り!」
「・・・ばらけたね」「・・・だな」
「でもさー、トキちゃんと二人で作っても楽しかったんじゃない?」
「だって、それだと貰った時の嬉しさ半減だろ」
ナウとツチノコで板チョコを刻みながら会話する。
「確かにねー、びっくりはしないもんね?」
「去年はびっくりさせられたから、今年は私がしようと思ってな」
刻み終わったチョコレートを金属製のボウルに投入。もう一回り大きいボウルにお湯を張り、そこにチョコのボウルを浮かべる。その間、ナウとツチノコは目を合わせないが会話は続いていた。
「なんかさ、いいね?恋してるね」
「ああ、こういうのもなんだけど恋してるな」
湯煎したチョコレートはだんだん形を崩し、刻まれて無数の棘のようになっていた物達がひとつにまとまってくる。その間は、ナウもツチノコの顔を見た。
「・・・嫌味?」
「な、ナウが言ったんだろ!?」
「はぁーあ、私も恋したいな〜。素敵な人いないかな〜」
ツチノコがぴくりと反応する。ナウが今、「私」と言った、そこに反応したのだ。ぼーっとその様子を見ていると、ポニーテールを揺らしながらナウが「どったの?」という目線をツチノコに投げてきた。
「ナウはさ、好きな人いるのか?」
「いないよ、なんで?」
「昔は?」
「・・・いたよ、学生の頃。話してあげないけどね」
そういうナウの目は悲しそうだった。ツチノコは知らないことだが、かつてナウは「恋愛経験なんて微塵もない」と言っていた。丁度一年ほど前の話だ。
「なぁ、本当に今好きな人いないのか?」
チョコレートは既に溶け切っていたが、ツチノコは湯煎しているボウルをかき混ぜ続けていた。
「いないってば、なんで?」
ナウは少々ぶっきらぼうに返す。ツチノコは動じず、いつも通りの声のトーンでそれにまた返した。
「昔より可愛いなと思ったから、かな」
「あ、溶け切ってる」と、今更気がついたようにツチノコがナウにボウルを渡す。ナウはそれを受け取るとききょとんとしていたが、急にニシシと笑いだした。
「別の女褒めたりして。トキちゃんに言っちゃうぞ?」
「・・・別に」
ツチノコが慌てるかと思われたが、そうでもなくかえって心ないような返事をされた。ナウも少し機嫌を悪くし、強めの口調で言い返す。
「・・・何が言いたいの?」
「昔、私が言われた言葉だけど・・・気付いてないってのもあるからな」
「どういう意味よ?」
「そういう意味」
なんだかギスギスしてしまった空気に、二人とも黙り込む。いずれ、作業に一区切りついてまた次の工程を説明しなきゃいけない時がくる。丁度その直前で、ツチノコが口を開いた。
「勘違いかも、ごめん」
「・・・いや、どうだろうね?ありがとうツチノコちゃん」
「・・・?どういたしまして」
その後次の工程の説明の後にまた二人で黙々と作業をする。ナウは周りに合わせることがうまいタイプなのか、黙々と作業するツチノコとの作業は静かに行っていた。トキとの時はおしゃべりも大きめなのだが。
「ツチノコちゃん、トキちゃんのこと好き?」
「もちろん、愛してる」
「トキちゃんはさ、ツチノコちゃんと出会った時から恋を意識してたんだよ」
「・・・うん、なんとなく聞いたことある」
「両想いになれるって素敵だね」
「本当にな、そう思う」
そのうちに、チョコレートは完成した。美味しくできたし見た目も可愛い。ちょっとのミスはご愛嬌。
「なんか、色々悪かったな。ありがとうナウ」
「ううん、こちらこそ。じゃあ、またね」
ナウはツチノコを送り出す。もう暗くなってきている空の下、ツチノコはすぐに見えなくなった。ナウは大きなため息をついて、余った板チョコをかじる。塩っけのある味だった。
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