第26話 バレンタインの日

「トキ、あのさ・・・」


「なんでしょう?」


 2月14日、朝。

 モジモジするツチノコと、ニコニコ対応するトキ。二人とも後ろで手を組んでいる。


「え、えと・・・」


 ツチノコが恥ずかしそうに口をはくはくさせる。いつも大胆な彼女だが、こういう時になるとどうも恥ずかしくなってしまう。しかし、にやにやニマニマと嬉しそうな表情も見せる。その理由は、トキの両手が見えないこと。まるで、何かを隠すように。


 トキはといえば、まさにニコニコという感じで顔を赤くするツチノコを眺めていた。ツチノコが両手を後ろにしている理由も、トキはもちろん知っている。だから、嬉しくてニコニコしているのだ。背中の後ろの右手で、自身の左手を握りながら。


「こここ、これ・・・!」


 ツチノコが恥ずかしさを振り切ったかのように顔をキリッとさせて、白い箱にピンクのリボンで飾り付けされた箱を差し出す。しかし、恥ずかしさはそう簡単には振り切れない。顔は赤いし、手も震えている。


「わぁい、ありがとうございます!」


 対してトキ、通常のテンション・・・よりは少し高めで、それを受け取る。両手で。


「バレンタイン、去年はお粗末だったから・・・今年はちゃんとしたのと思って、作ってみた・・・」


 ツチノコは顔をトキから外しつつ、口元に拳を当てながら説明する。その綺麗な青緑の目はきっちりトキのびっくりした顔を捉えていた。


「手作りですか!?いつの間に・・・」


「この間、買い出しの帰りにナウの家で、教えてもらいながら・・・」


「ああ、あの時ですか」


 トキはキラキラの目を一層きらめかせ、小さな包みを眺める。最終的に、ゆっくり羽をはためかせながら、その包みを両手で持って口の前に持ってきた。口元が隠れ、ニコニコの目だけ見える形になる。


 その時、ツチノコがやっと気がついた。トキが両手で受け取ってる。てっきり、体の後ろに何か隠し持っているのかと思ったツチノコは少しガッカリしながら、トキに声をかけた。


「できれば、感想聞かせて欲しいな」


「感想ですか?じゃあ、いただきます!」


 トキは立ったまま小包のリボンをとり、紙も剥がして箱を出す。蓋を開けると、ハート型のチョコレートがいくつか顔を出す。ひとつをつまみあげ、トキがその口へ運ぶ。


 もぐもぐ・・・


 トキが咀嚼するのが、ツチノコからも見える。音こそしないが、喉が動いたのもちゃんと見えた。


「美味しいです!とっても甘くて、なによりツチノコの手作りだし・・・!」


 それを聞いてツチノコも顔を明るくする。尻尾がフリフリ動いて、故意かどうかはわからないがハートの形を描いた。


「じゃあ、私からもチョコレートです!」


 と、トキが両手をヒラヒラさせて笑う。ツチノコは待ってましたとばかりに顔を輝かせるが、同時に不思議に思う。トキがくれるというチョコレートはどこに?


「ちょっと失礼しますね」


 トキはそう言いながらツチノコのパーカーのポケットに手を突っ込む。ツチノコが驚く顔を戻さないうちに、ハート型の茶色の箱をミント色のリボンで閉じた物を引っ張り出した。


「えへへ、驚きました?」


 ツチノコは口を開けはなしにしてしまっている。


「どうぞ、私も手作りで・・・あんまり期待しないで欲しいんですけど」


 ツチノコはそれを受け取って、リボンを解く。中には様々な形のチョコレート。ホワイトチョコのペンでLOVEと書いてある。


「か、かわいい・・・ありがとうトキ!」


「ツチノコ、お口開けて?」


「ん?はい、あー・・・」


 ツチノコがトキの言う通り口を開ける。その手の上の箱から、トキはひとつチョコレートをつまんでツチノコの口に運ぶ。


「「・・・ーんっ」」


 ツチノコがもぐもぐ口を動かす。口に入った瞬間、少ししょっぱい味がしたけど気にしないで口を動かした。トキもその様子を眺めながら、少し湿り気を感じた指を自分で咥えていた。


「美味しい!でも、不思議な味・・・ちょっとスースーする」


「ツチノコみたいな色だなと思って、チョコミントにしてみたんです。ツチノコ、好きそうだなーって」


「うん、私これすき・・・」


 ツチノコがぽーっとした顔で感想を言い終え、顔を上げる。トキとばっちり目が合う。なんだかおかしくて、はははと笑いがこぼれる。トキも同じように、ふふふと笑った。


「ツチノコ?」


「ん?チョコ味のキス?」


「んもぅ、違いますよ・・・?でも、それも欲しいです」


「何回でもいいぞ?」


 二人ともチョコを置いて、両手の指を絡ませ合う。そして、お互いの胸をぐっと近づけた。


 今回は平常より少しハイに運行しております、これも日常。

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