第22話 風邪ひきの日

 その日のツチノコは、自分の腕のあたりで咳き込む音で目が覚めた。


「トキ?」


 そう声をかけながら、布団をめくる。すると、腕に抱きついたままケホケホと咳をする苦しそうなトキの顔が見えた。


「・・・ごめんなさい、風邪ひいちゃったかも・・・」


 トキは起きているようで、布団の中から半目でツチノコを見た。しかしその目も直ぐに瞑り、また咳き込む。


「大丈夫か?」


「うーん、少ししんどいです」


 ツチノコの腕を放したトキが、もぞもぞと布団から顔を出す。その顔はとろんとしているが、どこか苦しそうだった。


 無言でツチノコがトキの額に片手で触れる。もう片手はツチノコ自身の額。


「・・・トキ、熱計ろう」


「大丈夫ですよ、そんな酷くはないですから・・・」


「ダメ、体温計持ってくるから待ってて」


 そう言い残し、ツチノコだけベッドを降りる。残されたトキが不安そうな表情をするので、笑顔を見せながらその頭を撫でてからツチノコは部屋を出た。


 少し時間を置いて、ツチノコが寝室に帰ってくる。片手に体温計、もう片方には濡らして絞ったタオルを持っていた。トキの横たわるベットの横に座った。


「トキ、ほら」


 ツチノコがトキの服の前を少し開いて、そこから脇に体温計をささせる。少し不満そうな表情で、トキはツチノコに喋りかけた。


「自分でできますよ・・・?」


 しかし、その声はか細く、ツチノコの心配をあおる。「いいから」とまたその頭を撫でながら体温計がなるのを待つ。


「トキ、濡れタオル使う?」


「あった方が楽かも・・・」


「はい、おでこめくるぞ」


 ツチノコがトキの前髪を分けて、その額を露出させる。その時に触れた肌は普段より熱かった。


「どうだ?冷たすぎない?」


 持ってきた濡れタオルをその額に乗せ、ツチノコが質問する。


「気持ちいいです」


 と、トキは答える。そんな時に、ピピピピとその脇から電子音が鳴った。ツチノコがまたトキの服に手を突っ込み、体温計を抜き取る。


「やっぱり、熱出てる」


「ほんとですか・・・?」


 トキにツチノコが体温計の画面を見せる。高熱という訳では無いが、しんどそうな温度である。


「この温度だと、いんふるえんざ?とかじゃなさそうだな」


「ですね・・・」


「何か飲むか?それとも食べる?」


 ツチノコがトキの頬を撫でると、トキは目を閉じて気持ち良さそうな顔を見せた。真冬の朝で冷えたツチノコの手、撫でられるトキには冷たくて気持ちいい、ツチノコは温かくて気持ちいい。


「お腹減っちゃいました・・・」


「わかった。どうする?下降りるか?」


「そうします、ソファで寝てていいですか?」


「もちろん」


 ツチノコが立ち上がり、トキも姿勢を起こす。そのまま、トキがベットを降りようとするのをツチノコは止める。


「ツチノコ・・・?」


 トキが不思議そうにツチノコの名を呼ぶと、彼女は微笑みながらトキの背中に手を回した。布団をめくり、膝の下にも腕を入れる。


「ツチノコ、そんなことしたら伝染っちゃいますよ?」


「トキはそんな心配しなくていいよ、私に任せて」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 そのまま、ツチノコがトキの体をゆっくり持ち上げる。お姫様抱っこだ。


「毛布も持ってかないと寒いよな」


 ツチノコがベッドの上の毛布を数枚取る。もちろんトキを抱えたまま。


「行こう」


「はい、お願いします」





 一階のリビングに着いて、ツチノコがトキをソファにおろす。毛布を掛けて、またおでこに濡れタオルを乗せた。


「食欲はあるんだよな?」


「はい、非常食のカップ麺かなにか・・・」


「そんなのじゃ治らないだろ?少し待ってて」


 そう言って、ツチノコはトキから離れる。キッチンへ向かった彼女、すぐにトキに声をかけた。


「エプロン借りるぞ、あと冷蔵庫の中身使う」


「へ?いいですけど・・・」


 トキがツチノコの言葉に思わず素っ頓狂な声を出す。エプロンと冷蔵庫の中身を使うなんて、料理をすると言ったようなものだ。シチュエーション的にも、料理以外は考えられない・・・のだが、ツチノコは料理なんてしたことないのだ。トキの助っ人として玉ねぎを切ったくらいで、あとはお米を炊けるくらいである。


「んー、冷凍のご飯使うか・・・炊くと時間かかるしな」


 ツチノコが冷蔵庫を開けたりなんだりしてる音がソファのトキにも聞こえてくる。しかし、姿は見れないし見ようとする気力もトキにはなかった。


「えっと、卵あるな・・・?よし、いける」


 そこから、電子レンジを使う音やコンロに火をかける音などがどんどんトキの耳に入っていった。

 そして、しばらく・・・二十分程の時間が経って、ツチノコがおわんと蓮華をもってトキの元に帰ってきた。


「卵雑炊。食べれるか?」


 そういう彼女のおわんには、ホカホカと湯気立つ黄色い液体のような物。言われた通りの卵雑炊。動くのがしんどいトキだが、つい起き上がって見入ってしまった。


「なんで作り方知ってたんですか?」


 トキはつい、質問の返事を忘れてそう聞いてしまった。卵雑炊なんて、作り方を教えるのはもちろん、ツチノコの前で作ったことすらない。なのに何故知っているのか?


「昔、図書館で教わった・・・といっても本で読んだだけだが。教授たちに『同棲するならこれくらい作れるようにしろ』ってね。まだ恋人とかわからない頃だから、とりあえず覚えただけだったけど」


 随分前の記憶からレシピを引っ張り出して作ったらしい。トキは彼女の天才っぷりを久々に感じると共に、目の前の雑炊で食欲が強くなっていた。


「なるほど・・・じゃあ、貰ってもいいですか?」


「そのために作ったんだからな。自分で食べるか?」


 そうツチノコが尋ねると、トキの羽がバサッと一回鳴る。口をへの字にして、ツチノコから目を合わせなくなってしまった。


「・・・私は迷惑じゃないし、むしろ嬉しいぞ?」


「本当ですか?じゃあお願いします!」


 トキが急に笑うので、ツチノコもつい顔をほころばせてしまう。その顔のまま蓮華で雑炊を掬い、ふーふーと息を吹きかける。


「はい、あーん」


「あー・・・ん」


 ツチノコのあーんでトキは雑炊を口に入れ、咀嚼し、飲み込む。


「おいしい・・・」


「お、よかった。食べれそうか?」


「はい!」


 同じように、あーんでトキの食事を進める。無事に食べ終わり、トキはまた横になった。


「飲み物も持ってくるよ、温かいのと冷たいのどっちがいい?」


「冷たいのでお願いします」


「はいよ」


 ツチノコが持ってきたのはペットボトルの緑茶。トキがコップを受け取り、半分くらい飲んでローテーブルに置く。


「どれ、熱は・・・」


 ツチノコがまたトキのおでこを触る。そのひんやりした手が気持ちよかった。トキが気持ちよさそうに目を瞑っている間に、ツチノコは険しい表情になっていた。


「上がってるみたいだな・・・病院行くか?」


「私飛べないし歩けないし・・・でも、行かなくても明日には治りますよ」


「だといいけどな。薬局が空いたら薬買ってくるよ」


「ありがとうございます・・・」


 そう言ってトキは毛布を頭に被る。いつも布団に潜って寝ているので、それと同じようにしているのだろう。それを見守っていたツチノコは、そのまま寝るのかと思っていたのだがそうではなかった。


「・・・ツチノコ?」


「なんだ?」


「ワガママ言ってもいいですか・・・?」


 熱からくるものなのか、単に恥ずかしいだけなのかはわからないがトキは顔を赤らめていた。


「なに?」


 その顔を覗き込むような姿勢でツチノコが微笑む。


「あの・・・伝染らないぐらいでいいの、近くに居てください・・・」


 その声は弱々しくて、そのくせ恥ずかしそうで。


(トキは強がりだなぁ)


 ツチノコがきゅんとするには充分だった。


「じゃあ、トキの近くに居るように尻尾貸しとく」


 トキの寝るソファに、ツチノコの長い尻尾を伸ばす。トキはそれを抱きしめて、目を閉じた。


「おやすみなさい・・・」


「ん、おやすみ。なんかあったら言えよ?」


 トキがこくんと頷く。


 その日はツチノコがトキに付きっきりで看病した。途中、思わずキスしそうになったのをトキに拒否されたりなどしたが恋人らしく看病してされてだった。



 翌日。



「トキ、体温計」


「だから自分でできますって・・・ん・・・なんか手付きが・・・」


「いや、悪意はないんだけど・・・」


 ツチノコがトキの服に手を入れ、また体温を計る。画面に表示されているのは平熱のそれだった。


「よかった、熱は落ちたな。調子は?」


「ばっちりです!ご迷惑をおかけしました」


「まぁ、寝ながら尻尾に甘噛みしてきたのはどうしたもんかと思ったけどな・・・」


「えっ!?そんなことしてました!?」


 わいわいと笑うのは、すっかりいつも通りだった。


 以上、トキが風邪ひいちゃった話。

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