第20話 今年最後の日
「今年も今日で終わりですか」
「だなー」
トキもツチノコも三角巾を巻いて、掃除機をかけたり棚の上をはたきでぽんぽんしたりしている。12月31日、一年の終わる日に二人は大掃除をしていた。
「なぁ、これ大掃除って言うのか?」
「さぁ・・・全然汚れてませんし」
二人で形だけ大掃除しているのだが、まだ引っ越してひと月の部屋。綺麗に保とうという気持ちも強いし、物も少ない。二人とも汚すタイプでもない。
いつもの掃除と大して変わらないのだ。
「さて、それも終わってしまいました」
いつもより少し力を入れた程度の掃除ももう終わり、三角巾を畳んでしまってソファに座る。
「うーん、何しような」
「お正月を迎える準備ですかね・・・お酒も買ったし、おせちも買ったし鏡餅も置いたし・・・」
「かまぼこ・・・」
「そういえば、ツチノコは紅白かまぼこ好きでしたね」
おせち料理は市販のもの。トキが作りたかった気持ちもあるのだが、材料費や手間やら考えると買った方が色々楽だったのだ。
「さて、本当にやることないな」
「年賀状でも書いてみますか?」
「年賀状?」
「アレです、今年もよろしくお願いしますって挨拶にハガキ送るんですよ」
「ほー・・・」
決まればはやい、念の為と買い込んであるハガキを用意してペンで年賀状を書き始める。カメラもプリンターもないので、アナログな手書き年賀状だ。
「でも、住所知ってるのって・・・」
「ナウと、フェネック達と・・・以上」
「パトロール事務所にも入れておきますか?」
「一応な」
年賀状も三枚で終わり、暇な時間が帰ってくる。ちなみに、チンパンジーや図書館組に送れない理由としては、いつも彼女らと会う場所は正確な住所ではないというのがある。両者とも、仕事場で寝泊まりしているようなものなので、実質家なのだがもっとちゃんとした家を持っているのだ。意外(?)にも教授と准教授は別に暮らしている。
「・・・何しますか」
「銭湯の入り納めでもしておくか?」
「ああ、年パスも今日までですしね?来年からはあんまり使わないんでしょうかね、お風呂も家で済むようになりましたし」
「もっとも、大晦日にやってるかっていうのが問題だけど」
「行くだけ行ってみます?」
「まあやってないよな」
「ですよね・・・」
二人でマフラーをシェアしながら、銭湯の前まで来たが当然やってない。本格的に暇であることを悟る。何もなくても二人でイチャつくので、退屈ではないのだが暇ではある。
「うーん、特番でも見ますか?」
「それもいいけど・・・外に出たのに戻るのもな」
「そうだ、なにか欲しいものとかありますか?」
「トキ」
「そういうのいいですから・・・」
ツチノコの即答に、トキはカァッと顔を赤くしながら小さく答える。恋人巻き+恋人繋ぎのおかげで二人の距離はとても近いので、ツチノコはその顔をじっくり観察できた。
「全部あげますし・・・」
ボソリ、とトキが呟く。ほんの小さな声だが、恥ずかしかったのか顔をツチノコから背けてしまった。
「なに?」
「なんでもないですっ!」
「全部あげるって・・・」
「聞こえてるじゃないですかぁっ!」
やはり退屈はしなかった。
「で、何が欲しいんですか?」
「トキ」
「私は家電屋さんに売ってるんですか・・・?」
そんなわけで来たのは家電量販店。引越しの時に家電を買いに来て以来だ。ツチノコ先導で店の中をウロウロ歩き、目的の売り場にたどり着いた。
「そう、これこれ」
「カメラ・・・?欲しいんですか?なんでまた」
売り場に並ぶのはカメラ。写真も動画も撮れるやつだ。
「ほら、私たちだって永遠じゃないしさ?こうやって、形に残せるのがあるといいなって」
「・・・確かに、すこし残念ですけど」
ツチノコが少し寂しそうな笑みを浮かべる。トキは彼女の珍しい表情に、複雑ななにかを感じつつもニコリと返事を返した。
「あとサンタトキとか後から見れるように」
「そっちが本音ですね?」
台無しである。
「でも、私もツチノコのこと撮っておきたいですし・・・いいですね!買いましょうか!」
「いいよ、私の財布から出すし」
「大丈夫です、でも家計からは厳しめなので二人のお財布からにしましょう?」
「なんかごめんな」
大体の値段を見て、そういうことになった。トキもツチノコも、自由に使えるお金を持っていてそれと別に家用に色々あるという感じなのだが、その自由なお金を合わせて買うことにした。
「代わりに、共用ですからね?」
「もちろん」
手頃な価格のものを選び、二人で購入するものを決める。コンパクトで、持ち運んでも苦にならないようなものを選んだ。
「よし、買ってきましょうか」
「だな、行こう行こう」
そう言って二人はレジへ足を運ぶ。年末セールのレジ前長蛇の列に悩まされるのはその後のことだった。
「ほらトキ、笑って?」
長い待ち時間にへとへとになりつつ、カメラを無事購入して帰宅。説明書を読み、充電を済ませ、やっと使える状況に持ってきた。
そんなわけでツチノコがトキを前にカメラを構えている。
「こうですか?」
ニコッと笑みを見せるトキ。パシャ、と音がしてシャッターが切られる。ツチノコは画面をまじまじと見て、満足そうに笑った。
「いいね、はいトキ」
「ありがとうございます」
ツチノコがカメラを手渡し、トキがそれを構える。
「・・・なんか恥ずかしいな」
「私も撮られたんですし、ツチノコも撮らせてくださいよ?」
「う、うーん」
ぎこちない表情のツチノコが、トキの手元の液晶に映る。頬を掻いたり、目線をキョロキョロさせたり・・・
「ツチノコは可愛いですね?」
「んなっ、急にそう言われても・・・」
「えい」
パシャ。
照れ顔のツチノコをカメラに収めて、トキがあははと笑いツチノコは少し不満そうな表情を見せる。
「さて、遅詣待機でもしますか」
「むー・・・うん、そうだな」
まだまだ時間はあるが、二人でソファに並ぶ。カメラはテーブルの上に置いておいた。
遅詣というのは、ナウから受け継がれし言葉で正式には暮れ詣という。
暮れ詣とは、初詣の逆のようなもので年度末に参拝ものだそうだ。人が少なくて、神様もじっくりと対応してくれそう。皆さんも来年行ってきてみては?初詣とは違う独特のご利益があるとかテレビでやってましたよ。
「トキ?」
「なんですか?」
ツチノコが呼びかけ、トキが返事をするのに振り向く。
ちゅ。
すかさず、ツチノコから唇を重ねに行く。トキは顔を赤くして、驚いた表情を見せていた。
「えい」
それをカメラでパシャリ。
「もー、ツチノコ!」
「ははは・・・」
「そろそろ行きますか?」
「だな、準備しよう」
準備と言っても、二人は特に何も持たず外出する。財布と鍵くらいだ。これからはそこにカメラも追加されるのだが。
「じゃ、行ってきます!」「行ってきます」
そう言って外に出る。二人で寒い寒いと言いながらマフラーを巻き、手を繋いで指を絡ませる。最近のお出かけスタイルだ。急ぎの用事でなければ二人で歩く方が楽しいので、こうして外出する。
「トキの手はあったかいな・・・」
「ツチノコはひんやりしてますね、大丈夫ですか?」
「平気だけど、むしろトキはこれ握ってて冷たくないか?」
「冷たいですけど、私があっためてあげますよ?」
ツチノコの手を両手でとり、トキはそこに息を吹きかける。ほうっ、と白い煙と同時にツチノコの手がほんの少しあたたまる。それをトキは何回も何回も繰り返す。キュン、とツチノコの胸が鳴る。
気がつくと、ツチノコはトキの事をキュッと抱きしめていた。
「好き好き好き好き好き好き・・・」
「ど、どうしたんですか!?」
「好き、好き・・・」
トキはツチノコの腕の中で茹でダコみたいになっていたが、ツチノコは構わずに好きを浴びせる。
「私も好きですよ?」
「こんな人の隣にいられる私幸せ・・・」
「私も幸せです・・・でも、ここだと誰に見られてるかわからないので・・・その・・・///」
公共の道の真ん中だということに気が付き、ツチノコはトキのことを惜しそうに離す。
「もう、ツチノコったら」
そう言ってトキは笑う。かわいい。
「あああああ好き好き好き好き好き・・・」
ツチノコによるトキ抱きしめ(閲覧無料)、再開。
「もう、ツチノコ?ああいうのはおウチでしましょう?」
「だって・・・」
なんやかんやあり神社前まで来た。まだツチノコが抱きしめたのを引きずっており、少し恥ずかしさが抜けないままここまで来た。
「トキが私のことキュンってさせるから・・・」
ツチノコはいつになく恥ずかしそうな表情でそう言った。ツチノコは、いつもトキのこと大好きなのが溢れ出ているのだが、こうして改めてキュンとさせられるとこうなってしまうこともある。
「・・・♡」
そういうことを言われてしまうと、トキもツチノコに身をすり寄せてしまうのだ。
「行こっか」
「はい♡」
こんなバカップルをの相手をしてくださるのだから、神様は寛大である。百合好きなのかもしれない。
「ただいま帰りました」「ただいまー」
無事に参拝して、帰宅。ずっとイチャコラムードだったのは年末だからだろうか。多分関係ない。
「年越しまでもう五時間もないですね?」
「そうだ、今年最後に映像撮っておこうぜ」
「いいですね!」
早速ツチノコがカメラをテーブルに置き、ビデオ録画モードにして撮影ボタンを押す。ピコ、という音がして録画が始まり、トキとツチノコでその前に並ぶ。
『撮れてるんですか?』
『できてるできてる』
『・・・何話しましょうか』
『えー、ただいま20XX年・・・大晦日。本日もトキはかわいいです』
『な、何言って・・・/// ツチノコもかわいいですよ!美人さんです!』
『カメラの前でキスしとく?』
『い、いいですよ!自分のキスシーン見てどうするんですか!』
『・・・確かに、どうしような』
『とりあえず、こんな感じでいいんじゃないですか?』
『そうだな、では良いお年を』
『良いお年を〜!・・・ってツチノコ、だからキスしても、うわ』
ちゅっ。
プツン・・・
年末も平常運転、これが日常です。皆さま良いお年を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます