第19話 クリスマスの日-2

「クリスマスミュージックライブ、開幕でぇ〜す!」


 司会席の女性の言葉に、場にいる全員が歓声をあげる。

 その様子を、ライオンをはじめとするパークパトロール全隊員で後ろから見守る。


「さ、俺たちも仕事だ!打ち合わせ通り、各担当場所で警備!」


「「「「「おー!」」」」」


 ジャパリパークに存在する大規模イベント会場。ドーム型で天井は開いており、収容可能人数は約五万人。相当な広さの会場を、たったの九人。オペレーターのロバ、そしてその護衛を除いて七人のみで警備をする。


(あれ、この流れ前にも見たような)


(去年とほとんど一緒だな)


 そうして、メンバーが散り散りになる。去年と同じような警備だが、いくらか違う点があった。


「今年は駐車場警備なくなったんでしたよね?」


「らしいな、代わりにロバの護衛だと」


「去年の今年ですからね・・・」


 まず、昨年のロバが無防備すぎたことから彼女に護衛が着くことになった。と言っても、昨年で休憩時間に当たっていた部分をロバと過ごすだけなのだが。


「私たちも会場警備に慣れてよかったですね?」


「だなー」


 昨年は上空からの会場外警備だったトキとツチノコも、今回から会場内で警備をすることになった。ピット器官もトキの飛行能力も使い所がない警備だが、変に活かそうとするよりも人数を増やした方がいいだろうと変更になったのだ。


「それで、ここが一番の変化ですよね」


「似合ってるぞ?」


「ツチノコこそ」


 今年一番の変更点。パトロールメンバーにサンタコスの導入。


「なんの役に立つんだ?」


「事前に告知してあるそうで、サンタの格好してるフレンズが近くにいたらヘンなことできないってことらしいです」


「要は警備服か・・・この際にキッチリ作った方がいいんじゃなかったのか?こんなの、年一でしか使えないのに」


 サンタコスチュームにより、警備員がわかりやすくなった。ツチノコの言う通り、パトロールの制服をこの際に作れば良かったのだが、サンタコスならではの良さもあるのだ。


「ツチノコ、見てください?観客にもサンタ服のフレンズさんがたくさんなんです」


「確かに、赤い服が多いな」


「こうすれば、警備員が沢山いるみたいじゃないですか?」


「なるほど・・・」


「って、ライオンさんが」


 一般客でも、サンタコスでライブに臨む者は多い。つまり、その観客たちのおかげでより警備の目を意識するようになるというのだ。私服警備よりも効率がいいだろう。


 そんなわけで、トキとツチノコはサンタコスである。もちろん、他のメンバーもそうだがここでは割愛するとしよう。


「・・・それ、持ち帰っちゃダメなのかな」


「経費で買ってますし、どうなんでしょう・・・なんでですか?」


「いや、トキがあんまりにも可愛いから」


「もう、仕事中ですよ?」


 トキはミニスカとポンチョのサンタ、ツチノコはフード付きのワンピサンタである。トキはポンチョを付けているので平気だそうだが、その下は肩出しらしい。ツチノコはいつも通りフードを被っているが、いつもとは違いダボッとした空間がある。


「じゃ、ライブ見つつグルグル回るか」


「ですね!」


 耳にはインカム。ロバに聞かれているため、口には出来ないが実質デートだった。

 歩きなら、トキとツチノコは別行動の方が好ましいのだが、昨年の事件があるためそこは二人で行動することになった。人混みでは、トキへ支給された催涙スプレーも使用できないという理由もある。


「さ、行こう」


「はい!」


 二人のサンタは、並んで歩き始めた。こっそり手を繋いでいたのは、他の隊員には内緒である。





「ねぇ、ロバ・・・」


「なんですか?」


 会場内の防音ルーム。オペレーターのロバと、護衛のツンが他愛のない話をしながら業務にあたっていた。


「トキノコ、仕事すると思う?」


「あの子達、なんだかんだ働き者だから大丈夫。カップルなんだから多少のイチャイチャは許してあげましょう」


「寝不足感すごかったよね」


「・・・気にしないであげて」


 わりと色々バレてた。





「ナウが歌うのはもっと後か・・・ロバの護衛の時間には当たらないみたいだな」


「じゃあ、お歌は聴けますね?ステージを見てる暇はないかもしれませんが・・・」


 パトロールを開始して一時間ほど。トキとツチノコは、一旦会場から出て廊下を歩いていた。

 すると、前からガヤガヤと歩いてくる四人組が・・・


「なんだアイツら?」


 全員、似たような身長と黒い髪。髪型はそれぞれの個性が強かったが、仲の良さそうな印象を受けた。

 ツチノコがその四人を若干不審に思っていると、その隣のトキは口を開けて驚いた顔を見せていた。


「ツチノコ、あれPPPの方々ですよ」


「ぺぱぷ?ああ、トキが歌教わったっていう・・・」


「あのうちの一人の、イワトビさんです」


 四人で楽しそうに会話しながら廊下をあるいているので、邪魔にならないようトキ達は廊下の隅にずれる。そして、四人と二人ですれ違おうという時・・・


「お?もしかして、トキ?」


 集団の中か、トキにとっては聞き覚えのある声が聞こえた。


「えと、はい!警備中です」


「おおー、おひさ!パトロールしてるって言ってたもんな?隣のは?」


「ツチノコです、すっごい可愛いんですよ?」


 トキとイワトビが気軽そうに会話する。喋り慣れてるようで、普通の友人のようなテンションだった。

 ツチノコは話についていけそうにないので隅で黙っているつもりだったが、トキに紹介されつつ抱きつかれてしまった。


「ツチノコ・・・UMAか。仲良いんだな?」


「はい!」


 そんな会話の後に、イワトビが他のメンバーから何やら言われる。そちらを向いて、彼女も説明をし始めた。


「つまり、この子がイワビーが教えてた人ってこと?」


「その通り、あたいの教え子さ」


 イワトビがそう答えるやいなや、トキをPPPのメンバーが取り囲む。トキが抱きついていたツチノコも巻き添えだ。


「え・・・なんでしょう?」


「おいみんな、あんまり弄るなよ・・・?あたいが許さないからな?」


「そんな酷くはしないよ。ただ・・・トキちゃんもツチノコちゃんもかわいいね?」


「え、え、え・・・?」


 トキとツチノコは、この時のPPPに謎の恐怖感を抱いた、そして、案の定。


「羽ふさふさ〜」

「ほっぺももちもち!」

「ツチノコちゃんの抱き心地最高・・・」


 トキとツチノコ、可愛いもの好きのスターアイドルにもみくちゃにされるの巻。撫でられたり、抱きしめられたり、頬ずりなんかもされた。


「「「満足」」」


「ご、ゴメンな二人とも・・・こいつら、いつもこんな感じで」


「あはは、大丈夫です・・・」「気にしないでくれ・・・」


 来た時のように、ガヤガヤとPPPは去っていった。ファンが見たら妬まれそうな経験だったが、セクハラもいいところである。いじられまくったトキノコは、げっそりと疲れていた。


「すごい方達でした・・・」


「私のトキが・・・」


「おウチで独り占めしてくれてもいいですよ?」


「じゃあそうする・・・」





「二人とも・・・えらいことに・・・なってる・・・ね?」


「そうねチベたん、まぁ確かにあの二人可愛いから」


「PPP・・・こわい」


「あなたも気をつけてね」


 今のロバ護衛当番はチベスナ。愛称の定まらないフレンズである。


「でも、チベたんが護衛だと頼もしいですね」


「そう・・・?私・・・そんな強く・・・ない」


「あなた結構強いよ〜?」


 チベットスナギツネ。物静かな感じや喋り方、監視することを仕事にしているなどのことから非力に見える彼女。実際非力な部類ではあるのだが、彼女の対人戦闘能力はそこそこのものだった。


「私・・・関節捻るのと・・・みねうち・・・だけ」


「人間ってのはそれで大ダメージになるのよ・・・」


 非力なりの戦闘方法が上手なのだ。そんな会話のうちに、ガチャリと扉が開く。


「エジプトガン、お疲れ様」


「チベ先輩、交代です」


「じゃ・・・行って・・・きます」


「はいはーい」


 パトロールはこんな感じである。





「そろそろか」


「ナウさんですか?そうですねー、もうぼちぼち・・・」


 トキとツチノコがそんな会話をした直後、観客の大きな拍手が聞こえてくる。ミュージシャンが交代する時に、退場する方と入場する方への拍手が同時なので大きなものになるのだ。その次に、マイク越しの挨拶が聞こえてくる。


『はぁい!皆さんこんばんは!NOWです!メリークリスマス!』


 聞き覚えのある声。普段はなかなか聞くことのない、はっちゃけた感じだ。


『えー、去年もここでお世話になりました。飼育員なのにステージに立って、何やってるんだか・・・と、思いますがここで歌えることを光栄に思います』


 トキとツチノコ、サボりではないがステージがよく見える位置まで移動。飼育員の服装にサンタ帽を被ったナウの姿が見えた。


『さて、クリスマスですね?皆さん恋人と盛り上がってるんでしょうか?ケッ・・・ゴホンゴホン。えー、私の担当フレンズちゃんもイチャイチャしてて、若干の殺ぃ・・・羨ましさがですね?』


 あまり誤魔化せてない。


『そんな彼氏ナシの私ですが、ラブソングでも歌わせていただきたいと思います!私の声に惚れたら告白してくれていいのよ!では、聴いてください・・・』


 ジャン、とギターを鳴らして弾き語り形式で曲が始まる。トキもツチノコも聞いたことない曲だったが、ストレートな歌詞が素敵な曲だった。


 一曲終わり、拍手が沸き起こる。トキもツチノコも手を叩いていた。去年はナウの実力を目の当たりにして泣いていたトキだが、今日は素直に拍手していた。


「トキも、いつかあそこで歌うのか?」


「あ〜・・・それなんですけど、やっぱりいいかなーって・・・」


 てへへ、とトキが頭を搔く。


「そうなのか?」


「ステージで歌うより、ツチノコの前で歌う方が幸せだなってこの間気づいたので」


「・・・そっか、ありがとう」


「こちらこそです」





「あのさぁ?クロジャ、どう感じたぁ?」


「いっけなーい!殺意殺意・・・いや半分冗談だけど」


「半分なのね、黒酢はおっかないですね」


 現在のロバ護衛はクロジャとカグヤ、リア充大嫌いっ子のチーム「黒酢」である。


「この会場のリア充全員、血ぃ吸ってあげようかなぁ」


「じゃあ私は血祭りブラッディ・ライブにするかな」


「あなた達が危険人物になってどうするの・・・大体カグヤコウモリは血吸わないでしょ」


「「冗談冗談」」


(こわいなぁ・・・)


 パークパトロールの爆弾の恐ろしさを垣間見たロバだった。





 会場は歓声に包まれていた。ナウが一礼し、退場する。


「ナウさん、去年より慣れてる感じでしたね?」


「そうだな、テンション上がってる感じだったし」


「さて、ロバ先輩の護衛の時間ですよ」


「お、丁度いいな」


 笑いながら、二人は会場を後にした。





 ガチャリ。


「お、トキノコお疲れ!仕事しながらイチャイチャとはやるねぇ!」


 ロバのお出迎え。からかわれている。


「そ、そんなイチャイチャしてましたか・・・?」


「・・・無意識か、恐ろしいカップルですこと」


 ロバが呆れたような顔でノートPCに向き直ってしまう。いくつか置かれたパイプ椅子に二人で腰掛け、なんでもない会話をした。その途中で、ふとツチノコが言葉を投げる。


「そうそう、ロバこないだのありがとう」


「こないだ?ああ、ボイスレコーダーですか」


 ボイスレコーダーとは、新居への引越しの際にロバがツチノコにプレゼントしたものだ。かつてロバがトキの声を録音したものである。


「もー、ロバ先輩・・・なんであんなの取っておいたんですか」


「面白かったから」


「ひどい・・・」


 ロバの素直な回答に、トキがしゅんとする。


「あっその顔そそる」


「・・・なんか言いました?」


「気の所為じゃない?」


 ロバがカタカタカタ、とパソコンをいじりながら言葉を返す。ものすごい冷静な言葉だった。


「そういえば、あのボイスレコーダーだどこやっちゃったんだ?また聞きたいんだけど」


「私が隠しました、あんな恥ずかしいもの・・・」


「あ、ノコッチ聞きたい?パソコンに音声入ってるけど」


「本当!?聞く!」


「ええ!?やめてください!」


 トキの声も虚しく、再生ボタンがクリックされる。パソコンのスピーカーから、そこそこの音量でトキの声が流れ始めた。


『私はツチノコが好きですっ!大好きです!愛してます!』


「そう!それそれ!」


「あぁ〜・・・恥ずかしいですぅ・・・」


「あとねー、他にも録音してあるよ」


 ロバの無慈悲なダブルクリック。トキの気持ちはガン無視である。


『・・・ツチノコは、確かに顔もいいし落ち着いてて格好いいし、いい所はありますけど・・・そこじゃないんです。私の歌を楽しく聴いてくれるとか、そういうのもありますけど・・・なんででしょう。でも、私として全部理由には小さい、だけど私はツチノコが好きなんです・・・』


「・・・嬉しいな?」


「もぅ・・・」


 ちなみにこの音声、ツチノコに聞かせないという約束で話した時の声なのだがちゃっかり無視されている。詳しくは『初めて』第41話へ。


『うぅ・・・私だって口でしたいし舌も入れたりしてみたいしなんなら×××とか×××××とかだって・・・』


「・・・トキ、私のことエッチとか言えないな?」


「だってぇ・・・好きな人とはしたいのが生き物ですよぅ・・・」


(なんだこのバカップル)


 ロバとしても、いい休憩になる一時だった。





 その後、トキとツチノコは警備に戻った。そこから一時間ほどでクリスマスライブは終了し、パトロール組も挨拶をして解散になった。

 外は雪が積もっており、綺麗なホワイトクリスマスだ。


「サンタ服、欲しかったな」


「仕方ないですよ、来年は個人的に買いますか?」


「・・・それだったら、トキに私と同じのやってほしいな」


「同じ・・・?あ、朝のアレですかぁ!?」


「プレゼント、待ってるよ」


「うー・・・」


 そんな会話をしながら家に帰ってくる。そこそこの時間だったので、もう寝ようという話になった。


「あ、ケーキ食べなきゃ」


「そっか、昨日貰ったの食べてなかったな」


 マーゲイから貰ったケーキを思い出した。クリスマスケーキなのにクリスマスに食べられなくては可哀想だと、リビングで箱を広げる。


「紅茶入れてきますね」


「あ、手伝うよ」


「ふふふ、ありがとうございます」


 二人きりのクリスマス、幕開け。

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