第14話 二人の秋の日
「トキっ!今日も頑張るわよ!」
「はい!」
トキとショウジョウトキは、今日も練習に励む。音楽会に向けての追い込みをかけていた。
〜〜♪〜〜♪♪
綺麗なハーモニー。十分、人に聞かせられるレベルだった。
〜〜♪〜ーーーーッッ!!
ズレるとこうなる。
「ほら、ショウジョウ?癖が出てますよ?」
「う・・・ごめんなさい」
指摘しながらも、優しく笑うトキの顔はショウジョウトキの胸をキュンと鳴らした。
「ただいま帰りました!」
トキが帰宅。しかし、いつものツチノコの「おかえり」がない。
「・・・ツチノコ?」
部屋は真っ暗だ。寝ているのかと思い、電気をつける。
パチン。
部屋の中が明るく、鮮明に見えるようになる。二人で寝るベッド。ご飯を食べるちゃぶ台。隅に体育座りでうずくまるツチノコ。
「・・・あ・・・おかえり」
顔を伏せたまま返事をする彼女。元気がない。やはり、最近のツチノコは変だ。
「ツチノコ?どうしたんですか?」
トキの言葉に反応して、彼女が顔を上げる。ひどい泣き跡にトキは驚いた。
「・・・トキ?」
トキは無言でツチノコの手をとる。そのままベッドに引き寄せて、そのままツチノコを寝かせる。トキもそれに並んで横になり、ツチノコを抱きしめた。
「ツチノコ?何かあったなら、話してください?」
優しい声だった。
「・・・平気、なんでもない」
「なんでもないのに、泣いたんですか?」
「なんでもないのに泣きたくなること、あるだろ?」
トキには、ツチノコが泣く理由に心当たりがあった。同時に、責任を感じる。
「私がずっと留守で寂しかった、違いますか?」
ツチノコがぴくっと反応する。直後にぎこちない笑みを浮かべて話し出した。
「そんなわけないだろ?私、洞窟でずっと一人だったんだぜ?」
その言葉と同時に、ツチノコからトキを抱きしめる力が強くなる。
「トキ、大好き」
「ふふふ、私も」
晩御飯前なんて関係なかった。キスをしながら、お互いの服をはだけさせる。愛し合ううちに、寂しさも、不安も溶けていった。
・・・
朝。天気が悪いのか、部屋に差し込む光は弱々しかった。
「ツチノコ、私今日も練習なんです」
裸でベッドに寝たまま、トキが話す。昨日、ツチノコは「寂しくない」と言ったが、トキはそれでも心配だった。
案の定。目覚めたばかりのツチノコは素直だった。
しゅるる、と自分の素肌の脚に彼女の尻尾が巻き付く。同じように、彼女の細い腕も自分の体に絡みついてきた。
「行っちゃ・・・やだ・・・」
涙声。そのまま、彼女の口から溢れるように言葉が出てきた。
行かないで。寂しいよ。もう耐えられない。辛い。一人にしないで。
大好き。
泣くツチノコ。
「ごめん・・・全部ワガママだって、わかってるのに・・・」
昨日のように、トキはツチノコを包むように抱きしめる。そこで、打ち明ける。
「ツチノコ?私、今度ステージで歌うんです」
「・・・」
「六日後、秋の音楽会っていうのでステージに立ちます。私だけじゃなくて、他の人とですけど・・・見に来てくれますか?」
ツチノコが頷くのを、トキは胸に当てられた髪の毛の動きで感じた。
「あと、数回でいいんです。ツチノコに最高の歌を聞かせてあげたい、その日まで応援してもらってもいいですか?」
「・・・」
「その後からは、レッスンも辞めます。ツチノコと、ずっと一緒にいます・・・それでもいいですか?」
ツチノコは頷いた。
「ごめんなさい・・・」
「こっちこそ、ごめん・・・」
その日、ツチノコはちゃんと笑顔でトキを送り出した。彼女のステージが楽しみだった。そのために、あと数日だけ我慢することにした。
・・・
明日は、音楽会当日。天気も晴れに向かっているようで、雲も少なくなっていた。
ツチノコは家で一人、金魚を眺める。
我慢、とは所詮我慢で、寂しい気持ちが消えることはなかった。それでも、前のようにその寂しい気持ちに溺れるだけではなく、息継ぎする方法を見つけたような心地だった。
「トキ、頑張ってるかな」
金魚は返事をしないが、それでも気持ちは楽になる。トキが帰ってきたら精一杯甘える。それも今日で最後、これからは前のように毎日ベッタリと過ごせる。
「トキ、ついに明日ね」
「そうですね?」
最後の練習の後だった。これでレッスンは辞めるとショウジョウトキに伝え、二人並んで休んでいた。
「私、明日友達が来るんです。頑張らなきゃ」
「トキの友達?あたしも手を抜くわけにはいかないわね?」
「お互い、頑張りましょうね?」
「そうね」
指切りを交わした。そこで解散、トキは家に帰った。
「・・・あいらぶゆー」
ショウジョウトキは、小指に口付けをした。
・・・
「ついにこの時がきたわね、トキ」
「はい」
秋の音楽会、当日。トキとショウジョウトキのペアの他の出場者の演奏が終わり、残すはこの二人になった。
「じゃあ・・・」
お互いに顔を見合わせる。当然のように目が合い、ショウジョウトキは「っ!」と顔を赤くした。トキにはそれが不思議だった。
「行くわよ」
意気揚々と、二人はステージに踏み出した。
ついにトキの番。客席のツチノコはワクワクとステージの上を見つめていた。
客席全列は、PPPファンなどで埋められていたためツチノコは後ろの方からそこを眺めている。後方から見ていると、観客はフレンズが主だと言うことが分かる。その中にはカップルらしき二人組も多い。
やはり、フレンズ同士での恋愛は珍しくないらしい。
(他の人とって言ってたな・・・大人数のうちの一人なのかな?)
そんな想像をしながら、ステージ上に眺めていると・・・
(・・・来た!)
ひょこっと、見慣れたトキの顔がステージ端から現れる。それに続いて、トキとそっくりなもう一人のフレンズ。
(あれ、二人だけ・・・?)
それ以上は出てこない。思っていたのと違うが、ただの自分の想像だからとそれは流した。
「みなさん、今日は来てくれてありがとう」
トキじゃない方が言うのに、トキが続く。
「私たちの歌声をみんなに届けます!」
それを言い終えてから、トキはキョロキョロと小さく客席を見渡した。ツチノコは自分を探しているのかと、手を振ってみたが彼女は気づいてないらしい。
トキもツチノコも、寂しそうな顔をしてしまう。
「では・・・」
しかし、トキはすぐに切り替えて息を吸った。ツチノコもそれを見て、シャキッとした顔になり彼女のことを見守る。
直後、トキとショウジョウトキの声が会場に響いた。二人とも、歌が音痴と知られるフレンズだったが、綺麗に音が重なり、バランスを取り合って美しい音色になっていた。
観客は、そのいつもとの違いに大きく沸いた。
「な、なんかいつもと違わない?」
「なんかクセになる・・・」
「きれ〜〜」
場にいるフレンズがワイワイ盛り上がる中、一人冷静でいる一人のフレンズ。
(・・・なんかモヤモヤする)
ツチノコである。
その美しいハーモニーは、彼女の心をちくちくと突いた。さらに、楽しそうに歌うトキ。それはいいのだが、時折もう片方の赤いフレンズ顔を合わせて微笑む様子はどこかツチノコの心にもやを作った。
「〜〜♪」
トキはステージ上で、とても楽しく歌えていた。ショウジョウトキとリズムを合わせ、ハーモニーを生み出す。
しかし、ひとつ不安なことがある。
(ツチノコ、どこでしょう・・・?)
愛する彼女の姿が見えない。ステージに登った時、ざっと確認して見つからなかったのはある程度仕方ない。でも、歌いながら探しても一向に見つかる気配がないのだ。
(ツチノコのことですから、人気のない所で聴いてると思うんですが・・・)
客席の端の方や、もっと奥のベンチなんかを見てもその姿はない。
(うーん・・・?)
そうやって、トキが気を抜いている時だった。
ショウジョウトキの悪い癖が出そうになるのを抑えようという所に、気が回らなかったのだ。
(観客はみんなあたしに拍手を向けているんですね)
ずいっ、とトキより前に身を出すショウジョウトキ。
(ふふん、やっぱりソロでやっていきますよ)
本来の彼女は、ここまで我の強いフレンズではない。どちらかと言えば強い方ではあるが、トキのことを考えずに一人で前に出ようなんて性格ではないのだ。ただ、歌を歌っている時はどうも突っ走る癖がある。暴走と言ってもいいかもしれない。
スゥ・・・
ショウジョウトキは、大きく息を吸った。
パリーン キャーーッ
「なんかあったのかな・・・?」
ツチノコは、会場から少し離れたところで自販機のココアを飲んでいた。どうしても、ステージの上のトキを見ることが苦だったのだ。
(本当に申し訳ないことしたな・・・)
トキの頑張りを、様々な形で踏みにじってしまった。練習に行ってほしくないと言い、応援すると約束したのに本番ではコレ。
(合わせる顔がないや)
ココアで温められた口内との温度差で、ため息が白い雲になる。
(もう十一月だもんな、そんな時期か)
ココアの空き缶をゴミ箱に捨て、自販機の前を離れる。やはり、ステージを見るのは辛いがそうも言ってられない。
楽しそうな彼女が見れるんだからいいじゃないか、そう思ってツチノコは歩き出した。
「・・・あれ?」
ツチノコが会場に戻ると、人ひとりいなかった。『秋の音楽会』と書かれた看板にヒビが入っており、何かあったことを思わせる。
「・・・」
顎に手を当てて、何があったのか推測する。さっきココアを飲みながら聞いた音などから考えると、物騒なことが起こったのではというのもおかしくない。
「・・・トキを探さなきゃ」
合わせる顔がない所ではないかもしれない。ツチノコは下駄で地面を蹴った。
「本当にごめん!ごめんなさい!」
「あはは、いいんですよ?私は平気です」
ステージ裏から少し離れたところ、ショウジョウトキはトキに頭を下げていた。
原因はもちろんステージのこと、ショウジョウトキが自分を主張しすぎたがためにハーモニーが崩れてしまったのだ。結果、トキとショウジョウトキの音痴さが会場にお届けされたというわけである。観客はあっという間にいなくなってしまった。
「ごめん・・・」
「大丈夫ですってば」
ショウジョウトキは自分を強く責めたが、トキはさしてその事を気にしなかった。言ってしまえば、歌で人が逃げていくなんて慣れっこだったのだ。
(それより、ツチノコはどこへ・・・)
彼女は、唯一自分の歌を楽しそうに聞いてくれるフレンズだった。その彼女すら、人が逃げていった会場に残っていなかったのだ。
(やっぱり、私じゃ不満でしょうか・・・)
「あの、トキ・・・?」
「なんですか?」
「こんな時に、本当に空気読めてないと思うんだけど・・・」
「はい?」
カッ、カッ、カッ、カッ・・・
硬い地面と下駄がぶつかり、軽快な音を出す。
・・・カッ、カッ、カッカ。
足音が止まる。
音の主はツチノコ、立ち止まったのはトキの姿を見つけたからだ。
「おーい、ト・・・」
呼ぼうとして、声を止める。
カツ、カツ。
数歩前に出るともう一人の方が居た。トキと同じ服を着た、全体的に赤っぽいフレンズ。
物陰に隠れて、彼女らの様子を伺う。少しの会話の後に、赤い方が勢いよく頭を下げた。大きな声が聞こえてくる、ツチノコははっと息を呑む。
「トキのこと、ずっと好きだった!あたしと、付き合ってください!」
・・・フレンズ同士での恋愛は、珍しいことではない。気がつけば、手が震えていた。
(あ・・・れ・・・?なんだこの気持ち)
つい最近にも感じた、ネガティブな感情が甦ってくる。
『トキは、私なんか嫌いなんじゃないか?』
昨日、愛し合ったとはいえまだ分からない。優しい彼女のことだから、私に付き合ってくれただけかもしれない。
そうだとしたら、今トキは告白された。二人で、とても楽しそうに歌っていた。冷や汗が垂れる。
トキの驚いている様子を嫌でも感じた。その答えを聞きたくないツチノコがいた。「OK」が出てきそうで恐ろしかった。
しかし、すぐに杞憂であることが判明する。
「ごめんなさい!」
今度は、トキが頭を下げていた。
「私、好きな人がいて・・・大大大好きで、本当に好きで・・・だから、ショウジョウとは・・・ごめんなさい」
心の底から申し訳ないという表情だった。だが、後悔の色や迷った末の答えという空気は一切なかった。
「・・・そうよね、トキは素敵だもの・・・忘れて?また、いつか一緒に歌いましょ」
ツチノコから見えない位置から、バサッと羽音が聞こえてくる。それは連続し、遠ざかり、やがて消えた。
コツ、コツと足跡が聞こえてくる。恐らくトキのものだ。それも遠くなり、彼女は自分に気づいてなかったということを悟る。
「・・・はは」
ツチノコは、物陰から出てトキを追いかけた。にやける口元が抑えられなかった。足音に気がついて振り返るトキに、ぎゅっと抱きつく。
「うふふ、どうしたんですか?ツチノコ」
「お疲れ様」
「ツチノコも、ご迷惑をおかけしました」
「気にしない。それよりも大好き」
「あはは、日本語変ですよ?」
いつまでもハグしているわけにはいかないので、一旦離れる。ツチノコからトキの横に並び、その腕に絡み付く。
「今日はこうして帰りたいな」
「いいですよ?」
コツ、カッ、コツ、カッ・・・
足音が二重になる。二人のマイナスの感情が透明になっていく。
「美味しいものでも食べましょうか?」
「トキが決めるなら、なんでも」
「じゃあ、ツチノコの好きな物でも食べますか」
「ええ〜?」
コツ、カッ、コツ、カッ・・・
快晴の中の、夕日が綺麗だった。
☆☆☆☆☆
「・・・って話」
ツチノコは、最後のグラスをテーブルに置いた。酔っている気配はない。
ぱちぱち、とカラオケの一室で拍手が起こる。拍手をするのは、ロバとクロジャ、チベスナの三人。他は話を聞きながら飲んだ酒のせいで、途中からトキいじりに夢中になっていた。
「それはお疲れ様だね?どう?話したらスッキリしたでしょ?」
「うん、誰にも言えなかったからな」
「・・・すてき」
「恋愛も大変そうだな・・・」
そんな言葉をツチノコが受けている中で、その尻尾から温もりがなくなる。気がつけば、寝ていたはずのトキが立っていた。
「うたわなきゃ!」
「・・・?トキが予約したのは、私歌っといたぞ」
トキは、酔うと何をするかわからないタイプである。スウッ、と息を吸った。
以上、パークパトロールが悪夢に見舞われるまでのプロローグであった。
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