第13話 深まる秋の日

「御注文の飲み物お持ちしました」


「どうも」


 カラオケボックス。


「ノコッチ?そのお酒ってお店で一番強い奴・・・」


「さ、三杯・・・」


 酒好きの多いパトロール隊員が引いている。ツチノコはそのうちの一つを半分くらい飲み、グラスを静かに置いた。


「・・・もう一度言う、私は酔ってるからな・・・?」


「わかってる」「うん」「その通り!」


「ここからだよ、寂しかったの・・・」


 あっという間に、ツチノコはグラス一つを空にした。



 ☆☆☆☆☆



 あれ?私、今なんて言った?


「寂しい」


 もう一度、噛み締めるようにその言葉を口にする。

 そう、ツチノコは寂しかったのだ。トキといつも一緒だった彼女にとっては、この家に一人が続くというのは苦痛だった。


 でも、トキも頑張っている。


 その事実を考えると、自分が寂しいと言うのは良くないことだとツチノコは考えた。


 練習に行ってほしくない。


 私と一緒にいてほしい。


 そんな感情がどんどん湧いてくる。しかし、ツチノコはそれを拒絶するように頭を振り、髪をクシャクシャと掻き回した。


「ダメだ・・・トキが頑張ってるのに!」


 愛する人が頑張って、ヘトヘトになって帰ってくる。でも、それは彼女が自ら望んだことなのだ。それを、恋人とはいえ他人である自分が「やめて」なんて言えるわけがない。言ってはならない。


 また、ツチノコはその気持ちを自分の胸の奥の方に押し留めた。外に出してはならない、消し去った方がいいであろう感情。


 しかし、胸の中に入れておくだけじゃそれは消えない。むしろ膨らむばかりだった。





 一方、こちらはトキ。


「すごい!」


「やったわね!」


 トキとショウジョウトキはハイタッチをしていた。イワトビから課題として出されていた歌を、一切ミスをすることなく歌い切ったのだ。聴いていたイワトビも、珍しくパーカーのポケットから手を出して拍手をしていた。


「いいじゃんか!そこで、提案なんだが・・・」


「「提案?」」


 その内容は、『秋のジャパリパーク音楽会フェス』こと、『秋の音楽会』へ出場しないかということ。毎年出場して、そこそこ運営にも顔が利くPPPのメンバーだからこその提案だった。


「いいですね!」「あたしはやるわ!ねぇトキ?」


 二人はその場でその提案をのんだ。後日、イワトビから話してみるということだった。


(まずはここから、もっと上を目指しましょう!)


 ツチノコに見直してもらい、彼女を幸せにできるようになるため。本来不要であるが、立派な決心をしたトキの目はキラキラ輝いていた。


 そして、その決心した顔を横で見つめていたフレンズが一人。その顔を見て、顔が熱を帯びて胸が跳ねる感覚を感じていた。





「ただいま帰りまっ!?」


 帰宅し、ドアを開けたトキに抱きつくツチノコ。あまりに急だったので、変な声が出ていた。


「ふふふ、どうしたんですか?ツチノコ?」


「・・・おかえりのサプライズ」


 そういうツチノコは幸せそうだった。


 夕飯時のこと。


「なぁ、今度不動産屋行かないか?まだ、コレって家見つけてないだろ?」


「そうですね、今度練習ない日にでも行きましょうか!」


「私、一人の時にも探しとくよ」


「いいんですか?すみません、いつも留守にして」


 これは、まだ二人が現在の家を見つける前の話なのだ。不動産屋に出入りして?自分達に合う物件がないか探している時期だった。


 その夜、ツチノコはトキをぎゅーっと抱きしめて眠りについた。



 ・・・



「行ってらっしゃい」


「はい!頑張ってきます!」


 バタン。


 ツチノコもトキも、この流れに慣れてきていた。

 今日は仕事終わりの練習、トキはツチノコを家に送ってそのまま行ってしまった。


「・・・」


 寂しい、と出てきそうになるのを堪える。やることもないので、昨日話した通り物件探しをしようと外に出た。


「もうすぐ暗くなりそうだな」


 曇り空を見ながら、ツチノコが呟く。もう十月の半ば、日が落ちるのもそこそこ早くなっていた。


「トキは大丈夫かな」


 彼女は、どんなに遅くても夕飯までには帰ってきた。もっとも、ツチノコはトキがいないとジャパまんを貰えないので、夕飯はいつも二人だったが。


 彼女は、顔もいいし愛想もいい。いつぞやのように、変な男につかまらないかが心配だった。


「・・・あんまり、トキのこと考えすぎるのもよくないかな」


 考えてみたら、ベッタリすぎて今寂しいのかもしれない。幸せでも、あまり離れすぎないのも良くないことなのかもしれない。


「・・・」


 無理だった。トキがいない間に蓄積され、消化も出来なかった寂しさが心のどこかにトキの影を生み出す。


「・・・なんか食べよう」


 昔、ナウが言っていたことがあった。


『大抵の嫌なことなんて、美味しいもの食べれば良くなるから!』


 彼女らしい意見。目に付いたコンビニに、吸い寄せられるようにツチノコは入っていった。





「少し休憩しませんか?」


「あと十分は頑張れるわ!」


 トキ達は、音楽会に向けてよりハードな練習をするようになっていた。


「トキは仕方ないわね、あたしが撫でてあげるから頑張りましょう」


 そう言って、ショウジョウトキはトキの頭を撫でる。すごいいい笑顔だった。トキも笑っていた。


 ただのスキンシップ。


 トキは普通にそう捉え、ショウジョウトキは都合よくそう捉えていた。





「おいし」


 ツチノコは、公園のベンチで餡まんを頬張っていた。少しだけ持った、自由に使えるお金で買ったのだ。

 ごま餡の美味しい餡まんだった。


「・・・」


 本当は肉まんにするつもりだった。でも、二つに割ってシェアできるトキはいない。一人で食べる肉まんなんて味気ないな、と初めての餡まんに挑戦した。


「・・・おいしい」


 ひとりぼっちの寂しさの味が、舌には美味しく感じられた。心は痛めつけられるばかりだった。


 もうすぐ日没なのに、辺りはガヤガヤと賑やかだった。遊ぶ子供や、自分とトキのようなフレンズ同士のカップルと思わしき二人組。様々な人がいた。

 フレンズ同士での恋愛というのは、そう珍しいことではない。オスのいないフレンズには、恋愛の選択肢としてパークに定住している男性というのが最も考えやすい。しかし、ヒトとフレンズとではやはり別物ということなのか、フレンズ同士でガールズカップルになるのもよくある事だった。


 そう、フレンズ同士での恋愛はよくある事なのだ。


「ごちそうさまでした」


 舌に残った残酷な甘さを流そうと、自動販売機の前に立つ。どれもこれも同じ味になる気がして、諦めて不動産屋に向かった。


「・・・寂しい」


 自分で、発してしまったことにすら気が付かなった。



 ・・・



「ツチノコ、今日は完全にオフです!どこか行きましょうか?」


「本当か!?行く、どこ行く!?」


 パトロールも休みの日、練習もない。実に半月と少し振りだった。トキも疲労困憊、ツチノコも精神的な疲れが随分と溜まっていたが、二人で出かけることになった。とっても晴れていた。


 ご飯を食べたり、物件探しをしたり、ゆっくり銭湯に浸かったり。


 とてもとても楽しかった。

 今までの寂しさは、今日を楽しむためだったのかもしれない、とツチノコは考えた。やはり、山と谷があった方が幸せがより幸せなのかも。その結論で、ツチノコは寂しさを感じることに対する嫌な感情が薄れた気がした。



 ・・・



 曇天の朝。


 トキがまた練習に行った。


 ツチノコは泣いていた。


 谷があれば、山がより幸せに感じる。逆も然り、というのを実感させられた。


「寂しいよ・・・私、寂しいよ・・・?」


 心が痛かった。トキを応援したい気持ち、応援しなきゃという義務感、自分の素直な欲求。小さなハート型を、色んな気持ちがバラバラの方向から引っ張るようだった。


 ネガティブな気持ちの時は、余計なことまで考える。


 もしかして。


 もしかしたら、トキは自分のことが嫌になったのではないか?


 ちょうどひと月前くらいに、幸せかどうか聞かれた。その時は、トキの言葉に少し傷ついて変な回答をしてしまった。それで、嫌いになられたんじゃないか?


 気晴らしなんてできそうもない。しかしこのままでいるわけにもいかない。


 ツチノコは涙を拭って、外に出た。





「トキ?クッキー焼いてきたんですけど・・・食べる?」


「いいんですか?いただきます」


 歌を歌ううちに、二人の距離は縮まっていった。とても仲良くなった。トキは当然友達として。ショウジョウトキは・・・


「ど、どう・・・?」


「美味しいですよ?ショウジョウトキはお菓子が上手なんですね」


 その言葉に、ショウジョウトキはドキドキと鼓動が速まる。

 彼女が決心を決めたのは、この頃だった。





「こんちは」


 ツチノコが訪れたのは銭湯。昼間から一人で来たので驚かれたが、事情は深く話さずに奥に進んだ。


 服を脱ぎ、浴場で身体を洗う。浴槽には入らず、真っ先に向かったのはサウナ。


 扉を開けて、驚愕する。


「・・・お久しぶりです」


 にっこりと手を振るのは、金髪に大きな耳。馴染みの深い彼女だった。





「いいね、二人とも息ぴったり」


 トキとショウジョウトキは、イワトビに褒められていた。


「あたしとトキなんだから、当然ね!」


「そうですか?」


 トキは、ツチノコも加わればもっと良くなりそうなんてことを考えていた。





 ツチノコは、流れるように全てを話した。

 頼れる友人であるフェネックは、親身になってそれを聞いてくれた。


「お前の方はどうなんだよ、幸せにやってるのか?」


「あのアライグマさんをそう簡単に恋愛までもっていけると思いますか?」


「・・・ごめん」


「努力中です。いつか、その話もしましょうか」


 ツチノコは泣いていた。フェネックはその背中をさすっていた。


「じゃあ、ツチノコさんに一つだけいい事教えましょう」


「・・・んだよ」


「たまには、ワガママ言ってもいいんですよ?我慢我慢も大事ですが、抜くのも大事です。それとも、トキさんはそんなワガママも許してくれないんですか?」


「・・・トキは、私のことなんて嫌いかもしれないだろ」


「なら、試してみたらどうですか?」


「試す?」


「ふふふ・・・」





 その晩のこと。

 もう寝ようというところで、トキは背伸び。ツチノコはモジモジ。


「うーん、疲れました・・・」


「なぁ、トキ・・・」


「なんですか?」


 ツチノコはそれ以上喋らなかった。パーカーのチャックを無言で下ろして、それを脱ぎ去る。いつもは着ているインナーやホットパンツは今日はない。事前に脱いでいたのだ。つまり、もう下着姿。


「どどど、どうしたんですかツチノコ?」


 トキは顔を赤くして動揺したような声を出す。

 ツチノコはそのまま下着も脱いで、床に捨てた。そして、一糸まとわぬ姿でトキに抱きつく。耳元で、懇願するように囁いた。


「抱いて・・・?」


 涙声だった。


 その晩は、ツチノコからは何もしなかった。トキが優しくツチノコを撫でたり、キスもトキから。一旦山場を越えても、攻守交替はなしでずっとツチノコは求め続けた。


「そろそろ寝ましょう?」


 そうトキが呼びかけても、


「もっとして・・・」


 と弱々しくツチノコは求めた。



 ・・・



「トキ?凄い隈ね」


「あはは、ちょっといろいろありまして・・・」


 翌日、トキは隈が酷いことになっていた。理由はもちろん、昨日のツチノコのこと。疲れている状況でオールは身体的にきつかったが、ツチノコのためならそんなことは気にならなかった。むしろ、ちゃんと自分を求めてもらえてると嬉しくなった。


(でも、昨日のツチノコ・・・なんか変でしたね?)


 今まで、あんな風に夜を過ごしたことはなかった。いつもは、ツチノコが優勢になって自分が甘く攻められるというパターンである。なにかが胸に引っかかった。





 一方、ツチノコ。

 昨日、トキと愛し合ったベッドで服を着て寝転がっていた。正確には、愛してもらった、だが。


「・・・」


 昨日、トキは優しくしてくれた。


 自分のことが嫌いとは思い過ごしだったのかもしれない。


 少し、心が楽になった。直後、「嫌いかも」という気持ちが抜けた部分を即座に増殖した「寂しさ」に埋められる。


 湿ったシーツをさらに濡らした。





「ただいま帰りました・・・」


「・・・おかえり」


 トキは本格的に疲労がキていた。


「昨日は、ごめん。疲れてたのに・・・」


「いいんですよ、私だって嬉しかったです」


「・・・ごめん」


 ツチノコの異変に、トキが気が付かないわけがなかった。



 ・・・



「行ってきます!」


「・・・行ってらっしゃい」


 秋の音楽会まで、あと一週間。トキはツチノコにサプライズにしようと、そのことを黙っていた。


 バタン。


 扉の閉まる音と同時に、ツチノコが崩れ落ちる。涙が流れる。


「・・・もうやだ」


 暇だ、寂しい、でもない言葉。我慢も限界だった。

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