第12話 バラバラの秋の日
「・・・はい、お願いします」
ツチノコが受話器を壁に戻す。アルコールの追加だ。今まで酒を飲んでも酔っ払ったことのないツチノコだが、今晩は本気で酔うつもりなのかもしれない。
「始まりは・・・そうだな、九月の末くらいかな?」
強いアルコールのおかげで、口が緩くなったツチノコが話し出す。もっとも、本当は全然そんなことはないが。
☆☆☆☆☆
九月の半ば頃。
「ツチノコ?今、幸せですか?」
トキは少しの不安を持っていた。恋人になってから半年以上が経過した今、関係が落ち着いてきた。もちろんアツアツなのだが、このまま熱が冷めるということはないだろうか?
自分が冷めることはないだろうが、ツチノコはわからない。自分なんか、素敵な彼女には飽きられてしまうかもしれない。ほんの小さな不安だった。
「随分急だな?」
「どうなんですか?」
「トキは?」
ツチノコがかつて掲げた目標、「トキと一緒に幸せになる」。自分は幸せと感じている、そしてトキが幸せと感じているならそれは紛れもなく「幸せ」だ。ツチノコはそれを確認して答えようと思った。
「ツチノコが先に言ってください」
少し、トゲのある言い方だった。
「・・・幸せだけど、ほんの少し違うかも」
「・・・そうですか」
間違いなく幸せだったが、トキが今のやり取りを持ちかけてきて、今の言い方は少し傷ついた。ほんの少しだったが。
それが、この話のプロローグ。
・・・
「ツチノコ!今日は9月25日です!」
まだ、前の家に住んでいた頃。小さなワンルームの壁に貼られたカレンダーを見ながらトキが声を張った。秋晴れの素敵な日だった。
「・・・それがどうした?」
「クリスマスまで三ヶ月ですよ!?私もあの大きなステージ目指して、歌に熱心になるべきだと思うんです!」
トキが言っているのは、クリスマスライブのことだ。去年、警備をして良くも悪くも色々あったところだ。
「ナウが歌ってたから・・・?」
「そうです、あのステージにはフレンズだって登れるんです!私も、頑張ろうと思って!」
「今年、狙うのか?」
「いえ、いつかは・・・ですよ?今からじゃ間に合いません」
「じゃあ、なんで今?」
「宣言しておこうと思って。応援してくれますか?」
「もちろん!」
本当はライブなんてどうでもいい。「私だって今の私のままじゃないよ」というアピールだった。「飽きられるかも」という心の深いところに出来た癌の治療のつもりだったのだ。
そんなやり取りをしたのが、明確な「始まり」だった。
・・・
「ツチノコ?私、少し用事があって・・・お留守番してもらってもいいですか?」
それは、先程のやり取りから数日後のことだった。うろこ雲が綺麗な日だった。
「用事?別にいいけど・・・?」
「すみません、できるだけ早めに帰るので!」
そう言ってトキは玄関を飛び出していったのだ。
「用事ってなんだ・・・?」
不思議だったが、特に気に留めることもなくツチノコはベッドに横たわった。図書館から借りている鳥類図鑑をパラパラめくる。
見飽きる程見ているのに、見飽きない朱鷺のページ。
「・・・キレイだな」
理由もなく、パラパラとページを進める。ふと、真っ赤な鳥が目に留まった。
「朱鷺に似てる・・・猩々朱鷺?ふーん・・・」
部屋の中が急に薄暗くなる。太陽が隠れてしまったのだろう、ツチノコは立ち上がって部屋の電気を付けた。
バサッバサッ。羽を鳴らすのはトキ。
彼女の用事とは、歌が上手くなる方法を見つけること。
サンタさんに毎年貰っている歌ウマ本で上達がみられないので、本はダメだ。
(歌と教えるのが上手い人に教えてもらわなきゃ・・・)
普段はナウに歌を教わるが、クリスマスライブを目標にするのに出場者に教わるのはなんだか癪だった。しかし、他に歌が上手い人がいるだろうか?
ナウと二人暮らしの時に、様々なスクールに通ったのだが、それでトキに上達は見られなかった。むしろ、付き添いで一緒に通ったナウに知識がついていった。
困った時に頼るのは飼育員だ。
レッスンを手配してくれるかもしれないし、歌ウマ飼育員さんが他にいるかもしれない。
「でも、ナウさんに頼る訳にはいかないから・・・」
他に、交流がある飼育員。ぱっと思い浮かんだのは菜々の顔だった。
(菜々さん家に行ってみましょうか)
向かうは飼育員の寮。
しかし・・・
「菜々は出張でいないわよ」
出迎えたのはキタキツネ。彼女が言った通り、菜々は今不在のようだ。何故キタキツネが飼育員の寮にいるのかは不明だが、とにかく出迎えてくれたのは彼女だった。
「なんの用?アンタの飼育員、すごい人なんだから菜々なんかじゃなくてそっちを頼ればいいじゃない」
「うちの人にはできない相談なんです、それで来たんですけど・・・」
「ふーん?まぁ、上がっていきなさいよ。私でも相談に乗れるかもしれないわ」
「えぇ~?ここ、寮ですよ?フレンズだけで入っちゃダメじゃ・・・」
「いいのよ、私なんかこうして時々入ってるから」
「じゃ、じゃあお邪魔します・・・」
相談をキタキツネにした結果、菜々に歌手を手配させるという無茶ぶりをすることに落ち着いた。もっとも、キタキツネが勝手に決めたことだったが。
「明日にでも来なさい」
「はい!ありがとうございます!」
「お、おかえり」
「ただいま帰りました!」
帰宅したトキ。ツチノコは鳥類図鑑片手に出迎えた。
「なんの用事だったんだ?」
「えへへ、少しお歌について・・・」
「ふーん?頑張れよ」
「もちろんです!」
一日目は、これだけ。ご飯を食べたりシャワーを浴びたり、いつも通り夜を過ごした。
・・・
「いってきます!」
翌日。よく晴れていた。
今日もトキはお出かけ。昨日の約束通り、キタキツネの元へ行くのだ。
「いってらっしゃい」
ツチノコは今日も留守番。とはいえ、鍵は二人とも持っているため出かけることはできる。
バタン。
しかし、ツチノコは出かけない選択をした。何をするでもなく家でゴロゴロすることに決めたのだ。
「・・・暇だ」
トキがいないと、しょっちゅうこう言ってしまう。
「おはようございます!」
トキがたどり着いた先にいたのは、キタキツネともう一人フレンズ。ツチノコのようにパーカーを来ているが、フードは被っていない。髪は黒がベースだが、金色の部分もあるのが特徴的だ。
どこかで見たことがあるフレンズだった。
(えーと、誰でしたっけ?ステージの上に見たような・・・)
「あたいの歌が聞きたいって?オッケーオッケー」
その声を聞いて、ハッとする。思い出したその正体に、トキは思わず声を上げた
「ジャパリパークのアイドルユニット、PPPのイワトビさん!」
PPPとは、パーク内では有名なアイドルユニット。ペンギンのフレンズ四人で構成されている。彼女はその内の一人、イワトビペンギンのフレンズだ。
「ほ、ほかの方々は?」
「今日はオフで、みんな羽を伸ばしてるんだ」
そういうわけで、彼女がコーチをしてくれるらしい。
まず、彼女の歌に対する魂に感動した。
「どう?私かっこいいだろ?」
その言葉の通り、彼女はかっこよかった。虜、というような感じである。メロメロだった。
(でも、やっぱりツチノコが私の一番ですね)
彼女のナンバーワンは揺らがなかったが。
彼女に歌を披露することになり、今までナウから教わったことなども意識しながら思い切り歌った。どんな酷い反応も覚悟していたが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「どうやら、トキはシングルでやっていくには不向きみたいだな・・・」
つまり、誰かと組む方が向いているというのだ。そして、紹介されたのは自分に瓜二つなフレンズ。
「あたしはショウジョウトキ!」
服はそっくり、というか全く同じような白い服だった。違うのは髪色と後ろ髪、顔くらいのものだろう。性格は全然違うようだが。
「あなたがトキ?一回会ってみたかったわ!」
会うなり手を握られた。
「二人まとめて見てあげるから、頑張れよ」
トキとショウジョウトキの二人で組み、まとめてイワトビが指導してくれるということになった。少し練習したあと、次の練習日を決めた。
「あたいも暇じゃないからね、週一くらいで見てあげるよ」
イワトビは余裕がないので、次はトキとショウジョウトキの二人での練習である。そんなこんなで、初日は解散。
「おかえり!」「ただいま!」
昨日のように帰宅。トキが帰ってくるなり、ツチノコはぱっと顔を明るくして出迎えてくれた。
夕食の時、トキはこれからのことについて話した。
「また、練習に行くんです」
「そっか・・・誰が教えてくれてるんだ?」
「アイドルのイワトビさんです、去年のクリスマスの時にステージにいたんですけど、覚えてますか?」
「うーん、あんまり・・・」
「でも、次回は一緒に教わってる他の人とだけで練習です」
「そうか、頑張ってな」
「はい!」
その晩、ベッドに二人で寝転がったとき。
トキがいつも通りにツチノコの腕に絡みつこうとしたが、それは未遂に終わった。
ツチノコが先にしがみついてきたのだ。彼女はすぐに眠ってしまい、トキはその幸せそうな寝顔を愛おしく思いながら寝に着いた。
・・・
仕事の日を何日かはさみ、またトキはレッスンに向かった。あまり天気は良くなかった。
「・・・暇だ」
一人でもやることがない。少々寝足りない気もしたので、ベッドに転がった。
「・・・」
満ち足りない気持ちだった。大部分がすっぽり抜け落ちている気がする。
「・・・うーん?」
それは、今までトキとべったりしていたツチノコには経験したことのない、初めての感情だった。それがなにか、まだ彼女は確認することができずにいた。
もそもそ、と布団に入る。トキの匂いがした。
「・・・おやすみ」
誰に言ったわけでも無いおやすみ。なんだか、少し心の穴が埋まった気がした。
トキとショウジョウトキは、すぐに打ち解けた。二人とも、人と関わるのが好きなタイプだったし元動物の関係もあり、仲良くなるのに時間は要さなかったのだ。
「ここはこうで・・・」
「ちがいますよ、そこは・・・」
二人で音が揃うと、それは美しいハーモニーになった。トキの歌とツチノコの二胡の音を重ねたハーモニーに似ていた。
「ただいまです・・・疲れました」
「おかえり、お疲れ様」
帰宅。ベッドに座るトキに、ツチノコはお疲れ様の念を込めてキスをしてあげた。
「ご飯にしましょうか」
「了解」
その後はいつも通り。トキはツチノコに、「練習は順調」ということを伝えた。ツチノコは嬉しそうだった。
「トキ、私今日昼寝しちゃって・・・」
「眠れないんですか?」
「疲れてるとは思うんだけど、その・・・最近してなかったし」
「うふふ、断るわけないじゃないですか?」
・・・
その後も、数日置きにトキは家を留守にした。その度にツチノコは呟いた。
「・・・暇だ」
そのうちに、トキは仕事終わりにも出かけるようになった。
「・・・暇だ」
その代わり、彼女が帰ってきたらツチノコはたくさん労った。
彼女の帰りはどんどん遅くなっていった。
「・・・暇」
時々、トキに行ってほしくないとツチノコは考えてしまった。しかし、そう思うことが彼女の頑張りをどれだけ侮辱することか。ツチノコは感情を押し留めた。
「・・・」
トキがいない時間、ツチノコは何も考えないで、何もしないで過ごすことが多くなった。
・・・
トキがレッスンを受け始め、二週間ほどのこと。曇りの日が続いていた。
「じゃあ、行ってきますね」
「うん・・・最近、天気悪いから気をつけろよ?」
「濡れてきたら、たくさんあっためてくださいね?」
「・・・その時は、もちろん」
バタン。
彼女が行ってしまった。最近、「暇だ」と呟くことも無くなった。ベッドに死んだように転がり、無心になる。それが一番、時の流れを早く感じた。
しかし、今日は違った。
「・・・寂しい」
自然とその言葉が出た。
いつか疑問に思った感情、その名前だと気がつくのに時間はかからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます