第11話 忘年会の日

 休みの日に、職場に行く。


 なんと憂鬱なことか・・・というのは、あくまで一般的な企業等において適用する意見であり、常日頃楽しく仕事をするトキとツチノコには全くもってそのような感情はなかった。

 もっとも、休日出勤というわけではなく今日は忘年会ということだったので普通にワクワクしているのもあったのだが。


 既に暗くなった頃午後五時頃、二人はパークパトロール事務所の扉を開けた。


「あれ、二人ともわざわざここ来たの?会場に直でよかったのに」


「もう・・・戸締り・・・終わった」


 出迎えてくれたのはツンドラオオカミのツンとチベットスナギツネのチベスナ。チベたんともいう。

 トキがツン先輩、チベ先輩と慕う二人だ。ツチノコは呼び捨て。この緩さも、パークパトロールならではだ。


「会場?ここじゃないんですか?」


「違うよ?今日は店を予約してあるはず・・・あ」


「もしかして・・・ライオンから・・・聞いて・・・ない?」


 話を要約すると、本来ライオンからトキノコ宅に電話を入れるはずだったのをライオンが忘れたらしい。彼女なら有り得そうな話だ。


「なるほど、もうここ出るんですね?」


「そうだよ、もう鍵閉めておしまい。二人は行ってていいよ」


「じゃあお言葉に甘えて。な、トキ」


「はい、すみませんお先に」


「じゃ」「じゃ・・・」


 やり取りの末、くるりと180度ターンして外に出る。固定具を付け直し、二人に教えてもらった店に向かって飛び立った。





「お!主役いらっしゃい!」


 例の店に入り、店員に案内された個室まで移動すると、ロバが手を振ってくれた。既にメンバーは集まっており、後はツンとチベスナを待つのみ、という感じだ。


「もー、間違えて一回事務所行っちゃいましたよ」


「ツンたちに教えてもらえてよかったな」


「・・・超速理解しましたなるほど


 ライオンさ~ん、と声をかけながらロバは個室の奥に行ってしまった。どうやらお叱りが入っているらしい。


「でも、腕・・・じゃなくて喉が鳴りますね!」


「ははは、控えめにな?」


 薄暗い個室と中で、煌々としたモニターとデンモク、マイクを見ながら二人が笑う。


 今日の会場はカラオケボックス。今年の頭にトキとツチノコで、二月下旬にもトキとアライグマでお世話になった場所だ。今回は大部屋だが。


「ふふふ、たくさん歌いますよ~!」


 パークパトロールメンバーの悪夢の幕が上がろうとしていた。





「じゃ!一年間お疲れ様とトキノコ一周年おめでとうってことで乾杯!」


「「「かんぱーい!」」」


 全員が集合し、ライオンの音頭でグラスを合わせる。全員アルコール飲料、トキとツンは弱めで。


「飲み放題フリータイムだから、じゃんじゃん飲めよ!」


「わーい!」「いぇーい!」「飲め飲めー!」


 本当は、トキは飲まずに・・・としたかったツチノコだが、本人が少しでいいから飲みたいと言うのを止める力もなく、オーダーさせてしまった。尚、本人は前回のパーティで公然でシようとしたのを覚えてない模様。


「トキ、酔ってきたら言えよ?」


「大丈夫ですよ、弱いやつですから!」


 弱いのはアルコールなのかトキなのかわからないが、彼女の謎の自信に任せることにしてツチノコも楽しみはじめる。カラオケに来てはいるが、最初は食事会のような感じだ。


「ところで、忘年会ってどういう会なんだ?よくわかってなくて」


「そうですね、忘年会・・・


 ぼうねんかい【忘年会】

 その年の苦労を忘れるために年末に催す宴会。冬の季語。


 って感じですかね?」


「なるほど・・・」


 ひそひそ話のように、小さな声でツチノコが返事する。理由は、みんなが静かだからというだけだ。


「なんでこんな静かなんだ?」


「さぁ・・・」


 ほとんど話もしないうちに、みんな料理を食べ終えてしまった。トキもツチノコも不思議に思っているうちに、ガタンと音を立ててライオンが立ち上がった。おもむろにマイクを取り、それに向かって叫ぶ彼女。


「ごちそうさまでした!!!」


 エコーがかかり、その声が部屋でビリビリ響く。残りのメンバーも、パンっと手を叩いて声を揃える。


「「「ごちそうさまでした!」」」


 儀式のような「ごちそうさまでした」にトキとツチノコは置いてかれつつ、慌てて手を合わせた。その間にもライオンは言葉を続ける。


「歌うぞーーーーッ!!」


「「「おーーー!!!」」」


(なんだこれ)(なんでしょうこれ)


 トキとツチノコは顔を見合わせた。





 ツンが歌う。ライオンも歌う。アルコールのせいかすごいハジケている。

 不思議そうなトキノコの横に、するりとロバが現れた。


「びっくりしたでしょ、最初のやつ」


「はい、何が始まったのかと」「な」


「昔から、カラオケ来た時の恒例なの。二人とも楽しんでね!はいデンモク」


「あ、ありがとうございます」


 トキがデンモクを受け取り、ピコピコと画面を叩く。


「トキ、何歌うんだ?」


「何にしましょう、一緒に歌いますか?」


「それもいいな」


 ツチノコが笑ってるうちに、トキはグラスを取ってストローを咥える。ツチノコはその光景に違和感を覚えた。さっきまでトキが飲んでいたのはピンクっぽい飲み物だったはず。今は違うやつ。

 ぷは、とそこからトキが口を離す。コトン、とテーブルにグラスを置いた。


 トキの前にグラスが二つ。ツチノコの前にはゼロ。


 ツチノコが飲んでいたのは、めちゃくちゃ強いやつ。


「トキ・・・今、間違えて私のやつ飲まなかったか?」


「え?あら、本当ですね?すみません」


 グラスをスライドして戻される。


「いやぁ、なんか味ヘンだなって思ったんですよ。代わりに、と言ってはなんですが私のも飲みます?」


「ん、ありがとう・・・」


 とりあえずトキのグラスのストローを咥え、中身を吸う。アルコールに鬼強のツチノコにはジュースみたいだった。自分のと飲み比べる。やはり自分のは強い。


 つまり。


「トキ、歌えるのか?」


「何がですか?大丈夫ですよ?」


 そう言って、トキは予約ボタンを押す。しかし、順番が回ってきても、トキが歌うことはなかった。マイクを持たせてもぼーっとするだけのトキに代わり、ツチノコが歌ったのだった。





「うーん、主役寝ちゃったねぇ?」


「カグヤ、お前大丈夫なのか?」


「クロジャは強いよな?」


「そこそこな」


 会が始まって一時間ほど。

 ツチノコと黒酢で酒を飲んでいた。大部屋で余っているソファにトキは横たわり、ツチノコの尻尾にしがみついて寝てしまっていた。


「つちのこ・・・なまあし・・・」


「あはは、トキちゃん?そこは尻尾だよぉ?」


「申し訳ないな、せっかく会を開いてもらったのに」


 会話は三人でしているが、幸せそうに寝るトキの見物にいくらかのメンバーが集まっている。


「ほっぺ・・・もちもち」


「尻尾ふさふさだな」


「ロバは羽のふさふさも・・・」


 完全におもちゃである。どう弄られても、幸せそうな寝顔をしているのでみんなが触ったり囁いたりして遊んでいた。

 ときどき、ツチノコの尻尾もついでで弄られて本人が「ひあっ」等と声を上げたりもしていたが。


「ノコッチは、今年忘れたいこととかあるのぉ?」


「うーん、特に・・・あ」


「「「「「「あ?」」」」」」


 カグヤの質問に答えたツチノコの「あ」に、場にいるほとんどが反応する。


「一つだけ・・・」


「なになにぃ?」


「いやでも、話していいのかな・・・うーん」


 ツチノコが悩んでいると、周りからヤジが飛んでくる。嫌なことなら外に出して忘れちゃえ、という先輩方からのありがたいお言葉だ。全員聞きたいだけだ。


「じゃ・・・」


 ツチノコは、自分のグラスに直で口をつけて一気にその中身を飲み干す。


「私は今酔ってる・・・いいか?」


 全員が首を縦に降る。そういうテイだ。


「今から話すのは数ヶ月前の話、誰か見に行った人もいるかな?『秋の音楽会』って、トキがステージに登った時の話だ」


 そこから、ちょっと前の話が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます