第7話 引越しの日
「じゃあ飛ぶよぉ?せーのっ!」
バサッ、という羽音が三つ重なって重いそれが浮き上がる。
「行けるな。トキ!案内してくれ!」
「はい!こっちです!」
十二月一日、午前十時頃。ジャパリパーク都市部上空に、謎の飛行物体が観測された。
・・・無論、空飛ぶ円盤などというものではない。飛んでいるのは折りたたまれたパイプベッド、トキとツチノコが毎晩並んで寝ていたものだ。
「思ったより軽いな、これなら三人で余裕だ」
「落としたら大変だからぁ、それだけは気をつけないとねぇ?」
「本当ですね、大騒ぎになっちゃいます」
「か、カグヤ先輩怖いこと言わないでください!トキも!」
ベッドを運んでいるのはカグヤとエジプトガン、トキの三人。カグヤが後方を持ち、エジプトガンが前方を持つ。トキは前方を飛んで案内役だ。フレンズの腕力のおかげで、問題なく飛行できている。
「そんなに遠くないので、お願いします!」
「了解」「はいはぁーい」
「おおー飛んだ飛んだ」
「すごいな・・・」
彼女ら三人が空に飛び上がった頃、地上にいたツチノコ含む別メンバー達は歓声を上げていた。
「じゃあ、こっちも行きますか」
「「おー!」」
そう言って地上を進むのはロバとクロジャ、ツチノコの三人。ツチノコがダンボール一つ、クロジャも一つ、ロバが二つで、計四つを運んでいる。昨夜の時点では二つだったダンボールも、洗面所関係や金魚関係などで四つに増えた。
「ロバ、二つも持って大丈夫なのか?」
「平気平気!ロバは意外に力持ちなんですよ!」
「自分で言うのがロバらしいよ、全く」
そんなこんなで、空からも地上からも荷物の運び出しが始まった。
「カグヤ先輩ってどうやって飛んでるんですか?」
ベッド運搬組も余裕が出てきて、雑談をしながら空路を進む。話題に上がったのは、カグヤの飛行方法についてである。
「私とエジプトガン先輩は頭の羽で飛んでますけど、カグヤ先輩はお耳だけで羽ついてないですよね?」
トキが羽をバサバサさせながら質問する。エジプトガンも「そういえば」というような顔で羽をはためかせながらカグヤの方に振り向く。
「どうやって、て言われてもねぇ?わたしが飛んでるのは、この背中の羽と、これかなぁ」
カグヤがその大きな獣耳をぴくぴくさせながら答える。そう、彼女は空を飛べるフレンズだがその頭には羽がない。代わりに、そのセーラー服の後ろにマントのように着いた羽で飛んでいる。
「「これ?」」
しかし、トキとエジプトガンにはカグヤの指すこれがわからなかった。すると、彼女は首をひねって自分のうなじのあたりが二人に見えるような姿勢をとる。
「これだよぉ」
そういう彼女の首からは、小さな羽が生えていた。それも細かくパタパタ動いて、飛行に貢献していることが見て取れる。
「へー、なんか可愛いですね」
トキが笑い、エジプトガンも笑みを見せる。そんなことをしているうちに、トキとツチノコの新居が見えてきた。
「そうそう、ノコッチが手に引っ掛けてるそれ、なに?」
ダンボール運搬組も、空で雑談をしている頃にまた談笑していた。
「金魚、今年の祭りで貰ったんだ」
ツチノコはダンボールを片手で持って、持ってない方の手をロバに見せる。手首に紐がかかっており、それで吊るされていたのは水の入ったポリ袋。中で金魚がくるくる泳いでいる。
「へー、可愛いね?そんなの飼ってたんだ」
「意外だな、二人とも自分たち以外家に入れなさそうなのに」
「そうか?」
ロバに続けて放たれたクロジャの言葉に、ツチノコが困惑したような表情を見せる。そうしたら、何故かクロジャだけじゃなくロバも首を縦に振っていた。
「ノコッチもトキちゃんも、二人の愛の巣には誰も入れないぞ~って感じに見えますよ」
「そ、そんなにか・・・?人前ではそういうの見せないように気をつけてるんだけど」
「まぁ、二人はほら・・・あの時のアレですごく仲良しだなってみんなにバレてるから」
「あの時のアレ?」
クロジャの言葉にツチノコがはてなマークを浮かべる。全く心当たりがなさそうな顔なので、ロバが耳元で教えてあげる。
(ほら、エジプトガン パトロール一周年パーティの時に、トキちゃんが酔っ払っちゃって・・・)
ロバが囁くそこからツチノコの顔が赤くなっていく。なんなら、若干目も潤んでいる。
「ね?アレみたら、『すごいなー、仲良しだなー』ってみんな思うよ?」
「・・・もうあれは忘れて・・・」
ツチノコが弱々しく放った言葉に、ロバとクロジャで顔を見合わせ、同時に返事をする。
「「ごめん無理」」
「ひどい!?」
「あはははは・・・ごめんごめん、流石に忘れるのはできないけど代わりにこれあげる」
ロバがそう言ってポケットから取り出したのは、銀色の細長い機械。ツチノコのポケットに勝手に差し込み、片手で持っていた二つのダンボールをまた両手で持ち始めた。
「これは?」
「ボイスレコーダー、書き込み済み。一人の時か、トキちゃんと二人で聴いて?」
「何が入ってるんだ?」
「うふふ、秘密です。あ、中身の削除パスワードはこのロバが控えてますから中身は消せませんよ」
「ふーん、まぁいいけど」
こちらもそんな会話をして、新居に近づいて行った。
「「お邪魔しまーす」」
「どうぞどうぞ・・・って、私も今入ったのが初めてなんですけどね?」
先に着いたのは空路チーム。直線距離で着くので当然といえば当然だが。
先にトキが玄関から入り、二階のベランダを開けたところからカグヤとエジプトガンがベッドを持って入る。
「綺麗なおうちだねぇ?新築みたい」
「本当、トキはいい物件見つけたな?」
「えへへ、すっごい条件がよくて・・・」
畳んで、真っ直ぐに立っているパイプベッドを運びながら話す。寝室予定の部屋に入り、ベッドを広げて三人でほっと一息ついた。
「なんかごめんねぇ、ノコッチよりも先に上がっちゃって」
「いいんですいいんです!気にしないでください!それよりも、お手伝いありがとうございました」
「いいのいいのぉ、わたし達はどうせ夜からのお仕事だしぃ?」
「私も、今日は暇だったしな。役に立てたならよかったよ」
これから、トキとツチノコの寝室になる部屋に三人で座って談笑する。きょろりとカグヤが一回り見渡して、ニヤリと笑って小さく吐いた。
「ここが寝室になるってことはぁ、これからツチノコちゃんとするのはここってことぉ?」
ふわふわゆるゆるの口調で繰り出される爆弾発言、なかなかにぶっ込んできた。トキは「ふえっ!?」と変な声を出して顔を赤くし、エジプトガンはすました顔をしているが褐色の耳が真っ赤になっている。
「あはは、冗談だよぉ?頑張ってね?」
ひらひら手を振りながらカグヤが笑う。トキ達はひとまず顔の赤さを落ち着かせることができた。そして落ち着いてから、トキがぶっ込み返す。
「カグヤ先輩はクロジャ先輩とどうなんですか、いつも仲良しじゃないですか?そういう関係では・・・!?」
「わたしぃ?あはは、違うよぉ?二人で暮らしてはいるけど、寝室も別々だしそういうのではないの」
何を言われてもニコニコした表情を崩さないカグヤ。あまりに自然に発言するので、純粋なトキはそれをスっと受け入れる。エジプトガンは何やら複雑な顔をしていたが、彼女が何か言うことはなかった。
と、そんな時にインターホンが鳴る。地上組が到着したのだろうと、三人で玄関に迎えに行った。
「じゃ、二人とも幸せにね!」
ロバのその一言で、みんながぞろぞろ家から出ていく。陸路チームは、荷物を玄関先に置いただけで大した話もしなかった。
トキとツチノコの二人でみんなに礼を言い、パトロールの四人がまとまって帰っていくの見送った。
「・・・さて、ツチノコ!今日からここが私たちのお家ですよ!」
「そうだな、まず運んだ荷物の整理!」
「やりますよ~?」
「「おー!」」
そうやって、トキとツチノコも自分たちの新しい家に入っていった。
一方、こちらはパトロール組。
みんなで笑いながら帰る途中で、エジプトガンがカグヤの肩を叩いていた。
「カグヤ先輩、前に『ウチ一部屋しかない』って言ってましたよね?」
「言ったよぉ、それがぁ?」
「さっき、トキに寝室は別って・・・」
「あ、バレたぁ?気にしないで、トキちゃんに信じてもらうためについた嘘だからぁ。あ、そういう関係じゃないのは本当だよぉ!?」
エジプトガンがさっき複雑な顔をしていたのはこのことが原因だ。しかし、事情がわかってエジプトガンは胸をなでおろす。それと同時に、もう一つ別のことがわかった。
(やっぱり、カグヤ先輩強いな・・・)
彼女から感じる謎の強さ、その片鱗をエジプトガンは味わうことになった。
「ふう・・・一通り終わりましたね?」
「風呂場を最初に使うのが金魚のためになるとは思わなかったなぁ」
「あはは、準備が整ったらお風呂も入りましょうね?」
ダンボールの中身をほとんど出し、仕舞うものは仕舞って出すものは邪魔にならないようまとめてなどを済ませた。金魚の生活環境もちゃんと整えた。
「さて、この後どうする?ご飯食べに行くか?料理はまだ無理だろ?」
「そうですね。そう、私行きたいところがあって・・・」
「行きたいところ?」
トキが、こくんと頷いた。
「ここです」
「ここって・・・ここは・・・」
トキが飛んで連れてきたのは、とあるアパート。もとい元トキ宅。
「最後に、まっさらなお部屋を見ておきたくて」
「・・・そっか」
もう薄暗い中で、パチンと部屋の電気をつける。
白い壁、柔らかな色のフローリング、桃色のカーテン。備え付けの家具たち。
「すごい、私が最初に来た日と
トキが両手をそっと合わせる。彼女の癖のようなものだ。
トキは、目をキラキラさせて狭いワンルームを回り始めた。部屋に自分の痕跡を見つけると、「これはアレをした時についた傷だ」とか「豪雨が怖くてここにうずくまってたんだ」とか、とても嬉しそうに話す。
備え付けのちゃぶ台の下で丸くなっているので、ツチノコがどうしたのかと問いかけたら
「ここでの最初の夜、一人が寂しくてここで泣いたんです」
なんて笑いながら彼女は答えた。
やがてそのちゃぶ台からも出てきて、ツチノコの横を抜けて玄関に行くトキ。そちらの電気もつけて、きょろきょろ見回す。
「実は、一つだけ残してあったものがあって・・・」
そう言ってトキが開けたのは玄関横の靴などを入れる収納。二人とも、自分が生まれた時に持ち合わせていた以外の靴は持っていなかったので引越し準備の時もこんな所は見もしなかった。しかし、そこにも物が置いてあって、トキはそれを覚えていたのだ。
「これは?」
「傘です、最近使ってなかったですね?」
トキが取り出したのは細長いもの。説明の通り傘だ。
「これも持っていきましょう」
ドアノブに傘の柄を引っ掛けるトキ。くるりと回って、また部屋の方に戻る。
玄関に残されたツチノコは、その傘を手に取ってみる。よく見ると、所々に使い古された傷があって、それでも丁寧に使っていたのがわかるようだった。これもトキの思い出のひとつなのだろう。
その後も、トキは狭いシャワールームではしゃいだり、今もなく脱衣所で服を脱ぎ着したりしていた。ツチノコはほとんど口を開かず、そんなトキを遠くから見守っていた。
「ありがとうございました」
満足したのか、玄関に立って部屋に向かってトキが礼を言う。
「おかげで楽しかったです」
誰もいない場所に、トキはにぱっと笑う。
その様子を後ろから見ながら、ツチノコも部屋に一礼。トキにとってはそれよりもっとだが、ツチノコにとっても思い出の部屋だった。
「行きましょうか」
今度は、ツチノコに向かってトキが笑った。
「もういいのか?」
「いいんです、済みました」
「そっか」
ツチノコが傘を手に取り、玄関を開ける。
一歩、外に踏み出そうとしたその時、ガシッと腕を掴まれて動きが止まった。
「・・・トキ?」
「懐かしいですね、覚えてますか?」
玄関。傘。この二人の位置関係。
「・・・忘れるわけないだろ?」
「えへへ」
玄関を出て、その扉を閉める。トキが少しだけ閉める前に真っ暗な部屋の中を覗いていたが、ふっと微笑んでバタンと音を立ててから鍵を閉めた。
「あと一週間は大丈夫でしたね、その間にナウさんに渡しましょうか」
「鍵か?」
トキが頷いて、手の内のそれをチャリチャリ鳴らす。
「どうする?ご飯、行くか?」
「そうですね、そうしましょう!」
そう言って、いつも通り二人は空に飛び立った。
「・・・ただいま?」「・・・ただいま。」
夕飯を済ませ、二人は新居に戻ってきた。どうしても家に帰ってきたという感覚が湧かず、ただいまをするのに一瞬戸惑ってしまった。
「さて、明日は家具も家電も来ますよ?早く寝ちゃいましょう!」
「そうだな、ベッドはもう広げてあるんだろ?」
「はい!いつでも寝れます!」
二人で階段を上がって、二階に出る。家の中で階段を上るというのが新鮮で、何故か二人で笑ってしまった。
「さ、ここが私たちの寝室ですよ」
ガチャ、とドアを開けてその中に入る。いつも通りのベッドが置いてあるだけの味気ない部屋の電気を付けて、いつも通りベッドに潜り込む。
「ツチノコ、ここのライトはリモコン操作できるんですよ!」
「りもこん?」
「ほら、これを使って・・・」
トキがベッドの下から出したのは薄っぺらい板型の機械。ポチポチとトキがボタンをいじると、部屋のライトが点いたり消えたり強くなったり弱くなったり、白い光が黄色になったり黄色が白になったり・・・と、様々に変化した。
「おお、すごい!私もやってみていいか?」
「あはは、いいですよ?どうぞ」
ツチノコが布団の中でリモコンを受け取り、色々と操作をしてみる。
「いいなこれ、便利・・・ん?」
ぼわっと明かりの色がゆっくり切り替わる。白と黄色の二色だったはずが、何故か今はピンク色だ。
「は、はれんちです・・・」
「んー、ムーディー・・・?」
色を白に戻す。黄色に変える。白に戻る。黄色。
「あれ?ピンク色出てこない・・・」
「隠しコマンドですか・・・!?」
部屋の謎の機能を発見してしまったところで、明かりを落とす。カーテンが無いため、月明かりが直に入ってきて妙に明るい。
「今日から、毎晩こんな感じなんですね?不思議です」
「はは、そうだな?」
そう言って、トキはツチノコの腕に絡みつき体を擦り寄せる。これはいつも通りだ。
しかし、なんだか違う。部屋のせいではない。トキが、それが腹部に感じる感触だと気づくのに時間はかからなかった。何かが当たっているのだ。
「・・・?」
感覚の元を探り当て、それを掴んで引っ張る。簡単に抜けて、ヒヤリと冷たい硬い棒が出てきた。
「・・・ツチノコ、コレなんですか?」
「どれ?電気つけるぞ」
早速リモコンの有効活用、部屋の明かりを付けてトキの見つけたものを二人で見る。
「ああ、ボイスレコーダー」
「なんでそんなもの持ってるんですか?」
「いや、昼にロバがくれて・・・」
トキの頭の中を何かが駆け巡る。自分の手の内のそれが、爆弾のような危険なものだと感じる。正確には、思い出す。
「ツチノコ、これは仕舞っておきましょう」
「あ、録音済って言ってたな・・・トキと二人で聴いてって言ってたし、聞いてみるか」
「ま、また今度にしましょう!寝ましょう??」
「・・・いや、今がいいな。貸して?」
「私は今度がいいです、今は寝たいです」
ツチノコがトキを見る目が細まっていく。疑うような目に取れるし、何かを面白く見る目にも取れる。
トキはボイスレコーダーを握りしめ、胸の前に持ってくる。取られないようにだ。
「ちょーだい?」
「い、嫌です」
「なんで?」
「・・・なんでも」
「そっか・・・」
諦めたようにツチノコが電気のリモコンをいじる。素早くボタンを入力すると、部屋の明かりがピンクに切り替わった。
「え!?コマンド覚えたんですか!?」
トキ、油断。
手の内のそれをツチノコに抜き取られる。
「だめ!」
「えいっ」
カチリ。ボイスレコーダーの中身が再生される。
聞こえてきたのはトキの声だった。
「そんなに拗ねるなよ」
「だって・・・」
「私は嬉しかったぞ?」
「私は恥ずかしいです・・・」
トキはベッドの上で、ツチノコに背を向けていた。その中身を聞いて恥ずかしがり、さらにツチノコの反応を見てまた恥ずかしくなってしまったのだ。ツチノコが勝手に聞いたのを怒ってるのもある。
「ごめんって・・・」
「おやすみなさい!」
「お、おやすみ・・・」
怒ったような声でトキが寝に入る。ツチノコも返すが、悲しい気持ちになる。
「・・・今でも変わりませんからね」
ぼそっとトキが呟いた。ほんの小さな声だったが、静かな部屋の中で聞き逃すツチノコではない。返事の代わりに、トキのことを後ろから抱きしめる。
「愛してる、おやすみ」
「おやすみなさい・・・」
この家でも、幸せにやっていけそうだ。
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