第8話 新生活スタートの日
「冷蔵庫はそっちでお願いします!」
「洗濯機はここで・・・」
十二月二日午前中、新トキノコ宅は家電の運び込みで大忙しだった。
業者の人が届けた上で、大型家電の設置もしてもらっていたのだ。
「「ありがとうございました!」」
一通り終わり、業者のトラックが出ていくのを見送る。ちなみに、この物件に駐車場は無い。車の需要が少ないパークではよくあることだ。
「さて、なんだかんだ家具が来るまであと三十分無いですよ?」
「うへぇ・・・今終わったのにか?」
「午後でお願いすればよかったですね・・・」
そんな話をしながら、まだ何も無い床に寝転がる二人。家電が入っただけでは、キッチンが充実したくらいでリビングには大したものもない。電話やらテレビやら、セッティングをしてもらったくらいだ。
「テレビでも見てみますか?」
「どうする?私としては、初めてはソファで観たいなーって気も・・・」
「じゃあ、後でゆっくり観ますか!」
その後三十分間、二人でイチャイチャしながら過ごした。
「えーっと・・・」
「これは・・・」
トキとツチノコが呆然と見つめていたのはズラっと並べられた家具たち。運んでもらい、とりあえず一階と二階に振り分けたはいいが全く内装について考えていなかったため、全てそのまま置いて行ってもらったのだ。
「中々の量だな?」
「今日で終わりますかね・・・?」
お互いに相手の不安そうな表情を見て、自分がしっかりやろうと決心する。トキもツチノコもいい感じにすれ違い、二人とも張り切った。
「よし!まずカーテンとかカーペット!」
「やりましょう!」
順番に、カーテンやカーペット、時計などの壁や床にものを置いていく。二人とも、背が高いわけではないがトキが飛んでなんとかしたりした。
「次!壁際のもの!」
「はい!」
収納はそんなに要らないが、いずれ使うだろうと買っておいたタンスや棚を置いていく。フレンズとはいえ、非力な部類の二人。大きいものなんかは苦労した。
「そしたら・・・アレか?」
「ソファとか、ダイニングテーブルとか・・・」
「頑張ろう!」
「はい!」
そうして、大きなものも一通り置き終わり・・・
「「で、できたー!」」
内装が完成。と言っても、一階のリビング以外は特にすることがないのだ。二階に買っていったのは、ツチノコの二胡演奏用スツールが二つとトキが歌うのに気分を上げる台だけ。時計などもあるが、大した手間ではなかった。
「うーん、これから毎日ここで過ごすんだろ?」
「そうですよ、なんだか不思議ですね?」
テレビもちゃんとテレビ台の上に置かれ、DVDプレーヤーも設置された。
「お腹減ったな」
「もうお昼時ですからね、何にします?」
「トキのご飯・・・」
「もー、食材ないから無理ですって!キッチン道具ならありますけど・・・」
「じゃあ、ご飯ついでに夕飯用に調達しよう。夕飯・・・頼んでもいいか?」
「ツチノコがそんなに食べたいなら、私張り切りますよ!美味しいもの作ってあげます!」
何をしてもイチャイチャ。大変幸せそうである。
その後は出かけ、昼食はファミレスで済ませた。贅沢にお洒落なレストラン・・・といきたかったが、これからは生活費を気にしないといけない生活。あまり無駄遣いはいけない。
「これも欲しいですね」
そして、今はスーパーに来ている。理由は当然、夕飯の買い出しのためだ。
「今日は何作るんだ?」
「ツチノコは何がいいですか?」
「おまかせ・・・いや、トキの得意料理がいいな。一番のやつ」
「ふっふっふ、任せてください!」
ツチノコがカートを押し、トキが必要なものを入れていく。あれこれとトキが食材を入れていき、そのうちの一つにツチノコが目を留めた。
「あのさ・・・すごい言いにくいんだけど、聞いていい?」
「なんですか?」
「鶏肉って、トキ的にはどうなの?ほら、鳥ってさ・・・」
「美味しいですよね!」
「あ、うん。でもそうじゃなくて・・・」
つまりツチノコが言いたいのは、同族を食べるようで嫌だったりしないのかということ。思い返すと、トキが鶏肉を食べる場面というのはあまり浮かばない。外食の時に彼女が食べる肉といえば、豚か牛だった。
「同じ鳥だろってことですか?うーん、考えたことないですね・・・私、朱鷺のことって分からないし動物の頃の記憶もないし。ありがたくいただいてるので、それでいいかなって」
トキの返答はあまりにもあっさりしたものだった。ツチノコはそんなものなのかと受け止め、話題を切り替えようとする。しかし、その前にトキが言葉を続けた。
「昔、ナウさんによく脅されたんですよ」
「なんて?」
「悪いことした時に、『朱鷺のお肉は美味しいらしいぞ、食べちゃうぞ』って。あれは怖かったです」
まだトキが前の家にすら住んでない頃、ナウと二人暮らしだった頃に言われていたらしい。ツチノコも、「ナウなら言いそうだな」なんて心の中で呟いて、トキに言葉を返す。
「そっか・・・まぁ、世の中で私が一番知ってるけど」
「ええ!?朱鷺食べたことあるんですか!?」
「そりゃあもう、何回もな。美味しいぞぉ・・・?」
ツチノコがトキを半目で見つめる。まさに蛇睨みにあったようにトキの動きが止まってしまい、その震える耳元でツチノコが囁く。
「最近食べたのは一昨日・・・シャワールームの中で、ゆっくりじっくり・・・」
最後に、上唇を舐める音も付け加える。その頃には、トキの震えもすっかり治まっていた。
「・・・ツチノコのえっち」
「ごめんごめん、冗談」
またカートを押すのを再開し、トキが食材を入れていく。そうしながら話す中で、今の続きの話もあった。
「さっき『トキが美味しいのは本当』って言ってましたよね?」
「うん」
「ナウさん言ってました、『朱鷺って味はいいけど臭いらしいんだよね~』って・・・」
そういうトキはキッとした顔をしている。やはり女の子という事だ、そういった部分は敏感である。
「やっぱり、トキって臭いんですか?」
なんとも答えにくい質問。しかし、ツチノコはぽんと答えを出す。
「食べる時は、女の美味しそうな匂いがするけど」
「・・・えっち」
「仮に臭いがキツくても、私は平気だけどな」
「・・・ツチノコったら」
「むしろ興奮しちゃうかも?」
「・・・へんたい」
スーパーで繰り広げられているやり取りには見えないが、これが二人のスタンダードである。愛し合う二人の間なら、エロティックな話題もOKなのだ。なお、性的な目で見るのはお互いに限られる。
買い物を済ませ、家に帰ってきた。行きは空だったが、帰りは荷物が多くて歩き。皿がないことに気が付き、百均で簡単に揃えてきたのだ。
「さて・・・お買い物は済みましたが、晩御飯までも時間がありますね?」
「そうだな、しばらく暇だ。テレビ・・・いや、その前にさ」
ツチノコが廊下に出て、洗面所兼脱衣所の扉をくぐる。トキもそれについて行き、中でツチノコが指さした方を見る。
「・・・どうだ?」
ツチノコの指が向いているのは、そこそこの大きさの湯船。洗う必要がないくらいピカピカだ。
「いいですね!じゃあ、沸かしちゃいましょうか」
壁に着いている機械のボタンをいじり、お湯を張るようセットする。
「じゃあ、しばらく待ちましょうか」
「そうだな」
浴室を出て、リビングに戻る。ソファに二人で座り、ふーっとため息をついた。
「なんだか疲れましたね?」
「そりゃな、午前中から大忙しだったし」
「確かにそうですね。そう、お風呂先どっちにします?一緒より、バラバラの方がゆっくりできますよね?」
「う・・・ん、確かにな。いいよ、トキ先に入ってきて」
ツチノコは「二人一緒に」と言いたいところだったが、見るからに疲れているトキがそういうのであればそれに従う他なかった。一緒に入るなんて、後からいくらでもできる。今日はトキにゆっくりしてもらうのが優先だった。
「いいんですか?ありがとうございます!」
「うん、ご飯もお願いしちゃうしな。本当に大丈夫か?私のワガママで・・・」
「いいんです、ツチノコに美味しいの沢山作ってあげますよ!ちゃんと食べ切ってくださいね?」
「もちろん!」
ツチノコが笑顔で答えると、トキは立ち上がって元気に言った。
「じゃあ、お風呂の前に下準備してきます!ツチノコはゆっくりしてていいですよ?」
「手伝えることがあったらやるぞ?」
「大丈夫です、今日はツチノコに待ってもらって、私からとびきり美味しいやつを出しますから!」
そう言って、トキはキッチンに向かってしまった。
ソファに残されたツチノコは、何をするでもなくぼーっとする。トキがそういうのだから、任せておこうということだ。
(今日の晩ご飯なんだろな・・・)
ピロリロリロリロリンリン♪ピロピロピロピロリーン♪
軽快な機械音が、唐突に部屋の中で鳴る。トキもツチノコも驚きの声を上げてしまったが、すぐにお風呂が沸いた合図だと気がついた。
「じゃあ、お先いただきます!」
「うん、私のことなんか気にしないでゆっくり入れよ」
「大丈夫です、そんなに長風呂しないタイプですから!」
そんなやり取りを経て、トキはリビングから出ていく。静かな家の中で、ツチノコは一人ソファに座る。
「・・・暇だ」
実は、前の家でトキがシャワーを浴びてる間もこうだった。特に何もすることがなく、金魚を眺めたり二胡の手入れをしたりしていた。もっとも、今なら二胡を弾いても近所迷惑にならないしテレビだってあるのだがツチノコはそれをしようという気にもならなかった。
「テレビ、初めてはトキと、って決めてるしな」
白いライトが煌々としている中で、またしてもぼーっとする。
しばらく・・・二十分ほど経って。
リビングの扉が開き、トキが顔を出す。髪も羽も濡れており、温められたせいか顔も紅潮している。そんな格好で、ドアからひょっこり顔だけ出しているので色気がすごい。ツチノコも鼻血が出てしまいそうである。
「風呂、どうだった?」
「あの・・・少し言いにくいんですけど」
「なんだ?」
トキが扉に隠れながら、モジモジと恥ずかしそうにしている。ツチノコがそちらに近寄ると、小さな声で話してくれた。
「やっぱり・・・湯船は一人だと寂しいかなって思いました」
とくん。音を立ててツチノコの胸が鳴る。
「自分でバラバラの方がいいなんて言って、変なんですけど」
申し訳なさそうなトキを見て、つい抱きしめたくなる。愛らしい、愛おしい。こういう所が好きなんだとツチノコは再実感し、本当に抱きしめようとトキが隠れている扉に手をかけてゆっくり引っ張った。
「あ、ツチノコ・・・!?」
扉を開き切って見えたのは、まだ湯気がたつ体にタオルを巻いただけのトキ。体のラインが、もどかしい感じにタオルに隠されている。
「それで、扉の裏に?」
ツチノコの質問にトキが頷く。まだこんな格好だったから、頭から下を見せなかったのだ。
「そのっ、もし良ければツチノコと一緒に入り直そうかな・・・なんて」
相変わらずモジモジして、トキが喋る。頬が赤いのはどうやら温まったからというだけではないらしい。
「断ると思うか?」
「でもでも、ツチノコも一人でゆっくりしたいかなって思ったんですよ・・・ぉ?」
トキが返事をしきらない間に、そのホカホカの体を抱きしめるツチノコ。タオルの濡れた感触がするが、そんなことは気にしない。ぎゅーっと体と体を密着させて、お互いの柔らかさを感じる。
「一緒に入ろっか」
「・・・はい」
抱いたのを離す。少し惜しい気もするが、これからも何回でもできるので特別悲しいことはない。笑いあって、二人並んで脱衣所に入った。
「ツチノコ!ご飯できましたよ!」
二人で入ったお風呂を上がり、ポカポカのままダイニングチェアに座りトキのこの声を待っていた。
「それで、今日のメニューはなんだ?」
「ふふふ、見てください!」
そう言ってトキがテーブルに置いたのは、二つの皿。盛られているものは同じ、ツチノコの分とトキの分だ。
そして、その皿の上のものを見てツチノコは自分の行動を後悔する。トキの得意料理といったらそういうものが出てくるのを予想するのは簡単なことのはずだった。
「トキ特製、よだれ鶏です!」
よだれ鶏とは?
中国、四川で生まれた冷菜。茹でた鶏を冷ましてスライスしたものに、香辛料などがたっぷり入ったソースをかけてあるもの。名前の由来は、想像しただけでヨダレが出るほど美味しいから。
ツチノコの目の前の皿の上では、柔らかそうな鶏肉の上にたっぷりの赤いソースがかけられた料理が盛られていた。ソースが皿に溜まり、赤い池のようになっている。
「お、美味しそうだな・・・」
「ごめんなさい、今日はお米とか用意できなかったのでこれと中華サラダとスープしかないんですけど・・・」
「いやいや充分!逆に無理言ってごめん!」
「いえいえ、いいんですよ?他のも持ってきますね」
そう言ってトキはテーブルを離れ、キッチンに戻る。その間にツチノコは皿のよだれ鶏とにらめっこだ。
(間違いなく美味しそうではある・・・すごい食欲をそそられる。でも・・・)
(めちゃくちゃ辛そーーーーーっ!?!?)
トキは激辛好き。もちろん食べるのも、作るのも好きだと前に話していた。それで、これを作ってくれた。美味しそうなのだが、ツチノコが食べれる辛さかが不安である。
(トキって、大抵の店で辛いもの食べてるけどいつも「それなりですね!」とか笑って言ってるもんな・・・)
そんな思考を巡らすうちに、トキが他のものも持ってきた。食卓に並べ、ツチノコの向かいに座る。
「じゃあ・・・」
「ん、そうだな」
とにかく、作ってくれたものは美味しくいただこう。そう決心し、ツチノコはトキと顔を合わせた。
「「いただきます!」」
手を鳴らして、箸をとる。そして、恐る恐る一口。
「ん・・・うまい!」
「そうですか?えへへ、よかったです」
痺れるような辛さ。しかし、トキのレシピのおかげかそれもすっと抜けて旨味に変換される。
「これがトキの手料理の味・・・!」
いつの間にか、ツチノコの目はキラキラと輝いていた。
「気に入ってもらえました?こんなのでよければ、頑張って毎日作りますけど」
「もちろん!昼のファミレスなんかよりよっぽど美味い、これが毎日食べれるなら私は幸せだよ・・・」
「あはは、大げさですよ」
その他、サラダもスープも美味しく食べてごちそうさまをした。
「いや・・・美味かった」
「そんなにですか?」
「そんなに・・・」
食休みにテレビ前のソファに腰掛ける。いつもだったら、食べるのに座るのも食休みも寝るのも全てベッドだったが、こうして家具があるとくつろぎ方も変わってくる。
「ねえツチノコ、テレビ観ましょう?」
「いいな、これもリモコンで動くんだっけ?」
「そうですよ、この赤いボタンをポチッて」
細長いリモコンを取り出し、電源と書かれた一際大きいボタンを押す。すると、カチンという音の後にパッと画面に映像が映し出される。その時放送されていたのは、歌番組だった。
「へぇー面白い」
「ここの『番組表』って所押すと、どんな番組がやってるのか見れますよ」
「これか?」
ツチノコがリモコンを操作し、パッと画面が切り替わる。
「色んなチャンネルがあるんだな・・・お、ジャパリ放送なんてあるのか」
「今の時間帯、なんだか微妙なのばっかりですね?さっきの歌番組にしましょうか」
「そうだな」
その後、しばらく歌番組を見て過ごした。途中、ツチノコが「トキの方が上手い」なんて言ってトキを照れさせたりなんかして、楽しく時間が経過していった。
「この人、なんかナウに似てないか?」
トキの返事はない。不思議に思い、トキの方を向くと、目を閉じてこっくりこっくりと居眠りしていた。
「ふふふ、トキ寝てる・・・」
その様子を見て、ツチノコはテレビの電源を落とす。時計を確認して、まだ寝るには少し早いと知りつつもソファから立ち上がる。
「今日は無理させちゃったな」
呟きながら、ツチノコはトキに向かって身を屈める。その背中と脚に手を入れて、ぐっと持ち上げる。お姫様抱っこだ。
そのまま、リビングの明かりを落として暗い廊下を歩き階段の電気をつける。トキが起きないよう、一歩ずつゆっくりと階段を上がる。二階に着いたら、寝室の扉を開けて、ベッドの上に寝かす。
「さて、私も寝るか」
トキが眠る隣に自分も横になる。トキも入るように毛布を被り、すやすやと眠るトキをきゅっと抱く。
「おやすみ、トキ」
そう言って、軽く口付けしツチノコも目を閉じた。
少し・・・五分ほどして、目を開けたフレンズが一人。
金色の瞳、トキである。
もう寝入ってしまったツチノコは、トキを抱いてすやすやと寝息を立てている。
「ツチノコったら、私が寝てる間にちゅーなんてずるいですよ?」
トキ、実は階段を上がる途中で目が覚めていたのだ。お姫様抱っこをされていると気づき、あえて寝たフリをしていた。
「おやすみなさい、ツチノコ」
そう言って、トキからもツチノコに口付けする。
その後、目を閉じてすぐに眠ってしまった。
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