第6.5話 引越しの日 ~朝~

 ぱちり。


 目が覚めると、桃色のカーテンを通して光が差し込む部屋の中にいた。いつもの見慣れた光景。しかしそれも今日で最後、明日の朝からは別の部屋で目を覚ます毎日になるのだ。


「んん~っ・・・」


 寝転がったまま、体をよじって背を伸ばす。本当は体を起こしてちゃんと背伸びしたいところだが、それは我慢する。なぜなら、起きようとすると腕に絡みついているトキが起きてしまうからだ。


 この家での最後の日、先に目覚めたのはツチノコ。


 普段だったら、先に起きた方がもう片方を起こすので今日はツチノコがトキのことを起こす番・・・なはずなのだが、今日はツチノコもトキのことをそっとしておこうとまた目を閉じる。


「んむ・・・だっぴしたかわで・・・?そんなまにあっくな・・・むにゃ」


 弱々しく聞こえてくるトキの声に、相変わらずの寝言だな、なんて思いながらツチノコも呟く。


「最後だもんな、ゆっくり寝させてあげよう」


 それが理由だ。自分にひっつくトキの熱を感じ、なんだか嬉しい気持ちになりながら暗い視界の中に意識を投じる。


(・・・うん?今の時間って・・・)


 とあることを思いつき、再度目を開ける。時計を確認。日の出前。


 トキのことは起こさないでおこうと思っていたツチノコだが、そのトキの肩を叩いてみる。しかし、片手はトキに抱かれており、もう片方は体をよじらなくてはトキに届かない。


 なら何で肩を叩くか?


 答えは尻尾、ツチノコの長くて自由に動かせるそれで寝ているトキの肩を優しく二回、とんとんと叩く。

 ほどなくして、ツチノコの腕にずっとまとわりついていた温かさが抜けて、もぞもぞと布団が動き出す。


「ううん・・・おはようございます」


「おはよう。トキ、少し出かけよう?」


「こんな早くにですか・・・?まだ私眠いです・・・」


「引っ越したらなかなか見れなくなるからさ、最後に見納めで」


「ツチノコがそんなに言うなら・・・」


 布団を抜け出し、ベッドから降りてツチノコはトキの手を引く。廊下を抜けて、玄関を出て、階段を降り、アパートのロビーも突っ切る。そのまま道路も横断し、トキが目を擦りながら連れてこられたのはアパート前の公園。


「公園なんて来てどうするんですか・・・?ふぁぁ・・・」


 あくびをしながら質問するトキを、「いいからいいから」とツチノコはブランコに座らせる。


「特等席な」


「なんのですか?」


「まあまあ、少し待ってればわかるよ」


 そう言ってツチノコも横のブランコに座る。思ったよりもトキとの距離ができてしまうことに気が付き、座ることは諦めてトキの横に立つことにした。


「・・・」


「・・・」


「「・・・」」


 沈黙。日の出前の静けさの中で、目の前の噴水の水が吹き出されて落ちての音を聴いて時間を過ごす。

 いつもなら立っているツチノコを気遣いそうなトキも、ブランコの上でうつらうつらしていた。



 しばらく時間が経って。



 トキはブランコの上でこっくりこっくり寝てしまい、ツチノコは寒さに耐えられず寝ているトキに後ろから抱きついて暖をとっていた。


「うんん・・・うぶなこと・・・」


(また寝言言ってる・・・いつもの事か)


「・・・じゃなくてぇ・・・やぼ・・・ぼら・・・?さばなこと・・・」


 ぽつぽつとトキが寝言する。寝言に返事してもしょうがないが、ツチノコはトキが夢の中で求めているものがわかった気がしてつい口に出す。


「味な事か?」


「・・・しってますよぉ・・・こくごのせんせぇですかぁ・・・つちのこは・・・むにゃむにゃ」


 何故か寝ているトキとツチノコの会話が成立してしまい、思わずふふっと笑う。笑いやんだ時に、ふと公園の時計が目に入った。そして、さらにトキに声掛けをする。


「トキ、起きて?そろそろだぞ」


「びでおとらなきゃ・・・ハッ!?私寝てました!?」


「寝てた寝てた、変な寝言だったぞ?」


「ふぁぁ、それで、どうしてここに来たんですか?そろそろって?」


 トキの質問にツチノコは答えず、代わりにその肩を叩いて人差し指で噴水を指す。トキがそちらを向いたその時、日が顔を出し、その光が噴水に反射して・・・


「き、きれい・・・」


「だろ?最後に見ておきたくて」


 キラキラ輝く噴水、それを見る二人の目も同じように輝いていた。




(・・・僕が入る所ないじゃんねぇ?)


 公園の入り口に自転車を止めた女性は、影から自分の特等席に座る二人のフレンズを見つめていた。

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