第6話 引越し準備の日

 ガサゴソ、ガサゴソ。


 パトロールの先輩方が引越しを手伝ってくれることになってから数日後、トキ宅では、物を動かす音がひっきりなしに鳴っていた。その小さな部屋では、トキとツチノコの二人が押し入れを開けてその中身をダンボールやゴミ袋に移していた。


「トキ、これは?」


「うーん、いらないですね。捨てちゃいましょう」


「はいよ」


 ツチノコは手に持っていた物をゴミ袋に投げ入れる。その間にもトキは作業を進める。


「あ、このバケツはどうするんですか?ツチノコのですよね?」


 そう言ってトキが取り出したのは所々サビっぽくなった金属製のバケツ。ツチノコがそれを受け取り、じーっと眺める。


「邪魔じゃなきゃ持っていきたいんだけど・・・大丈夫か?」


「全然大丈夫ですよ!」


 それはダンボールに入らないので、その横に置いておく。

 これは、かつてツチノコが住んでいた洞窟に捨てられていたものである。水は自分で作らなきゃいけない地下暮らしで重宝された思い出のアイテムで、昔トキとツチノコとナウで洞窟に行った時に二胡と一緒に持ってきたものだ。


「トキは私が来る前からここに住んでるんだよな、どれくらいだ?」


「三、四年は住みましたかね?」


 トキが顎に人差し指を押し付けながら答える。それを聞いたツチノコは「長いな」と軽く笑ってから、真剣な表情になってもう一度質問する。


「・・・あれ、ナウって何歳だ?」


「さあ・・・聞いたことないですね」


「トキがフレンズになった日に初出勤だったんだろ?」


「らしいですね?・・・ん?それであの若さ・・・」


 二人で顔を見合わせる。数秒沈黙、その間に目と目で会話をして、無言で作業を再開させる。なにか触れてはいけないものに触れた気がしたのだ。


「あ、トキこれは?」


 次にツチノコが口を開いたのは、謎の機械を手にしながらだ。手のひらに収まるサイズで、緑色のボタンが中央に一つあるだけ。他には電池を入れるためのフタがあるだけだ。


「えっと・・・なんでしたっけそれ、大事なものだった気がするんですけど・・・とりあえず持っておきましょう」


 それもダンボールに詰められる。

 その後も作業は進み、押し入れの中身はすべてダンボールかゴミ袋に振り分けられた。そもそも持っているものが少ないので、ダンボールも中くらいのが二つだけである。


「ふー、終わりましたね?」


「綺麗に片付いたな、あと準備することあるか?」


「特にはないですね。洗面所関係も片付けなきゃですけど、シャワー浴びてからでいいですし。後、金魚は明日の朝にお引越し準備しましょう」


「向こうの家には湯船ついてるからな、家でシャワーなのも減るかな?」


「そうですね、でも年内は銭湯にも行きましょう?水道代節約にもなりますし」


「そっか、銭湯も減るのか・・・なんだか、色々変わるな?」


「ふふ、そうですね」


 一通り落ち着いた二人は、ベッドに腰を下ろす。パトロールから帰ってきてすぐに片付けだったので、疲れてしまった。

 ふう、と二人で一息ついてから、カレンダーを眺めながらトキが言う。


「もう明日ですか」


 今日の日付は11月30日。トキとツチノコの新居の契約は12月1日から。つまり、明日からはもう新しい家での生活が始まる。


「今日でここともお別れですね?」


「はは、暮らす気なら後一週間は住めるぞ?それだと向こうで荷物受け取る人がいないけどな」


 トキが話して、ツチノコが笑いながら返す。軽い冗談を言ったつもりだったのだが、トキからは返事がない。不思議に思ってツチノコがトキの顔を覗くと、彼女は静かに目を潤ませていた。


「トキ・・・?」


「ツチノコは、住み慣れた洞窟を出る時どんな気持ちでした?」


 唐突に、トキが震え声で質問する。


「そうだな、ワクワクしてた。外の世界どんな感じだろうなって、その時は帰るつもりだったしな」


 ツチノコは少々困惑しながらも答える。


「そうですよね、普通はワクワクですよね?不思議です、楽しみなのになんだか寂しいんですよ」


 そう笑うトキの目元の透明な膨らみがゆっくりと頬を伝う。


「トキ・・・」


 好きな人が泣いている。どうにかしなきゃ、と思うがツチノコには何もできなかった。トキがここで作った思い出、自分とのものだけではなく彼女一人でのものもたくさんあるだろう。それを横から入って何か言うのは、ツチノコにはできなかった。


「ご、ごめんなさい!ツチノコ困っちゃいますよね、えへへ」


 急いでその涙を拭い、少し首を傾げて笑みを見せるトキ。付き合いの浅い人でもわかるような、無理している表情。一年以上、ずっとそばで寄り添ってきたツチノコなら尚更わかることだ。


「今泣きやみ・・・今、いまっ・・・」


 トキはポロポロと涙をこぼす。綺麗な白い袖がだんだん湿った色に変わっていく。口を開く度に声がより辛そうなものになる。

 見ていられなくなったツチノコは、えぐえぐと泣き続けるトキを包むように優しく抱きしめる。


「ごめんなさいっ、ごめんなざいっ・・・」


「大丈夫、私にはこれくらいしかできないけど・・・ゆっくり泣いていいんだぞ?」


「ありがとうございまず・・・」


 そのままツチノコは涙を流すトキを抱きしめ続けた。自分の胸のあたりが温かい液体で濡れる感触がしたが、そんなことには構わずにトキの背中をさすったり優しく叩いたりを繰り返す。


「ツチノコは優しいですね?」


 ふと、腕の中のトキが呟く。もう泣いている様子は無く、その声もしっかりしたものだった。


「トキの方が優しいよ」


 ツチノコが返す。泣き止んだらしいトキは、まだこの姿勢のままでいたいらしかった。


「ツチノコが来てから、初めてがたくさんでしたね」


「私はトキと会ってから、全部初めてだったけどな?」


「一緒にご飯食べたり、金魚眺めたり・・・」


「色々あったな?」


「このベッドの上でも・・・」


 ツチノコは知ることのできないことだったが、ツチノコの腕の中にいるトキは真っ赤な顔をしていた。それに対して、ツチノコは平然とした顔で答える。


「最後に、一回するか?」


 その言葉に、ガバッとトキが顔を上げる。ツチノコに抱かれて、彼女の胸のところにあった頭がそのまま動いたので、二人の顔がとても近い。お互いの吐息を肌で感じるくらいだ。


「ダメですよ!明日はこのベッドも運んでもらうのに・・・」


「そっか、濡らせないな?」


 そう笑ったツチノコは、すぐ目の前のトキの顔にチュッとキスをする。トキが反応する時間も与えずに、ベッドを降りてその手を引いて歩き出す。


 行き先は脱衣所、終点はその先のシャワールーム。


「ふ、二人でシャワーは狭いですよぉ!夏にやったじゃないですか!」


「トキはそういうの気にするよな?平気、その分ぎゅっと近づけるだろ?」


「で、でも・・・」


「もう、うるさいなぁ」


 話しながら到着した脱衣所で、口では抵抗するトキの唇を奪うツチノコ。唇だけじゃなく、その舌も、唾液も、奪いながら自分のものを与えていく。

 ちなみに、口だけ抵抗するというのは口以外では抵抗していないという意味である。あーだこーだ言いつつも、ツチノコがスルスルと服を脱いで脱がせてしてくるのは全く拒まない。


「ほら、ここなら平気だろ?」


「そ、そうですけどぅ・・・」


 そんな会話の中で、シャワールームの扉は閉められた。






 その後はご想像にお任せします。






 一人用の狭いシャワールームにそこそこの時間篭っていた二人。

 満足そうな表情で出てきて、トキなんかはベッドの上で泣いていたのが嘘のようだった。


「いでっ!」


 しかし、ツチノコはトキにデコピンを食らわさらていた。


「ツチノコはいっつもそうがっついて!」


「トキだってノリノリで鳴いてるくせに・・・」


「そ、そうじゃなくて!始まりが強引なんですよ、私の心の準備ができないうちにはじめちゃうから・・・」


 トキが人差し指と人差し指をつんつんしながらボソボソと言う。不満を言っているはずなのだが、どこか嬉しそうな感じはやはり好きだという証拠だろうか。


「じゃあ、準備ができてる今のうちにもう一回するか?」


「しませんよ!?明日も早いですし、ご飯食べて寝ちゃいましょう」


「えー・・・」


 ガクッと肩を落とし、いかにも残念そうな表情のツチノコ。


「そ、そんな顔されても・・・新しいお家でならいくらでもしていいですから、今日は我慢してください」


「・・・! 湯船ついてるもんな」


「お風呂でするんですかぁ!?」


「しないのか?」


「・・・いいですけど」


 最近のトキノコ夜事情はこんな感じである、二人の間でもいろいろあるが要は毎晩イチャラブしてますということだ。


 そんな変なムードの中で、このアパートでの最後の夕食を食べて、思い出のベッドに寝そべる。もっとも、このベッドは新居でも使うが。


「もうこの天井を見て寝るも最後ですね?」


「・・・トキは私に引っ付ついて寝てたろ?」


「確かにそうですね、あんまり仰向けで寝たことなかったです」


 そう言いながら、トキはツチノコの腕に絡みつく。額をぐりぐりとその腕に押し当て、そのまま動かなくなる。


「おやすみ、トキ」


「おやすみなさい、ツチノコ」


 そのまま布団を被り、二人は寝に着く。


 最後の一日も概ね平常運行、これが日常です。

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