第4話 新居決定の日
「じゃ、二人とも本当にいいね?」
「はい!」「うん」
ぎゅっ。ナウは手に持った印鑑を紙に押し付ける。ぱっとそこから印鑑を離すと、赤丸の中に同じく赤の「戸田井」の文字。
それを確認して、目の前の男が口を開く。
「契約完了です。十二月一日からご利用になれます」
「はい!ありがとうございます!」
十一月も残り一週間を切ったという日、トキとツチノコとナウの三人は不動産屋を訪れていた。例の物件の契約に来たのだ。トキとツチノコで話し合って決定し、ナウにもOKを貰い、丁度今契約が完了した。
不動産屋を出て、三人で並んで外を歩く。
「いやー、二人ともいいお家見つけたね?いつまでもあそこじゃ狭そうだったし、僕は安心だよ」
ナウの言うあそことは、元々住んでいた家の事だ。それを聞いて思い出したようにトキがナウに尋ねる。
「そう、元のお家はどうすればいいんですか?」
「んー?ああ、あそこは僕が解約しとくよ。そもそも、あのパークからの支給物件は飼育員を通して借りるからね」
「家具はどうするんだ?」
「あそこの家具は備え付けだから持ってこれないよ。だからそのまま置きっぱなし・・・だけど」
ナウが指をピンと立てて続ける。
「ベッドは・・・どうしようね?」
「ベッド?なんでベッド」
「あれね、僕がトキちゃんに買ってあげたやつなんだ。もう二人暮らしなんだし、新しくベッド買うでしょ?」
ナウの言葉に二人は顔を見合わせる。考えてみれば、今二人で寝てるのはシングルベッドだ。本来二人用じゃないのでキツキツだが、二人はいつも密着して寝るためさして気にはしていなかった。
「別にいいよな?」
「はい、思い入れもありますし」
「そう?なら、業者に運んでもらうとかするけど」
「そうします、大丈夫ですよ?私たちで何とかするので」
「うふふ、じゃあよろしく!」
ナウはニッコリと笑って、トキとツチノコの方を見る。ちなみに、二人はもういつものスタイルでフード有りとおでこ隠しである。フード無しとおでこ露出は買い物に行った、あの一日限定だ。
そんな二人を見たナウ、ニッコリ顔のはずがどこか怖い。何か禍々しいオーラが出ている。
「あの・・・お二人とも?それは僕をからかってるのかい?」
ナウに言われてビクッとするトキとツチノコ。しかし何がいけないのかわからない、何か気に触ることをしただろうか?自分たちの体を眺めて、とりあえず繋いでいた手を離してみた。
「違う違う、まぁそれも確かにあれなんだけど・・・その、マフラー?僕も居る時にそれする?」
あっ!という表情のトキときょとんとしたツチノコ。ナウが指摘したのは首に巻いたマフラー、正確にはその巻き方、恋人巻きと呼ばれるもので、トキとツチノコの首を繋いであっためていた。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、ラブラブな二人を引き裂こうとは思わないけどさ・・・なんかこう、見せつけてるなーって。恥ずかしくないの?」
別に、と二人が答える。ナウはやれやれと首を左右に振って、ため息をついた、白い雲のようなものが口からふわっと宙に転がる。
「ナウさんは首寒くないんですか?」
「平気だよ。暖かい格好してるからね」
夏の頃は半袖の飼育員ジャケットに短い下だったナウも、長袖のジャケットに長ズボンを履くようになっていた。
「その話は置いといて、この後は何がしたいって言ったんだっけ?」
「新居の家具家電が買いたくて・・・やっぱりナウさんがいた方がいいかなって」
「なるほど?じゃ、そっちのお店に行こうか」
「ありがとうございます!」
「ツチノコちゃん大人しいね?」
「寒いから、だそうです」
(ツチノコって冬眠する動物なのかな・・・)
「さて!まずは家電!何が欲しいの?」
家電量販店で、ナウが声を張る。もちろん他の客の迷惑にはならないようにだ。
「必須なのは冷蔵庫と電子レンジ、炊飯器に洗濯機、最後に電話って感じでしょうか・・・」
「ふむふむ、主にキッチン関係ね?掃除機とかはの?」
「ああ、あった方がいいですね。お家も広いと雑巾じゃ大変ですし」
トキとナウで話してるところに、ツチノコが割り込む。
「あと、買えるならテレビが欲しいって話してたよな?ストーブとかDVDプレーヤーとか」
「おお、欲張るね?一気に買うと大変だぞ~、家具だって買うんだから・・・ところで、ご予算は?」
「これくらいです」
トキがナウに封筒を渡す。随分と分厚い。その中を開いてみて、ナウは驚愕する。
「・・・どっから出てきたのこのお金」
「去年の暮れに働き始めて、ずっと貯めてたんです!ご飯も基本ジャパまんで済ませてましたし、特に大きな買い物も無かったし・・・」
お金無しで暮らしていた環境の人が働き始めてからも同じような生活をしていると、こんなにもお金が貯まるらしい。それも、稼ぎは二人分だ。トキが言うには、生活費は家に置いてきてあるとのこと。
「現金で持ってないで、銀行に預ければよかったのに」
「確かにそうですね?今度口座つくります」
とにかく、トキたちはひたすらにお金を貯めて消費はほんのちょっとという生活を送ってきたため、大きな金額が残っていた。彼女たちが欲しいものを買って、プラス家具でそこそこ贅沢しても大丈夫だろう。
~
「おお、大容量」
「安いですね?」
「いいんじゃない?」
冷蔵庫購入!
「お米だけじゃなくて、パンも・・・!?」
「でも、私はこっちのすごい美味しく炊けるって方が魅力的です」
「僕としてはこういうタイプも・・・」
(なんやかんやあって)炊飯器購入!
「空気清浄機・・・どうしましょう」
「なんでだ?」
(ほらツチノコ、その・・・時々、朝起きた時部屋のニオイが)
「別に誰に嗅がせるでもないんだし、いいんじゃないか?」
「そうですけど・・・/////」
空気清浄機購入ならず・・・
「よんけーってなんだ?」
「さぁ・・・映像がキレイってことじゃないですか?」
「うーん、それだったら普通に安い方がいいな。よんけーはデカいのしかないし」
「そうですねー」
テレビ購入!
(躊躇いなく買いますねお二人とも・・・)
そんなこんなで、家電を一通り買い揃える。二人が欲しいと言っていたものは全て買えた、なんならDVDプレーヤーがDVD&Blu-rayプレーヤーにレベルアップさえした。あとトースターも買った。
「おおぅ・・・こんなに残ってる」
ナウがトキから受け取った封筒の中身を確認して、苦笑いをする。
ちなみに、購入した家電達は十二月二日に新居にはこばれることになっている。○○円以上のお買い上げで送料無料!ということだったが、基準の値段を遥かに上回る買い物だった。
「本当にいいの?こんなに惜しみなく使って」
「大丈夫です、貯めるだけじゃしょうがないですし!」
「じゃあ、またどっさりと買いますか」
そんな話をしていた場所は家具屋の前。三人で足を踏み入れた。
~家具選びタイム~
「テーブル、こういうのいいんじゃないか?」
「それだったら、この椅子付きのダイニングセットが・・・」
ダイニングセット購入!
「ソファも、これくらいの大きさでいいよな?」
「十分ですね!フカフカですし!」
「僕の家と同じ会社のじゃん、いいんじゃない?」
ソファ購入!
「テレビ台、こういうの可愛いですね?」
「床に置くわけにはいかないもんな、ちゃんと買わなきゃ」
「随分お安いね?」
テレビ台購入!
「あ!こういうお椅子があると、ツチノコも二胡しやすいんじゃないですか?」
「スツール?確かに二胡やる時は欲しいね、僕なんかは持ってるけど」
「せっかくだから欲しいな」
スツール購入!
その他諸々の家具やクッション等の小物も購入し、それも送って貰うことにする。家電と同じ日だが、家電より後に運ばれてくる予定だ。
「やー、買ったねぇ?」
ナウがそう話しながらトキに返した封筒は、最初よりも随分薄くなっていた。それでもある程度の厚みはあるが。
「じゃあ、今日はこんな所で!」
「はい!お家が整ったら呼びますね?」
「はいよ!今のお家の手続きは済ませておくからね、一応十二月の頭一週間は借りたままにしておくから」
「はい!ありがとうございます!」
一通り打ち合わせをして、ナウが手を振って歩き出す。家具屋からはナウ宅とトキ宅は別方向なのだ。
「じゃあね?」
「さようなら!」「またな」
そう言ってトキとツチノコも歩き出す。もちろん手を繋いで、マフラーは恋人巻き。冬でもアツアツだ。
今日も平常運行、これが日常です。
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