第5話 お仕事の日
「おはようございます!」「おはよう」
トキとツチノコの二人が、ガラスの扉を開けて元気に挨拶する。
「おはよう二人とも」
そう返すのはロバ。
ここはパークパトロール事務所、トキとツチノコのお勤めの場所。しかし、二人の仕事はパトロールなので仕事場というわけではない。それでも二人は毎朝ここに寄るのだ、理由はもちろんある。
「ツチノコ、今何時ですか?」
「九時ぴったりだな」
「はーい」
お互い顔を見ずに会話し、トキがキュキュッと音を鳴らしながらマーカーを滑らせる。ホワイトボードに、『9:00 トキ ツチノコ 発』と黒い文字がトキの手により書かれていく。
パークパトロールでは、こうしてパトロール前にホワイトボードに出勤したことを記入することになっている。こうすることで、オペレーターであるロバの仕事が楽になるし、異常事態にも気付きやすくなるのだ。
「じゃ、今日もよろしく!」
ロバがそう笑って二人に手を振る。
「「いってきます!」」
二人も笑って手を振り返す。耳に黒い小型通信機を装着し、顔をキリッと引き締めてから扉を開けて外に出た。
「ううっ、寒い!」
外に出るなり、ツチノコが小さく叫ぶ。そんなツチノコの後ろに周り、トキがいつもの空を飛ぶ用の固定具で自分とツチノコの体をがっちりと固定する。ロープで結び合わせ、カラビナを装着し、さらにトキが腕でホールドする。完璧だ。
「トキがくっつくとあったかい・・・」
急にツチノコがデレっとした顔になる。
「ほらほら、ロバ先輩に聞かれてるかもですよ?マフラー巻きますか」
そんなやり取りをしつつ、マフラーを恋人巻きする。しかしこれは一般的な恋人巻きではない、それはそうだ、二人は縦に並んでいるのだから。
「飛びますよ?」
「了解」
トキが頭の羽をバサッと動かす。トキが浮いてから、時間差でツチノコの体もつられて宙に浮く。
「行きますよー!」
トキの言葉で、二人は冬の寒空へ飛び立った。
「うーん、今日は冷えますね?」
「そうだな、高いところだとより寒い・・・」
トキとツチノコの仕事の内容は、空からの園内パトロール。園内とはいえ、ジャパリパークは広すぎるので都市部の一部を担当している形だ。
「寒いからでしょうか、人も少ないですね」
「通勤時間帯も過ぎてるからな。お客さんが外に出るにしても早いし、微妙な時間なんだろ」
さっき事務所に居たので九時、ツチノコの言う通りパークでは微妙な時間帯である。ぽつりぽつりと見える人影は、パーク職員やフレンズばかり。問題が起きそうな雰囲気ではない。
「じゃあ、今日もゆるりと回りますか」
トキが羽ばたく速度を遅めると、景色の流れる速度も遅くなる。
こうして、いつも通りにパークパトロールの仕事が始まるのだ。
「つ、ツチノコ・・・」
パトロールをして、大体二時間。人が多くなってきて、お喋りの余裕もなくなった頃にトキが申し訳なさそうな声を出す。
「休憩か?」
「はい、もうしばらく経ちましたし・・・」
トキがそう言いながら、高度を低下させていく。やがて地面スレスレのところまできて、ツチノコの足からゆっくりと降り立つ。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
トキが後ろから固定具を外し、二人の体が自由になる。
「いやー、羽が疲れました・・・どうします?少し早いけどお昼ですかね?」
「そうするか」
トキと会話しながら、ツチノコが耳元のインカムのボタンを押す。数秒して、ツチノコが一人で話し出した。
「トキ、ツチノコお昼休憩・・・うん・・・うん、わかった」
「ロバ先輩、なんて?」
「今日は客が多いらしいから気をつけてって、それだけ」
ツチノコが話していたのは電波を会して向こうの相手、事務所のロバである。お昼前にも連絡をする、これもパトロールの決まりだ。
「じゃあ、どこかでお昼にしますか」
「そうだな、何か調達できそうなところは・・・」
ツチノコがキョロキョロと見回すが、レストランもコンビニも見当たらない。適当に降りたところで見つかる方が珍しいだろうが。
「少し散歩でもするか」
「そうですね?最近出費も多いですし、できるだけお安く済むといいんですが」
会話をしながら、当たり前のように手を繋ぐ二人。指を絡ませて、平然と恋人繋ぎ。私たちカップルです、と言わんばかりだが二人はそのスタイルで歩くのが楽しくて仕方ないのだ。周りの目など気にしている場合ではない。
「トキの手、あったかいな」
「ツチノコは冷たいですね、大丈夫ですか?」
「トキにあっためてもらうから平気」
「もぅ・・・」
そんなイチャイチャとしたやり取りをしながら、二人は歩き始めた。
「いただきます!」「いただきます」
さっき歩き始めてから約十五分、二人は弁当屋を見つけてお昼を調達した。ほかほかとあったかいお弁当を、公園のベンチで食す。
「美味いな」
「お腹が減ってる時はお米に限りますね」
弁当をペロリと平らげ、ベンチで食休み。パークパトロールはその辺寛容なので、ゆっくりと休むことができる。
「しかし、お家が変わったら毎日こうやって買い食いも難しいかもしれませんね・・・お弁当作らなきゃ」
トキの呟きに、ツチノコがぴくりと反応する。そこぴくりに少し驚いたトキはその顔を覗き込むと、その青緑の目はキラキラ輝いていた。
「トキのお手製弁当・・・!」
「あら、私はツチノコのお手製弁当が食べたいですけどね?」
「わ、私は料理なんてできないし・・・」
「大丈夫です、私が教えてあげますよ!一緒に作りましょう!」
そんな将来のお弁当予定を話しているうちに、動くのが苦にならないくらいになってくる。
「じゃ、行きますか」
「ん、そうだな」
二人はベンチから立ち上がり、今度はトキがロバに報告してからまた二人の体を固定する。ふわっと飛び上がり、パトロールを再開した。
お昼から再開してからまた二時間くらい。トキとツチノコは、じっくりと地上を見ながら空を飛んでいた。
「最近、ビラ配りしてる奴多くないか?」
ツチノコがふと口を開く。いつも空から見回りをしている彼女たちだから出てくるセリフだ、広いパークでビラ配りなんてしてても意識するなんてことはほぼない。
「アレですよ、ジャパリパークかんこうたいし・・・?だとかの選挙が今度あるとかで」
「へぇ、その会場も警備とかに行くのかな」
「あるかもしれないですね?誰か、私たちの知り合いも立候補してるでしょうか」
「そうだな・・・してそうなのはアライグマとかか?性格向いてそうだし」
「あはは、ありそうですねー?」
そんな話をしながら空を飛び回る。パトロールしながらのちょっとした雑談はいつもの事だ、あまり調子に乗りすぎるとロバからお叱りが入る仕組みだが。
「トキとかは立候補しないのか?」
「なんでですか?しませんよ?」
「明るいし可愛いし、そういうの向いてるかなって」
「うふふ、嬉しいですね?」
パトロールしながらのイチャイチャもいつも通りである。集中しなさい。
「ただいま戻りました」「うー、目が疲れた・・・」
今日の分のパトロールを終えて、二人は事務所に戻ってきた。
「お疲れ様!」「ご苦労さま」「お疲れ~」「お疲れ」
今日は、お疲れ様の声がちょっと多い。
二人を出迎えたのはパトロールのメンバーたち、いつも通りに出迎えてくれるロバに加えて黒酢の二人とエジプトガンである。
黒酢というのは、いわばコンビ名だ。ブラックジャガーのクロジャとカグヤコウモリのカグヤの二人による夜間パトロールチーム。元々は黒酢なんて名前じゃなかったのだが、色々あってこうなった。前作参照。
「今日は皆さん集まってますね?」
「たまたまね?エジプトガンも今帰ってきて、黒酢はこれからって所」
「なのに、みんなで紅茶飲んでるのか・・・」
トキとツチノコが事務所の奥まで進むと、迎えてくれた四人は大きめのテーブルに座って紅茶を啜っていた。ティーブレイクと言ったところだろうか、ほっこりとしたムードだ。
「まぁまぁ、わたしたちもこれから行くのに温まってこうかなぁってぇ」
「夜は冷えるからな、夜間パトロールはこの時期辛い」
黒酢はそう言って二人同時にカップを傾ける。
「ロバだって休憩無しじゃやってられませんから、音声だけは入るようにしてありますけど」
ロバがカップをもう二つ出して、そこに紅茶を注ぐ。無言でトキ達にすすめ、二人も会話を遮らぬよう無言で席に着いた。
「私はロバ先輩に説明してもらった通り、今帰ってきたところだ」
「先輩もお疲れ様です」
そこから、みんなで紅茶を頂きつつ世間話。トキもツチノコも急いで帰る理由はないし、ゆっくりと温まっていくことにした。
「そういえば、トキとツチノコ引っ越すって言ってなかったか?どうなったんだ?」
唐突にそう言い出したのはエジプトガン。彼女に、前にたまたま話したことがあったのだ。
「そう、もう来月からお家変わるんです!でも、担当の地域は変えなくても大丈夫そうな感じで・・・」
「来月?じゃあもう何日かじゃないか、準備できてるのか?」
「私たち、あんまり荷物ないからな。あ、そうだトキ、ベッドの運搬ってどうするのか決めたっけ」
ツチノコがそう答えて、そのままトキに問いかける。数秒後、その場にいる者の目線は寒いはずなのに汗をだらだらと垂らしたトキに向けられていた。
「・・・頼んでないんだな?」
「も、もう三日しか無いですよ・・・??どうしましょう・・・」
物凄い不安そうな顔のトキ。その目線を向けられて同じように汗を流し始める。そんな二人を見た残りのメンバーは、何も言わずに顔を見合わせていた。
「どうしましょう・・・私ったらこんな失敗して・・・」
「トキは悪くないよ、私がなんにも言わないから・・・」
こんな時にもどことなくイチャイチャ感を漂わせる二人に、少しイラッとしつつもロバが二人の肩を叩いた。
「二人とも、こういう時には先輩に頼りな?幸いにも、飛べるフレンズが三人いる。フレンズの力で三人なら、ベッドなんて余裕で飛んで運べるじゃない?」
ロバがいいながら、エジプトガンとカグヤがトキに見せるように親指を立てる。
「しかも、力持ちならたくさんいます!簡単な引越しなら、我々パークパトロールのメンバーでやってあげてもいいですよ!」
ぐっ、とロバがガッツポーズしてみせる。オペレーターと事務を担当する彼女だが、意外にも力持ちである。戦闘能力が低いだけだ。
横からクロジャも「手伝うよ」と声をかける。彼女なんか言わずもがな、戦闘能力じゃメンバー内上位。力だって強い。
「ほ、本当にいいんですか?」
「仕事だってあるだろ?私たち二人なんかに構ってたら・・・」
「あーもしもしライオンさん?かくかくへらじかで・・・あ、おっけー?はーい、どうもー。
トキちゃん?ノコッチ?リーダーから許可降りたよ!」
ロバがいつの間にか手に持っていた受話器を置きつつピースをする。あまりにもトントン拍子に進む展開にトキとツチノコは唖然、口が空いてしまっている。
「そんなわけでぇ、わたしたち手伝うからぁ?」
「まぁ、安心しろ。元気出せよ」
「後輩のためだからな、私も頑張るさ!」
先輩方が口々に声がけする。いつの間にかトキとツチノコの汗はひいていた。
「あ、ありがとうございます!」
「助かる、本当にありがとう!」
二人でお礼を言うと、みんなが「いいってことよ」という感じで胸を張っていた。
ひとまずこれで一安心、引越しの目処も着いたトキノコであった。
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