第3話 冬のお買い物の日

「こういうのかな・・・」


 誰に言うでもなく、呟きながらツチノコは商品棚を眺める。正確には、棚というよりハンガーを引っ掛ける棒だ。


「ツチノコ!こういうのはどうです?」


 トキが遠くから手招きする。目線の先には、分厚そうなコートが並んでいた。


 不動産屋を出たトキとツチノコは、予定通り冬に備える買い出しに来ていた。まず探しているのは防寒具、トキはまだしもツチノコはいつも寒そうな服装である。


 独特なパーカーに、丈の非常に短いホットパンツ。そこからスラリと伸びる生脚はトキにとっては悩殺物だが、下駄のために靴下すら履かず、頼みのパーカーも薄いという所を見るととても寒そうである。元変温動物というところから来た特徴なのか、暑がりでもあり寒がりでもあるツチノコにとっては辛いだろう。


 それを何とか緩和できないかと、トキはあれこれと暖かそうなものを探している。ツチノコは何を見ても何もわからない。文面を読んでも「とにかく暖かくなるんだな」位でものによる差が理解できないのだ。


「こういう、ながーいコートだと暖かいんじゃないですか?ほら、ツチノコは下が寒いでしょう?」


「それなら単純にズボン買えばいいんじゃないか?」


「でも、ツチノコ長いの履いて平気なんですか?前に苦手だって言ってませんでしたっけ」


「ああ、言ったかも・・・でも、履くだけ履いてみるよ。そっちのコーナー行こうぜ」


 そう言って、ツチノコはトキの手を引っ張る。


(・・・生脚やめて欲しくないってのは、ワガママですよね~、ツチノコが暖かいのが一番ですし)


 やっぱり悩殺物だった。





「ほら、どうだ?」


 ツチノコがジーンズを試着して、くるりと一回りしてトキに見せる。トキはしっかりとツチノコを見ているだが、問いに対する答えは返さない。しかし、ツチノコはそんなトキの様子を見てニコニコと微笑んでいた。


(これは喜んでるな・・・♪)


 ツチノコを見るトキは、口元を両手で抑えて、羽をぱたぱたと優しく動かしている。トキが喜んだ時にする仕草のパターンに当てはまっているのだ。これを見分けられるのはツチノコ位で、この喜び方はナウでも見たことがない。


「他のも履いてみる」


 そう言って、カーテンを閉める。トキに見えなくなったところで、ツチノコも尻尾をゆらゆらと振っていた。





「で、結局ズボン買わないんですか?」


「うん、やっぱり履きにくかったからいいかなって」


「そうですか、可愛かったのに・・・」


「まぁ・・・安い時に考えるよ」


 色々試着して、トキを大興奮させたツチノコは何も持たずに上着のコーナーに戻ってきていた。昔からずっとこの格好だったので、やはり長ズボンには違和感があったのだ。


「そう、上着なんですけど、ダウンなんてどうですか?軽くて着やすそうですし」


 トキは提案しながら、近くにあったダウンコートを手に取ってツチノコに見せる。


「おお、フカフカだな?あっ、フード」


 その場で袖を通して、その姿を今度はツチノコが見せる。似合いますね、とトキが微笑んだ所でツチノコは自らのフードの上に上着のフードを被せていた。


「フード、そんなに大事ですか?」


「無いと落ち着かないからな」


 二重のフードに、ツチノコは満足そうな表情だ。しかし、トキとしてはフードなしで過ごすツチノコも見てみたい部分がある。彼女がありのままの頭を見せるのは、風呂の時と寝る時とトキとする時とくらいしかないのだ。


「・・・えい」


 それなので、ツチノコに断らずそのフードを勝手に下ろしてみる。すると、ツチノコが急に取り乱し始めた。


「ななな、何すんだ!?」


「いや、ツチノコはフード無しも可愛いのにって思って」


「やだよ、私はこれがないと」


 そう言いながらまた被ってしまう。トキがまた下ろしてみる。被る。下ろす。被る。下ろす。被る。下ろ・・・そうとした所で、ツチノコがずさささとトキから少し距離を取った。


「いつまで続けるんだ?」


「やっぱり、フード無しも可愛いですよ。たまには下ろしてみてください」


 トキから近づき、また下ろす。フード無しのツチノコは、綺麗な髪が出てそれはそれは美人だ。フードとはまた違う魅力がある。ちなみに髪はそこそこ長い、うなじが隠れるくらいはある。


「ほら、見てください?ツチノコ可愛いですって」


 そのままツチノコの背中を押し、鏡の前まで連れていく。服屋なので、全身が見れるような鏡はいろんな場所に設置されているのだ。


 鏡の前に立たされたツチノコは、自分の姿を確認する。そして、少しずつ顔を赤くしてトキの後ろに隠れてしまった。


「そんなに嫌でしたか?」


「・・・でも、トキは好きなんだろ?」


「まぁ、はい」


「じゃあ、今日一日だけ。交換条件で」





「ツチノコ~、なんかこれ、恥ずかしいです・・・」


「私も恥ずかしいから、これでおあいこだな」


 ツチノコがそう言う相手は、もちろんトキである。しかし、いつもと違うのはその前髪。いつもは横一直線に揃えられた前髪が、今はヘアピンで留められ上に持ち上げられている。

 ツチノコがフードを下ろす条件として要求したしたのがこれだ。ちなみにダウンコートは返した。


「おでこ可愛いな」


「うー、何だかおでこって恥ずかしいです」


「でも、トキのおでこ可愛いからいいだろ」


 そう言いながら、ツチノコ(フード無し)はトキ(おでこ露出)の額を優しく撫でる。トキは顔を赤らめて目線をそらすが、心地よさそうなのは隠せていなかった。


「しかし、なんでツチノコがヘアピン持ってるんですか?」


「女子の嗜みだ、ってナウがくれた」


「ナウさんったら・・・」


 その会話をしている間もツチノコはトキの額を触っている。左右に撫でたり、手のひらをくっつけて動かさなかったり。


「・・・おでこ、そんなに好きですか?」


「うん」


「そうですか・・・あっ、いつもおでこちゅーするのってそういう」


「おまっ、バカやめろ!外だぞ!?」


「ご、ごめんなさい!」


 ムッとした顔のツチノコに、トキは照れ笑いをしながら謝罪を述べる。ツチノコが許してくれたところで、自分の額に手で触れてみた。夜の時によくされていた行為の意味を感じながらだと、また別の恥ずかしさや嬉しさが込み上げてきた。





「うーん、やっぱりこういうのはナウさん連れてこないとよくわかんないですね」


「だよな、また今度来るか」


「そうしますか」


 二人で丁度いいのを見つけるのは難しいので、今日上着を買うのはやめることにした。上着のコーナーを出て出口に向かう。


 途中で、二人並んで歩いていたはずがトキが消えていることにツチノコが気がつく。


「あれ、トキ?」


 いつぞやのような不安が脳内をよぎる。もう一年近く前のことだが、迷子はツチノコの中でトラウマになっていた。


 ・・・しかし、周りを見ようと一回転したツチノコは半回転の時点で止まることになった。不安も同時に消え去る。ただ、トキが小物コーナーの前で立ち止まっただけだった。


「どうした?」


 ツチノコが問いかけながら近寄るも、トキは答えない。熱心に、細長い布達を見つめていた。


「それなんだ?欲しいのか?」


 二回目にかけた言葉で、やっとトキがツチノコに気付く。


「マフラーですよ、首に巻いて暖かくするやつです」


「へー、首か。でもトキ、お前はそのモフモフあるだろ?要るのか?」


 ツチノコに指さされて、ハッするトキ。確かにトキの首にはピンク色のファーを巻いている。暖かそうだ。


「こ、これはそんなに暖かいわけじゃなくて・・・」


「夏に、『これ暑いんですよね~』って言って、部屋で外してなかったか?」


「あ、いや、それは・・・その・・・」


 目が泳ぎまくるトキに、ツチノコは少し不信感を抱く。しかし、追究する理由もないのでそこで終わりにして話題をマフラーに戻した。


「こんなに長いのか、なんか面倒じゃないか?」


「そんなことないですよ?」


「ほら、こっちのネックウォーマーってやつの方がかさばらないし値段も安・・・い?」


 マフラーの横に置いてあったネックウォーマーを持ち上げながらトキの方を見たツチノコ。なんだか、物凄い不満そうな表情をしている。なにか不味いことでも言っただろうか、とツチノコは不安になり、急いで話題を切り替えた。


「ど、どっちにしてもトキが買うなら私も欲しいな!首寒いし!」


 ちら。またツチノコはトキの顔をうかがう。次は焦り顔。もうさっぱりツチノコには理解できなかった。


「や、やっぱりいいかな・・・ほら、お金もかさむし」


 ちら。やっと満足そうな顔をしたトキを見て、ツチノコは胸を撫で下ろす。しかし、どうしたのだろう。自分で言うのもなんだが、トキが自分の分だけ買って私のはお金がないからダメなんて、何だかおかしい。今までにこんなことはなかった。


 ツチノコが一人悲しくなっていると、トキがニコニコと嬉しそうにツチノコに声をかけた。


「じゃあじゃあ!マフラー半分こしましょうよ!」


「は、半分こ?切っちゃうのか?」


「切りませんよ?二人で一緒に巻くんです」


「一緒に?」


「やればわかりますよ」


 そうやってニコニコのまま、トキがツチノコの手を引く。マフラーネックウォーマーの棚の前にいたツチノコは、マフラーの棚の前に来ていた。


「ほら、どれがいいですか?」


 いろんな柄があるマフラーの中から、ツチノコは一つを抜き出してトキに渡す。トキは手に持ったそれとツチノコを交互に見てこう言った。


「似合いますね!」


 赤色のチェック柄。ツチノコが選んだマフラーは、ツチノコの暖色系のパーカーによく合っていた。


「そうか?トキに合うかと思って選んだんだが」


 そのマフラーは、赤と白でまとまったトキの服にも似合っていた。


「えへへ、なんだか面白いですね?」


「だな?」


 そう笑いながらマフラーをレジに持っていき、会計を済ませて外に出た。





 さっそく、マフラーのタグをとってトキがとても長いそれを広げた。


「ツチノコ、もう少し寄ってください」


「? わかった」


 トキに言われた通り、その体をトキに寄せるツチノコ。元からすぐ近くだったため、寄ったら随分密着する形になった。寒い気候の中では体温が心地いい。


「じっとしてくださいね?」


 器用に、それをクルクルと自分の首とツチノコの首に巻いていくトキ。ツチノコのフードがない分、スムーズに作業が進む。最終的に、決められた結び方で巻かれたマフラーは固定された。


「ほら、暖かいでしょう?」


 そう言うトキはとても嬉しそうだ。それでツチノコはなんとなく悟る、さっきのトキは冷たかったのではなくただこれがしたかっただけなのだ。ネックウォーマーじゃできないし、私とトキで一つずつ買ってしまっては片方意味がない。最初から素直に言えばいいのに、とも思ったが楽しそうなトキをみてどうでもよくなってしまった。


「じゃ、帰るか」


「はい!」


 今日は、二人で手を繋ぐだけではなくマフラーでも繋がって歩いて帰った。やっぱり今日も幸せだった。













(やっぱりトキのおでこ可愛いな・・・)


(フードを下ろしたツチノコ、これもこれでいいですね!)


 今日も平常運行、これが日常です。

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