第9話 お祭り Part2

「美味しいでしょう?ケバブ」


 トキのおすすめで連れてこられたのはドネルケバブの屋台。大きな肉の塊が鉄の棒に刺さっていて、それがゆっくりと回転している。そうして、ムラなく熱しているのだ。

 それを剥いで、独特なパンに野菜やソースと共に挟んだ物にツチノコがかぶりつく。


「うまひ」


「あはは、飲み込んでからでいいですよ?」


 トキが笑った直後に、ツチノコがごくんと喉を鳴らす。


「美味い。ただ、ちょっと辛いな」


「ツチノコは辛いの苦手ですか?」


「いや、割と好きかも・・・」


 そう言ってまたツチノコは一口。トキもそれを見て一口。二人でひとつずつ買ったのだ。

 道端に座り、ぺろりとそれを食して「ごちそうさま」と手を鳴らす。


「足りました?」


「いや、晩御飯にするならもう少し欲しいかな・・・」


「ふふふ、じゃあ他にも食べましょうか!」





「あ!たこ焼き屋さんですよ!どうですツチノコ!」


「たこ焼き・・・私食べたことないんだよな」


「ああ、そういえば・・・家にたこ焼き器もありませんしね。この機会にどうですか?」


「いいな、食べてみたいし」


「たこ焼き」の看板に向かって二人で歩く。手を繋いで、とことこと。


「いらっしゃい!」


 と、元気な女性の声。お店の人だ、栗色のポニーテールと黒い瞳。

 ・・・あれ?


「えと、たこ焼きの・・・八個セットで。・・・え?」


「ソースは?」


「そうだな、普通のやつ・・・ん?」


「はいよ・・・ってええ!?」


 トキ、ツチノコ、店員の三人で顔を合わせる。

 全員びっくり顔だ、目を見開いて口をぽかんと開けている。


「ナウさん!?何やってるんですか!?」


「い、いや・・・飼育員でお店出してるんだ。いや、トキちゃん達この店に来るとは思わなかったからびっくりだよ」


「私達からしたらナウが店やってるのが驚きだよ」


 そう、ここの店員はナウ。なんでも、飼育員で出してる店の店番だそうだ。こまめに交代しているそうで、今たまたまナウが、ということらしい。

 パーク職員がこうやって出し物をしているのも珍しくないそうで、パークガイド組が動物の写真なんかを販売しているらしい。他にもたくさんだ。


「ね、研究員さん達はステージでヒーローショーやるって言ってたし。」


「そうなのか・・・」


「そういえば、ツチノコちゃんも浴衣似合ってるじゃん?かわいいかわいい」


「ん、ありがと」


「はい、たこ焼き八個。楽しんでおいで?」


「ありがとうございます!では!」


 ナウからたこ焼きを受け取って屋台を後にする。

 路地裏に入り、また道端に座り込む。たこ焼きが詰められた透明なパックを開ける。同時にソースと鰹節の食欲そそる香り。


「あれ、爪楊枝ひとつしかない」


「爪楊枝で食べるのか?箸じゃなくて?」


「お箸でも食べますけど、爪楊枝でも・・・やっぱり、ひとつしかないですね」


 トキが小さな爪楊枝をつまみ上げながらツチノコに見せる。それで、ほかほかのたこ焼きにぷすんと突き立てる。柔らかなたこ焼きには、尖った爪楊枝がよく刺さる・・・あっという間に、半分ほどその球体に飲み込まれてしまった。


「ツチノコ、あーん」


「あーん」


 器用にたこ焼きを持ち上げて、トキがツチノコの口に運ぶ。ツチノコはそれを受け入れ、口の中にたこ焼きを。アツアツのたこ焼きを。


「フん!?あ、あふい!んんー!」


「ご、ごめんなさい!私ったら、ふーふーも忘れて!」


 ツチノコがはふはふ言いながら何とかたこ焼きを飲み込み、熱そうに舌を突き出して口の中を冷ます。


「ふー、熱かった・・・」


「ごめんなさい・・・」


「そうだなぁ、トキ?」


「?」





「んー!んんー!!」


 数十秒後、薄暗く人気のない路地裏で顔を近寄せる二人の姿が。

 何秒だろうか、唇同士を合わせてしばらく経ってから、ツチノコから顔を離す。


「んっ、はぁ・・・」


 そして、離れていく唇から糸が引く。薄暗い裏路地の中で、きらりと目立って光る。


「つ、ツチノコぉ・・・ここ、外ですよ?誰に見られてるのかわからないのに」


「お仕置き、みたいな」


「・・・ごほうびですよ・・・」


 ごにょごにょとトキが聞こえにくく発音する。案の定、ツチノコには聞き取れなかったようで頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。


「ほら、トキも食べるか?ちゃんと冷まして、な」


「も、もらいます」


「はい、あーん」


「あーん」


 なんて、たこ焼きを八個食べ切った。





「いやー、そこそこお腹いっぱいだな。な?トキ」


「ソウデスネ、お腹いっぱいです」


 いろんな意味で、というのを胸の中で呟きながらトキが答える。


「デザートとかどうです?」


「デザート?ああ、確かにそういうのも欲しいな」


「なーんて言ってると、ほら!かき氷屋さん!」


「かき氷か、それも初めて」


「ね、食べましょう!」


「ん」


 そうして次に立ち寄るのはかき氷屋。メニューが沢山ある、イチゴ、メロン、コーラ・・・オーソドックスな物は全部揃っており、スイカや甘酒なんてのもある。


「ん、らっしゃい」


 と、男店員の声。


「えーと、イチゴと・・・」


「メロン。をひとつずつ」


「なんだ、甘酒じゃないのか?」


「「え?」」


 店員の声にトキとツチノコはハッする。考えてみれば、どこかで聞いたことのある声。いつか見たもじゃもじゃ髪、無精髭。


 まさか?


 その「まさか」を、甘酒というワードが確固たるものにする。


「甘酒の!?」「警察の!!」


「野伊だ。久しぶりだな、嬢ちゃん達」


 野伊のい 新志しんじ。パークにある警察署に務める人間だ。冬から春にかけて、甘酒の屋台を不定期に開いており、トキ達もそこで世話になったことがある。


「あの日以来ですか?」


「そうだな、ヤツを逮捕した日以来だ」


「そうか・・・まだお礼してなかったな、ありがとう」


「どういたしまして、そっちの鳥の子が見つかったなら何よりさ」


 この話題は、もう過ぎたお話のこと。今は彼女も幸せそうにやってるし、彼は然るべき裁きを受けた。終わったことなのだ。こうしてトキもツチノコも幸せに二人で過ごしている。


「そんなことより、甘酒じゃなくていいのか?いつものお手製のやつだぜ」


「い、いえ・・・今日は普通のを食べようかと」


「そうか・・・まぁ、いいけどさ、ホイ」


 少し不機嫌そうにかき氷を2カップ渡される。良くも悪くも正直な人だ。


「ありがとうございます」


「来年は甘酒食べるから・・・」


「まぁ、それより先に正月だな。ご贔屓に」


「「はーい」」


 そんな話をして、かき氷屋をそそくさと離れた。





「冷たくて美味しい」


「ですね、頭キーンってしません?大丈夫ですか?」


「平気」


 小さなストロースプーンでシャリシャリとかき氷をつつきながら歩く。すると、一段と人の多いところに辿り着いた。


「なんだ?」


「ステージじゃないですか?ほら、ヒーローショーやるって言ってた」


「ああ・・・どうする?せっかくだし観るか?」


「ヒーローショーですか?いいですよ、花火まで時間ありますし」


 しゃく、と口の奥で鳴らしながらトキが答える。

 そんなこんなで、ステージ前で待機することに・・・。



 Part3に続く。

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