第10話 お祭り Part3
ツチノコはただただステージの上、右側を見つめていた。
その目線の先に居るのは、一人の仮面を被った男性。動物の付け耳と付け尻尾のおかげで、まるでフレンズのようだ。
「怪人アオニシロモジ!行くぞ!!」
そう叫び、ステージの反対側に居る怪人に向かって走り出す。怪人と言っても、着ぐるみだが。
そして、その走った勢いのまま拳を勢いよく怪人に突き出す。
「フレェンズ!パァンッチ!」
その拳が腹に当たり、怪人がよろめく・・・
「すごいですね?」
「うん・・・」
と、言うようなヒーローショーを二人で見ていた。特にツチノコは見入っており、トキに対しての返事もどこか抜けている。
「ジャパリケインッ!!」
ステージの上ではまだショーが続いている。仮面の男の優勢のようだ。
「・・・」
ツチノコは何も言わずにステージ上に注目し続けている。目を見開いて、じーっと。かき氷はまだ半分以上残っているのに、その存在ごと忘れたようにスプーンが動いていない。
(・・・寂しいですね)
正直な話、トキはそこまでショーに興味が無い。ヒーロー物のことはよく分からないし、時間があった見に来ただけだ。ツチノコと一緒に盛り上がれたら面白そうだな、程度にしか考えてなかった。
しかし、そのツチノコの盛り上がり方も微妙だ。トキの想像をはるか上回って食いついてはいるのだが、歓声を上げるでもなくただ静かに見入っているのだ。トキにもまともな返事を返してくれない。
(うぅ〜、モヤモヤします)
嫉妬。今まで、なかなか感じることのなかった気持ち。
決して、誰が悪いわけでもないのだがトキとしてはツチノコを奪われた気分だった。
「ツ〜チ〜ノ〜コ〜?」
浴衣の袖を引っ張っても、反応が無い。気がついていないのだろう。
「ツチノコ、行きましょう?ほら、花火の時間もありますし」
さらに強く引っ張ってみる。
「・・・もう少し待って」
ダメだった。動いてくれない。
かき氷とスプーンのせいで手を繋ぐこともできない。
寂しい。
ただただ寂しかった。
ツチノコが居ない方の隣で盛り上がっている、ライオンにそっくりなフレンズが上げる歓声が鼓膜を震わす。
(私もこんな風に楽しめれば・・・)
なんて考える、退屈な時間が過ぎた。
あれ?どれくらい時間が経った?
退屈しのぎに、ぼーっとしていたトキが意識をハッキリさせたのはステージの上だった。
「えぇ!?ステージ!?なんで!?」
当然驚く。状況を確認しようと、キョロキョロと首を動かして周りを見渡す。
・・・やっぱりステージの上だ。その下には、たくさんの観客。さっきのライオンさん(?)も居る。そして、遠くの方にツチノコも。
(・・・あれ?)
さっきまで、ただひたすらにステージ上を見つめていただけのツチノコが、とても焦ったような表情をしている。ふらふらと落ち着きもない。
「アオニシロモジ!人質なんて卑怯だぞ!」
人質?
そういえば、肩がなんか温かい。何かが乗ってる?
目で確認すると、ゴツゴツとした手。怪人のものだ。
そこでやっと、トキは自分が置かれた状況を理解する。恐らく、ヒーローショーの演出で観客から人質役をピックアップするのだろう。そして、ステージに出す。その標的が、トキだったのだ。
「人質を離せ!怖がってるじゃないか!!」
ヒーローもとても焦っているようだ。迫真の演技というやつだろうか、本当に焦っているようにしか見えない。
(あ、私も怖がった方がいいんですかね?)
小さな子供でもないし、状況はなんとなくわかっていたので恐怖も何も無いが、その方が盛り上がるのだろう。
「キャー!怖いです、助けてくださーい!!」
自慢の声量を生かし、悲鳴をあげてみるトキ。そして、チラっと観客達の方に目を向ける。盛り上がっている中に、ツチノコの姿を確認。
(あっ、すごい焦ってくれてる・・・)
トキから見たツチノコの姿は、なんともおかしいものであった。動揺が全面に出ており、わたわたと忙しない。
(なんだ、やっぱり私のこと大事にしてくれてるんですね)
思わず漏れてしまった笑みが見えないように、ステージから顔を背けながらその後もキャーキャーと怖がるフリをした。
〜ステージ終了後〜
最終的にはヒーローの大勝利、トキも無事に解放されてステージは大歓声のまま幕を下ろした。
「トキ!大丈夫か!?ケガとか!?」
「あはは、ショーだから大丈夫ですよー?」
「でもでもでもでも・・・」
「心配でした?」
「当たり前だろ!私トキが連れてかれた時どうしようかって・・・トキもすんなりさらわれちゃうし」
そう言いながら、ツチノコがぎゅうとトキの腕に抱きついてくる。トキはどうしたのかと聞いてみると、ツチノコが答える。
「もうトキが離れないように・・・」
いつの間にか、嫉妬なんてものは消え去っていた。
『花火大会、開始十分前でーす!』
ヒーローショーが終わって、しばらくして。
お祭り会場に、アナウンス放送が響く。
「聞きました?そろそろ観る所に移動しますか?」
「そうだな、何か買ってこう」
それぞれ好きな食べ物なんかを調達しながら歩き出した。
「この辺は穴場ですよ!人も居ないし綺麗に見えます!」
お祭り会場を離れた、川沿いの土手。人通りはなく、サラサラと川の音だけが聴こえる。
なだらかな草むらの丁度いい石に腰をかける。遠くの方に橋も見える。
「ここって・・・?」
「えへへ、懐かしいですね」
「いい思い出も、悪い思い出もな」
二月の後半の頃のことだ。もう随分前に感じる。
「手錠はないですよ?」
「トキは、手錠がないとどっか行っちゃうのか?」
「まさか、そんなことないですよ」
そんな会話をしながら、これから花火が上がる夜空を見上げる。星が綺麗な空だった。
「綺麗だな」
「ですね」
そこで一息ついて、二人で身を寄せ合う。夏とはいえ、もう終わりかけ。夜になるとそこそこ冷える。
「また明日から仕事か」
「そうですね、別に嫌じゃないですけど」
「なー。引越しのこととかもボチボチ考えなきゃな」
「その前に金魚鉢とかどうにかしなきゃいけませんしね、やることたくさんです」
「・・・ヤること?」
「・・・ツチノコのえっち」
他愛のない会話をしながら笑う、幸せ。
そんなやり取りをしている内に、静かな中にポッという音が微かに聞こえた。続くように、ひゅるるるという笛の音。
それらの方向を見ると、一筋の光が夜空に浮かんでいた。その先は、天に向かって伸び続ける。
ドンッ。
夜空に、綺麗な花火が咲く。
一発目の景気付けということか、とても大きな花火だ。
「わー!綺麗ですね、ツチノコ・・・っ」
「そうだな、ト・・・キ・・・」
見合わせた、花火に照らされた。
トキの顔は。
ツチノコの顔は。
花火なんかよりも、この世の何よりも綺麗だった。
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