第6話 夏の一日

 AM 6:30


(暑い・・・)


 ツチノコの目が覚める要因は暑さ。夏だからだろう、洞窟は涼しかったから暑さに苦しむというのはツチノコにとってこの夏が初めてだ。


(・・・どうしたものか)


 しかし、暑いのは気候のせいだけじゃない。自分の左腕を見ながらツチノコはため息をついた。


「トキ?暑いんだが・・・」


 ツチノコが苦笑いしながら言葉をかけた相手は、自分の腕をぎゅっと抱きしめて、気持ちよさそうに寝息を立てるトキ。嬉しいし愛おしいのだが、こんなに密着されてはこの時期は困る。


「トキ〜?」


 二回目の呼びかけでも彼女は起きない。それどころか、ますます強く腕に絡みついてきている。


(こりゃしばらくこのままだな・・・)


 ツチノコは諦めて寝の姿勢に入る。付き合い始めてからずっと寝る時はこの体制だ。ツチノコが仰向けに寝てその左腕にトキがまとわりつく、そうやって寝てきた。


 ゴソ、とトキが動く。


「トキ?起きたか?」


「うぅん・・・つちのこ?」


 トキがツチノコの腕から離れ、ゆっくりと目を開ける。まだ眠そうな表情、とろんとしている。


「おはよう、トキ」


「・・・もうすこしねかせてください」


 そう言ってトキはまた目を閉じる。ぎゅ、とツチノコの腕をまた抱きしめる。


「暑いんだけど・・・」


「・・・んもぅ、うるさいですね〜つちのこは」


 ツチノコの困り声に、トキがムッとした声を返す。トキが寝起きとは思えない早さでツチノコの腕に絡ませていた自分の腕を取り、それをツチノコの頬に当てる。

 そして、ツチノコがまだ何が起きたのかを理解出来ていないうちにトキ自身の頭をツチノコの頭にぐっと近づける。


 そして、有無を言わさずキス。


「!?!?!?/////」


「わたしはもうすこしねますね、つきあってください」


 もぞ、とトキはまたツチノコの腕に絡みつく。ツチノコは唐突なキスに顔を赤くする。頭が回らない、言葉が出てこない。


 そうやってツチノコがトキに対して文句も言えない間に、またすやすやと寝息が聞こえてくる。


「〜〜っ!」


 こうなればもうやけくそだ、とツチノコからもトキに引っ付いてみた。





 AM 8:00


「あ、あのツチノコ・・・?」


「・・・なに」


「離れてもらえませんか?」


「なんで」


「暑いですし、私汗かいてますから・・・あんまりそんなぎゅーってされると」


 寝ている間に何があったのか、トキがツチノコに後ろから抱きしめられているというのが今の状況だ。

 暑いし緊張するしでトキは汗だらだら、ツチノコはぎゅうと抱きしめて離さない。


「トキならいいにおいだから大丈夫・・・」


「ダメですよ!くんくんしないでください、鼻息当たってます!」


「呼吸してるんだから当たり前だろ」


「とりあえず離してくださいよ〜!涼しくなったらいくらでも抱きしめていいですから!」


 トキがじたばた藻掻くも、ツチノコはトキを放さない。


「やだ、今がいい」


「だって汗かいてますもん!恥ずかしいですから!」


「じゃあ一緒にシャワー浴びよ」


「ええ!?」


「いつも銭湯のときは一緒だからいいだろ?」


「もー、そんなこと言うぐらいなら起きてくださいよ」


 返事をするように、ツチノコの手が緩む。もそ、と掛け布団代わりのタオルケットが持ち上がりツチノコがそこからするすると抜け出す。

 トキもそれに続くようにベッドを降り、立ち上がって身体を伸ばす。


「シャワー、どっちが先に浴びます?」


「?・・・一緒じゃないのか?」


「ええ!?本気だったんですか?」


 当然、と言いたげな表情のツチノコにトキはため息をつく。その間にもツチノコは脱衣場の方に歩き出す。


「来ないのか?」


 ドアをくぐろうという所で、呆然と立ち尽くすトキにツチノコが呼びかける。


「だ、だって・・・ここのシャワーは狭いですし、なんか恥ずかしいですし」


 もじもじと顔を赤くするトキ。今度はツチノコがため息をついて、トキの手を引く。


「ほら、トキ」


「え?え、えぇ〜!?」


 バタン、と脱衣場の扉が閉まった。





 AM 8:30


「やっぱり狭かったな」


 汗を流してサッパリしたツチノコが呟く。


「ツチノコが一緒に入れたんじゃないですか」


 タオルで羽を拭きながらトキ。それはそうだ、一人暮らし用のワンルーム、さらにフレンズ支給用の家賃ゼロ円のお部屋なのだから狭いも狭い。二人で入ったらそれだけで芋洗い状態だ。


「でもちょっと楽しかった」


「確かに楽しかったですけど・・・」


「そっか、いっそ一緒に浴びるってのも」


「ツチノコ、変なこと考えてません?」


「いや、水道代節約に」


「ゼロ円ですよ・・・」


 そんなことを話しながらいつもの服を着込み、朝ご飯を頬張る。夏バテすることもなく、健康的にジャパマンをかじる。


「昨日、楽しかったですね?」


「海、な。水着取れた時はびっくりしたけど」


「ふふふ、来年も行きたいですね」


「そうだな?」


 二人で笑いながら、ジャパマンの最後の一口を飲み込む。


「今日はどうする?」


「そうですね?明日が最終日でお祭りですし、今日はのんびりでもいいんじゃないですか?」


「明日で終わりか、早いもんだな」


「キャンプとかもしたかったですね・・・それもまた来年ですか」


「じゃ、今日はゆっくりするか。明日も休みなら、夜は酒でも飲むかな?」


「いいですね!私もすこーし飲もうかな、えへへ」


 指で空気をつまむようにしながらトキが笑い、ツチノコもそれにつられて顔をほころばせる。


 こうして、本日も二人の一日が始まった。





 AM 9:30


 ベッドに腰掛け、ツチノコが二胡のケースを開く。チンパンジーお手製のツチノコのパーカーと同じ柄のやつだ。


「あら、今から弾くんですか?」


「いや、ちょっと手入れを・・・朝方だから、あんまり弾けないしな」


 ツチノコが二胡を弾くようになって、半年弱。ナウからの指導や、二胡に関する本を読み込んだおかげで演奏の腕はみるみる上達した。調弦なども何も見ずにできるようになり、こうして定期的に手入れもしている。


「お手入れって、何するんですか?」


 ツチノコの隣にトキが座り、質問を投げかける。


「言っちゃうと、ホコリ落としたりとか傷んだところがないか見るとかだけなんだけどな。二胡は演奏の直前に弄ったりするのが多いから」


「へえ、あんまり専門的なことするわけじゃないんですね」


「うん、今はな」


 二胡両手で持ち上げ、端からじっくりとそれを観察するツチノコ。と、その彼女を見るトキ。


「この後、森にでも行って演奏しますか?」


「お、いいな?トキの歌も聴きたいし」


「うふふ、そうしましょうか」





 AM 10:00


「なあトキ・・・」


「・・・ごめんなさい」


「いや、トキは何も悪くないけどさ?これは・・・」


 ウキウキと森に来たはいいが。夏も終わるというのに元気に鳴くセミ達、今すぐにでも家に帰りたくなる猛暑、座れない程熱くなった岩。


 音も聴こえにくい、二胡は座って演奏するのに座れる岩なんてない、そもそも外にいるのが辛い。


「・・・やめましょうか」


「・・・そだな」


 二人の意見は一致し、家に帰ることを決意する。

 トキがツチノコとトキ自身の身体を密着させ、専用の道具で固定させる。


「・・・私、汗臭いかも」


「そうですか?むしろ私が気になります、大丈夫ですかね」


「トキはいい匂いだけど・・・?いつも通り」


「ツチノコも全然いつも通りですよ?」


 空を飛ぶ都合上、道具を着用しているとトキが後ろでツチノコが前になり密着する。それをいいことに、トキがツチノコの首元に鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぐ。


「トキ・・・恥ずかしい」


「朝の仕返しですよ、ほら、ツチノコいい匂いです」


(私の朝のやつ、その前のトキの仕返しなんだけどな・・・)


 ちょっぴり変態的なやり取りをしながら、トキとツチノコは空に飛び立った。



 AM 10:10


「なーんか、このまま何もせず帰るってのもな」


 空を飛んでいる最中、トキに抱えられているツチノコが切り出す。


「そうですね・・・あっ」


「あっ?」


「カラオケ行けば解決じゃないですか?」


「ああ、確かに。涼しいし音漏れも心配ないしな」


「そうと決まれば行きましょう!暑いんで飛ばしますよー!」


 バサッ、とひときわ大きな羽音が一回。トキはカラオケボックスに向けて、全速力で飛び始めた。





 AM 10:30


「よーっし、歌いましょう!フリータイムだから好きなだけ歌えますよ!」


「ははは、今日一日ここに居てもいいな?」


 ドリンクバーで二人とも好きなジュースを注いで、個室のソファに腰掛ける。


「どうせ予定もありませんし、この涼しい部屋で過ごしてもいいですね!私達のお部屋クーラーないですし、そもそも取り付けられないですし」


「パークからの借り物だもんな、仕方ないか」


「そうですね・・・ん?そっか、今なら収入もあるし、あの一人暮らし用の部屋じゃなくても・・・そっか」


 トキは顎に手を当てて何やら考え始める。急に自分の世界に入ってしまったので、ツチノコが心配そうに呼びかける。


「どうした?」


「いや・・・ちょっと、提案なんですけど。そのうち、もっとちゃんとしたお部屋に引越ししませんか?きちんとお風呂も着いてるような」


「引越し、か?よくわかんないけど、その方がいいなら私は賛成」


「じゃあ、今度ちゃんと考えてみましょうか。今は歌いますよー!」


「おー!」





 AM 12:00


 完全に調子が出たトキは、ガンガン歌いまくっていた。ツチノコじゃない人がその個室に足を踏み入れようものなら、一瞬でそこから飛び出させる効力を持った歌声だがツチノコは楽しそうに聴いていた。


「トキも、昔より歌上手くなってるよな?」


「そうですか?確かにナウさんに教わったりして、上達してる感じは自分でもありますけど」


 わかりにくいが、トキも少しずつ歌が上手くなっている。成長速度は遅いが、このままならいつか誰もを幸せにできる歌声になるんじゃないかと思われた。


「はい、ツチノコの番ですよ」


「私か・・・何歌おうかな?」


 トキにマイクを渡され、慌ててデンモクをいじるツチノコ。


 その必死そうな表情に、思わず微笑んでいると「ぐぅ」という音がどこからが聞こえてきた。


「・・・ツチノコですか?」


「・・・/////」


「ご飯、頼みましょうか」


「うん・・・」





 PM 12:15


「お待たせしました〜」


 スタッフの人が扉を開けて、中に料理を運び込む。


「「おお・・・!」」


 一人一つずつ単品料理と、二人で分け合うパーティプレート。二人で食べるには少し多い気もしたが、時間もたっぷりあるので食べ切れるだろう。


「じゃ、いただきます」「いただきます!」


 手を叩いて、二人同時に料理をぱくつく。


「美味しい!」「美味い!」


 口々に感想を言い合う。


「私、ポテトも貰おうかな」


 そう言ってツチノコがパーティプレートからフライドポテトをつまみ、口に放り込む。


「ん〜、カラオケのポテトってなんでか美味しいよな」


 そう言いながらもう一本つまみ上げる。


「ツ・チ・ノ・コ?」


「・・・どした?」


 ふいにトキに呼び止められ、口に入れようとしていたポテトを止めて返事をする。トキの方を向くと、トキが口を開けて目を閉じていた。


「はい、トキ?」


 その口の中に、ツチノコが食べようとしていたポテトをそっと置くように入れる。

 ぱくん、と口が閉じてそれを咀嚼し、トキの喉が鳴った。


「うふふ、なんだか楽しいです」


「じゃあ、私も」


「いいですよ?はい、あーん」


「あー・・・んっ」


 そうやってポテトを食べさせ合ったりしてみた。


 そして、何回も繰り返した後。


「はい、トキあーん」


「あー・・・」


 トキが目を閉じて口を可愛らしく開けているのを見たツチノコ。ちょっとしたことを思いつき、トキの口に入れるはずだったポテトの端を自分でくわえる。そして、もう片方の端をトキの方に。


「・・・ーんっ」


 さく、と音が一つ。それと同時にトキが目を開ける。


「・・・」


「・・・」


「「・・・」」


 沈黙。ポテト一本分の距離で見つめ合い。


「!?!?!?/////」


 トキは明らかに驚いているが、どうしたらいいか分からない。やってみたツチノコも分からない。とりあえずポテトの端と端をくわえている。


 少しそれを続けていたら。


 さくさくさくさくっ!


 トキが急に距離を詰める。あと、大体三「さく」分くらい。


 さく、さく。


 次はツチノコから。あと一さく分。


「・・・」


 また見つめ合い。謎の駆け引き、攻防戦。

 しばらく見つめあった後、最後の一口を取ったのは。


 さく。


 トキ。ツチノコとの距離はゼロ、つまり唇唇が触れている状態。

 ニコ、とその姿勢のままトキが笑う。ツチノコもそのまま笑ってみせる。


 少し歌うのを中断してイチャイチャとかもした、という一例。





 PM 06:00


「いやー歌いましたね」


「私も二胡弾くの疲れた・・・」


 その後もトキは歌い、ツチノコも時々歌ったりトキに合わせて二胡を弾いたりした。時が流れるのは早く、もうあっという間にこんな時間である。


「そろそろ帰りますか?」


「そうだな、帰ろうか」


 支払いを済ませ、外に出る。


「んー、さすがに日も短くなってきたな」


「そうですね、もう暗くなりかけてます」


 薄暗い外で、そんな会話を交わした。





 PM 8:00


 カラオケから帰り、夕食を済ませて、ゆっくりしている時間。


 ツチノコが小さなキッチンの戸棚から一本の瓶を取り出す。それと、グラス・・・代わりのガラスコップを二つ。


「トキも飲むんだろ?」


「少しだけですよ〜?」


 ツチノコはトキの隣、ベッドの上に座り、瓶の栓を開ける。そこからコップにとくとくと注いだ濃い赤紫の液体。フルーティな香りがする。


「ワインですか?」


「ああ、この間買ったやつ」


「ああ、買ってましたね。ツチノコってワインも飲むんですか?いつも日本酒とかのイメージがあるんですけど」


「実は初めて、美味しいかな?」


「私もワインは飲んだことないですね・・・じゃあ、二人でデビューですね?」


「そうだな?」


 そんなことを言ってる間にワインが注ぎ終わる。コップをツチノコがトキに手渡す。


「いただきます」「いただきます!」


 ちび、とほんの少しだけ口に含んで味わう。


「・・・私は好きかな」


「私も、美味しく飲めます」


 トキは酒に弱いが、味が嫌いなわけではない。ツチノコのチョイスがたまたま良かったのか、このワインは飲みやすくてトキは気に入った。


 そんなこんなで、とりあえず一杯。


「トキ、まだ行けるか?」


「酔わないうちに貰っておきますかね」


 一杯目と同じくらい、トキにワインを注ぐ。ツチノコも自分の分を注いでまたコップに口つける。


 急に、ツチノコの肩に重量がかかる。


「・・・トキ?」


「・・・」


 ツチノコの肩に乗っかっているのはトキの頭。羽が首に触れてくすぐったい。


「・・・眠いのか?」


「ねむくはないの」


「そっか」


 酔ったトキもやっぱり可愛いな、なんて思いながらツチノコはワインを口に含む。


「・・・つちのこ」


「何だ?」


 トキに呼びかけられて、ツチノコはコップをちゃぶ台に置く。


「・・・シよ」


「・・・塩?」


 トキの言葉に、ツチノコはへんてこな答えを返す。するとトキは悲しそうな顔をして、ツチノコの肩を掴みベッドに引き倒す。


「???」


「つちのこ、おしおじゃなくって、シよっていったの」


「・・・私、まだシャワー浴びてないけど・・・」


「いいの、わたしがしたいからするの!つちのこはおとなしくしてればいーの!」


 ツチノコの上からトキが覆いかぶさるような形でベットに二人倒れ込む。


「あの、今夜も暑いから汗かくかも・・・」


「もー、つちのこはそんなことばっかり!あせだくでもいいでしょっ!」


 ツチノコは諦め、トキを抱きしめる。本当はその前にワインを片付けたかったが、トキは離してくれなさそうだった。


「えへへ、つちのこはえっちですね?」


「今のトキが言うのか・・・」


 こうして、本日も二人の夜が始まった。



 ちょっぴりえろえろ、今回も平常運行、これが日常です。

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