第5話 海 Part3

「何が始まるんでしょうか?」


「私に言われても・・・」


 アラスカラッコを名乗った彼女は、「手伝ってあげようか!」と言い放って、ゴロンと仰向けになって寝転がり始めた。


「おーい、手伝ってよ」


「は、はい!」 「ん」 「はいよー?」


 寝転がるなり、「手伝え」と要求するラッコに戸惑いつつもその周りに集まる。


「じゃあまず、お腹の上にブルーシートかけて」


 言われたとおり、彼女に布団を被せるかの如くブルーシートをかける。

 次にラッコは、彼女自身の首から下がっている貝殻の形をしたネックレスを手に取る。


「よっ」


 彼女がちいさく声を出しながらその飾りをいじると、貝がパカンと開く。ロケットペンダントや懐中時計の様な感じだ。そして、そこに収まっていた石を取り出す。


「それは?」


「これ?私達ラッコは、自分のお気に入りの石を持っていて、これが私のオキニってわけよ」


 その手の甲と同じくらいの大きさの石をお腹の上に置き、「ふー」と一息つくアラスカラッコ。


「スイカ持ってきて!」


 その言葉を聞いて、ナウが大玉のスイカを手渡す。


「重いよ?」


「多分大丈夫っ・・・」


 仰向けのままスイカを受け取ったラッコは、少し苦しそうな表情だ。

 そして、次の瞬間。


「フンっ!!」


 力強く、腹の上の石にスイカを叩きつける。バスッ、と鈍い音がしたがスイカはまだ無傷。まだまだラッコは作業を続ける。


「はっ!やっ!とうっ!」


 一回、二回、三回・・・。バンバンと何回も何回も連続で腹部にスイカを叩きつけるラッコの姿は奇妙だった。が、それよりもトキ達三人はあの重いスイカを自身にぶつけまくるラッコが心配でならなかった。


「たぁぁぁぁぁっ!!」


 一際大きく発音された掛け声、それと同時に振り下ろされるスイカ。

 それが例の石にぶつかった瞬間、バカっと音が鳴った。


「「「「お?」」」」


 場にいる四人全員が同時に声を上げた時、スイカにメキメキっ、と亀裂が入る。そして。


 パカン。


 そこからバックリと四つに割れた。

 最早割ることなど不可能では無いかと思われたそのスイカが、目の前で割れたのだ。魔王のようなオーラが一転、美しい赤色の内側から放たれる姫のようなきらびやかなオーラへと変化していたのだ。


「「「おぉぉーーー!!」」」


 トキ、ツチノコ、ナウの三人で歓声をあげる、寝転がったままのアラスカラッコは満足そうに笑い、ふんと鼻を鳴らしていた。





 しゃくしゃくしゃくしゃく・・・


 と、言うわけでスイカシャクシャクタイム。割と綺麗に割れたため、量の差がほぼ無く四人で食すことが出来る。


 四人?四人だ。トキ、ツチノコ、ナウ、ラッコ。


 なぜラッコが居るかと言うと、協力料と冷静になれば大きすぎるスイカを三人で食べ切る自信が無かったからだ。ナウが居れば食べてしまいそうなものだが、彼女いわく、


「スイカ食べすぎたらお腹壊しそうじゃん?」


 とのことで、ラッコも一緒に食べている。


ろうれふかつひのほどうですかツチノコ・・・ゴクン、初めてのスイカは?」


「美味いなこれ、私は好き・・・シャクシャクシャク」


 ほぼ無表情でスイカにがっつくツチノコ。トキの呼び掛けにもサラリと応え、食べる口を止める様子がない。余程集中して食べているのだろう。


「いやー、一時はどうなるかと思ったけど美味しいね!」


 そう笑いながらナウもシャリッと一口かじる。


「私もスイカ食べれて満足よ、久々だなあ」


 と、ラッコ。彼女も笑顔でスイカにかぶりつく。ドコドコと玉のスイカを叩きつけていた腹は痛くないようだ。


「ふー、ごちそうさま」


 一番先に食べ終えたのはツチノコ。赤いところがもう1ミリも残ってないスイカの皮を置き、パンと手を鳴らす。


「ツチノコ、ほっぺに付いてますよ?」


 横に座っていたトキが食べ終わって満足そうな表情のツチノコに微笑む。ツチノコがその言葉にピク、と反応すると今度はその顔に手を伸ばす。


「ほら、ここですよ」


 ツチノコの白い肌に、目立つ赤い点。ほっぺにあるそれを指でつつくと、水分のおかげで指の方にくっつく。


「ほら!」


「お、ほんとだ」


 トキはその指先をツチノコに見せる。スイカの欠片が付着したその細い指を、トキ自分の方にもってこようとする。


(一回やってみたかったんですよね、コレ!)


 トキがやりたいのは、相手の頬についた食べ物を指で取って自分の口に運ぶというもの。まだツチノコに抱く「恋」という感情に気がついていない、図書館で百合の本を読まされまくった頃から憧れていたものだ。


 そして、いざやってみようという時。自分の口に運ぼうとする手をツチノコにがしっと掴まれる。


「へ?」


「もったいないな」


 平然とした顔でツチノコが呟く。そして、その自分の手で固定したトキの指を口を近づけて・・・


 ぺろり。


「!?!?!?/////」


「ん、おいしい」


 フツーな表情でそんなことをやってみせるツチノコに対し、顔真っ赤で自分の指を見つめているトキ。ツチノコの唾液に濡れ、てらてらと光っている。


「・・・/////」


「どうした?スイカ温くなっちゃうぞ」


 そんなやり取りを見ていたラッコ。しゃく、とスイカを一口かじってからナウに声をかける。


「えと、飼育員のヒト?あの娘らは、いつもあんな感じなの?」


「ん?そうだよ、いつもああやってイチャイチャやってる」


「へー、かわいいね・・・」


 トキ達を「かわいい」と表現したラッコは、ふうとため息をついて、少し暗い顔で海に顔を向ける。


「何か悩んでるみたいだね」


「わかる?飼育員さんは流石ね」


 目線を海からナウの顔に移し、少し不安そうな顔を見せる。


「相談なら乗るよ、飼育員だからね」


「・・・私の世話をする義理は無いんじゃない?」


「なんで?僕たちは自分の担当を世話するんじゃない、パークで飼育されているフレンズ達のサポートが仕事なんだよ」


 そう、ナウが言う通りフレンズ飼育員は自分の担当を持つものの、そのフレンズだけを世話するのではない。菜々なんかはいい例だ、キタキツネのサーバルキャットの担当だが時々トキやアライグマなんかの面倒もみたりしている。

 だが、ラッコの反応はナウにとって想定外だった。


「飼育されているフレンズでしょ?私は対象外よ」


「・・・そういうこと?」


「そういうこと、私は野良よ」


 野良、とは。

 飼育下に置かれていないフレンズのこと、パークの飼育フレンズ名簿に名が記されていないフレンズだ。

 昔、ナウがツチノコの正式な担当飼育員になる書類を提出する際にツチノコに対してナウが話したことがあった。


『ツチノコちゃん。真面目な話、これを提出しちゃえば君はもうパークの一員。言い方は悪いけど、人間の見世物になるわけだ。もう元の生活には戻れない。それでも、トキや、僕、他のパークのフレンズと縛られた社会に楽しく生きるかい?』


 それは、野生での生活を続けるか、人間のような暮らしを始めるかどうかという選択。ツチノコは後者を選択したが、もちろん前者を選択するフレンズもいる。

 飼育されてないからジャパマンが貰えないとか、都市部が利用できないとかそういう訳ではないのだが、住所は得られないしお金を得る手段もほとんどが潰される。人間から見たら不便極まりないように感じるが、フレンズは元動物だ。つまり、そんなものは無くても今まで通り暮らすことができる。故に、このアラスカラッコのように野生で生活するフレンズだっているのだ。


「じゃあ、飼育員じゃなくて一人のヒトとして。どう?」


「・・・ありがとう」


 ラッコは、ぽつりぽつりと話し始める。トキやツチノコには聞こえないような小さな声だ。一見するととても明るい彼女、反面暗い部分はあまり人に見られたくないのだろう。自分に似ている、ナウはそう感じた。


「私は今までお宝王ってのをやってたんだけど、つい最近『お宝王なんてただの窃盗犯だ』なんて言われちゃってね。私のかわいいもの集めはイケナイことだったかなって思うとさ・・・悲しいよね」


 実際、彼女はいい事をしていたわけではない。誘拐未遂(ごっこ)や水着を取ろうと(頼んだり)するなど、常識から外れた行為だった。飼育され、人間らしい教育を受けていないからだろう。それでもモラル等はヒトとして芽生える、その辺のバランスが取れなくなってしまうのだ。


「そっか・・・また、お宝王やりたいの?」


「やりたいけど、それがいけないならやりたくない。それに『お宝王やめます』って言っちゃったし・・・わかんなくなっちゃたのよ」


「わかんない、ねぇ」


「かわいい水着着たり、かわいいもの集めて眺めたりしたいけどさ?迷惑なら別にいいかなって。あーあ、フレンズになんかならなきゃこんな悩みも無かったのにな」


 フレンズになると、動物の頃にはできなかったことがたくさんできるようになる。代わりに、見えなくて良かったものが見えてしまったり、理解しなくて良かったことが理解できてしまったりする。フレンズになれば100%幸せなんてことは有り得ないのだ。


「・・・」


「ま、それは冗談だけどさ。私はフレンズになれてよかったよ、貝割って食べる毎日よりずっと楽しい」


「・・・そう、それならいいんだ。ヒトの身体、楽しいでしょ?」


「まーね、おかげで充実してるわ」


 そこまで話すと、横からツチノコが顔を出す。


「何の話だ?」


「趣味の話よ!」


 急に顔を明るくして、ラッコがツチノコの対応をする。


「ラッコの趣味か、どんなのだ?」


「かわいいものを見たり集めたりかな、最近あんまり出来てないんだけど・・・とほほ」


 それを聞いて、ツチノコはぐいとトキを抱き寄せる。トキは「???」といった表情をしていたが、次のツチノコの言葉に赤面する。


「トキなんかどうだ?かわいいぞ?」


 今までの空気をぶち壊し、普通の顔でそういうツチノコに思わずナウもラッコも吹き出してしまう。


「わははは、確かにかわいい!いいねいいね!」


「ななななんですか急に!?ほ、ほら!ツチノコだってかわいいですよ見てください!」


 今度はトキがツチノコの肩に手を回して抗議する。数秒、状況の理解に時間を要したツチノコは、急に「へ?」と声を上げる。


「わ、私なんか!トキの方がよっぽど!ほら!」


「そんなことないです、ほら見てください二人とも!」


 今までの重い雰囲気が一転、トキノコによる嫁自慢大会になってしまった。ラッコに向かって、トキの方がツチノコの方がと主張する二人に、ラッコもナウも笑いが止まらなくなってくる。


「わかったわかった、二人ともかわいい!ふふふ・・・」


 降参とでも言うように、笑いで目に涙を浮かべながら喋るラッコ。笑いを落ち着かせて、目を擦りながら再度口を開く。


「ははは・・・ふぅ、なんか元気出た。ありがとね、私は行くよ。じゃ!」


 そう言って彼女は立ち上がる。


「行くって、どこに?」


「どこか、かな。気まぐれにね」


「ラッコちゃんあの・・・さっきの話、解決してないけどいいの?」


「うん、そこの二人見てたらどうでもよくなってきたよ。思い出した頃にまた考える」


 ラッコが歩き出す。どんどん三人から遠くなっていく。


 急にナウが立ち上がる。


「ナウさん・・・?」「ナウ?」


 二人の言葉には応えず、ラッコを追って走り出す。


「待って待って!ラッコちゃん!」


「・・・どうかした?飼育員さん」


「これ、あげる。困ったことがあったら、公衆電話っていうのを探してこれ使って?使い方は他の人が教えてくれるから」


 ナウはラッコに小さな袋を握らす。透明でチャックのついたその袋には、ナウの電話番号が書かれた紙と十円玉が五枚。


「これなに?」


「まあ、便利な道具の鍵みたいなものだよ。とりあえず、それを使えば僕と連絡が取れるから。ね?」


「・・・じゃあ、お言葉に甘えて貰っとくわ。また悩みだしたら相談してもいいかな?」


「もちろん!飼育員としてじゃなくて、人として相談に乗ってあげるからね!」


 ニッと笑ってみせるナウ。わははっ、と笑い声を上げてラッコがまた歩き出す。


「じゃ、ありがとう。二人にもよろしくね?お幸せにって」


「あら、察しがいいね?うん、伝えとくよ。じゃ!」


「うん、それじゃ」


 ラッコは砂浜を歩き、やがて浜で遊ぶ人だかりの中に消えていった。





「ナウ、急にどうしたんだ?」「心配しましたよ?」


 歩いてトキとツチノコの元に帰るなり、二人に声をかけられる。


「なんでも?ただ、挨拶してきただけ」


「へぇ・・・それにしても、なんだか不思議なやつだったな。ラッコ」


「そうですね?というか、ツチノコが急に可愛いとか言い出すからびっくりしましたよ」


「だってそれはトキが可愛いから・・・」


「だから私なんかよりもツチノコの方が可愛いですって!」


「そんなことないって!トキのそのキラキラの目とか・・・」


「ツチノコだってサラサラの髪とか・・・」


「優しいし・・・」


「ツチノコだって・・・」


「・・・!」「・・・・・・!!」


 いつの間にか発生する、口喧嘩のような褒め合い。


「帰りの時間もあるから、残りの時間楽しみなよー」


 そんなナウの言葉に耳を貸さず、人目を気にせずに大きな声で褒め合う二人。ナウも諦め、温くなったスイカにかぶりつく。


 今回も平常運行、これが日常です。

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