夏編

第1話 夏休み

「おつかれおつかれー!暑かったでしょー?」


 そう問いかけてくるのは全体的にグレーの少女。細く、先だけフサフサと毛が生えた尻尾を揺らしながら汗だくのトキとツチノコを出迎える。


 ここは、パークパトロール事務所。


 トキとツチノコは、パークパトロールと呼ばれる仕事をしている。基本的にはパークの見回り。不審な物、人などを見つければここの事務所に連絡を回し、場合によってはその場で対処するという仕事だ。他にも、イベントの警備やなにやらという仕事もあるがここでは割愛しよう。


 そして、この事務所はそのパークパトロールの拠点である。時には会議の場に、時には休憩の場に、パーティにだって使われる。パトロールに行く前にここに報告に来て、終わってからも報告をするのだ。


「本当に暑かったですよ〜。もう汗だくになっちゃいました」


「夏って辛いな・・・」


 グレーの少女に、トキ達も言葉を返す。


「まあまあ、ゆっくり涼んでって?ツチノコちゃんも初めての夏なのに、こんな暑いとキツいでしょ。今年は特に暑いんだけどね」


「本当にな。二月頃のサンドスター異常気象にしろ、地上に出てからこんなのばっかだ」


「地上、嫌ですか?」


「そんなわけないだろ?出てこなければ、トキとも出会えなかったんだし・・・」


「わ、私も・・・ツチノコが出てきてくれて良かったです!」


 ああ、また始まった。


 グレーの少女こと、ロバは心の中で呟く。


 ロバ。


 彼女はパークパトロールでの事務仕事担当、さらにオペレーターなど様々な仕事をこなすベテランだ。現場の仕事こそしないが、この組織で彼女の存在は大きい。この事務所の管理も主に彼女がしており、寝泊まりもここでしている。


 そんな彼女がやれやれと首を左右に振る要因は・・・


「こうやって好きな人もできなかったし・・・」


「もう、恥ずかしいからやめてくださいよ?」


「でも好きだし?」


「私だってツチノコのこと好きですよ!」


 目の前の二人、トキとツチノコである。正確には、人の目を気にせずイチャイチャし始めることである。


「はいはい、そこのカップルさん?話を聞きなさい」


「なんですか?」「なんだ?」


 キッパリとイチャイチャをやめてロバの方に向き直すのを、ロバは苦笑いしながら言葉を続ける。


「今日のお仕事お疲れ様でした。お盆もあと少しですが・・・君たちの遅れてのお盆休み。明日からです!」


「わ!ありがとうございます!」「おお!!」


「コラコラ、職場で休みをはしゃぐもんじゃありません。気持ちはわかるけどね?」


 コホン、と咳払いをしてロバが少し大きな声を出す。


「というわけで!明日から夏休み、思う存分休んでらっしゃい!若いカップルよ!」


「はーい!では!」「ん、じゃ!」


 そう言い残してトキとツチノコが事務所を飛び出していく。余程嬉しいのだろう、若干複雑であるが喜んでいる人を見るのは基本的に楽しいものだ。ロバもにこやかに彼女らを送り出し、パソコンを備え付けてある机の前に座る。


「さて、お仕事お仕事っと」


 そう言って、キーボードを叩き始めた。





 その日の夜のこと・・・以下、会話パート


「ツチノコ!夏!夏ですよ何します!?」


「私よく分からないぞ?海とか山とかか?」


「うー、どっちも捨てがたいですね。他にはプールとか、あとお祭りもやりますよ!」


「お祭り!?またやるのか!?いいな、私行きたかったんだアレ」


 ツチノコが指している「アレ」とは、物語として記されてない部分のお話。

 夏祭りは今シーズンでもう既に行ったのだ。しかしその時は警備に駆り出され、楽しむどころか仕事三昧だったのだ。


「ええ、花火も上がるみたいですよ!楽しみですね!」


「え、は・・・はなび?」


「花火というのはですね・・・」


 ツチノコは地上に出て日が浅い・・・というのも、既に3/4年位は過ごしているのだが、それでも地上は知らないことだらけだ。


「なるほど、それは見てみたいな」


「ね、祭りは絶対行きましょう!後は、どこかお出かけもしたいですが・・・というか、何かしたいこととかあります?」


「うーん、私が知ってる範囲だと・・・キャンプとか?」


「いいですね!私も詳しくないですけど・・・楽しそうです!」


「トキはしたいこととかないのか?」


「私は・・・やっぱり海とかは行きたいですかね?」


「海か・・・いいんじゃないか?」(トキの水着姿見たいし)


「ですよね!行きましょうよ!」(ツチノコの水着姿見たいですし!)


「何をするにも買い物しなきゃな」


「ですね?明日どこか行きましょうか!」


 長いような短いような休日の話をしながら、夜が更けていった。





 翌日。

 やってきたのはいつものショッピングモール・・・ではなく、アウトドア用品店だ。遊園地のはずなのによくこんな店まであるなと思われがちだが、もはや都市部は一つの街として機能しているのでおかしいことは無い。


「で?」


「はい?」


「なんでボ・・・私も呼ばれたの?」


「いや、詳しいかなーって」


 買い物のメンバーはトキとツチノコ、そしてナウ。


 ナウ?そう、ナウである。

 戸田井とだい 奈羽なう、年齢不詳(20代後半位)の飼育員。トキとツチノコの担当をしている。栗色の短髪が特徴であり、来ているのは飼育員用の深緑のジャケットだ。彼女は色々すごい、とにかくすごいから前作読んで。


 ・・・ところが、上の文章は今までの話だ。今は一部訂正がある。


「ナウさん、髪伸びてきましたね?」


「まーね?ほら、私も女の子らしくしなきゃなって」


 そう。栗色の短髪と記したが、今は少し伸ばしているのだ。しかし、今までショートで貫いてきたからかどうも髪が長いのに慣れず、ロングヘアを目標にしていたのを挫折してポニーテールにしてしまった。


「ナウ、無理に『私』って言わなくてもいいんだぞ?」


「う・・・そうだね。僕らしくないよ」


 一人称も、今まで「僕」だったのを「私」に直そうと努力しているようだ。僕なのも一部のオスには需要が・・・おっと脱線した


「好きな人でもできたんですか?」


「いーや?特にいないけど、いつデキてもいいようにね?」


「その後ろで束ねるやつ、ふりふりして可愛いよな」


 ツチノコがナウのポニーテールを指さして言う。確かにツチノコの言う通り、体を動かす度に揺れるポニテは可愛らしい。ナウはポケットからヘアゴムを取り出して、クルクルと指で回しながらツチノコに向き直す。


「ツチノコちゃんもしてみる?髪の長さがどうかわからないけど」


「いや、私フード被るからいいよ」


 そう言って、ツチノコは何か気になる物でもあったのか商品の陳列棚に目を向けてしまう。


 そんな一連のやり取りを見ていたトキ。ナウにとことこと近づいて、つんつんと肩をつつく。


「ん?トキちゃんがしたいの?」


 こくこくと頷く。顔の横から垂れ下がった特徴的な白赤黒のグラデーションがかかった髪に括りつけてある、百合のアクセサリー付きヘアゴムをナウに手渡す。


「あーなるほどね」


 超絶理解したナウは、トキの後ろ髪をそれで束ねる。元々髪が長いトキ、強い癖毛が束ねられるとカールをかけたような見た目になりそれはそれでまた良い。縛り終えたナウは、トンとトキの背中を押し、ツチノコの方に突き出す。


「つ、ツチノコ?似合ってますか・・・?」


 トキは、ツチノコがさっき「可愛い」と褒めたナウのポニーテールが羨ましかったのだ。と、言うよりツチノコの好みはこんな感じなのかと考え、それに近づこうとナウに縛ってもらったのだ。


 どきどき、どきどき。


 ツチノコがトキの声に振り向き、じっと見つめる。

 数秒して、ツチノコが首を捻って口を開く。


「なんか・・・微妙」


「ええ!?」


 これはショック。トキにとってこれはとてつもなくショック。ガビーンという擬音が出そうな顔をして、ツチノコをうるうると見つめる。


「トキはいつもの方が可愛い。なんか、違和感?があるかな」


「そう、ですか?」


「うん、それ取ってみてくれ」


 ツチノコに言われて、トキがさっき結んでもらったヘアゴムを取る。まとめられていた髪が解放されて、あっという間にいつもの髪型。


「やっぱりそっちの方がいい、可愛い」


「そうですか?えへへ、そうですか!?」


 ツチノコが頷く。それを見てトキはつい数秒前から一転、凄くいい笑顔になった。


「ツチノコったら、最初からそう言ってくれればいいんですよぅ」


「・・・?」


 そんなトキとツチノコ。今回も平常運行、これが日常です。


(・・・僕着いてきたの失敗だったかな)


 開始数分でこの様子のトキノコカップルを見て、ナウは今日の買い物に少し不安を覚えた。

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