我が恋は
始業式の日でも部活はある。
続々と帰っていく生徒たちを尻目に僕と竜崎は部室でお弁当をかき込んでいた。
僕たち軽音部は地域の夏祭りのステージに出ることになっており、それが三年生最後の舞台になる。部員は僕と竜崎を入れて5名。
僕らは5人で一つのバンドを組んでいる。僕はボーカル、竜崎はキーボードだ。小さい頃からピアノを習ってきた、やや坊ちゃん育ちの竜崎は繊細な音を出す。それが少し低めの僕の声と調和して、独特の雰囲気を醸し出している。そう、僕たちのバンドは割と人気があるのだ。今では竜崎が作詞作曲したオリジナル曲をやることだってある。夏の本番と言えど早くから練習しないと、とても人に聞かせられるものにはならない。
「うちの部、新入生入るかなぁ」
竜崎が卵焼きを几帳面に箸で同じサイズに切り分けながらぼやく。
「入ってくれないと困る。特にボーカル」
弁当箱に残ったそぼろを一つ一つつまみながら返答する。全く、なんでこんな食べづらい弁当にするんだ。母親も気が利かない。
「みんな音痴だもんねぇ」
「ま、インストバンドってのもありだけどね」
竜崎と知り合ってから、昼食はいつも竜崎と二人だ。これまで二年間同じクラスだったが、教室ではなく部室で食べるのが日課だった。二人で一つのイヤホンを分け合い、この曲はどうの、と話しながら昼の時間を過ごすのが楽しく、誰にも邪魔されたくなかったからだ。
「アユムはさ、高校どうするか決めたの?」
弁当を綺麗に平らげた竜崎が弁当箱をトートバッグにしまいながら言う。何気なさを装っているが、声が少し大きくなったところをみるとどうやら重要な話題らしい。
箸から逃げ回っていたそぼろを追い詰めるのを諦め、弁当箱の蓋を乱暴に閉じる。
「T高校かな。多分」
「……そっか」
「竜崎は?」
「親はN高校に行けって言ってる」
T高校とN高校では偏差値にして15以上の開きがある。もちろんN高校の方が上だ。
「親じゃなくて竜崎はどうしたいの」
「うーん、大学に行くならN高校かなって……」
「じゃあ高校は別々だな」
二つの高校の間は電車で30分程の距離がある。僕らの中学、そして僕らの町はちょうどその中間だ。つまり学校帰りに一緒に道草を食うことも、朝待ち合わせて電車で話すことも、おそらくないだろう。
竜崎が俯く。僕が知る限り、竜崎の一番の友達は僕だ。休み時間も放課後も一緒で、休日だって一緒にカラオケに行ったりする。寂しいのは僕も同じだが、大人しい竜崎は高校でも友達ができるか不安なのだろう。
「大丈夫だよ。N高校だったら先輩だっているしさ」
「そうだよね」
半ば自分に言い聞かせるように竜崎が呟く。少し長くなってきてクルっとパーマのかかったような前髪が眉毛を隠している。モテるように、と自分が形を整えてやった眉毛だ。
眉の形をよく見ようと何気なく前髪を一房持ち上げると、竜崎がビクッと小さく跳ねた。
「あぁ、ごめんごめん。眉伸びてきたかなって」
「あ、いや、家で自分で揃えてるんだ。アユムがやってくれたみたいに」
はにかんだように微笑む。学ランから伸びている首筋は白くか細い。決して女のような顔というわけではないが、まだまだ未発達の身体も相まって中性的に見える。鍵盤を滑る指先も白くて長い。
実は竜崎は一部の女子に人気がある。
こっそり写真を撮られたり、Rくん(仮名)を主人公とした恋愛漫画を書いている者もいると聞いた。
面と向かってアプローチしてくる者がいないのは僕がいつも側にいるからだろう。僕と一緒にいるとモテないよ、と竜崎に言ったことがあるが「別にモテなくていい」と返事が返ってきた。余計なお世話かもしれないが、竜崎は第二次性徴が遅いようだ。ヒゲが生える気配もない。恋愛にもまだ興味がないのだろう。
そんな竜崎に『彼女』の話をするのは憚られた。クラスの女子や部活の先輩の話は今までだってさんざんしてきた。ただ、心を動かされた『彼女』の話を竜崎に持ち出すのは、なんだか違うように思われた。例えば初めて自分で買った下着を親に見られるような居心地の悪さというか。
『彼女』との出会いは、竜崎には言わないでおこう。少なくとも竜崎に好きな人ができるまで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます