しのぶれど
なっち
色に出にけり
『彼女』はいつも僕の対角線上にいた。
交わることはないが、同じ線上から逸れることもなかった。それが『彼女』と僕との距離感だった。
中学三年の始業式。風が吹くとまだ少し肌寒いが日差しは暖かい。季節はゆっくりと春に向かう途中だ。
「アユムは3組かぁ」
隣に立つ竜崎が溜め息と共に小さな声を漏らす。目の前の掲示板には各クラスの名簿が貼り出されている。どうやら今年は竜崎とクラスが別れてしまったようだ。
「竜崎は?」
「2組」
入学から二年経っても長すぎる制服の袖を引っ張りながら竜崎が呟いた。
僕たちの学年は35人のクラスが5組あり、市内の中学校の中でも人数が多い方だ。
仲良しの友人が三年続けて同じクラスになれるほうが珍しいかもしれない。
「お昼は一緒に食べよう」
僕より少し背の低い竜崎の右肩に腕を回し、慰めるようにポンポンと叩いた。竜崎は友達が少ない。しゃべると面白いヤツなのだが、仲良くなるまでに時間がかかるのだ。
竜崎は僕を見上げて困ったように笑った。竜崎の耳と学ランから覗いた首筋がほのかに赤らんでいた。
教室のドアを開けると、黒板にデカデカと「出席番号順に座るように」の文字、その下にはやや小さめの字で今日のスケジュールが書かれている。始業式の前に短いホームルームがあるようだ。
そういえばさっき竜崎が、3組の担任を羨ましがっていた。生徒に人気のある若い女性体育教師だからだ。もともとはダンスが専門だったらしく、美しいプロポーションとしなやかな筋肉を持つ先生で、明るく朗らか。竜崎の憧れの人らしい。
『若林』という名字は出席番号が最後になることが多い。うちの学年には「ワ」で始まる名字が僕の他に『渡辺』しかおらず、同じクラスではないことは確認済みだ。
騒がしいクラスメイトの間を縫うように通って窓際の列の最後尾に向かう。席替えをするまではここが僕の席だ。
程なくしてチャイムが鳴り、例の担任が日誌やらが入った小さな箱を抱えてやってきた。よく通る声で自己紹介をし、今日これからの段取りを説明する。
僕はそれを見るともなしに眺めていた。
『くだらない』
反抗期・思春期・厨二病……。
好きなように呼べばいい。狭い教室で同じような服を着せられ親と教師の望むままの生活を送る。そんなものクソくらえだ。
だがそんなこと口には出せない。積極的に反抗するほどアグレッシブでもないのだ。
だからこうやって頭の中で全てのものを見下してやることくらいしかできない。所詮は14歳だ。そのことは僕自身痛いくらいわかっている。
始業式は校長の"ありがたい"お話で始まり、新任教師の紹介が終わると校歌を斉唱してお開きとなった。出席番号が最後で先生のいる場所から一番遠いのをいいことに、式の間中隣のクラスの最後尾、つまり竜崎とにらめっこをして過ごした。最後の方は竜崎が顔を真っ赤にして笑いを堪えており、先生に見つかるかもしれないというスリルと竜崎が隣にいる安心感で頬が紅潮するのが自分でもわかった。
再びクラスに戻ると全員が順番に自己紹介することになった。実にメンドくさい。
こういうものは出席番号1番から始まると相場が決まっている。うちのクラスの1番は女子だった。先生に指名された彼女がすっと立ち上がる。
顔が見えるようにみんなの方へ向き直ると教室の対角にいる僕と目があった。彼女はニコッと笑って見せた。
「安達です。よろしくお願いします」
僕と目を合わせたまま笑顔で挨拶する『彼女』。僕とは真逆の、黒く長い髪と子どもっぽい柔らかな白い肌を持ち、僕を射抜くような瞳で見つめる『彼女』。唇がほんのりピンクに色付いていて妙に艶かしい。
僕はこの瞬間の『彼女』を生涯忘れない。
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