第1.5話 伏見蓮華の事情-1-


 ――好奇心は猫をも殺すという言葉があるように好奇心というものはまこと厄介な代物だ。知らないままの方がよほど幸せなことだというのに。



 蓮華は鏡に写る自らの姿をしげしげと見つめた。細い、肉付きの薄い身体はとても高校生のものとは思えないほどに未成熟であり、また病的なまでに白い肌は日本人離れしていて、ともすれば雪女かなにかのような、異質ささえあった。

 蓮華の成長が止まったのは僅か小学五年生のときだった。まるで変化を拒むかのように、それこそピタリと蓮華の成長は停止した。それは何も身長だけには限らない。体重、聴力、視力、そのいづれも変化することはなくなった。


 吸血鬼の噂を聞いたとき、表には出さなかったが、内心、蓮華の胸にぞわりと悪寒のようなものが走ったことを思い出す。


 あのときの自分はこの悪寒の正体を馬鹿げた噂に対する嫌悪感だと考えたが、もしかすると、これはもっと恐ろしいことを示唆しているのかもしれなかった。それこそ常々疑問に思っていた蓮華の最も考えたくない可能性、とても重要な、ともすれば自分という存在を揺るがしかねない事実に迫るほどの。


 漠然とした恐怖感が自己の良からぬ空想を掻き立てていく。


 ――蓮華の思考の隅で誰かが私が言っている。


 ――知っている。私が本当は、本当は■■■だということを。


「そんなわけない。私は、人間だ」

 彼女は自身の中に芽生えた馬鹿げた思考を振り払うように首を横に振ると、姿見をばたりと乱暴に閉じた。俯く彼女はただひたすら「私は人間だ」と呟き続ける。まるで自分自身にそう言い聞かせるように。



 ――彼女は気づかない。

 ――鏡の中の蓮華の瞳が僅かに紅く染まっていたことに。

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