§21

「もう一度、あの謄本を見て見よう」


 千咲がそう言うので俺はテーブル上に置いたままの書類袋を取ってくる。

 中から戸籍謄本2枚を取り出し、並べた。


「うん、母は出生がお爺ちゃんとおばあちゃんの名前で書いてあるから、間違いなく世代が断絶しているのは私だね」


 どこにも養子という文字は入っていないけれど、その通りらしい。

 出生とか婚姻以外に違う事が書いてあるのは千咲の欄だけ。

 パソコンを使って『戸籍謄本、特別養子』で検索する。

 記載例が出てきた。

 千咲が俺の横に顔をくっつけるようにして画面を覗き込む。


「これと同じだね」


 シャンプーか何かの香りがちょっとした。

 同じ家だから同じシャンプーやボディソープを使っている筈。

 なのにドキドキする。

 今まで以上に気になるのは今回の件を意識しているせいだろうか。

 千咲は妹!という呪文はもう効かない。

 だから俺の方から気づかれないよう静かにすこし離れる。


 さて、パソコン上の記載例を見て見る。

 確かにここにも養子の養の字も出てこない。

 代わりに裁判確定日という項目が出ている。

 千咲の記載にあるのと同様に。

 この辺は明石の解説通りだ。


「明石の奴、よくこんなの知っているな」

「多分今回可能性のある事は事前に調べて憶えたんじゃ無いかな。条文まで丸暗記するってのは私には無理だけれど。

 あの人はきっとそう見せない努力家だよ」


「そう言えばカラオケの曲も練習したって言っていたな」


 その辺はやはり努力家タイプの千咲には見えるのかもしれない。

 俺にはわからないけれど。


「お兄は天然系だもんね」

 おいそれは色々語弊があるぞ。


「余計な感想ありがとう」


「いや、ほめているんだよ」

 千咲はそう言って続ける。

「例えば勉強だって、社会や理科なんか教科書をさっと読んだだけで要点拾えるじゃない。良く私の教科書にもテスト前に下線引いて貰っていたけれど。あれってお兄は小学校4年頃にはやっていたけれどさ、普通は出来ないよね」


「文脈と構造を考えれば出来るだろ」

「無理だって」


 そうでもない、要は慣れだ。

 まあ言い合ってもしょうが無いけれど。

 それよりも気になる事がある。


「千咲、また俺の呼び方変わったな」

 謄本を取った時以来、千咲は俺のことをお兄と呼んでいる。

 ついその前までは名前で呼んでいた筈なのに。


「まあね」

 千咲は頷いた。


「お兄と言うと兄妹関係が強調されそうだからね、名前で呼んでいたの。でも本当はお兄と呼んだ方が呼びやすいかな。問題も解決したしね」


「どういう事だ?」

「こういう事」


 すっと千咲の顔が俺の顔に近づく。

 千咲の手が俺の背中に回される。

 突然だったので避ける間も無かった。

 軽くだけれど確かに唇同士が触れあった後。

 千咲はちょっと顔を話して正面から言った。


「兄妹だけれどこうやっても、この先に進んじゃっても問題無いってわかったから」


 おい待て。

 まずいだろと思って気づく。

 兄妹だからという言い訳はもう通用しない。


「今はここまでにしておこうかな。私はこの先に進んじゃっても一向に構わないんだけれどね。問題無いと法律のお墨付きがつく前からそう思っていたし」


 そう言った後、千咲は元のように俺の横に座り直した。

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